誕生祭の夜……本物の太陽(前編)
「ジェドっち、そろそろじゃない?」
「……ああ。そろそろだな」
空に浮かぶ炎が灯火を終え、夜に変わる頃……漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと遊び人ナスカは神妙な面持ちでこけしを見つめていた。
こけしがウネウネと形を保てずに溶けていく。その様子を何度見ても慣れはしなかった。
溶けたこけしの後に残ったのは子供だった。魔塔主シルバーは陽が落ちると共に見慣れた子供姿へと変化する。
「あー良かった。こけシルさぁ、キノコ食べれないから本当に大丈夫かドキドキしたよなー」
「全くだ」
俺とナスカはシルバーが無事子供に変わって安堵した。
こけしがキノコを食べれないのでは無いかと気付いた夕暮れ時、俺達は考えた。
考えた末に酒場に戻り、厨房を借りた。酒場の店主は呆れよりも何が起きるのかと行く末を見守る方に専念していた。
とりあえず、シンプルに一緒に煮てみよう――と思い立ち、こけしのシルバーをキノコと一緒にお湯に浸けて煮てみた。夜鳴き茸はだし汁が出て美味しそうな香りがした。
酒場の店主は驚いた。何せ、大の大人2人が神妙な面持ちでこけしと茸を煮ているのだから。何かの儀式かと思っただろう。
儀式から生まれたのは子供だった。
「……私も長い事酒場で色んな種族を見て来ましたが……こけしと茸を煮て生まれてくる子供は初めて見ました……一体、何の種族ですかね?」
「色んな偶然と試行錯誤の結果、変な料理みたいになってしまったが……ただの人間だ。こけしになってしまった人間が、食べると子供になる茸を食べて? 子供になっただけだ」
「なるほど、分かりませんな」
「俺も言っていてよく分からないよ」
「ねーねー、それよりあの灯り何?」
俺とオッサンの会話よりも、ナスカとシルバーは窓から漏れる明かりを気にしていた。
「ああ、外に出てみるか。誕生祭1日目の最後……夜の祭りだ」
―――――――――――――――――――
俺達が酒場の扉から出ると外は暗く、城下町はすっかり深く藍色へと染まっていた。
綺麗になった町の至る所には花と灯篭が飾られている。
優しく灯るその灯篭と共鳴するかの様に、飾られた花が色とりどりに輝き発光し始めた……
これは精霊国に咲く『偽物の太陽』と言われる花で、昼間ため込んだ光を暗い所で発光させる事が出来る蓄光花である。
帝国の太陽と言えば皆想像するのは陛下ただ1人。
帝国の太陽に感謝をし、代わりの太陽を捧げる事で陛下を労う……というか休んで欲しいという皆の願いが込められている。
小さな子供達は花の汁を服に付けて遊んでいた。畜光の花の汁で服に絵を描くと夜光るのだ。それを初めて見たエースは「光るパジャマ……」と言っていた。異世界にも光る夜着があるらしい。
花は町中に飾るだけではない。
光る花のあしらわれた仮面とドレスを着た女性達、同じように光る花を仮面に着けた男性達……
誕生祭の夜は仮面の花祭りである。
仮面の祭りといえば男女の恋の駆け引きの舞台……
恋愛小説や乙女ゲームでも仮面の男女が恋人を、想い人を探すというのは鉄板イベントなだろうか? そこかしこで断罪から逃れる悪役令嬢、はたまた普通にヒロインなのかもしれないが女が男に手を引かれて走り抜けていた。
「はー、夜は光の中で顔を隠して皆楽しむんだー」
ナスカが駆け抜ける仮面の男女をまじまじと見た。
「ああ。この日ばかりは普段の自分を忘れて踊ろうという祭りでな。……本当は陛下に休んで貰いたいから考えた祭りだったんだよ」
「なるほど、それで皆頭に光る花を着けているんだね」
そう、陛下の髪色は太陽の色だから……それを模して花飾りを皆が頭に着けて顔を隠したのがそもそもの始まりである。
「じゃあ、アレもやっぱりそこから来てんのか?」
「……そうなんだよ」
ナスカが指差す先、仮面の男女に混じって陛下の様な髪色に服装……陛下モドキが何人もいた。
「じゃあアレは?」
シルバーが指差す先にはウサギや熊やピエロ……変な仮装した団体も居た。
「ああ……あれも、まぁまぁそうだな……」
陛下に休んで貰う為に、陛下を模す。
そこから由来した仮面の花祭りなのだが、中にはこだわる者、悪ノリする者が出始める。
最初にこだわった者が陛下モドキになって現れた。
それは流石に不敬が過ぎるのでは? と皆が思ったが、本人は真面目である。陛下に民に混じってゆっくり楽しんで貰いたいからという強い尊敬の念からだったので、そんな民の思いに怒れる程陛下は厳しくない。というか今まで民に怒った事はあまり無い。
そうなのか。と、納得し賛同した者達は次々と陛下モドキになった。
だが、次に現れたのは反対の意見を持つ勢力である。……いやいや、そもそも逆だろ! と、陛下を隠す派の者達は陛下に着ぐるみを着せて自分達も着ぐるみを着た。これならば最早陛下の面影は無いし陛下が何処に居るかすら分からない。安心して楽しめるだろう、という民の配慮だった。
果たして着ぐるみを着る事については陛下は何か思う事は無いのだろうか? と城の皆は心配したが、『民が自分を想ってやる事に何を思うことがあるんだい?』とウサギの着ぐるみを被った陛下が言った。
それを聞いた第3勢力は
「どうせ仮装するならば現実離れしたものがいい」
