閑話・帝国の新しい年
ジェド達の居るこの世界では無い何処かの違う世界では、1年を12の月に分けたり季節の節目に名前がついていたりする。
この世界にも大陸毎に違えど春夏秋冬を表す名前が付いていた。
ルーカスが統治する帝国は、冬の寒い中に1年の始まりが生まれるとされる。春に咲く花の種は雪の下の土に埋もれ成人を待つとされる。冬半ばは誕生の月。
それが春には花を付ける様が美しく、社交界にデビューする令嬢達や成人しそれぞれの道に向かう令息を表すとされ開花の月。
夏は戦場の月、照りつける太陽に汗を流す姿は戦で戦う戦士か社交界を必死に生き抜き冷や汗を隠す令嬢か。
秋は哀愁と別れの月。その言葉から最初は戦場で命を落とす者とイメージされていたが、戦色も薄れた昨今は縁に巡り会えなかった令嬢が月を見ながら涙し、仕事が忙しい男達が恋人を見つけられなかったり妻に逃げられたり……と、何かと物悲しく、けれども実りだけは豊富にあるのでやけ食いをする月とされる。
冬は沈黙の月と言われ、元は冬眠をする動物達の姿からそうイメージされた。
沈黙の月には魂が生まれ変わるとされている。
戦で命を落とした者は、魂の核を抱きしめ冷たい地中へと潜り込む。大地の子供達はその姿を変え芽吹きを待つ。
その話を最初に聞いたルーカスは、季節の移り変わりを人の生き死にや生活に例えるのは構わないが何故後半になるにつれネガティブなのか――もっとポジティブな例えは無かったのだろうかと呆れずにはいられなかった。特に秋が酷い。
寒い季節は嫌われがちだが、枯れる前に美しく彩られる樹木も、寒い日に時折降り注ぐ白い花のような雪もルーカスの瞳には美しく写った。
愛する国民が考える事は可愛いものだと流したい所ではあったが、また良いものを思いつけばもっと風情のあるものに変えようと思ったまま……なかなか忙しくてままならない。毎年秋になるとまた哀愁と別れの季節かと思い出すのであった。
だが、毎年沈黙しながら仕事をしていた冬……沈黙から一体何が誕生するのだと言う友人のぼやきが暮れの挨拶だったのだが今年は違った。
新しい年を迎え誕生を祝う街の賑やかさに見惚れる白い影。聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアは窓辺に降る冬の花のようだった。
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×マスが終わった後、オペラは逃げるように聖国に帰ろうとした。が、そのまま帰してしまうのではまたいつもと変わらないと思ったルーカスは、何かと理由をつけてオペラを引き留めた。
『オペラ、帝国はもう直ぐ誕生の月になる。それまで居てはどうかな?』
『誕生の月……? とは何ですのルーカス様』
一年を生き死にに例えるのはこの大陸特有のもの。遠いファーゼスト大陸の住人にはあまりピンと来ない様子だった。
『1年の始まりを祝う時期なんだ。帝国では1年の始まりは冬だ。冬の間に雪の下に種が生まれそれが春に芽吹くことから冬の半ばに誕生の月として、新しい年を祝う祭りが行われる。聖国やファーゼストにはそういう季節の節目は無いのかい?』
『そうですのね。それでしたらファーゼストにも同じような言葉がありわすわ。ファーゼストは世界樹と共に在る地。特に聖国は世界樹の葉で季節を感じます……今は眠りの時。世界樹は休眠致しますの。もう少しすると世界樹が栄養を求める生命の時、そして新芽の時から2の芽の時3の芽の時と続き、秋を迎える頃には世界樹の根が育つ時とされお祭りが行われます。お祭りから一気に眠りの時に移り変わるのは何か寂しく感じますわね』
何処となく茶の1年っぽい聖国の1年は、世界樹の情景が思い浮かぶ言葉で回っていた。
