何とかする男、ジェド・クランバル
ノエルたんを乗っ取ったナーガを取り逃し、黒い油に顔を埋め起き上がれずにいる漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと聖女茜。
ツルツル滑る油のせいもあるが、それ以上にショックが大きかった。
「ジェド、大丈夫かい?」
「……心が大丈夫ではない」
シルバースライムがつんつんと俺をつつくが起き上がる気力が全く出なかった。
俺の天使が……癒しが……あんな悪役令嬢になってしまうなんて……もう生きていけない……シクシクシク。
「あー、何かジェドっちがメンタルブレイクで超ネガティブオーラ出てるけど、コレって魔法??」
ナスカが台所から魔石を沢山持って来た。そういえば黒い物を吸い取るから掃除に利用するとかエースが言っていた気がする……だから台所にあったのか。
ナスカは持っている空の魔石をバラバラと俺達の上から落とした。
「ふふ、流石のジェドも凹んでいるみたいだねぇ。闇のアイテムや魔法は小さな綻びを大きくするものさ」
周りにばら撒かれた空の魔石が黒い油を吸い取って行く。
「……この重い気持ちは闇の影響なのか……?」
「ああ、そうだよジェド。普段の君ならそこまで落ちないだろう?『あー、しょうがない何とかするしか無いか、やれやれ』とか思ってとりあえず出かけるはずさ」
……俺はそんなにヤレヤレ系主人公か?
「あの子はそんなに特別なんだねぇ」
「……まぁ、数少ないオアシス、癒し……掃き溜めに鶴とかいう言葉もあるらしいがソレだ」
「ふふ、私より大切な友達は困るなぁ。私じゃだめかい?」
「お前は癒し担当には絶対になれないだろ! この魔ゾスライムが!! ――ん? あれ?何か身体が軽い」
気がつくとあんなに重かった気持ちが少し軽くなっていた。俺の近くにある魔石が黒く澱んでいる。
「うわぁ、ジェドっち沢山溜まってたんだねー。こんなになっちゃって」
嫌な言い方をするな。だが、確かにノエルたんがもう二度と戻って来ないかもしれないと落ち込んでいた心が何処かに消えた。シルバーに言われた通り闇の影響でネガティブになっていたらしい……
一方、俺の横に居る茜はまだ起きない。突っ伏したまま動かずにいた。
「おーい、大丈夫か? 息してるか?」
茜の服の襟首を掴み起き上がらせると、真っ黒な顔の彼女はポロポロと泣いていた。……うわ……
「おお……ゴリラが泣いている……」
「ジェドっちも大概失礼だよね。ゴリラは無いっしょゴリラは」
ナスカが引いた。いや、お前は茜がどんな女か知らないからそんな事が言えるんだ。こんな泣くような繊細な心は持って無いはずなのだが……
「ノエルたんが……どうしよう……」
茜は弱気な声で呟いた。涙が止まらずぼたぼたと落ちる。
闇の影響でネガティブになっているのかと空の魔石をバラバラ振り撒いたり顔にくっつけたりしてみたが、吸い取れるのは黒い油だけで彼女が泣き止む事は無かった。こちらはマジでメンタルブレイクしているらしい。
「せっかくノエルたんが闇に取り込まれる前に……ぐすっ……もう、過去に戻る力も……ノエルたんに手を上げることだって……アタシには……ずびっ……」
茜が鼻水まで出して泣いているのを見て俺は途方に暮れた。いかん……おちゃらけている場合では無さそうだ。
「……ジェド、困っている数々の悪役令嬢を助けた歴戦の相談窓口なんだろう? ほら、君の得意分野だよ?」
シルバースライムが俺の方をグイグイと押し出そうとする。
「いや待て。範囲外だ。というか俺は困っている風の悪役令嬢に絡まれても泣いている女子を慰めるようなジェントルな場面はほぼ無かったぞ。こういうのは陛下がやるヤツ。俺は乙女心が分からない系男子」
シンプルに泣いてる女に免疫が無く、困った俺はチャラ男のナスカ先生を振り向いた。ナスカはニッコリと笑った。
「女の子の涙は苦手なんだよねー。いいの? ジェドっち? 俺に任せて?」
「……いや、ダメです」
絶対にコイツにだけは任せてはいけない、そんな気がした。必死に守ってきた全年齢の壁が壊される……絶対にいけない。ダメ絶対。
俺は諦めて茜に近付いた。
「おい、まだノエルたんは完全にナーガに飲まれた訳じゃ無い。しっかりしろ」
「でも……アンタも……アタシも、ノエルたんには攻撃出来なかった……どうやって……」
「何か方法はある。……多分ある」
「……何で分かるのよ……」
