悪役令嬢は犯人だが犯人じゃない(前編)
「ジェド、お前に頼みがある」
皇城に来た魔王アークは俺の顔を見るなりそう言った。
城内には結界があって魔気のあるものは入れないはずなのだが、魔王には効かない。こうして頻繁に皇帝陛下とお茶をしに来ているのだが……今日の用事は陛下ではなく騎士団長宛てだった。
「……お断りします」
「まだ何も言ってないが?」
何も言わなくても分かる。自分に頼みがあるヤツは皆、悪役令嬢なのだ。
「俺は魔王であって悪役令嬢ではない」
「絶対悪役令嬢が絡んでないといいきれるのか……?」
「……砂漠の国の王からの頼み事なんだが」
アークは目を逸らす。やっぱそっち系なんじゃねえか……
砂漠の国サハリは遠い異国である。海を渡らないといけない島国で、帝国とは特に対立も無いが周りで行ったことのある者は殆どいない。何故ならめちゃくちゃ遠いから。
何にも無くても絶対に行きたくないのに何かあるなら余計に行きたくない。
「ジェド。アークが珍しく頼んでるんだから、行ってあげなよ。砂漠かぁ……いいなぁ。私も一度行ってみたいなぁ。今度みんなで慰安旅行しようか?」
皇帝陛下にそう言われてしまうと嫌でも断れない……この魔王、さてはそれも読んでここで相談しやがったな?
魔王は計画通り! な顔をしていた。
あと陛下、皇帝も騎士団も慰安旅行で不在の帝国って大丈夫……?
という訳で、俺とアークは船で数日かけて砂漠の国サハリに向かっていた。
サハリは砂漠の観光地として有名なのか、船は観光客で賑わっている。
「帝国は内陸なので、海ってあんまり見る機会ないから何か感動するなー」
「……そうだな……」
魔王は海を見ずに青い顔をしていた。
お前……まさか……
その時、客室の方が騒がしくなった。
「た、大変だー! 人が、死んでるらしい!!」
「何っ?!」
走り出そうとした瞬間、魔王が倒れた。俺は死にそうな魔王を抱えて起こす。
「アーク! お前……魔王のくせに船酔いするのか?」
―――――――――――――――――――
とりあえず船酔い魔王は置いてきて、俺は騒ぎの起きている方へ向かった。
部屋の前には人だかりが出来ており、中から船舶の専属医らしき男が出てくる。
ちらりと見えた部屋の中には血だらけで倒れている男性が見えた。どうやら刺されたのは商人らしい。
「ナイフで急所をひと突きのようですな……残念ながら……」
人だかりから悲鳴が漏れる。
「い、一体、誰が??」
「ここは海の上だぞ!! 船の中に殺人鬼が潜んでるってのかよ!!」
口々に不満を上げる中、1人青い顔をしている女性がいた。
「……失礼ですが、どこか具合でも?」
船酔いかな?
その女性を見た、刺された商人の従者らしき男が呟いた。
「俺は知ってるぞ……あんた、主人と昼食の時……口論になっていただろう?」
女性は驚き、従者を見た。
「お、おい、だからって犯人って決まった訳じゃないだろ!」
「……犯人じゃないと決まった訳でもない」
そんな一触即発の空気の中、違う客の男が叫んだ。
何というか……モブ顔? 特徴が無さすぎて何とも紹介し辛い男である。
「俺は、こんな殺人鬼と疑わしいやつらと一緒になんていられるか! 客室に帰らせてもらう!!」
そう言って自室へ篭ってしまった。いや、別にお前が潔白とか何にも決まって無いのに勝手に帰るなよ。
そして、それを見た船員の1人も呟いた。
「なぁ、こういう時って1人にならない方がいいんじゃ……」
そうなのだ。監視から1人先に外れたやつから大体襲われるのである。こういうヤツを死亡フラグというのを聞いた事がある。特徴の無い彼の事は死亡フラグ君とでも呼んでおこう。
「こんな事になるなんて……俺、帰ったら結婚するって約束してるんだ……こんな所で殺されてたまるかよ」
「けっ……やってられるか……おい! 酒持ってこい! ヒック」
「死ぬのよ……みんな死ぬのよ……ガタガタガタ」
「……まさか……あの時のアレなんじゃ……」
よく見ると他の奴らもすぐ死にそうな事を言っていた。
そんな死亡フラグ万歳の中、青い顔をしていた令嬢が小声で俺に話しかけて来る。
「あなたは……漆黒の騎士、ジェド様ですね……実は、お話したい事が……」
……え? まさかと思うが君……
とりあえず、疑わしいと言われたこの令嬢は俺が監視しているからと説得して皆に納得してもらい、その場は解散となって各々部屋に戻った。
レディの部屋に入る訳にはいかないので、彼女には俺達の部屋に来て頂いた。ベッドには未だ絶賛船酔い中のアークが倒れている。
「もしかしてなのだが……君は悪役令嬢か?」
「やはり、漆黒の騎士ジェド様がそちら方面の話に理解があるというのは本当でしたのね。そうです、私は前世でプレイした『人魚姫伝説〜海の上の殺人鬼』という推理ゲームの、犯人の悪役令嬢サーベラに転生しました。この船こそ……その舞台なのです」
「えっ、じゃあやっぱ君が犯人なのか?」
「いえ! その運命を知っているからこそ、この船旅で私が何もしなければ決してゲームの通りには起こらないはずなのです!! なのに……私が犯人のはずなのに……何もしていないのに事件は始まってしまったのです……」
ええ……そういや何か推理してる主人公っぽい女の子いたけど、あれがゲームの主人公だったのかな?
「キャアアアア!!」
話の途中で部屋の外から悲鳴が聞こえた。
急ぎ声のする方へ駆けつけると、悲鳴をあげたメイドが指差す部屋の中……医者が倒れている人を見ていた。先程の商人と同じように死亡フラグ君が倒れている。……やっぱり死ぬのはお前なのかよ。
「お、おい! こっちの部屋……」
野次馬の1人が隣の部屋を指さした。
あれ? そっちの部屋開いてたっけ?
「……?! な、なんで……何で主人公まで……」
悪役令嬢が震える手で指差すそちらの部屋には、ゲームの主人公であるらしい女の子が倒れていた。