ルーカスはゆっくりと世界樹を見る機会など無かったが、今度展望所にでも行ってみようかとも思った。……その前にルーカス自身が聖国民に受け入れて貰わねばならないのだが。
聖国民達の鎖国時とはまた違った冷たい目を思い出してルーカスは頭が痛くなった。信仰のように敬われている女王を頂こうなどという不届き者に、聖国民は優しくないのである。
『……ルーカス様? どうかなされまして?』
『あ、いや……ちょっと色々思い出してね』
『色々……』
オペラはハッとする。
実はここの所オペラには困った事があった。それはラヴィーンに乗り込んでから後幾日かの記憶が飛んでいる事……それによって身に覚えの無いことや知らない話が有りすぎた件である。
1番重要なのはルーカスとの間に何かがあったらしい事。
だが、誰に聞いても言葉を濁したり曖昧な説明しかしないのだ。特に聖国民は何故かルーカスを異様に敵視している様子。そして何故か魔族があちこち修復している聖国の作業の手助けをしていた。
オペラの抜け落ちた記憶の間に一体何があったというのかは本当に分からなかった。
自分が何か知らぬ間に約束をしていたりすると困る。ルーカスの様子を見て、また記憶が無い間に何かしでかしたのではないかとオペラは不安になった。
『ルーカス様、わたくし……また何か忘れているうちに何かしでかしまして?』
『ん? いや……そういう訳では……』
ここでルーカスもハッとする。
『こほん……実は、オペラは忘れているようだが誕生祭には君も帝国に居てくれると約束していたのだよ』
『まぁ、そうでしたの……でしたらわたくし、その誕生祭が終わるまでは帝国に滞在させて頂きますわ』
ルーカスはニッコリと微笑んだ。この手はめちゃくちゃ使えるのでは? と影でほくそ笑んだ。そういう所が聖国民に嫌われるのである。
ちょっと国を空けるだけの女王の旅は少し長めになってしまったが、聖国にはちゃんと人をやり統治や復興の手助けをしている。万全の体制を取り、ルーカスは誕生の月を愛しい人と過ごす事が出来る様になった。
沈黙の月から誕生の月へと移る日は帝国の中にある塔の鐘が鳴る。
沈黙した者を起こす鐘だと言われていたが、異世界人が「煩悩の数だけ叩くあれですね?」と言い始めたのでいつからか『眠っていた煩悩を叩き起こす鐘』と言われ108回鳴らすようになった。異世界人はいつもいつも余計な文化を混ぜていくのだ。
煩悩とは平たく言うと欲望の事なのだが、108個も欲望がある訳はなかろうとルーカスは呆れた。
帝国の人々は生まれ変わる死者を偲びながら鐘を聞き、月が明けるのを待つ。誕生の月に変わった日に誕生祭が始まるのだ。
窓辺に座り帝国の様子を見ながら鐘の音を聞くオペラ。
「ルーカス様、美しい鐘の音ですわね」
「ああ、この鐘が終わる頃に日が変わり誕生祭が始まるんだよ」
美しい鐘の音は欲望を叩き起こしているのだとはとても言えず……
ルーカスは毎年この時は寂しい気持ちになっていた。亡くなった自分の両親、この手で送ってしまった者達。そして魔王の両親。
魔王の父と母の魂は誕生を迎える事は出来ない。何処にも存在する事は出来ないのだと落ち込んだ時もあったが「魂を探して永遠と彷徨うならば一緒に消えて無くなりたいという父の我儘に気を使うな」とアークはルーカスを宥めた。
この日は毎年騎士団員が飲み会を開き、それに参加した。月が明ける時に一緒に過ごしたい愛する女性が居ない哀しき男達の集団である。かくいうルーカスもそのお仲間であった。
ルーカスの心を知ってか知らずか、特にアホの騎士団長が率先して脱いで踊った。酒に酔いすぎると裸踊りをし始める癖は何とかした方がいいとルーカスは苦笑いした。
過去に1回だけ、余りにも度が過ぎて騒いだ翌年に静かに過ごそうと制した事があった。
