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漆黒の結末、繰り返すチャック(2)

 


「何だったんだ……今の……」


 俺は今さっき、チャックを閉める前に謎の記憶を見た。

 白昼夢か? それとも未来予知?? そんな能力が俺に……?


「――って、そんな訳無いか」


 そんな事が出来るのであればもっとホイホイされる悪役令嬢を回避出来たはずだし色んな汚名やアホなエピソードも無いはずだ。

 ま、なんか疲れ過ぎて幻覚でも見ていたのだろう。昨日も夜遅かったし。

 俺は気のせいだと記憶を振り払い、トイレを出てシルバー達の元に戻った。



 皆の所へ行くと、シルバーはやはり黄色の子供用のローブに着替えていた。

 そうだ、さっき着ていた女児の服は一瞬大人になった時にビリっと行ってしまったのだよね。破いてゴメンね大輔……ん?


「やはりって……何だ?」


「何1人でぶつぶつ言ってんの?」


「いや……」


「いやー、お客さん方ご迷惑をおかけしてすみませんね」


 シルバーの近くに居た悪役係員と飛竜が俺の顔を見ると申し訳無さそうに謝って来たので、俺は目を見開いた。


「お客さん……?」



「あ、いや……その……悪気があった訳では無いのだし」


「そう言って頂けて……あ、お客さん方ここからグラス大陸に行かれるのですよね? すぐ出られるのですか?」


「……イスピリで一泊してから大陸の境まで向かう予定だ」


「そうなのですね、でしたらイスピリで1番マシな宿を紹介しますね!」


 悪役係員が目を逸らしながら言う。その言い方……その宿……


「……もしやその宿は【宿・ヴィンテージ】という名前で開放感のある部屋が自慢なのでは……?」


「あれ? ご存知でしたか。そうなんですよー、ちょっと開放感あり過ぎますが布団だけはふかふかなんですよー」


 係員が苦笑いしながら言う。


「? ジェド、いつの間に知ったんだい?」


「……」


 シルバーも不思議そうな顔でこちらを見ていた。いや、おかしい。俺はイスピリにはこの間の誘拐事件の時に初めて来た訳だし、宿になんて行った事は無いはず。

 妙な胸騒ぎを感じながらも、俺は黙って係員に案内されるがままについて行った。


 係員が教えてくれた先にあったのは、やはりボロボロの宿だった。宿の看板には【宿・ヴィンテージ】と書かれている。

 デジャヴ……と言うには記憶がハッキリとし過ぎている……


「いらっしゃいませー! あ、停留所の係員から聞いています、本日は開放感たっぷりの宿・ヴィンテージへようこそ! いや〜、お客さんラッキーですよ! 今日は満天の星空ですからね、なーんにもないウィルダーネス唯一の魅力を思う存分楽しんでくださいね」


