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漆黒の騎士団長達は北に旅立つ

  


 ♪〜♪〜


 ……鼻歌を歌っている。


 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは遊び人のナスカ、子供のシルバーと一緒に皇帝の執務室に居た。


 誕生祭の1日目、1番盛り上がり1番訳の分からない日が終わって清々しい朝を迎えている。

 警備が必要なのはあの大混乱の祭りであり、今日からは緩やかな出店が数日続くだけ……遊びに来ていた他の国の人達も首都を離れて帝国各地の観光へ向かったり忙しく国に戻ったりと散り散りになった。

 あの1日目だけは何年参加しても訳が分からないし、年々意味が変わって来ている。最初は惚れ薬や変な仮装は無かったはずなのだが……


 昨夜も変な事件に巻き込まれたりナスカの女関係の痴話喧嘩に巻き込まれたりして最終的に街中で爆発騒ぎを起こしてしまった。警備強化どころか事件を起こしているお騒がせ騎士団長とは俺の事である。来年辺り、夜は爆発させる祭だと勘違いする輩が現れるかもしれない……


 という訳で、昨日の騒ぎを反省して、自ら陛下の元に出頭してきたのだが……てっきり出会い頭に拳骨を落とされるかと思いきや、この上機嫌である。

 聞いた話では、オペラは流石に国が心配で帰ってしまったとかで……陛下はさぞ機嫌が悪いのだろうと覚悟していたのだが。


「……なぁシャドウ。陛下、昨日ついに何かあったのか?」


 執務室の掃除をしていたシャドウにコソコソと耳打ちしたのだが、シャドウは首を振って掃除の手を休めずに言う。


「私に分かる訳無いじゃないですか。お2人の事はお2人だけが分かって居れば良いのです。まぁ、でも陛下があんなに上機嫌だって事は……何かしら想いが通じたんじゃないですかね」


「ウィルダーネスから戻って来てからずっとアレやこれやと考えたり悩んだりしていましたからね……その間も休まず働いていたので、私は陛下がまた過労で寝てしまうのではないかと心配でしたが。ああして機嫌良く仕事が捗っているだけでも嬉しいです」


 宰相のエースも陛下の様子をほっこりと見守っていた。エースは早く陛下に結婚して貰いたいとアレコレ画策する派だったのだが、やる気を出した陛下が散々失敗している所を見て諦めたのだろう。

 急いては事を仕損じる、と何処かの偉い人が言っていたらしいが、エースは最早祈って待ち続ける方に徹したらしい。

 まぁ、上機嫌で怒られないのは良い事だと思ったのだが、残念ながら上機嫌でも爆発騒ぎの件はしっかり怒られたし拳骨も落とされた。上機嫌とそれとは話が別らしい。トホホ。


「ジェド、君達は拳骨を落とされる為だけに来たんじゃないだろう」


 隣で同じ様にデカいタンコブを作っているナスカの横で、子供のシルバーがナスカの頭を撫でながら呟いた。


「そうだった。拳骨のあまりの痛さに忘れる所だった……」


「? 他にも何か用事があったのかい?」


「ええ」


 俺は収納魔法に入っていたシルバーの荷物から、地図の魔術具を取り出した。ペンダントトップに地図が描かれているもので、シルバーが拡大鏡でチマチマとした文字を覗いていた時は面倒くさそうだったが大きな世界地図として使うにはまぁまぁ便利だと思う。


 俺はその地図の白い所を指した。


 帝国のある自由大陸はかなり南側にあるが、そこからぐんと北の果て、地図の色も真っ白な地グラス大陸。


 グラス大陸は雪と氷に覆われた大陸である。帝国も今は冬で、時折降った雪がいつまでも溶けない事もあるが……グラス大陸は俺達の想像する冬とは全く違う。


 流石に春から夏は雪の無い所もあるが、この時期は国が地図から無くなる程雪が積もる。

 一度に降る雪で人が埋まると噂で聞いた事があるが、そんなのもう災害では?


「グラス大陸?」


「えーと、ワ……じゃない、知り合いがグラス大陸に行こうとしたらゲートが通行止めだったとかで、何でかなーって……」


「……君のその知り合いは異世界人か何か?」


「え……いや」


 陛下が訝しんでいる。何で分かったんだ?