騒いだ者は罰としてルーカスから尻蹴りの刑とした。過酷な罰に皆震えたが、誰が始めたのか『笑ったら罰選手権』がいつの間にか行われあの手この手で他の奴らを陥れようと企む手合いが交わされた。特にジェドの絶対に見えないように剣技を披露する裸剣舞にはルーカス以外の全員が落ちた。
直ぐに脱いでしまう友人が流石に心配になったルーカスは以降、公衆で裸になる事を禁止した。破ると拳骨という取り決めだったが飲み会が盛り上がる度にジェドはタンコブを作っていた。
「ふっ……」
「ルーカス様?」
「あ、いや、何でもない」
ついつい思い出し笑いをしてしまったルーカスは誤魔化すように明後日の方を向いた。
突然の笑みに動揺したのはオペラの方である。ルーカスに引き留められたのは正直嬉し過ぎて爆発しそうであった。だが残念ながら、それはオペラの知らない時に約束した話らしい。国交の取り決めかはたまた最近怪しい動きをする国の対策相談か……
オペラとしてはルーカスと少しでも一緒に居られるのであれば嬉しいが、彼がそんな気持ちで言ってくれるなど夢のまた夢である。
先日の指輪の件は一体どういう意味なのか、帝国では何か理由があるのか……指輪を贈るのが愛ではなく親交の意味かあるならば恥ずかしい勘違いだから確認したいが……あの日の事は色々と思い出したくないのがオペラの本音である。
よりによって憧れの御方に太った事を知られてしまった。直ぐにでも聖国に帰って訓練なり美容なりをしてどうにか元の体型に戻したかったのだが、何故か皇城の皆して引き留める。特にルーカスに言われれば嫌とは言えず……ずるずると長居してしまっていた。加えて皇城の客人へのもてなしっぷりと言ったら……
毎日のようにオペラが好みそうな食事が出て至れり尽くせり。冷酷にして非情に断る事もできず、微笑みながらもオペラは内心叫んでいた。もう止めてくれと。
皇城側としては少しでも皇帝の良い御方におもてなしをと良かれのつもりだった。オペラの心を1番良く察しているシャドウは、あまり過度にもてなさないであげて欲しいとメイド達に助言をしたが……城中うかれておりついつい過度にお世話をしてしまう。
オペラほ平静を装っているが、内心体重の事ばかり気にかけてしまい、少しでも消費しようと飛ぶのを止めて歩き回ったりしていた。そんな涙ぐましい努力を見たシャドウはもうそろそろオペラを国へ帰してあげたいと目を伏せた。
という経緯で、誕生祭まで引き留められたオペラはルーカスと共に夜の城下の灯りを見ながら過ごしていた。
外の鐘はもう半分以上を数えていた。この1年は色々あったなとルーカスは我が身を振り返り、オペラを見た。伏し目がちな瞳で城下を見下ろしているその顔は無表情で胸中は分からない。
だが、オペラは表情を余り変えないように努力している事をルーカスは知っていた。女王たる者、威厳ある姿を見せなくてはいけないらしい。頑張って隠し通しているその努力が破れ、見えてしまうその顔が可愛いので意地悪くもっと努力を破りたいと思ってしまう。
優しくしたい気持ちと意地悪したい気持ちが複雑に押し寄せ、恋とはこういう気持ちなのかと初めて知った。
やはり欲望は108では足りないかも知れないと思い直した。鐘が進む度に欲が起こされる気持ちに駆られ、その美しい髪にサラリと触れてみる。
「えっ……」
驚いた瞳で振り返るオペラ。陽の色の瞳は直ぐ側まで近づいていて、その表情はやはり簡単に崩れてしまった。
ルーカスは窓枠に手を付き窓辺に座るオペラに顔を近付ける。
「あっ、あの……ルーカスさま……」
オペラの心臓の音が聞こえて来るようだった。ルーカス自身の心音も早くなる。
「オペラ……私は……君が……」
こうして想いを打ち明けるのは一体何度目か。だが、今度こそ邪魔は入らないはずだ。
ルーカスの手がオペラの頬に触れかけた時――
ドカーーーーーーン!!!!!
