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誕生祭の午後……酒場の迷惑な客(前編)

 


 昼を告げる鐘が鳴ると、建物の中から避難していた市民の皆さんがゾロゾロと現れる。


 誕生祭の午後から何が行われるかというと――掃除である。


 誰が呼んだか「掃除祭り」……異世界では新しい年になる前に大掃除をするらしいのだが、帝国は違う。何故か? 水かけ祭りで街中が水浸しになるからである。その前に掃除をするなんて二度手間にも程がある。


 そもそもは水かけ祭りの片付けから始まった。最初は水を拭く程度だったが、人間気になり始めるとあっちもこっちも拭きたくなる。

 都合の良い事に程よく濡れた壁は掃除がし易い。

 街中には屋台が立つが半分は昼食の屋台、もう半分は掃除用具や洗剤、そして夜に向けての飾り付けの販売屋台が並ぶ。

 綺麗にした後は花や灯篭飾りが街を彩るのだ。


 そして今年は掃除の新兵器が屋台に並んだ。あのウィルダーネス大陸で取れる空の魔石である。

 黒ずみをたちまち吸い取る透明な魔石は、魔法陣の描かれた回収袋とセットで売られていた。掃除祭りは新しい事業の丁度いい宣伝の場であった。



「あ、ジェド様! お久しぶりです!」


 魔石の屋台から男が声をかけて来た。


「貴方は、イスピリの喫茶店の……」


 屋台で魔石を売っていたのはウィルダーネス大陸で立ち寄った喫茶店の店主だった。


「その節はお世話になりまして……あの後、魔塔や帝国からの支援や仕事の依頼を沢山頂けまして。貧しかったイスピリも少しずつ活気が出てきました。魔塔主様には本当にお世話になりまして、アンデヴェロプトには足を向けて寝られません」


 そう言った店主の後ろ半分はやはり服が無かった。


「いや、待て。活気が出てきたんだよな? 何で未だに前半分しか服が無いんだ?」


「うーん、何か後ろは別に必要無いかなって……」


「必要はあるだろ」


 店主がケツを向けている先はアンデヴェロプトである。足は向けられ無いのにケツを晒すとはこれ如何に?


「……本音を言うと、慣れてしまったので後ろに何かあると違和感が凄くて……」


「最初から正直に言えよ。……いや、正直に言ったから良いという訳では無いが」


 騎士仲間でも似たような話を聞く。暫く兜を着けていた奴が、その後何となく兜を外せなくなってしまうとか……またその逆で、寝る時に必ず全裸になる習慣がある奴が遠征や夜営で周りをビビらせてしまう事も。

 この話は異世界人も頷いていたので世界共通の話らしい。


 こんな後ろ半分服を着ていないヤツは捕まらないのだろうかと心配になるが、生憎帝国基準では大丈夫なのだ。何故なら半裸みたいな装備の戦士や踊り子もセーフだから。これがデフォルトの装備ならばギリギリセーフなのだ。自由大陸ってヤツはこれだから……