 何でか分からないが陛下はため息をついた。


「異世界人はわざわざ寒い時に寒い地に行きたがるからね……最近グラス大陸の雪を観光開発に利用しようとしているのも異世界人だ。だが、残念ながら今の時期のグラス大陸は災害レベルの大雪と凍結でゲートが機能を停止している。行くならもう少し時期を遅らせた方がいいだろう」


「えー、そうなの?? どうするジェドっち」


「うーむ……」


「ん? 何かグラス大陸に用事でもあるの?」


 そう、俺達はワンダーの話だけじゃなく……他にも頼まれ事があったのだ。


「実は……」



 ★★★



 それは誕生祭の夜――朝から走ったり呑んだり爆発したりと色々ありすぎて俺達3人はボロボロになりながら公爵家に帰った。

 正確にはボロボロなのは俺1人で、ナスカは酔っ払って寝ちゃうし子供のシルバーもお眠だった。お前こけしの時にも寝てただろ。


 屋敷に入った時間もかなり遅く、直ぐに自室で寝ようとしたのだが……


「……ジェド、ジェド……」


「ん?」


 眠い目を擦りながらシルバーが空を指指した。空はまだ真っ暗だったが、端の方が少し明るくなっていた。


「ああ……もうそんな時間なのか。深夜どころか朝方かよ。誰かいるー?」


 呼ぶとメイドが出て来たので収納魔法から陽当たり茸を取り出して料理して貰った。

 眠りかけのシルバーでも食べやすいように温かい茸のスープにしてくれた。


「ほら、食べないと朝になったら爆発するぞ?」


「うん……」


 シルバーはうつらうつらしていた。見た目はこんなに可愛い子供だが、中身は成人男子だし、本来の姿に戻ると魔法の制御が出来なくて爆発してしまうヤベー奴である。


 スプーンで茸を掬って差し出すと、シルバーはパクリと口に入れた。


「何かそうして見るとホントお父さんみたいだねジェドっち。育児メンズ……イクメンってヤツ?」


「うるさい。……というかお前は何でパンイチなんだ……?」


「え? 寝るからでしょ? ふわー……」


 ナスカが、何を当たり前の事を? みたいな顔で返して来たが、ここは俺の寝室ですしパンイチの男は当たり前では無い。ちなみにちゃんとメイドが寝巻きを人数分用意しているんですがね……?


「俺さー、呑んだ後って暑すぎて服着てると寝れないタイプなんだよねー。ホントはパンツも脱ぎたいしメイドさんに添い寝して欲しい……」


「それは本当にヤメロ」


「でしょー? だからパンツも履いてるしメイドの添い寝も我慢するんだからさ、俺偉くない」


 そう言ってモゾモゾとベッドに入り出した。ナスカには最大の譲歩らしい。うん、それ俺のベッドね。

 茸スープを食べ終えたシルバーももう限界だったのかウトウトし始めたので抱えてベッドに寝かそうとしたが……何かもうベッドの上で色々はだけているナスカの姿を見てげんなりとした。