「??!!!!」
「??!!!!」
急に空が爆発した。余りの音の大きさにルーカスは咄嗟にオペラの両耳を塞ぐ。
何かの襲撃かと思って2人が空を見ると花火が沢山上がっていた。
「た、誕生祭は派手に始まりますのね」
「……ああ」
そんな訳は無い。夜中も夜中である。
毎年静かに迎えるはずの帝国の誕生祭は夜中に鳴り響いた盛大な花火で幕を開けた。
目を凝らして花火の上がっている元を見ると宮廷魔法士がノリノリで花火を作り出していた。
魔法士はルーカスの部屋の方を向いてサムズアップしていた。恐らく城中でルーカスとオペラが迎える誕生の月を盛り上げようとしているのであろう。
「ルーカス様はわたくしがビックリしない様に耳を塞ごうとしていらっしゃったのね……わたくしったら……」
「……」
そう赤い顔で呟くオペラに頷くしかなかった。何せ花火の音が煩すぎて愛の告白どころでは無い。
盛大な大花火を最後にやっと音が収まったと思いオペラに向き直ると、今度は廊下が騒がしくなった。
「ちょっ、獣王、今は……」
「ルーカス! 帝国は新たな年を迎えたみたいだな! セリオンでは新しい年に変わる時には餅を食べるんだ! 今年はオペラも居るみたいだから餅米をしこたま持って来たぞ! 喜べ!!」
シャドウや騎士団達が止めるのも構わず獣王アンバー・ビーストキングが米俵をかついで乗り込んで来た。
「ルーカス、アビスが行方不明になった時は世話になったな。帝国の誕生の月を祝いに来たが、こんなに盛大だったか……? 倅が泣き出してしまったぞ」
と、砂漠の王ジャスティアと息子を抱いたアビスも現れた。
何故皆挙って夜中に現れたのか。ルーカスは頭を抱えた。実際ルーカスが抱えている頭はオペラのものだが。
皆、ルーカスを元気付けようとしていたり、応援したりしているのだろうと分かってはいても……計ったようなタイミングの悪さに苦笑いするしかなかったが、
「お餅……って何かしら」
と、興味深げに米俵を見るオペラを見ているとまぁ良いかと笑い流した。
いつもとは違う新たな年を迎えたルーカスだったが、そう言えば幼少から誕生祭を一緒に過ごした友人は一体いつ戻って来るのだろうとぼんやり思う。
その友人は数時間後にチャラ男と子供を連れて戻って来るのだが。
★★★
「? 何だあの花火」
「すげー、帝国ってこんな夜中に花火上げるの?」
「いや……いつもは鐘が鳴り終われば静かになるんだが……」
ゲート都市から帝国に戻って来たジェド達は深夜だというのに皇城を中心に鳴り響く花火の音に驚き夜空を見上げていた。
「あれ? アーク?」
皇城へ行く道すがらの、他に誰もいない夜中のカフェで何故か1人でお酒を飲んでいる魔王の姿を発見した。
「陛下の所に行かないのか?」
アークのその手にあったのは持参して来たらしい酒のボトル。何故こんな所で1人で飲んでいるのだろうと首を傾げたジェドの心を読み、アークはフッと笑った。
「俺は空気を読んだんだけどな。無駄だったみたいだが……」
「? 陛下に何かあったのか?」
「いや? また何にも無かったらしい」
アークは嬉しそうに酒を飲んだ。アークが飲んでいる酒は魔王領のもので、毎年この日に魔王の両親の魂を偲んでだけに飲む特別なものらしい。
「わー、何か珍しそうなもん飲んでんじゃん! 俺達にもちょーだい」
と、ナスカが馴れ馴れしく入って行くので夜中のカフェは大宴会となった。
ジェドが裸芸を披露し大爆笑の楽しそうな声が静かなカフェに響き渡った。




