閑話・白い皇城の×マス(当日)★
その日の夜……皇城では盛大なパーティーが行われた。
いつの間にか帝国にじわじわと浸透していた異世界由来の文化『×マス』
その年は何の奇跡か雪も降らないのに一瞬にして白くなった皇城……そして夜賑やかな音楽と共に始まった城でのパーティー。
これは、あんなに乗り気じゃなかった陛下がついに×マスを楽しむ気になったのだ、と街中が盛り上がった。
そして皆に流れる、陛下がついにご成婚では……? という期待ムード。
城下の人々は祝福され幸せになる愛しい陛下と未だ見ぬ妃を想像して、幸せな気持ちになった。
――そんな目で見られているとは知らない皇帝ルーカスは、目の前で幸せそうに食事を取るオペラを温かい目で見守っていた。
中庭の見えるテラス席に運ばれる色とりどりの料理やケーキ。
先に行って来た魔王領で、あんなに食べ過ぎて後悔していたオペラはまたしてもモリモリ食べていた。
特にオペラが気に入ったのは木の形を模したケーキである。
世界樹を食べているようだと少し笑っていた。普段あまり表情の変わらないオペラが控え目に笑う姿はレア過ぎて勿体無い。絵姿に収めておきたいとルーカスは惜しむようにじっと見つめた。
「ルーカス様……? あの、ルーカス様は食事をお取りになりませんの?」
「私の事は気にしないでいい」
本当はダンスでも申し込みたい気持ちはあった。が、遠巻きに生温かく見守る家臣達の目が痛いのでそんな恥ずかしい事は出来なかった。
皆、愛しい陛下の幸せを願っての事だったが
(初めて冒険に出る孫か私は……)
と、ルーカスは恥ずかしく思っていた。
オペラの魔法と空の魔石のおかげで城内はすっかりツルツルヌルヌルが取れて、久々に滑らずに仕事が出来る事を皆が喜んだ。
ルーカスも明日から止まった仕事を進めないといけない。
絶対に忙しい事は分かっていたが、今はこの幸せなひと時を味わっていたかった。
ポケットにはオペラの為に買った指輪。
もうツルツルと滑らないので、渡すチャンスを伺いながらも中々出せずにいた。
魔法都市で買った指輪……
お互いの名前を掘るペアの指輪を勧められたものの、勝手に彼女の名前を身につける訳にはいかない。だけど自分の名前は身につけていて欲しいと、ルーカスの名前を裏側に彫ったリングを買った。
気持ち悪いと思われないか少し心配になったが、そんな事は思わないはずだと首を振った。
「所でオペラ、魔王領は楽しかったかい?」
「魔王領……」
そう言われ、食事の手を止めてルーカスを見つめる。
ルーカスが魔族と聖国の仲をずっと気にしているのをオペラは知っていた。
「ルーカス様……わたくしの不在中、魔族が聖国を助けてくれていたとお聞きしました」
「ああ。そろそろ魔族を信用してくれても良いんじゃないかな……」
「……」
オペラの中には未だ魔族に対する蟠りが残っているのだろうか……と心配したが、1度目を伏せてもう一度ルーカスを見たオペラは
「わたくし……魔王と話をしてみたいのです……」
と、意を決して言ってくれたのでルーカスは嬉しくなってオペラの手をギュッと握った。
オペラもアークも、ルーカスにとってはどちらも大切な人。
蟠りは無くなって欲しいし、もし自分がこの女性と結ばれるならば大切な友人には祝って貰いたい。
「あ……あの、ルーカス様……」
ルーカスは無意識に握っていたオペラの手に気が付いて我に返った。それに、オペラとの未来を少し想像してしまった事も……
だが、ルーカスは恥ずかしさに手を離して引っ込める事はしなかった。
ゴソゴソとポケットを探し、今度こそと指輪を取り出した。
「オペラ……この指輪は……君の物だ」
「え……?」
オペラの顔が赤くなる。
(今日という日に指輪を贈る意味を知っているのだろうか?)
実はルーカスも良く理解している訳では無かったが、指輪を売っていた店主は恋人の左手の薬指に嵌めろと言っていたのを思い出す。
ルーカスは取ったオペラのその手の薬指に指輪を通し――
――むにっ
「……」
「……」
指輪はオペラの指の第二関節手前で止まってしまった。
(そんな馬鹿な??? この私がサイズを見誤るだと……???)
と、ルーカスは焦ったが、そうでは無い事にハッと気が付いた。
そう……オペラはこの頃よく出歩いていた。そして魔王領では沢山食べていた。今日も良く食べている。もしかしたら、その前に出歩いていた時も。
太っt……とまで過りかけて考えを止めた。が、同じ事に気付いたオペラは見る見るうちに顔が真っ赤になり冷や汗が止まらなくなっている。
ルーカスとしては少しくらい肉付きが良いのは健康的で良いと思っているのだが……それを今言うにはタイミングがまずかった。
一体どうしたら良いものかと固まっていると、オペラが冷や汗止まらぬ赤い顔で口を開いた。
「わ……わ……」
「……?」
「わ、わたくしの物ではありませんでしたわね!」
冷や汗に続いて涙が出そうな顔をしたのでルーカスは握る手を強め、指輪を薬指から引き抜いて隣の小指に移した。
「いや、間違い無く君の物だ!!」
「ほ、ほほほほ……良かった、わたくしの物でしたのね」
「う、うん。そうだよ、よく似合うよ」
辛うじて保ったオペラの空笑い。ルーカスも笑って頷くしか無かった。本当は泣きたくなっていた。
とてもじゃないがプロポーズか恋人に贈る物かと買った指輪とは言い出せないし、貰う側もそういう物なのかとは聞くに聞き出せなくなっていた。
小指に辛うじて入った指輪も、引き抜いて隣に移すのには時間がかかりそうだった。
指輪の裏側に彫られたルーカスの本名の一部がオペラの目に触れるようになるのは……未だ先の話である。
それ以上何も言い出せず乾いた笑いを浮かべる2人を家臣達はため息混じりに見守っていた。
「……あー……コレは誰も悪くないヤツだな……」
「陛下も中々上手く行かないよなぁ……」
皆が残念そうに見守る中で、シャドウも同じ様にため息をついた。
2人の関係が上手く行くならば恋心も苦い思い出として割り切る事が出来ただろう。
逆に余りに苦しむ一方的な恋ならば止める事も出来ただろう。
2人の恋は何処か不器用なのか運が悪いのか、すんなりと先に進む事が出来なかった。
それが、いつどうやって2人は結ばれるのだろうと思い始めると気になってしょうがなかった。
×マスの夜……城で行われたパーティー。渡された指輪……なのに今回も2人の仲が進展する事は殆ど無かった。




