悪役令嬢の名は……何?(後編)
「ハァ……ハァ……」
悪役令嬢ルナ・トピアスには分かっていた。
この世界が前世でプレイした『fairy prank 悪戯な恋は突然に』という乙女ゲームの世界である事……
「急がなきゃ……ヒロインが来る前に……」
ルナにはやらなくてはいけない事があるのだ。
ルナは、想像していたよりも簡素な執務室のドアをノックした。
―――――――――――――――――――
「ジェド、どうした? 何か用か?」
簡素で広いだけの執務室には皇帝ルーカスが居た。皇帝と言うからには豪華な装飾に囲まれているのではと思ったが、質素を好み国を導く事しか考えていないという噂は本当だったのだと納得した。
変な置物やタペストリーが目に入ったが、ちょっと趣味が悪い所もかわいいものである。
「いえ……用という程でもないのですが……」
ルナは細心の注意を払って皇帝に近付いた。
騎士団長ジェドが普段、皇帝を何と呼んでるのかは分からなかったが……折角のチャンスなのだ、ボロは出してはいけないと慎重に足を運ぶ。
皇帝に触れる寸前まで来た時、腕を掴まれた。
驚きルナが陛下の顔を見ると、太陽の色の瞳は燃えるかのようにその怒りを表す。
「悪趣味な事はやめろ。誰だ」
腕を引かれた次の瞬間には天地が回り、皇帝陛下が馬乗りになってその下敷きにされていた。
「っ! どうして……!」
「生憎だが、ジェドはノックはしない。我々は耳がいいからお互いが来たかどうか位分かるのでね。手練れではないようだが術師か?」
想像していた皇帝は、もっと優しく微笑む美しい男性だった。
(けど……こんな……)
「よりによって私の大事な友人の姿で近付くとはな。事と次第では、ただでは済まさない」
ルナは壁にある姿見を見た。怒りに任せて馬乗りになる皇帝とその下にいる騎士団長……
(ああ……自分は何て事を……何て勘違いをしていたのだ……)
怒りに揺らぐ皇帝をルナはそっと抱きしめた。
「……え、何?」
予想外なジェド風の人の行動に皇帝は目を見開いた。
「いや、本当に誰?」
★★★
漆黒の騎士団長in名も知らぬ悪役令嬢と副団長ロックは、目撃情報を頼りに探し回り、ついに陛下の執務室に入っていくのを見たという情報を手に入れた。
「待て、ロック。誰かいる」
執務室の前には中の様子を見る怪しい者がいた。
ロックは頷くと、その者の背後に回り押さえつけた。
「誰だ! ここで何をしている! お前も共犯か?!」
ロックが捕まえた者は一見ローブを被っていたので分からなかったが、女であった。
「わっ、私は――」
その時、執務室の中から何かが倒れる音がした。
陛下が倒される事など絶対に無いだろうが、相手は俺の格好をした何者かだ。万が一があってはならない。俺達は勢いよくドアを開けた。
「ルーカス陛下!!!」
「……陛下???」
ドアを開けた瞬間……この世で1番見たくないものが見えた。
それは押し倒された自分が陛下を抱きしめて恍惚としている姿であった。陛下は完全に目が点になっている。
「ウワアアアアア!!! 何してん??? 俺の身体で何してん君??? てか誰???」
するとロックに拘束されている女が話し出した。
「彼女は乙女ゲームの悪役令嬢ルナ・トピアスに転生した異世界の少女です。彼女の運命だという『fairy prank 悪戯な恋は突然に』というゲームには陛下や騎士団長等が出てくるそうです。しかし、彼女がその登場人物に抱く想いは別にありました」
「君、以前ジェドを呪った占術師の悪役令嬢レイジー・トパーズ……」
陛下はその語り出した女に見覚えがあるようだった。
驚く陛下の言葉を気にせずレイジーは話を続けた。てか、呪っていたのお前だったのかよ……あの地味に痛いヤツ。
「彼女が疑問に思っていたある事を確かめる為に、私は占術の力を貸しました。今日この日、ジェド様に階段上でぶつかり転がり落ちれば、妖精のイタズラにより身体が入れ替わり……知りたい事が分かる。と占いに出たのです」
「はい。そして……ずっとレイジー様の想いは解釈違いだと思っていましたが……ようやく分かりました。レイジー様の……いえ、レイジー先生の執筆している本の通り、陛下×騎士団長が正義だったのですね!」
……は????
「やっぱりそうでしょう? 貴女は騎士団長は攻めで、あのお優しい陛下は絶対に受けであると聞かなかったけど……まぁ確かに陛下は国民に優しくて絶対にお怒りの所なんて見せないわ。でも私は一度、ジェド様の為にお怒りになる陛下を見ているから分かっていたの! 陛下は完全に攻めよね!」
「はい!! 凄かった……世界が変わりました! 陛下鬼畜攻めの扉が開きました!! あーん、ヒロインが現れる前に知れて良かった!! この楽園に女は要らない、見守るだけでいい……ヒロインを説得出来るだけの力のある本、夏の集会までに行けそうですわね! レイジー先生!」
「……」
悪役令嬢達は無言の俺達そっちのけで盛り上がっていた。いや、盛り上がっている一方は悪役令嬢の入った俺であるが。
つまる所、ルナとレイジーは俺と陛下のどちらがその、強い(比喩)のかを確かめる為だけにこんな騒動を起こしたという事らしい。
受けとか攻めが何なのか考えたくないが、レディ達、我々はそういう関係では一切ありませんが……? 君達が見たのは完全なる幻です。
「なぁロック……確か妖精のイタズラって、階段を転げたり頭を打ったりして入れ替わるとか言っていたな」
「ああ……」
俺は無言で俺の身体を掴むと、思い切り頭突きをした。
妖精がちゃんと仕事をしたらしく、次に目を覚ました時には身体は元に戻っていた。
陛下はすぐに、そういった妄想の書物は発行禁止にしたのだが、裏での密売が絶える事はなかった。