 出迎えたのは見覚えのある妙に元気な店員で、前半分だけ綺麗な服なのも同じだった。


「……」


「ジェドっち?」


 黙り込む俺をナスカが不思議そうに見ていた。


「なんか、不安?」


「……いや、まぁ、不安と言えば不安なんだが……」


「お客さんラッキーですねー! 今丁度10人位入れる大きさのデラックススイートルームが空いておりますのでー」


 やはり宿の店員は同じ事を言う。何なんだ……

 ぼんやりしている俺の服をシルバーが引っ張った。


「ジェド、陽当たり茸を夜食にして貰うんじゃないのかい?」


「え? あ、ああ……そうだった。済まない、この茸を夜食に出してほしい」


「茸ですねー! うち、水がいいから素材本来の味を引き立てたナチュラルスープが売りですので楽しみにしていてくださいねー!」


 同じ受け答えの店員……そして、案内された部屋も予想通り屋根が無く、開放感で満天の星空が見える。そして妙にふかふかで綺麗な布団……


「これじゃあ野宿と変わんないじゃーん。布団は何かやたらふかふかで気持ちいいけど……」


「……」


「はー、こんなに貧乏な国じゃ飲み屋もカジノも無いだろうけど……一応出かけてみるかなー」


 そう言ってナスカは宿の外へ出かけてしまった。シルバーはもそもそと布団に潜り込む。


「シルバー……」


「ふふ、私はどこだって平気だよ。元々はこの貧しい国で育ったからね、この姿といい懐かしい位さ」


「……」


「明日には何になるか分からないねぇ。変な虫にでもなって潰れていないか心配だよ」


「……縁起の悪い事……言うなよ……」


 余りにもずっと見てきたように同じ。……怖い、怖すぎる。俺は胸騒ぎどころか鳥肌が立ってきた。

 そして夜中に宿の店員が持ってきたスープも同じ。お湯の中に茸らしき具材が入っているだけで、水がいいせいか美味しいと言ってシルバーが食べている。


 何もかもが同じ過ぎた。布団に入っても暫くシルバーの方からゴソゴソと聞こえて来た。


「おい、シルバー。眠れないんだろ?」


「ふふ、バレていたんだねぇ」


 シルバーが布団からひょこっと顔を出した。


「……理由も無く、不安なんだろ?」


「え……」


 シルバーが目を見開いた。


「大丈夫だ……俺が見ててやるから」


「そう、それは心強いね」


 シルバーはふふと笑って布団に潜った。そうだ、この後……このまま記憶通りに行くならば、朝にはシルバーは爆発するはずだ。

 もし予知系の何かだとすればこのまま起きていれば回避出来るはずだ。俺は夜通しシルバーを監視する事にした――




「――はっ!!?」


 夜通し起きている筈の俺はいつの間にか寝てしまっていた。慌てて飛び起きると空が明るんでおり、更にそのそとよりも明るいシルバーの光……


「ちょ、待っ――」



 ★★★



「よし」


 次の瞬間、俺はチャックを閉めていた。


「……」


「あー、野宿じゃなくて良かったー。早く行こうよ」


 気合いを入れて閉まるチャック。見覚えのあるトイレ。スッキリした顔のナスカ……


「ジェドっち、どしたの? もしかして小便の切れ悪いの?? 先行ってるよー」


「ああ……」


 ナスカがトイレから立ち去った後、俺はトイレの壁に頭を打ち付けた。

 分かった、分かったのだ。これは白昼夢でも予知夢でも何でもない……タイムリープだ。


 よく悪役令嬢がやるヤツ。タイムリープして来た令嬢を何人も見て来たが、まさかの自分がタイムリープ。俺は悪役令嬢だったのか??


 ……いや、落ち着け俺。悪役令嬢は関係無い。恐らくシルバーの爆発で死んで、それをやり直せる時間まで遡ったと考えるのが妥当だろう。流石に二回見たから分かる。


「だが……」


 おかしいのは、何故シルバーが爆発したかという事だ。確かに夜食に夜鳴き茸のスープを食べたはず……茸が効いて無い? ……いや、あのスープに本当に茸は入っていたのか?

 もしかしたら茸が入ってはいなかったのかもしれない……


 考えながら皆の所へ行くと、シルバーはやはり黄色の子供用のローブに着替えていた。


「ジェドっち長かったね。大きい方?」


「いや……」


「いやー、お客さん方ご迷惑をおかけしてすみませんね」


 同じ流れ、3度目の宿への案内……間違いない。俺はループしている……

 俺がシルバーを見ると、子供のシルバーは首を傾げた。どうやら記憶があるのは俺だけらしい。


「お客さん方ここからグラス大陸に行かれるのですよね? すぐ出られるのですか?」


「いや、イスピリで一泊してから大陸の境まで向かう予定だ」


「そうなのですね、でしたらイスピリで1番マシな宿を紹介しますね!」


 3度目の会話で気付いたが、同じ受け答えをしようが違う受け答えをしようが最終的に同じ流れになる。最初の流れをベースに時間が進んでいる。

 そして、さっきの爆発で知ったのは夜は寝てしまうという事だ。

 体力的な問題なのか、最初の時に寝てしまったからなのか分からないが……このまま行けば夜には寝てしまう。寝る前に何故シルバーが爆発に至ったか考えなくてはいけない……


「いらっしゃいませー! あ、停留所の係員から聞いています、本日は開放感たっぷりの宿・ヴィンテージへようこそ! いや〜、お客さんラッキーですよ! 今日は満天の星空ですからね、なーんにもないウィルダーネス唯一の魅力を思う存分楽しんでくださいね」


