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誕生祭の午後……酒場の迷惑な客(後編)

 


 帝国の生誕祭。お昼を過ぎた街中は掃除の人で賑わっていた。


 午後の掃除祭りは掃除自体がイベントであり、出し物でありステージである。

 ……って、帝国に来た事無い人には何を言っているのか理解し難いですよね。


 元は1人が言い出した言葉から始まった。


『あー……何か掃除つまんねーな』


 何処のご家庭でもそうだろう。張り切って掃除をしようとした時程、武器の手入れが気になったり、積んであった書物を見てしまったり、子供の時に使っていた遊具が見つかって遊び出してしまったり……


 そんな脱線を許さないのが陛下である。

『遊びたいなら掃除が終わってからにしてね』と笑顔で言われ、皆は渋々掃除に勤しんだ。


 ……だが、陛下が治める帝国人はそこで終わらない。薄い本の集会が抜け穴を通りしぶとく抵抗しているのと同じように、屁理屈でも何でも陛下の取り決めに反せずに通ればそれが勝ちである。


 そうして生まれたのが『遊びながら掃除する』という発想だった。街中、踊り狂ったり競技したり演奏したりしながら掃除する。

 毎年斬新な掃除方法を競うようになり、掃除祭りで1番輝いた者には掃除王の称号が与えられるようになった。

 これについて実際の王である皇帝はどう思っているのかと心配したが、意外な事に掃除が捗るならいいとその発想を絶賛した。副賞として皇城から各種お掃除用具や便利魔術具が贈られるとか。


 という訳で酒場の外は祭りと掃除の異色のコラボであり、なんなら店主達も外から聞こえるノリノリの音楽に合わせて尻を振りながら店を掃除していた。……ちなみに騎士の名誉の為に言っておくと尻を振っている店主は美女などではなくオッサンである。騎士がオッサンのケツを見ながら現実逃避しているのは、それはそれで名誉は傷付いていると思うがね……


 目の前の現実はオッサンのケツよりも耐え難いものだった。

 俺の人生は悪役令嬢に巻き込まれてばかりで、きっとこの先も野良悪役令嬢に絡まれながら過ごすのだろうと諦めてはいた。

 だが、いい加減数々のシチュエーションに慣れて来た俺にも、未だ意味の分からない事が残っていたらしい。


 目の前の筋肉モリモリの大男が酔った勢いで悪役令嬢になろうとしているのだ。

 何を言っているのかは本当に分からない。突っ込みたいが何から突っ込んでいいのか分からない。


「そもそも悪役令嬢って何なんだ?」


 ナスカがへらへらと笑う。お前、知らずに提案したのかよ。


「俺も本で読んで知った位だからな、詳しい定義はわからんぞー」


 ナスカとアンバーが赤い顔で俺の方を向くが、俺を頼られても困る……


「……俺は、悪役令嬢に絡まれるだけで詳しい事は知らないぞ。何なら悪役令嬢風とか、令嬢じゃない奴とか魔獣とか無機物とかもいて最早定義が分からなくなって来ている位だからな」


「えー」


 ナスカがぶーたれる。男が口を尖らせても可愛くは無いんだよ。


「誰も分からないならこの話は終わりだな。迷惑だから酒場から出――」


「んじゃあ、知ってそうな奴に聞けば良いんじゃね?」


「は?」


 と、ナスカはゴソゴソと俺の収納魔法を勝手に漁り出した。何で勝手に漁れるんだ? 俺の収納魔法なんだが?


