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帝国誕生祭……混沌の水かけ祭り(4)

 


 地上での大混乱、ドカドカと聞こえる地響きのような激しい足音……


 だが、地下は地下で混乱していた。


 魔王アークは暗闇でも視界がきく。オペラの目が慣れる前にその姿は見えていた。

 そして、その頭上の穴から落ちて来た水の色もしっかりと見えていた。


「っ!!!!」


 アークは一瞬で状況を理解し、オペラの肩を掴んで背を向けさせた。


「??! な、何ですの??」


「喋るな! 動くな! そのままで居ろ!!」


「????」


 オペラには状況が分からなかったが、何かがかかる一瞬前に見えた男の後ろ姿――それはいつぞやに皇城で見た現・魔王アークの物だと分かった。


「貴方っ……魔王でしょう」


 オペラは思考障壁の魔法を張る。だが、アークにはそんな物はどうでも良かった。それどころでは無いから。


「ああ、そうだ。だが、それは今は置いておけ。お前……今かかった物が何か分かっているか……?」


「かかった物? 上から何か落ちて来たみたいだけど……」


「……その水はピンク色だった。恐らく惚れ薬だ」


「惚れ――」


 オペラはその言葉に一瞬青ざめたが、相手は魔王である。自分を騙していないと言う保証は何処にも無い。


「……わたくしを騙して、後ろから攻撃しようとしているのでは無くて……?」


「いや、それをするならとっくにしてるわ。……お前は何で頑なに魔族を疑うんだよ」


「それは魔族がっ――」


 オペラが感情的になり振り向こうとしたのでアークは必死に止めた。正直アークにはオペラを止める強さは無い。ワンパンで沈む自信すらあった。


 だが、オペラが今言おうとした事は魔族への冤罪だった。それをオペラ自身、頭では分かっている筈だったのに……心は未だ魔族を不信に思っていたのだ。自分の心を知り、オペラは酷く落ち込んだ。

 イメージとは違い、魔族は人に国を開き聖国を助けた。だが、愛するルーカスさえ仲良くして欲しいと願っていても……オペラには未だそれが出来ないのだ。


 その落ち込み具合は魔法で遮られ心が読めないアークにも伝わった。ため息を吐き、肩からそっと手を離す。


「……はぁ。だから、俺はお前に何も求めてないし、信じてくれなくても良いって言っただろ……ああ、覚えてないのか。もう1回説明するの面倒だな……」


 アークは自分の心境はオペラの武闘会で伝えたはずだった。何故かその記憶はゴッソリオペラから消えていたが。

 何がどうなってそういう結果に至ったのかアークには分からなかった。だが、行きたくない聖国にまで行って、意を決してオペラに挑んだのに……その勇気を返して欲しいとアークは憤慨した。


「わたくしが忘れている記憶の間に、貴方と話を……? 一体何を話したというの?!」


「向くなっつってんだろ。……だから、俺は……俺達魔族は、お前の恐れてるような物じゃない」


「……」


「最初から、そうだったんだよ。……もう魔族を気にするのは止せ」


「……?」


 オペラは疑問に思った。何も求めてないと言いながらも、アークは自分に魔族への恐怖心を無くせと言う。目の前の男の言う事を信用するならば、アークは行きたくもない聖国に行ってまでそれをオペラに伝えた事になる。

 アークは何故そこまで? オペラにはその理由が分からなかった。


「……貴方の言う事が、わたくしには分からないわ」


「はー……だから、魔族は――」


「そっちではなくてよ。貴方が分からないの。私や聖国に何も求めて居ないと言いながら、危険を冒してまでそれをわたくしに伝えたのは何故? わたくしに何かして欲しいからでは無いの? 貴方の言う事が矛盾していて分からないわ」