「……シルバー、服を着てない男が居るふかふかのベッドと多少寝心地は悪いが服を着てない男が居ないソファーとどっちが良い?」


「……服を着てない男が居ない方」


「奇遇だな。俺もだ」


 俺は毛布をシルバーにかけてソファーに寝かせ、俺もソファーの端の方で座りながらウトウトとした。騎士団長ですので座ったままでも寝れますしおすし……



 翌日。すっかり日が上がった頃に俺の部屋を開ける、いも弟のジュエリーちゃんこと大輔の元気な声が聞こえた。


「ジェドの兄貴ー! 昨日は楽しかった? 遅かったみたいだ……けど……」


「……ん? 大輔? もう朝か……」


 ソファーで寝ていたので少し身体が痛い。寝起きで開き辛い目を擦りながら見ると大輔は固まっていた。

 何で固まっているのだとその視線の先を見ると、いつの間にか俺の膝の上に移動して寝ていたシルバーを見ている。

 ん? あれ? 朝なのに昨日の夜と変わっていない……? と思ったが、よく見ると昨日より何か心なしか可愛い。

 昨日はオトコの娘って感じだったが、最早女の子である。


「ん……? ジェド、おはよう」


「シルバー……お前、女の子になってないか……?」


「ん?」


 シルバーは身体中ペタペタと触った。


「……女の子だねぇ」


 ……何という事でしょう。今日の陽当たり茸はシルバーをジュエリーちゃんと同じ位の年頃の女の子に変えてしまっていたのだ。

 そして、そのシルバーを見た大輔は泣き出した。


「うわーーーーーん!!! 兄貴のばかーーー!! 俺とも一緒に寝てくれた事なんて無いのにーーー!! 何処の馬の骨とも知らない女の子と先に寝るなんてーー!!!」


「ちょっと待て大輔。その言葉はだいぶ語弊があるし、コイツの中身は成人男性だし、なんならお前の中身も成人男性じゃないのか?」


「なーにー……煩くて寝てらんない……」


 泣き出す大輔の声にナスカがモソモソと起きて来たが、それを見て大輔は喉をヒュっと鳴らした。


「ヒェ……兄貴のベッドから裸の男が……」


「――ちょっと待て。それもだいぶ誤解なんだが」


 必死で大輔を宥める俺を他所に、シルバーとナスカは呑気に話し始めた。


「珍しく寝起きがいいねぇ。いつもなら煩くても寝ているのに」


「ん? 分かる? 実はさー、グラス大陸って行った事ないから楽しみでさー。雪見たい」


「あら? グラス大陸の話?」


 ナスカとシルバーの話に、いつの間にか母さんが混じっていた。何故母さんがここに居るのかと思ったが……どうやら大輔と一緒に俺を起こしに来たらしい。


「ジェドっちのお母さんグラス大陸の事知ってるの?」


「ええ。私の実家がグラス大陸にあるのよ」


「へー、そうなんだー。ねーねー、雪が多い所って美人が多いって本当?」


「うふふ」


 俺は全然知らなかったが、母さんの実家はグラス大陸のスノーマンという国にあるらしい。


「剣の修行で帝国まで来てからジャスミンとの決闘に明け暮れていたし……そのまま全然帰ってないのよねー。この剣だって家宝の剣なんだけど勝手に持って来ちゃってねー。悪いんだけどジェド、グラス大陸に行くならついでに返しに行ってくれない?」


「え? 良いのかよ。その剣ずっと使ってんだろ?」


「良いのよ。何かでかくて重いし」


 じゃあ何で勝手に持って来たし。


「あの頃は私も尖っていたというか、家に反発していた所もあったのよねー。でももう今は幸せだし必要無いから返しても良いかなって」


 ……だったら自分で返しに行って欲しいと思ったが、まぁ母さんにも事情があるのだろう。単純に神に挑むのに忙しいだけかもしれないけど。

 ま、どうせ行くならついでに持って行こう。


 俺は未だ不機嫌な大輔を撫でて大剣を受け取った。確かにめちゃくちゃ重いわ……



 ★★★



「……という訳で、グラス大陸にお使いを頼まれているんです」


「……何処から突っ込んでいいのか分からないけど、何か子供のままだと思っていたらそういう事だったんだね」


 陛下は微妙な目でシルバーを見た。シルバーは子供用のポンチョを被っていたので一見男の子か女の子か分からないが……女の子である。


「まぁ丁度良かったよ。実は、確かにグラス大陸にはゲートの凍結で行かれないのだが……スノーマンとも連絡が取れなくてね、心配していたんだよ。単純にゲートの凍結と同じように通信具の故障かも知れないので、もう少し待ってみるつもりではいたが……行ってくれるならば調査に行って欲しい」


「ん? でもグラス大陸には行かれないんじゃ……シルバーの移動魔法も今は使えないですし」


 すると陛下はペンダントトップの小さな地図を指さした。白い地から南に指を進めると茶色い荒野の大陸になる。それは不毛の荒野ウィルダーネス大陸だった。


「ウィルダーネス大陸から渡れないことも無い。正直ウィルダーネス大陸側の国境については荒れ具合も含めて未だ調査が追い付いてないが……」


 ウィルダーネス大陸と言えば何時ぞやの白い神殿事件のあった場所である。陛下の難しそうな顔を見るとやはり……


「もしや、ナーガがそこに居る可能性も……?」


「そうと決まった訳では無いし、他にも通信具の故障か連絡の取れない地はある。だが、あの大陸と近い所を思うと、今1番可能性がある」


「……分かりました。出来る限り調査します」


「気を付けてね」


 陛下は心配そうな顔をしていたが、隣に居たナスカはウキウキと喜んでいた。


「やったー、スノーリゾートだー」


 ……お前、話聞いてた?


 と、言う訳で調査とお使いとリゾートの為に俺達は真っ白な大地、グラス大陸を目指す事にした。 


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