 ちなみに俺が脱ぐと拳骨されるのは、デフォルトでは無いから。自由の基準難しいね。


「所で、各地のお偉方がこの祭りに来られているみたいですが、魔塔主様の姿は無いですね。やはりお忙しいのでしょうか? 直接会って御礼を言いたかったのですが……」


「……」


 俺は無言で黒い袋からこけしを取り出した。頭から生えた髪がウネウネ動いている。


「……ええと……この不気味な置物? 人形? は何でしょうか?」


「お前が会いたがっている人だ」


「……人?」


 訝しむ店主の脳内にシルバーの声が響く。


『私だよ。ふふ……』


「なっ?! 直接脳内に!!」


 驚く店主にこけシルは楽しそうに語りかけていた。

 シルバーは基本的には何にでも興味を示し、面白がり、頼めば何でもしてくれる様なヤツである。あ、移動魔法はあまり使ってくれなくなったが……


 だが、シルバーが自主的に何とかしようと心に留めておく物は案外少ない。やはり生まれた地の事はずっと気にしていたのだろうか。


 2人……いや、1半裸と1こけしの様子を温かく見守っていると、掃除用具を持った騎士団員が俺を呼びに来た。


「あー、騎士団長ここに居たんですね! あの2人、掃除の邪魔だから引き取ってくれませんか? 酒場の主人も掃除が出来なくて困っているんですが……」


「……あいつら、酒場に居たのか」


 迷惑な2人組の情報が入り俺は肩を落とす。店主からこけシルを返して貰って袋に戻し、仕方なく酒場へと歩き出した。



 ―――――――――――――――――――



 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルはこけしの入った黒い袋を片手に酒場の前にいた。



 水かけ祭りの最後でちょろっと語られただけの苦労……ナスカとアンバーのこけしの取り合いは壮絶だった。


 何があったか聞きたいか? 聞きたくない? でも話す。



 ★★★



 腐の国の女子達の襲撃を受けた俺は、被害者のナスカを引き摺りながら人気の無い路地裏を歩いた。

 出会ってそう日も経ってないナスカだが、数日間観察していて分かった事があった。

 それは、コイツには執着心が無い事。来る物拒まず、去る物追わず。捉え所の無い笑顔は本気で笑ってはいないし執着もしない。


 ナスカ曰く、昨日に執着をせず明日を楽しく生きるのが毎日遊んで暮らせるコツらしい。


 だが……そんなナスカが初めて恋をした。本人が「こんな気持ちは初めてだ……」と言っていたのだから間違い無い。

 そのお相手はこけし。中身のシルバーではなく外見のこけし。異世界の民芸品。


 引き摺られながらもこけしを手放さない辺り、相当お気に召したのだろう。あんなにキモいと言っていたのに……惚れ薬恐ろしい。


 有るか良く分からないナスカの名誉の為に、俺は人気を逃れてコソコソ逃げまわっていたのだが――そんな俺達の前に奴は現れた。

 地面を嗅ぎながら現れた姿は獣のようだった。実際、獣なのだが。その男は獣王アンバー・ビーストキング。


 アンバーは俺達を見るなり乙女のような目をし、そして指差した。ナスカの抱えるこけしを。


『や……やっと見つけた……俺の可愛い……何だかよく分からない置物』


 意味が全然分からなかった。だが、何故だか知らないがアンバーはナスカと同じ状況に陥っていた。え? いつ? 何処でそんなタイミングあった?

 呆然としているとナスカがアンバーを睨む。


『あ? 何だテメー。見てんじゃねーよ、消えろ』


 急に柄が悪すぎる。目のいいナスカには一目見ただけでアンバーが何を欲しているのか分かったのだろう。


『お前こそ何だ? それは俺の物だ。国へ持ち帰って飾っておくんだ』


『は? 何勝手な事言ってんの? コレは俺が毎晩抱いて寝るんだよ』


 男2人が取り合う姿……これが女子ならば胸キュンであろうが、残念ながら奴らが取り合っているのはこけしである。何なら中身は男である。


 当のこけしは死んだ目をしていた。そうだよね、シルバーが欲しいのは友達であってこういうのでは無いよね。


『ならば勝負だーー!!!』

『上等だ表に出ろやー!!!』


 と、突然2人の戦いが始まり、こけシルは自力で俺の所に避難してきた。

 ナスカはともかくアンバーは既に全身夕陽みたいな色の闘気を纏っていてヤバイ。地面もひび割れてるし、こけしなんて一発で砕けるだろう。何故既にそんなギラギラしているのかも全然分からない。何なんだアイツは。


