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アンデヴェロプトは涙が邪魔して越えられない(前編)

 


 ゲート都市のワープゲートを抜けた漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと遊び人ナスカ、そしてただの可愛い女の子のシルバーはアンデヴェロプト大陸の魔法都市に居た。


 魔石火山の噴石はだいぶ小さくなり結晶のような魔石がキラキラと降り注いでいる。

 見た目は綺麗だが、服にキラキラの魔石の砂が付いてしまうと払ってもなかなか落ちないので皆傘を差していた。

 透明で空が見える素材の傘の向こうの景色は中々に幻想的ではあるが、とにかく道が凄い事になっている。

 降り積もる色とりどりの光る砂……綺麗なのだが……


「何かスゲー! 砂っぽーい」


 そう。砂っぽい。

 魔法都市の中にも砂が降り積もっていて、流石の商業都市も商売どころでは無くなっていた。特に物を売る店は入り口にシートをかけたり魔法をかけたりして苦労している。

 町の子供達はキラキラの砂にまみれて楽しそうに遊んでいるが、それを大人たちが止めていた。砂まみれの服や髪が大変そうである……

 ナスカももう傘を差すのをやめてケラケラと笑いながら道に積もる砂を蹴ったりして遊んでいる……舞い上がりキラキラ光る魔石砂は面白いが、やめなさい。めっ。


「……はぁ。確かに綺麗だが後が大変そうだな。噴火の時はいつもこうなのか?」


 雨具をすっぽりと頭から被ったシルバーは袖から小さな手を出して砂を小瓶に集めていた。


「ふふ、小さな噴火はよくするんだけどね。その時は噴煙が上がるくらいでもう少し砂は薄いかな。こんなに大量に降り注ぐのは珍しいねぇ……この規模の噴火自体が数十年ぶりらしい。こうして降り続いていると迷惑ではあるが、魔石の砂粉は利用出来るんだよ。魔術具の素材や防具に使われたりするのさ」


 確かに見るとそこら中で作業員達が必死に回収している。全然追いついていないが。


「へー、コレってそんな使い道あるんだー。でもさぁコレめっちゃ目とか口に入ってくんだけど……ぺっ、大丈夫なヤツなの?」


「まぁ、これ位細かい物は影響無いと思うけど……あまり吸わない方が良いんじゃないかねぇ」


「そうなのか? へっ、へくしっ!! あー、何か鼻がムズムズする……」


「確かに――へっくしっ!」


 言われてみればくしゃみも止まらないし鼻水まで出てきたような気がする。


「たまに噴火するとそういう症状を訴える人がいるねぇ。私は割と平気なのだけど、症状の酷い者はずっと鼻水が止まらなかったりするらしいからね」


「花粉症か……?」


「魔粉症だねぇ」


 町のあちこちで埃のようなキラキラとした魔石粉に咳込み泣いていた。



 ―――――――――――――――――――



「飛竜便が運行出来ない?」


 魔法都市の飛竜便ターミナルに来た俺達は大混雑の建物内で泣いている受付の係員から話を聞いた。

 泣いているのは混雑して困っているからでも運行出来なくて困っているからでも無く、やはり魔粉症らしい。


「そうなんです――へっくし! 見ての通り飛竜がダメで――いっくし!」


 ターミナル内を見ると大小の飛竜達が口に布をかけてクシャミを堪えたり鼻水を拭いていた。

 身体が小さい方が魔粉の入る量が少ないらしく、人間体になれる竜は変身して鼻を擤んでいた。


「特にウィルダーネス大陸側はモロ火山の上を通りますからね……1番魔粉が酷いんですよ」


 係員が指差す魔力火山の上は確かに大変な事になっていた。七色に乱反射する魔石粉が凄すぎて、最早頂上は見えない。


「お急ぎならば歩いて向かって頂いた方が早いかもしれませんね。山の中がどんな状態かは分かりませんが……もしくはプレリ大陸側から行く方法もありますが。かなり遠回りですけど」


「ううむ……」


 プレリ大陸側というと竜の国ラヴィーンの山越えである。前回は近道を教えて貰ったが、まだ建設中だった修行道の様子が前と同じとは限らない……そもそもラヴィーン迄も遠いしラヴィーンに行くの自体が色んな意味で面倒臭い。