『盗賊の技だねぇ』


「何でそんなもん使えるんだコイツは、こら、やめい……あっ」


「おーい、聞こえるー?? ちょっと教えてよワンダー!」


「ちょ、おま――」


 俺の収納魔法からナスカが取り出したのはワンダーの本だった。ちょっと待てお前、何してんの。

 酔ったナスカが本に向かってしつこく呼びかけると、開かれた本からぬっと顔が出てきた。


 狐のような細い目は和やかに笑っているように見えるが、全然笑っていない。怒っている。何故か? 昨日呼び出したばかりだからです。


「……ジェド……いつでもは勘弁してくれって、僕言いましたよね……?」


「済まん……だが、呼び出したのは俺じゃ無い」


 お怒りのワンダーの背中をナスカが赤い顔で笑いながら叩きまくる。


「まーそう硬い事言うなって! 今まで悪役令嬢を弄んだんだろー? ここに困っている悪役令嬢希望者がが居るんだから助けてやってくれよー?!」


「は? 何言って――というか酒臭っ! ジェド、ここ酒場ですか? 何なんですかこれ……というか誰が悪役令嬢希望者……?」


 ナスカの酔いの勢いに流されるしかないワンダーは、結局その話を聞く羽目になってしまった。



「……なるほど、分かりました」


「分かったのか……???」


「経緯は分かりました。……何を言っているのかは分かりませんがね」


 ワンダーは眉間を押さえて苦悶した。良かった、同じ感覚のやつが来てくれて。ワンダーを呼び出したのは本当に申し訳ないが……シルバーはこけしだし、ツッコミが俺1人では不安だったのだ。


「で、結局悪役令嬢って何なんだ?」


 ナスカは酔いが冷めて来たのか追加で酒を頼んで飲み始めた。アンバーも酒樽を抱えながら真剣な顔で聞いている。お前らまだ飲むんかい。


「何って言われると……そのまま悪役の令嬢ですね」


「じゃあ悪い奴になれば良いって事だな」


「ちょっと根本的な話をしても良いですか……? 悪役の()()って言ったと思うんですが……」


「? そうだな、言ったな」


 ナスカとアンバーは不思議な顔をした。ワンダーの疑問は全然伝わらないらしい。ごめんね、酔っ払いのバカ2人で。


「……男性は令嬢ではありませんが?」


「そ、そうなのか?? 男は令嬢にはなれないのか?!」


 なれる訳無いだろ。本当何言ってんのお前ら……ワンダーも困ったように俺を見た。大丈夫だ、俺も困っている。


「……本当に男は令嬢になれないの?」


 杯を置いたナスカは真剣な顔をした。


「いや……だってほら、この辞書にも『貴族の娘、または他人の娘を敬って言う』と書いて――」


「娘って一括りにするけどさー、俺の知ってる中には娘として育てられた男とかー、娘っぽい様相の可愛い男とかさー何? 男の娘って言うの? そういう奴らはどうなの? 令嬢なのー?」


「えっ……」


 ナスカの問いかけにワンダーはうーんと考え始めた。


「男の娘は……まぁ、ギリギリ……令嬢、かなぁ……」


「やったー! 行けんじゃん、アンぴよ獣王なんだろ?? 貴族はクリアしてるし、あとは男の娘になれば良いんじゃん! 行ける行ける!」


「な、なるほど! 希望が見えて来たな!」


 男の娘とは、最近可愛い男子が流行っている獣人の国で密かに生まれ始めた、女の子と間違えそうな可愛い少年の事らしい。

 だが待て。鏡を見ろ。筋肉モリモリのマッチョは男の娘にはなれんぞ……? 本当ずっと何言ってんの?