「私は騎士団長になってみたい」
「どうせなら逆に限界に挑戦したい」
と言い始めた。当初の陛下がどうのとかは何処へ行ったのか……現在の仮面の花祭りはただの仮装パーティーである。
唯一の名残は皆頭に光る花を着けているという事だけだった。
町中変な格好をした者達で溢れ、誰が誰だか分からない。
だが、コレがやりたくて国外からも客が沢山訪れる。さっきチラッとジャスティアとアビスのラブラブ夫婦が仮面を着けて歩いているのが見えた。
貴族も一般市民も旅人も種族も魔獣も精霊も分け隔て無く……この祭では何者でも無いのだ。
……結果オーライだと言いながら、陛下はいつも人混みに消えていく。この日ばかりは陛下がいつも何をしているのか、誰にも分からない。
「ジェドっちー! コレど?」
ナスカが屋台で変なお面を着けていた。タコの様に口を尖らせた男の面である。愛嬌があっていいが、どうせ着けるならもう少しカッコいいヤツが良い……
「魔ゾっ子はこれね」
シルバーは花飾りの付いたトンガリ帽子に魔女のようなローブを着せられて小さな箒を持っていた。まるで小さな魔女である。おとこの娘とは、こういうヤツなんじゃなかろうか。
「ジェド、こんな所に居たのですね」
祭りの最中、人混みから声をかけて来たのは宰相のエースだった。エースは普通に花のついた仮面をしているだけだったが。
この夜だけは皇城も執務は一切禁止で祭りを楽しむ事になっている。陛下に国中が休んで欲しいと願っているのだから、家臣だけ働く訳にはいかないだろうという陛下の勅命である。
街中を警備している騎士達も居るが、基本的には祭りを楽しむ事となっていた。
エースの隣には太陽の色の髪を両側で三つ編みに下げ、頭に花を飾る陛下モドキが居た。
他のモドキは似たような太陽の色の染料やカツラを被るだけだが、その髪色は本当に太陽の色をしていた。心なしか陛下よりはすこしだけ薄い色合い――久々に見た甲冑を着てないシャドウである。
「しかし……魔塔主様のその格好といい……これはもうアレですね」
エースは何か似たような祭りに心当たりがあるのか、街の様子を見てクスクスと笑った。
「エースにシャドウ、陛下見なかった?」
「陛下ですか? さぁ……毎年この祭りでは見つけられませんので」
「町中で陛下を隠しているようなものだしな。ちょっと用事があったんだけど……どの道今夜は執務禁止だしな。仕事の事は明日にするか」
俺は明日出来る事を明日に回してタコ男の面を着けた。着けた瞬間エースが盛大に吹いて咽せる。
シャドウは光が揺れる幻想的な街並みと人の群れの遠くを微笑みながら見つめていた。
★★★
光の群れの中に居た1人の女性。
編み込まれた光る花を白い髪が反射して金色の髪色に見え、元の女王とはまるで別人の様。
帝国の誕生祭に初めて来た彼女は、午前中の水かけ祭りでは散々な目に遭った。
記憶が曖昧だったが、何故か皇帝ルーカスを抱き締めただけでは無く壁に思いっきり突き飛ばしてしまったようだ。
だが、魔王の頭を踏んだ事に関しては積年の思いが少し晴れたような気がした。
それで全て消す事は出来ないかもしれないが、少でも歩み寄るその一歩になれば良い……
下水道のあった路地から走り出した後、また道に迷ってしまった。埒があかないと羽を広げ、背の高い時計塔から見下ろした午後の城下町では――何故か掃除が始まった。
軽快な音楽と共に奇想天外、楽しそうに踊り狂い……掃除。
訳の分からない祭りをぼーっと見つめていると時間が過ぎ、次第に空が緋色に色を落としていった。
すると今度は町中光る花と灯篭で彩られ……夜と共に住民達の様子がおかしくなって行く。
最初の異変はルーカスによく似た男を見つけた時。そちらへ行こうとするも直ぐに別人だと気付いた。ルーカスの髪は太陽の色……似た様な格好をしていても、長年目に焼き付けて夢に見たオペラには分かる。
何故そんな格好をと驚き見るが、それは1人では無かった。沢山のルーカスモドキ。
そしてそれだけでは無い……奇抜な格好、様々な種族、そして仮面。
その頭には共通して真昼の太陽の様に優しく淡く光る花が飾られた。
「これは……」
「あ、オペラ様だ」
「まあ、オペラ様ね」
「えっ、初めて見るが彼女がオペラ様か」
1人が時計塔の上の彼女を指差すと、他の人達も振り向いた。
水かけ祭りの時もそうだが、何故帝国の民は自分にその様な反応をするのかと疑問に思っていた。
数人の魔法使い達が花を持ってオペラの近くに来る。
「オペラ様は誕生祭は初めてなのですよね? 誕生祭の夜は仮装と花のお祭りですのよ」
「オペラ様も楽しみましょう?」
そう言いながら数人の魔女達は魔法でオペラの髪を花と一緒に編み込んだ。
「わぁ、そうして見るとルーカス様の髪色に近い淡い太陽の色ですね」
陽の光を蓄え光る花……その光をそのまま映す白い髪は太陽の色に輝いていた。
「これもどうぞ」
「楽しんで下さいね」
オペラを飾り付けた魔女達はホウキに乗って光の群れへと戻って行った。
されるがままに髪や服に花を散らし、仮面を着けたオペラは羽を小さく仕舞い人混みへと紛れて行く。
仮面を着けて手を繋ぐ恋人達。見た事の無い奇抜な着ぐるみ。花の汁を服に付けて光で遊ぶ子供達……
オペラにはその人混みが、まるで光の迷路の様に見えた。




