漆黒の疑惑……避けられない投獄(後編)
暗く寒い地下牢……俺を睨み付ける般若。
漆黒の騎士団長は未だかつてないピンチに見舞われていた。
いや、毎回違う種類とかベクトルのピンチには見舞われていますがね。
「シルバー、何でこんな事になってんだよ……」
「済まないねぇジェド。私も散々説得したのだけど、言わされているだとか小さい少女を騙しているだとか言われて、全然聞き入れて貰えないんだよ」
般若受付嬢の後ろにいるシルバーも困り顔だった。般若は怖いが女児の困り顔は可愛い。
……いかん、そんな気持ちでいるからロリコン疑惑をかけられるのだ。誤解無きように主張しておくが、俺は女児と恋愛がしたいのではなく、将来可愛いお嫁さんと可愛い娘が居てほしいという願望があるだけだ。悪しからず。
「というか、何でそんなに俺を目の敵にするんだ? そもそも女児を無理やり連れまわしているとか、真実の愛だとかも全部誤解なんだが」
「誤解……?」
「ああ、誤解だ。ちゃんと調べてくれ」
大体、それでロリコン疑惑がかけられるのであれば世界中の娘を持つお父さんが冤罪で牢屋に入れられているはずだ。俺は全くの無実である。
般若は取り出した書類をパラパラと捲った。
「……まず、ジェド・クランバルさん。シルバーちゃんの書類では父親となっていますが……あなた未婚ですよね? 母親はどうしました? ……というかそもそも、この書類ではシルバーちゃんは男になってますが。これって本当にちゃんとした書類なんですか?」
……おおう。なるほど。
ちゃんとした書類かそうじゃないかと聞かれると、全くちゃんとした書類ではない。シルバーが勝手に作ったまごう事なき偽造書類である。確かに何もかも違いましたね。そもそもアイツ成人男子ですし。というかそれで引っかかるのなら前に帝国にその書類で戻ってきた時もちゃんと引っかかった方が良かったよね。前の受付のヤツちゃんとしろよ。
「書類については言い返す言葉もございません……」
「ではロリコンを認めたという事で」
「ちょっと待て、それはおかしいだろ。確かに諸事情により書類は偽造したかもしれないが……だからといって俺がロリコンと認定するには不十分だろ」
「いたいけな少女を文書まで偽造して国外に連れて行く理由がいかがわしい以外に何だと言うのですか!」
「ぐぅ……」
アカン……ぐうの音しか出てこない。実はこの可愛い女の子の中身は爆発しそうな男で、謎のキノコを食べたら女の子になっちゃったなんて、正直に話をした所でこの流れでは信じて貰える訳も無いし……一体どうしたら。
「これは困ったねぇ……せめて私に魔法が使えたら良いのだけど、今の私は可愛いだけのただの女児だ」
「まぁしょうがないよね。ジェドっちがいけない所もあるし」
「何で俺が……って、ナスカ……お前何で外に出られてるんだ……?」
「ん?」
普通にシルバーの横で会話していたナスカは、さっきまで向かいの檻に閉じ込められていたはずだった。いつの間に何をしたのか分からないが、ナスカの居た檻の入り口が開いていた。
「あんな鍵くらい簡単に開くに決まってんじゃん。俺、パズルとか知恵の輪系得意なんだ」
ナスカが笑いながら細い針金を弄っていた。いや、それ盗賊のスキルだしパズル得意とか関係無いだろ……
「だっ……脱獄っ!!!」
般若の女が人を呼びに行こうと入り口に走ったが、開けようとした扉にナスカが勢いよく蹴りを入れて阻止した。アレは知っているぞ、足ドンとかいう女子が胸キュンするヤツだ。アイツがやっても柄が悪すぎてどの辺りがキュンなのか分からんが……
「……なっ」
「アンタ、ジェドっちを目の敵にする理由、あるんでしょ? ちゃんと話なよ」
「!!!!」
「え……? 理由???」
笑っていない笑顔のナスカに詰め寄られ、般若の受付嬢は鬼の顔を崩し普通のお姉さんの顔で目を逸らした。
「確かに……私がジェド・クランバルさんを目の敵にしているのには理由があります……」
「俺を目の敵に……か。どんな……?」
と言いつつ半分分かっていた。俺に関わる女など皆悪役令嬢だ。
「……私はさる国の貴族の娘でした。その頃はもうやりたい放題で立場の弱い令嬢を虐めたり、色んな人に恨まれたわ」
「ほほぅ、つまり悪役令嬢だねぇ」
「なー、こんなんジェドっちのせいだから別に気にする事無いと思う」
ちょっと待てぃ、別に悪役令嬢に絡まれるのは俺が何かの罪や業を背負っているからという訳では無いんだが。……え? 実はそうなの? 違うよな? やめてよ。
「まぁ、それはともかく。何故そんな我儘貴族が急にゲート都市で受付嬢をしてロリコンを取り締まっているんだ? 俺はロリコンでは無いが」
「……やりたい放題の末に私は婚約者に捨てられ家からも追い出されました」
なるほど断罪だな。
「そして私は放浪の末にこの都市にたどり着いたのです。そして、今度こそ間違った道を歩まないようにと……清く正しく生きる事を決意しました」
「それで厳しく取り締まっている、というのに繋がるのか……」
「はい。私はゲート都市で働いて驚愕しました。不正通行、届出提出不足の不正魔法利用、公共の場での過度の露出に果てはロリコン……」
ウーン……全部俺達なのでは?