 案内された宿は【宿・ヴィンテージ】で、一言一句同じだった。


「……とりあえず3人。泊まれる部屋を頼む」


「かしこまりましたー! 今丁度10人位入れる大きさのデラックススイートルームが空いておりますのでー」


「何でもいいから頼む……あと、この茸を夜食に出してほしい」


「茸ですねー! うち、水がいいから素材本来の味を引き立てたナチュラルスープが売りですので楽しみにしていてくださいねー!」


 一言一句同じである。ここまで同じだと怖い。だが、もうこれはタイムリープで間違いないと確信した。

 ……そして、その他に確信している事はある……


「ジェド?」


「……済まないが、先に部屋に行っていてくれ」


 俺は訝しむシルバー達と分かれ、宿の奥の厨房へと入った。

 厨房では先程の宿の店員が料理をしていてその後ろ姿が見えた。……後ろ姿は布が無いんですがね。


「――お客さん?! 何故ここに!!」


「やはり……」


 俺を見て驚く店員、その目の前には調理されないまま残っている陽当たり茸と、全然形の違う茸が細かく刻まれたもの……


「お前、渡した茸を使わなかったんだな……」


 俺がそう問い詰めると店員はガクッと膝から落ち項垂れた。


「すみません……この茸、恐らくプレリ大陸にしか生えない珍しい茸だと分かって……つい、勿体無くて。すみません!!」


「いや、欲しいなら言ってくれよ。沢山あるから。とにかく、ちゃんとソレを調理してくれないと困るんだよ」


「はい……」


 反省した店員は俺が監視する目の前でちゃんと陽当たり茸を調理してスープを作っていた。相変わらずお湯で煮ただけのスープだが。


 出来たスープを持って部屋に行くと、シルバー1人だけがふかふかの布団に潜り込んでいた。


「ジェド、ナスカは部屋を見て呆れて出かけてしまったよ」


「まぁ、知ってる」


 3回目だしな。俺は気にせずシルバーにスープを手渡した。


「これはまた、お湯で煮ただけのような茸スープだねぇ。ふふ」


「これはちゃんとしたヤツなんだけどな」


「え?」


「……いや、何でもない。さっさと食って寝ろ。あと、何か不安に思っても早く寝ろよ。俺が全部何とかしてやるから」


「??? ふふ、今日はいつもより一段とおかしいねジェド」


 シルバーは一瞬目を丸くしてクスクスと笑った。いつもより一段ととはどういう意味か。


 スープを食べたシルバーは欠伸をしてそのまま寝てしまった。夜中もゴソゴソと聞こえなかったので今回は大丈夫だろう……茸も確認したし。

 俺もふかふかなだけの布団に潜り寝た。最後に見た空は満天の星空だった。



 ――パチリ、と目が覚める。やはり空は明るんでいた。この時間に変に目覚めるのは同じらしい。

 だが、今回は空以外に光っている様子は無いので大丈夫だろうとシルバーの方を見て――俺は信じられない物を目撃した。

 最初は気づかなかった……それは布団の中。干上がっていたのだ。魚だった。水が無くて干上がっているシルバーがそこに居た。見た事の無い魚だが、先端がピンク色で面影があるから間違いない。


「お、おい……え? コレ生きてるのか???」


 その魚は完全に干上がっていて、とても生きている様には見えなかった……え、ちょっと待って、どゆこと????

 だが、次の瞬間――更に信じられない物を見た。



 ★★★



「よし」


 俺は気合いを入れてチャックを閉めていたのだ。


「……は??」


「あー、野宿じゃなくて良かったー。早く行こうよ。……ジェドっち、どしたの? もしかして小便の切れ悪いの?? 先行ってるよー」


 やはりナスカが先にトイレを出て行ってしまった。

 呆然とした俺はトイレの壁に頭を打ち付ける……


 ちょっと待って……何、コレ。マジで。


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