「……分からないが……俺は今までなんやかんやで何とかなっていた。それは、武器を使う事もあれば……そうじゃ無い方法もあった。戦うだけが方法じゃない事を……剣を振るうことだけが救う方法とは限らない事を、沢山見た。だから、何か方法はある。俺が言っているのだから間違い無い……俺は、数々の悪役令嬢を何とかして来た、漆黒の騎士団長だからな」
俺のふわふわした言葉に茜は目を見開いた。ふわふわしていて、あやふやで、結局何だったのか分からない事件も多かったが……何とかして来た事だけは確かだ。
シルバーは俺の言葉にうんうんと頷いた。
「そうだね。ジェドは何とかしてくれるね。だから皆頼るのさ。ふふ、流石は私の1番の友人だね」
「……俺はスライムの友人は困るから、お前の事も早く何とかしないといけないな」
俺にまとわりつくピンクのスライムを払っていると、ソラが茜に近づき、慰めるように前足をかけた。茜は涙を袖で拭いソラを抱き上げ立ち上がった。
「……分かった。何とかしなさいよ……。何とか出来なかったら、ぶっ飛ばすからね」
「……そりゃ怖い」
どうやら何とか立ち直ったみたいだ。良かった。
「ヒュー、ジェドっちイケメンー。で、この後どうすんの?」
「とりあえずアイツらの居場所を突き止めなくちゃいけないしな。それに陛下にも報告しなくてはいけないし……一旦帝国に戻るか」
「そうした方がいいねぇ。私はこんな身体だから魔法も使えないしジェドから離れられないねぇ。あー、困った困った。ふふふふ」
いや全然困ってないだろお前。ビジュアルも相まって気持ち悪いんだけど……
俺はこんな気持ち悪いスライムと2人きりになるのが嫌で、縋るようにナスカを見た。
「ん? 心配しなくても俺は暇だから一緒に行くよ?」
ナスカはニッコリ笑った。流石陽キャは空気読めるいいヤツである。俺が女ならば100回抱いてほしい。
俺達の話を黙って聞いていた茜はソラを抱いたまま食堂の出口に歩き出した。
「お前は何処に行くんだ?」
「……アンタが失敗した時の為に鍛えに行ってくる……」
そう言って振り向きもせずにまた何処かに旅立ってしまった。失敗した時の騎士を殴る為に鍛えて待ってる聖女とは……?
という訳で、色々あった魔法学園を出て、俺達は帝国に戻る事にした。
シルバーの異変、生きていたナーガ……その手に落ちたノエルたん……
俺達の天使は……元に戻るのだろうか。
★★★
アンデヴェロプトの魔法学園を出る頃には辺りは薄暗くなっていた。
「そういやさー、この大陸に来る時はワンダーにお願いしたけど、出る時はどーすんの? 関門所」
アンデヴェロプトに入る前、ゲート都市でスライムの持ち込みについて引っかかったばかりである。
またワンダーにお願いしなくてはいけないのだろうか……と考えていると、シルバーの様子が少しずつ変化し始めた。
さっき夕食で食べた夜鳴き茸の効果が出たのかシルバーはスライムの身体かニョモニョモと変化し、子供の姿へと変わって行く。
「それには及ばないさ」
「?」
ニコニコと笑う子供のシルバーは魔塔を指差した。
俺達はゲート都市に戻る前に一旦魔塔へと寄り、魔法使い達から通行証を受け取って行った。
通行証は子供用のものである。
「なるほど……そうか。普通にアンデヴェロプトの子供として登録し直せば良いのか」
「そうさ。私だって元々出自は別の国だからね。ちゃんと然るべき書類を出せば通して貰えるのさ」
珍しい。書類が大嫌いなシルバーがちゃんと手続きを踏んでいる。書類処理が嫌だから移動魔法を使わなかったあのシルバーが……やる時はやるのか。
などと感心していると、ナスカがシルバーの通行証をマジマジと見て吹き出した。
「ぶっ……ねーねー、ジェドっちいつの間に子供作ったの? 童貞野郎の癖に……ぶふっ」
「……は?」
ナスカに言われて通行証を見ると、保護者欄に俺の名前がしれっと書いてあった。父、ジェド・クランバルと。……おい。
「……何勝手に書いてんの」
「だって保護者が居ないと子供だけで旅には出られないだろう?」
「未婚なんですが? 何なら彼女も居ませんが?? え? ナスカでも良くない??」
「え? じゃあ母、ナスカって書いとく? 俺がお母さんかー。ま、そういう事もあっても面白いかー」
ナスカはシルバーとカラカラ笑っていた。
本当にやめて……そういう事言い始めるとジャンル変わっちゃうから……それは勘弁して……
そんな事があり……俺はシルバーの新たな通行証に未婚の父親として登録されてしまったのであった……