「そしてそれを見過ごす受付の怠慢……そんな事がまかり通って良いはずが無いんです! そんな間違った事を許してしまっては、私は……だから悪事は絶対に裁かれるべきです!」
「ちょっと待て。君の元居た国の法律がどうなのかは知らないが、今並べたものは重犯罪では無い。露出狂とロリコンについては……程度によるが。あと、君が作っているのは冤罪で、それはそれで罪なんだからな?」
「……え」
「そもそも、貴女が全然話を聞いてくれなかっただけで私は女の子でも子供でも無い」
シルバーは、ゴソゴソと紙を取り出した。それはちゃんとした魔塔主の身分証で魔法印が入っている。
「いや最初からそれ出しとけよ」
「最初から出したのだけどねぇ。全然聞く耳持ってくれなかったというか……」
シルバーはハの字の眉で首を傾げた。頼むから可愛い仕草をしないで欲しい。
「すみません、何か私……頭に血が上ると他の事が見えなくなっちゃうというか、思い込みに囚われるというか」
「分かってくれて良かったよ。いや、こちらも紛らわしい事をしているからな。だが、その辺りをもう少し気を付けないとまた断罪されるぞ……?」
「……気を付けます」
すっかり般若の顔も消えた受付のお姉さんは優しい顔に戻っていた。ナスカを取り合っていた受付嬢も中々の般若だったが、やはり女性には優しく笑っていて頂きたい。
「では、我々はこれで出られるという事で……」
「いえ、普通に提出書類の性別とか家族構成とか色々間違っていますので、そちらの女の子も含めて再手続きと罰金とその他諸々書類記入頂きます。なので暫くここに居てください」
「ええ……」
シルバーを見るとやはり嫌な顔をして頭を抱えていた。
「うう……面倒な手続き……」
「あとそちらの方は勝手に牢から出たのと、受付の女性2人が話があるみたいなので、そちらを解決するまでちゃんと入っていて下さい」
「え?」
扉の向こうから誰かが近付いて来る圧を感じた。どうやらナスカの方は全然解決してなかったらしい。
「うーん、面倒臭く無さそうな子を選んだんだけどなー。やっぱ2人居ると張り合って引かなくなっちゃうよねー、あはは」
「……お前は何回か刺されろ」
全く懲りていないナスカの女性問題と、書類記入に足止めを食らった俺達は暫くゲート都市の地下牢から出られなかった。
――数時間後……俺達はようやく解放されて、アンデヴェロプトへのゲートへと歩き出す。
「いやー、大変な目に遭ったなー」
そう笑うナスカの両頬は手形に腫れていた。大変だと思うならば女性関係は程々にした方が良いと思いますがね。
「数々の悪役令嬢といい、軽く女性恐怖症になりそうだが……ロリコン疑惑も勘弁して貰いたいな……」
「そ? ジェドっちは素質あると思うけどねー、ロリコン」
「あってたまるか!」
ナスカにとんでもなく心外な事を言われた……いや確かに幼女に好かれやすいような気もしなくも無いが、俺は至って健全な男子なはず……
違うよな……アイツが言うと洒落にならなすぎて怖いんだけど……
悩む俺を見てナスカが笑っているので多分からかっているのだろう。
落ち込む俺を幼女のシルバーが優しく撫でた。頼むからその可愛い容姿で優しくしないで……