「ここまで来てプレリに行くのは遠いねぇ」


「じゃあやっぱ魔粉症と戦いながら地道に火山を越える方がいいか……」


「ちょっと待ってください!! へーっくしっ!!」


 諦めてターミナルから出ようとした俺達を、小型の飛竜が引き留めた。


「私、やれます! へーくしょーい! クシャミと鼻水が――くしゅん! くしゅん! 何ですか!! 飛べ、いっくし!! ます!!」


 全然大丈夫そうに見えない飛竜であるが、俺達を乗せてくれると主張していた。


「君、本当に大丈夫なのかい? へっくし!! 他の竜達は――くし!! 嫌がっているのに、くっしょーい!!」


「私――へくしっ!! 前せ、へーっくしょい! 悪女、くしっ! くしっ! 断ざi――はくしょーい!! 転生っくしょーい! くっ、竜に生まれたからには今度こそ真っ当に――くしっ! ので頑張りまっくしょい!」


 クシャミが凄すぎて竜の話が殆ど聞き取れなかったが、何か嫌な事を言っていた気がする。


「ズズーッ。お客さん、とりあえずこの飛龍がウィルダーネス大陸まで飛んでくれるみたいなのでっくし! 乗って行かれます?」


「……まぁ、乗せてくれるのならば……ズズ」


 一抹の不安を覚えてはいるが……飛竜が飛んでくれると言っているので、俺達はその竜に乗ってウィルダーネスに向かう事にした。



 飛竜便の竜は大小サイズがあり、皆背中に鞍や捕まる取手がついていたり、大型の物になると椅子や小部屋まで付いていたりする。

 俺達の乗った竜は小型で3〜4人乗れるサイズの鞍が付いていた。鞍には手綱が付いているのでそれを持つスタイルだ。

 シルバーは俺が抱えている。ナスカはゴロンと横になっていた。


「手綱に掴まれよ。落ちるぞお前」


「ヘーキヘーキ。やだなージェドっち、そういう事言うと本当に落ちるからやめてよ」


 そんな状態で落ちても自業自得なんだから、俺がフラグみたいな事を言ったせいにしないで欲しい。本当に大丈夫なのか心配していると飛竜がバサリと羽を広げて浮かんだ。

 浮遊感が背中をゾワゾワ撫でる。訓練や戦闘で落ちたり飛んだり事はあっても未だコレには慣れない。地に足を付けていたい。人間だもの。


「では、少しスピードを上げてっくし! 山を越えますからっくしょん! 気をつけて下さいね」


「分かったから喋るな」


 飛竜がクシャミする度にとんでもなく揺れた。スピードがどうのとかそういう問題では無い。そしてナスカがクシャミの振動で落ちかけたので、慌ててその襟首を掴んだ。


「お前……だからちゃんと捕まってろって――」


「ジェドっちー、あれ見て」


「ん?」


 ナスカが指差したのはこれから向かう火山の方角である。俺には霞すぎて何にも見えないが、ニコニコと笑うナスカには何か見えてるらしい。


「……何も見えないが」


「何か山の上、ヤバそう」


「何が? ……風?」


 ナスカが指差す先を見ると、霞みがかっている魔石粉が乱気流となって流れていた。それに巻き込まれるように周りにも強い風が吹いてきた。


「お客さん達、乱気流で揺れますからしっかり捕まっていてくださいねー!」


 飛竜が風を切るように体を細めて気流に乗る。俺達もしっかりと手綱に捕まっていた。――が


「あ、やっぱダメ……へーっくし!! いくしっ! くしゃん!! げほっ!! ちょ、魔石粉ヤバくしょーい!」


 ダメだったらしい。そりゃそうですよね、風だけならともかく魔石の砂が凄いもんねこれ。目を開けていられない程の砂嵐とクシャミの振動についに――


「あ……」


 シルバーが落ちた。それを止めようとした俺も落ちて、でもってナスカも落ちた。


「こんなん落ちるなって方が無理だよねーあはは、ぺっ、砂痛い」


「言うてる場合か!」


 風に流されて落下したのは丁度火山の上だった。

 粉塵の先に微かに見えるのは湖だが……


「アレは魔石火山の作り出した火山湖だねぇ」


「それって落ちて大丈夫なヤツなのか?」


「何が溶けているか分からないから飲まない方が良いかもしれないね。私のようになりたく無ければ」


 ニコリと笑うシルバー。なりたくは無い俺達は鼻と口を押さえて湖へと思いっきりダイブした。

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