やはりすんなり越えられないゲート都市
「はぁ?! スライムの持ち込みが出来ない??」
「はい。ご存知なかったのですか? スライムの持ち込みには免許が必要なのですよ」
子供の夢の村を出た俺たちは、アンデヴェロプトに戻ろうと再びゲート都市に来るも……やはり関門所で引っかかっていた。
シルバーの移動魔法を使ってプレリ大陸に移動した事で書類の手続きで足止めを食らう覚悟はしていた。
が、それ以前にスライムが持ち込み禁止だと言われ、置いていくか戻るかの2択を迫られてしまう。
「そもそも何で持ち込み禁止なんだ?」
「最近スライムによる被害報告が多くてですね……何でも2つの大きな都市がスライムによって街中埋め尽くされたとか」
……それってさぁ。もしや、スライムが悪いんじゃなくて魔法なのでは……?
「とは言え、スライムは建築資材や召喚獣、武器その他諸々に活用されていますので一概に悪いとは言えないのです。そこで、スライムを正当な理由があって持ち込む場合にのみ許可が下りるよう免許所有者の申請制にしました。……というかこれ、決めてるの帝国ですからね?」
係員は注意事項の書かれた書類の上で指をトントンした。確かにそこにはルーカス陛下の名前があり、ハンコが押されていた。わー……陛下が決めたのかー。それは従わなくちゃいけないやつだ……
「どうするジェドっちー?」
「……とりあえず出直すか……」
何やかんやで通れていたゲート都市が通れないなんて……コレはコレで地味にピンチなのでは?
―――――――――――――――――――
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと遊び人ナスカ、スライムになったシルバーはプレリ大陸側のゲートに戻り、人気の無い路地にある木箱に腰をかけた。
ヌメヌメと滑り歩いていたピンク色のスライムのシルバーはなぞにウニョウニョと蠢いている。意思があるんだか無いんだかすらも判断付きにくく、何がしたいのかは全然分からない。
魔力が多少あるからなのか、シルバースライムは魔力を帯びた髪と同じ色のピンクだった。新種の様な見た事の無いスライムだからまだシルバーという実感はあるが、普通のスライムだったら分からなくなっていたかもしれない。まぁ、見た事の無いスライムだというのも持ち込めない理由の1つなのだが。
「しかし、よりによってスライムがダメとはな。かと言って置いていく訳にもいかないし……」
「来た時みたいに魔法で移動出来たら良かったんだけどねー。夜は夜で子供になったら魔法使えないし。いっそ茸を使う時間を遅らせて元に戻して、最初みたいに何とか分身とかして貰って移動魔法だけ使って貰うとかは?」
「いや……そう上手く行くとは限らないだろう。あの時は魔法を受けてくれる魔法使いが沢山居たから本体と分離出来た劣化版が魔法を使う事が出来た訳だし。失敗するリスクの方が高いんじゃないかな」
……あと、スライムから戻るからその間ずっと裸なんだろ……? 違う意味でもリスク高いわ……
「その通りだよジェド」
やっぱ裸はマズイよな。と、どこから聞こえて来たか分からない声に振り向くとスライムの表面がモコモコ変形してシルバーの顔になっていた。
あまりのキモさに俺とナスカが一歩下がる。
「声帯を形作るのに苦戦していたんだけどね、やっと喋ることが出来る様になったよ」
「いやめっちゃキモいんだけど」
「ふふ、酷いなぁ。大変なんだよコレ」
スライムからピンク色の顔だけ生えているその姿はホラーである。こんな魔物が現れたら間違いなく倒す。人通りの無い路地で良かった……
「ま、まぁ……シルバーのビジュアルは一旦置いておこう。やはり魔法を使うのは難しいのか?」
「うーん、そうだね。あの時は魔術具も沢山付けていた訳だし。違う方法を考えた方が良さそうだねぇ」
「違う方法ったってなぁ……」
アンデヴェロプトにゲート以外で行くにはラヴィーンから更にウィルダーネス大陸を越えるという道も無い訳ではない。しかしそれは気の遠くなるほどかなりの遠回りで時間がめちゃくちゃかかる……
夜まで待って子供になってからもう一度来るか、もしくは明日まで待ってから違う生き物になって来た方が早いかもしれない……しかし……
「明日まで待って違う生き物になったとしても通れる生き物になれるか分からないしな。そもそも子供のシルバーが達のも身分を証明する物が無いからなぁ……どちらにせよ時間がかかるだろう」
本当はノエルたんの件も気がかりだから一刻も早くアンデヴェロプトに戻りたい。シルバーも同じように思っているのだろう……いつになく深刻な顔をしていた――と思う。分からないけど。ピンクだし、何かキモいし。
「ふふ、早く行った方が良さそうだからねぇ」
「んー……それならさ、コッソリ持ち込んじゃえば?」
思案したナスカがとんでもない提案をした。
「コッソリって……どうやってだよ」
「そうやって顔を作ったり変形出来るんでしょ? 何かこうさぁ、上手いこと持ち込めそうな物に擬態すれば何とか誤魔化せない?」
「そんなに上手く行くだろうか……」
「ジェド、試しにやってみようか。変形のコツは掴んだからねぇ」
シルバースライムはウネウネと変形していった。そこにコトリと……いや、プルンと物が落ちる。……それ、行けるかなぁ……
「ジェド・クランバルさん……?」
「何か?」
「……それ、スライムですよね?」
「…………剣だが?」
「スライムですよね?」
「……はい」
俺の腰には3本の剣が刺さっていた。光り輝く光の剣、禍々しい闇の剣――そしてプルプルとしたピンクの剣。
バレるよね……そりゃあ。こんなプルプルのピンクな剣おかしいもん。
俺達は再度諦めて路地裏へと戻った。
路地裏に着くと剣の柄からシルバーの顔がニュッと生えてくる。いやキモいわ!