「……」


 オペラはアークに背を向けている。アークもオペラの背を見ている。お互いの顔が、表情が分からない。言葉だけで説明するのは難しい事だった。

 心がお互い読む事が出来れば……そう思ったアークは首を振った。そんな物は必要無いのだと。


「……お前にも、同じ様に忘れて……いい夢を見てほしいから」


「……夢?」


「……」


 両親を亡くした幼いアークは、暫く悪夢にうなされた。特に母親を亡くした時には、報復と絶望に心が壊れそうだった。

 だが、父がそれを望んでなかった事、ルーカスからそれを告げられて未来を与えられた事……それによってアークは過去を振り払う事が出来た。

 ナーガから事実を告げられた時も、アークの心を憎しみが支配する事は無かった。全てを捨てて闇に堕ちる事は、今のアークには不可能だったから。


 だが、同じ様に国を襲撃された幼いオペラには、ルーカスが側に居なかった。

 オペラにも、同じ様に未来を見て欲しい。彼女も同じ、何も悪く無い子供だったのだから……アークはオペラに違う世界線の自分を見ていた。ルーカスが居なければ、自分も同じようにずっと誰かを憎み、恐れ続けていたのだろうと。


「俺にはルーカスが居た。あいつのおかげで全部忘れる事が出来た……今のお前にも、居るだろ。だからもうお前もいつまでも覚えているなよ。変な憎しみを……」


「……」


「魔族は……聖国と仲良くしたいと思ってんだよ」


「……」


 オペラはアークの言葉を静かに聞いた。アークの言葉は分かった。今はまだ全てをその身に落とす事が出来なくとも……もしかしたらその内、全てを忘れて何の蟠りも無く笑って話す事が出来るのかもしれないと。

 ルーカスの周りの、他の者達とそうしたように。


 だが、それよりもオペラには1つ気になっていた事があった。


「……何かしら。貴方のその言葉に妙に聞き覚えが……」


「ん? だから、聖国に行った時――」


 ……では無いのをアークは思い出した。それは、魔王領にお忍びで観光に来たオペラを、露天風呂で助けた時の事。

 アークは思い出して顔が熱くなった。不審な様子を感じ取ったオペラが疑問を口にする。


「何? 何かあるの?」


「いや、何にも無い! 俺は何も見てないない。いや、そうでは無い、というか今は色んな意味で振り向くな!」


「はぁ?? 何を隠しているの?? やはり魔族は信用出来ないわ!!」


「魔族云々は関係無い……!!?」


 怒ったオペラが振り向こうとしたと同時に何かを感じ取ったアークは、振り向いたオペラの視界から消える様にしゃがみ、そのままオペラを肩車した。


「は??!」


 下水道の穴に肩車で抱え上げられたオペラの視界に映ったのは――オペラを探しに来て下水道の穴を覗いた皇帝ルーカスだった。


「……オペラ、何でそんな所に――」


「ルーカスさ……ま……」


 ピンク色の液体――惚れ薬を浴びたオペラはルーカスを一目見ただけで、その心に秘めた恋心が爆発しそうになった。

 普段の冷酷非情な女王の自分を忘れて、ルーカスをそっと抱きしめる。瞳は潤み、頬は紅潮し……オペラの積極さにルーカスは固まった。


「あ……えーと……」


「……」


 リンゴーン……リンゴーン……


「あ」


「……え……?」


 その時……昼を告げる鐘の音が3人に聞こえた。


「……えーと……」


「――き……キャアアアア!!!!!」


 急に我に返ったオペラは、ルーカスを思いっきり突き飛ばし、アークの頭を足蹴にしてそのまま走り出した。

 壁に激突して置いてあった水桶をひっくり返すルーカスと、頭に足跡を付けて下水道の穴から這い出てくるアークの目が合う。


「……君、そんな所で何してたの……? というか、もしかしてさっきオペラの下に、居たの?」


「……ああ居ましたとも。こちとら色々守ったんだから感謝して欲しい位だな」


「???」


 アークは心底疲れたような顔でルーカスの手を取り水桶から引き上げた。



 こうして帝国の誕生祭1日目の午前中の、長い水かけ祭りは終わった。


 城下町はあちこち破壊され水浸し。今年は例年に無く盛り上がり過ぎた……


 尚、1番被害を出したのは、1つのこけしを奪い合うマッチョとチャラ男の戦いで……武闘派の獣王に対抗する本気のナスカの運試しはそれはもう壮絶過ぎだったと、巻き込まれた騎士団長が語っていたとか。

アークとオペラに何があったのかは番外編の「とある女王、魔王領に行く」をご覧頂ければと思います(><)

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