 ワンダーも微妙な顔で納得しかけているが、お前はしっかりしろ。お前がしっかりしないと筋肉モリモリのマッチョな男の娘が爆誕してしまうだろうが。


「で、令嬢はクリアしたとして悪役令嬢の悪行って何なんだ?」


「何もクリアしていないような気もしますが。悪行に関してはまぁ、色々ですね。一般的な所だと、ヒロインの恋の邪魔をしたり虐めたりして……最終的に断罪ざまあされます」


「むむ……悪行か……王としてはそれが1番難しいな……」


 困った顔をするアンバーをナスカがバシバシと叩いた。


「アンぴよさー、話ちゃんと聞いてるー? だから、恋の邪魔とかって言ってんじゃん? アンぴよ既にしてんじゃん、邪魔さー」


「恋の邪魔……言われてみれば確かに……」


 アンバーは確かに恋の邪魔をしていた。陛下とオペラの。

 それを思い出しアンバーはワナワナと震え出した。


「俺は……もう既に悪役令嬢だったのか……」


「いえ、未だ令嬢の基準はクリアしていませんが?」


 ワンダーが冷静に突っ込む。今のアンバーは男の娘でも何でもないただのムキムキマッチョである。


「つまり、後は令嬢になれば良いという訳だな!!」


「ま、まぁ……話の流れからするとそうなりますね……」


 アンバーは希望に満ちた顔で樽を置いて立ち上がった。


「こうしちゃいられない! 俺は……おとこの娘に……なる!!」


 そう言ってムキムキの男は店を飛び出して何処かへ消えてしまった。


「……いや全然分からんから」


 初めから終わりまで一切分からない話だった。所詮酔っ払いの戯言である。

 元気よく走り出したアンバーを見送ったナスカはクックックッと笑い出した。


「アンぴよ、元気になったみたいで良かった良かった」


 杯を片手にニヤニヤ笑うナスカ。こいつ……


「……ナスカお前……やっぱアンバーの事をからかっていたな?」


「他人聞きの悪い事言わないでくれるー? 俺はアンぴよを元気付けてたワケじゃん、まぁちょっと面白いヤツだなーとは思ってたけど」


 ナスカはケラケラと笑った。ワンダーまで巻き込んで、こいつという奴は……


「本当に相変わらずあなた方は……もう」


 ワンダーは呆れた様にため息をついた。本当にごめんね……

 本の中に帰ろうとしたワンダーを俺は思い出したように呼び止めた。


「あ、待ってくれワンダー! ちょっと聞きたい事があるんだ」


「え? まだ僕に?」


 俺はノエルたんの事を思い出し、魔塔での事をワンダーに話した。



「そうですか……やはりあの時本が1つ足りないと思っていたのは気のせいでは無かったのですね」


「ノエルたん……いや、ナーガは青い文字の本を持っていたんだ」


「ああ、ナーガの本ですか……」


 本の中に入って書庫を探ってくれたが、戻って来たワンダーは首を振った。


「やはりダメですね。この間と同じ様にナーガの本にも入れませんでした……」


「そうか……」


 ワンダーならば何か分かるのではと思って聞いてみたが、やはりダメだったか……


「僕も情報を集めてみますね。何かあれば直ぐにお知らせします」


「頼む……」


「あ、そう言えば……氷の大陸、グラスの事はご存知ですか?」


「グラス? まぁ、知らない訳では無いが……それがどうかしたのか?」


「いや、今丁度寒いじゃないですか。やっぱり冬は敢えて寒い所に行くのが良いかなと思って、行ってみたいなーとゲート都市に行ったのですが不通みたいで諦めたのですよね。何で不通なのかなーと思って」


「グラス大陸が? いや、それは知らないが……後で陛下に聞いてみるよ」


「まぁ、僕も今他の所を旅している途中なので急ぎでは無いのですが。とりあえず、あまりホイホイ呼び出さないで下さいね。便利な未来ロボじゃないんだから……全く」


 そう言ってワンダーは本の中へと消えて行った。薄着だったので暖かい地にいるのだろう。いいなぁ。

 パタンと閉じる本を収納魔法へ仕舞うとナスカがキラキラとした目で俺の肩を叩いた。


「グラス大陸って雪遊びが出来るんだよね?? スノーリゾート! 行きたい!!」


「いや……今それどころじゃ無いんだが……」


 ナーガの問題も有るしシルバーの事も何とかしなくてはいけないし……と、こけシルを見ると鼻ちょうちんを作って寝ていた。いや、確かに昨日夜更かししましたがね……静かだと思ったらさぁ。


「何でお前ら、そんなに呑気なの……」


 外の音楽も呑気に陽気。だが、酒場の店主は陽気に揺れながらもはよ帰れという圧が凄かった。


 俺達は掃除の邪魔にならない様に酒場を出て、皇城へと戻って行った。

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