悪役令嬢の名は……何?(前編)
…………
……気絶していたのだろうか? 記憶が曖昧だが、さっき皇室の廊下で誰かとぶつかって、そのまま不幸にも階段を落ちてしまって……そこから記憶が無い。
確かぶつかった相手の事をかばって落ちたはずだが……その時どこかに頭を打ったらしい。自分らしくもない。
「レディ、大丈夫ですか? 倒れていたようですがお怪我はありませんか?」
俺にかける優しい声……ん? 副団長のロックじゃないか。何言ってんだお前。
「ロック……寝ぼけてんのか? レディなんてどこに――」
ロックに伸ばした手は細く、白い手袋を嵌めていた。下を見ると着ているのは煌びやかなドレス。
ん……? ん???? 何だこれ?????
廊下の壁にかかってる鏡が目に入った。副団長のロックへ手を伸ばす若い令嬢。
転げ落ちる前にぶつかった人物の容姿を思い出した。
これってもしかして……
「俺たち、入れ替わって――――……って、あれ?」
居ない。
入れ替わったであろうもう一方が居ないのだ。
ちょっとー!! 俺の身体どこ行ったーー!!!
―――――――――――――――――――
公爵家子息、漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは悪役令嬢呼び寄せ体質である。
道を歩けば悪役令嬢に遭う、とまで言われる位だ。
今日は本当に皇室の廊下を歩いていただけでどこぞの令嬢にぶつかられて階段から落ち、何故か令嬢と身体が入れ替わっていた。
絶対この身体の持ち主は悪役令嬢で間違い無いと思うのだが、何せ本人が俺の身体ごと居ない。目的も誰なのかも一切分からないという、初めてのパターンで事は始まった。難易度が高ぁい!
「ええと、君の言う事が本当ならば、中身はジェドという事になるのだが……にわかには信じ難いな」
副団長ロックは疑いの目でこちらを見た。ええ、俺もこんな事が起きるなんて信じられませんがね。
「これが仮に嘘なら何の為の嘘だよ。……俺も嘘だと思いたいが現実だ」
泣きたくなってきた。だが、そうも言ってられないので何とかロックに信じて貰い悪役令嬢イン俺を探しに出た。
ちなみに、信じて貰うためにロックの恥ずかしい思い出を喋り始めたら殴られそうになった。が、外身は俺じゃないので殴れなくて泣いていた。
うん? 意外と便利なんじゃね? この身体。
「しかし、俺の身体のままで何処に行ったんだろうな。というかそもそもこの悪役令嬢(?)の名前も分からなければ目的も全然分からないし……」
「ふむ。俺の地元の伝承で妖精のイタズラというのを聞いた事がある。階段から落ちたり、頭を打ったり、夢の中だったり……そういう何かの偶然で身体が入れ替わるというのは、案外無い話ではないらしい」
「じゃあこの悪役令嬢が何かその手の呪術を使って入れ替わったって事か?」
「呪術かどうかは分からないが……」
そんな話をしながら悪役令嬢を探してしばらく走ると騎士団の仲間に遭遇した。俺が喋ろうとしたが、遮って代わりにロックが聞いてくれる。
「お前たち、ジェドの姿を見なかったか?」
名前を出した途端、騎士団員が顔を見合わせて困った表情をした。
「見たのか? どうした」
「うーん、見たには見たんですが……何かいつにも増して変と言うか」
「何か今日は変の度合いが違ったよなぁ。ちょっとナヨナヨしてたし。あと何か『ヒロインが来る前にイケメン攻略対象を探さなきゃ……』とか呟きながら去ってったな」
「!!!」
俺とロックは顔を見合わせた。間違いない、悪役令嬢(?)イン俺は、やはり何かの物語かゲームかの令嬢で、その物語に出てくる攻略対象者を探しているんだ!!
「分かった。ありがとう」
ロックは団員にお礼を言い、俺たちは聞いた方角を追いかけた。
俺の身体で頼むから好き勝手しないでくれ……あと、さっきは聞き流したがいつにも増して変って何だよ。いつもは変ではないだろ、しばくぞ。
「……」
しばらく走っていると今度はロックの様子がちょっとおかしくなった。
「どうしたロック? 何かあるのか?」
「……その……騎士団に入ってからは特になんだが、女性と長く話す事が殆どなくてな。ジェドとは言え令嬢とこんなに長く喋ったのは久しぶりだし、中身がお前だから話しやすいし……その……変な気分になりそうで困惑している……」
「へー……」
お互い沈黙したまま変な空気が流れる。
そっかー、このまま元に戻らなくてもロックがお嫁に貰ってくれそうで良かったな、俺。
って、バカーーー!!! 何も良くない!!! 早く見つけないとこのアホが惚れてまう!!!
どこ行きやがった悪役令嬢ーーー!!! 俺ーー!!