 ナスカはこんな奴相手にして大丈夫なのかよ? と心配したが、ニヤニヤ笑いながら懐から財布を出して頭上に金貨や銀貨をぶちまけた。

 何してんの? と思いきや、棍棒で次々とそれらを打ち込んでいく。百本――いや、千本位打ち込んでいるのかもしれない。


 激しくコインが路地を跳ね返る様は弾幕魔法の様で、シルバーがシールドを張った。


『ぬう!』


 食らったアンバーが声を上げる。

 跳ね返るだけならまだしも、ナスカの技はそれだけでは無い。何せ、全部が何かしらの奇跡を起こしてくるのだ。

 何処から飛んできたのか分からない石像、急に現れたゾウ、突然抜ける足元の床、何故か届く出前のランチ……


『ま、負けてたまるか!! うぉぉ!!!!』


 アンバーは血管がブチ切れるんじゃ無いかという位雄叫びを上げ抵抗した。


 アンバーといえば、先日のオペラの武闘会で魔塔主シルバーの魔法を物ともしない程のチート筋肉を見せた、無敵のマッチョである。

 コイツが人生で唯一、真っ向勝負での敗北を認めたのは陛下ただ1人だ。

 ……だが、そのアンバーに2度目の敗北が訪れた。

 何せナスカには近づく事すら出来ないのだから。

 魔法すら跳ね返す猛者も、攻撃出来なければただの筋肉自慢のマッチョである。筋肉がキレてるだけである。


『ケケケケ、こけしの事は諦めるんだな』


 ナスカが得意げに笑い、アンバーが膝をつく頃……


 リゴーン……リゴーン……


 と、昼を告げる鐘が鳴った。


『ん? あれ? 俺……何であんなにこけしを……』


 昼になり惚れ薬の効果は無くなったようで、ナスカは自分の行動を思い出して珍しく嫌そうに顔を歪めた。


 一方、アンバーは膝をついたまま起き上がらない。よく見ると泣いていた。そんなに?


『ぐぅ……俺は……モテない上にまた負けてしまい……惨めだ……』


 ここに来るまでに何があったのかは分からないが、アンバーはナスカに負けた事がショックだったのか地に伏せて泣き始めたのだ。


『何なにー? 何でそんな落ち込んでる訳ー?? 俺で良ければ話聞くからさー? 飲もうぜマっちょむ?』


『うう……俺はアンバーだ……』


 泣いているアンバーを慰め起こして歩き出すナスカ。そのまま2人は繁華街に向かって行ったのだが……



 ★★★



 ――という所までが回想である。中々に大変だったのだ。勝手に数行で終わらせないで欲しい。



 意を決して酒場に入ると、ナスカの笑い声とアンバーの泣き声が聞こえて来た。

 馴染みの酒場の店主は俺の顔を見るなり、早く何とかしてくれとジェスチャーする。俺はアイツらの保護者でも何でもないんですが。


 2人の周りには瓶や樽が空になって転がっている。この短時間でどんだけ呑んだんだよ……


「あー、ジェドっち! こっちこっち!」


 ナスカが真っ赤な顔で手を振って来た……見るからに相当酔っている。


「お前ら、誕生祭の午後は掃除祭りなんだよ。大体、まだ酒場の開く時間じゃなし……迷惑だから出るぞ」


「えー、だってさー! アンぴよ可哀想なんだよー? 放っとけないじゃん」


「何がどう可哀想なのか知りたくはないが……」


 知りたくは無いが、アンバーも真っ赤な顔で涙と鼻水を流していた。


「俺は理想の悪役令嬢を探したんだ……だが、彼女達はマッチョはお呼びでは無いらしい……うう……俺もイケメン騎士団長になりたい……」


「それは俺の事か? 変われるなら変わってくれよ。お前みたいなマッチョにはなりたく無いが」


「やっぱりマッチョはダメなのかーーー!!!!」


 アンバーは余計泣き出してしまった。面倒くさ……


「アンぴよさー、何で悪役令嬢がいいの? 普通の女の子じゃダメなの?」


「ダメでは無いが……やはり俺はあの行商から受け取った本に憧れてしまって、それで恋がしてみたくなったのだ……だから……やっぱ悪役令嬢がいいーー!!!」


 よくよく話を聞くとアンバーは普通の女の子にもモテないが、それでも理想の悪役令嬢を追い求めたいらしい。あんなに居るんだから1人くらいマッチョが好きな令嬢が居ても良さそうだがな……


「アンぴよ、悪役令嬢の本に憧れて恋をしようと思ったんだよねー?」


「ああ。そうだ、それがどうした……ぐす」


「なんかもーさー、理想の悪役令嬢探すよりアンぴよが悪役令嬢になった方が早く無い?」


 ナスカが酔っ払ってテキトーな事を抜かし出した。お前……何言ってんだ?

 俺が呆れてナスカを見る横で、アンバーはテーブルをバンと叩いた。


「そ……その手があったか……」


 ……いや、そんな手は……無いんだが?

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