「やっぱ剣はダメだったかぁ」
「だから無理があるって言っただろうが俺は!」
「ぶっ……ならさぁ、外に見えなきゃいいんじゃない?」
「見えなきゃって……そんなに上手く隠せる方法あるかぁ?」
ナスカの助言でシルバースライムはまたプルプルと変形し始めた。
「……ジェド・クランバルさん……?」
「……何か?」
「貴方、男性ですよね……?」
「何処からどう見ても男性だろう? 何か不自然な所がありますか?」
「……その胸……何ですか……」
関門所の係員は俺のプルプル揺れる巨乳を指差した。
「ちょっと鍛え過ぎた雄っぱいだ」
「そんな訳ありませんよね?」
「……ハイ……スライムです……」
俺は観念してシャツを開き、胸板の上にぶら下がるピンクのスライムを取り出した。関門所の係員には超怒られた。
またしても路地裏に戻ると、ナスカはお腹を押さえてプルプルしていた。
「……お前、俺で遊んでないか?」
「そ、そんな訳無いじゃん、ほら、早く行かないと大変だろ? 絶対遊んでる場合じゃないし」
プルプルと揺れる雄っ――じゃないシルバーはまた顔を作り出す。顔スライムにもいい加減見慣れてきたかも……
「ジェド、これは私もあまり使いたく無い手段なんだが……かくなる上は飲み――」
「ウワアアアア!! それ以上言うな!! 絶対に言うな! 絶対やらないし!」
シルバーがげんなりした顔で提案しそうになったが、全力で止めた。これには流石のナスカも引いていたので却下だろう。
「ウーン……困ったねぇ。そもそも収納魔法でも荷物検査でバレてしまうからねぇ……コソコソ持ち込むなんて難しい提案だったかもね」
「そうなの?」
シルバースライムはニコニコしながら頷いた。
「そうだよ。持ち込み禁止のものを収納魔法に入れて持って行く人も居るからね、魔塔が探知魔術具を入れているんだ」
だったら早く言えよ……
「余程干渉しない次元魔法でも無い限り探知から逃れるのは難しいねぇ」
「干渉しない次元魔法て……」
「そんな魔法、並の魔法使いは知らないけどねぇ。魔法が使えたらねぇ……」
そんな魔法、俺やナスカも使えるはず無いしなぁ……
だが、俺はふとある事を思い出した。
1人だけ、干渉しない次元に潜んでいた為に探知魔術具に引っかからずにゲートを抜けられた子供がいた事を。
俺はバッと収納魔法を漁り、本を取り出しパラパラと捲った。
「おい、ワンダー! ちょっと手貸して欲しいんだけど!」
ダメ元で問いかけてみた本からはワンダーの顔がニュッと出てきた。
「……ジェド……君達と別れてからまだ何日だと思ってるの?」
ワンダーは大人に戻ったみたいで、呆れた細い目をこちらに向けた。
「げっ! 何その気持ち悪いスライム……シルバーみたいな顔が付いてるけど……」
ビジュアルの気持ち悪さはお互い様だぞ……?
「ジェド・クランバルさんとナスカさんね。問題無いです、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
さっきまでの足止めが嘘の様にゲートを通過する事が出来、プレリから帝国、更にアンデヴェロプトへゲートを進んだ。
アンデヴェロプト大陸へ入ってすぐに人通りの無い場所へ行き、ワンダーの本を開くと、げんなりした顔でプルプルヌメヌメとしたスライムを持ったワンダーが上半身だけ出した。
「無事抜けられたみたいですね。はぁ……何か、ちょっとしか経ってないのにまた大変な事になってそうですね」
「ありがとうワンダー、助かったよ。旅は順調か?」
スライムを下ろしたワンダーは少し笑った。ふわりと海の香りがした。
「ええ。本が濡れそうだからと敬遠してあまり行かなかった海に居ました。……あ、ここから先はネタバレですよ?」
「はは。邪魔して悪かったな、良い旅を」
「ジェド達も、お気をつけて。またいつでも……は勘弁ですが、困った時はまぁ、いいですよ」
ワンダーはニコッと笑ってまた本に消えて行った。
1人で旅に出ているので心配していたが、元気そうで良かった。
……なるべく頼らないようにしたいのだが……一筋縄で行かない状況が多過ぎてな。本当にゴメンね。
「無事アンデヴェロプトに戻って来られた事だし、魔法学園に向かおうか」
「ああ」
何とかゲートを越えられた俺達は、ノエルたんを探すべく魔法学園へと向かった。




