溢れる魔力、魔塔のピンチ……?(前編)
「はーい、ジェドっちあーん」
「……」
ナスカの差し出すスプーンを無言で咥える。周りの目が痛い。
ここはゲート都市の食堂。俺たちは昼食を取っていた。
ナスカは普通に食べているが、俺はひたすらナスカに給餌されている……
え? 何故かって?
「いや~、しっかしジェドっちも大変だね。手がつるつる滑るからその呪いの剣以外持てないとはねー」
そう。持てないのだ。特に金属は滑る。木のスプーンだろうと滑る。試しに紙で包まれたものも買ってみたが滑る。何故こんなに滑るのか? 呪いだからである。
細かい分類は分からない……とにかく手が滑る。ありがたい事に着ている服は滑らない。そこまで呪いさんも鬼畜では無いらしい。だから手袋をしていたナスカは大丈夫だったのだろう……
最初にそれに気付いたのは公爵邸で朝食を取ろうとした時の事――スプーンやフォークが滑って朝食が食べられなかった。なんなら持とうとした皿さえ手から滑りそうになってメイドが必死にキャッチしていた。
俺は子供の時ぶりにメイドにあーんされた。メイドのあーんは別に良い。メイドだから。
『これはジェド様、旅先で困りますなぁ……』
執事が困った顔をしていた。メイドも困っていた。自分で食べられるのにメイドにあーんされているナスカが笑いながら提案した。
『え? じゃあ俺が食べさせてあげるよ。それしか無いでしょ?』
『それしか……ありませんなぁ……』
執事は哀れんだ目を俺に向けた。公爵家の子息で次期当主であろう俺のどんどん遠ざかっていく婚期とか外での評判とかを気にしているのだろう。大丈夫だ執事よ、もうすでに十分落ちているから。
ナスカはニヤニヤ笑っていた。俺は数日コイツと過ごして段々分かってきた。
ナスカという男、基本的には働かない。誰かの為に尽くすなんて以ての外である。だが1点だけ……それを見つけると労力を惜しまず積極的になる……
それは、遊ぶこと。コイツは俺という玩具で遊んでいるのだ。思えばシュパースでも散々遊ばれていた気がする。
ワンダーの件でいい奴なんじゃ無いかと思っていたのだが、そういう話では無い。
つまる、つまらない。笑える、笑えない……ナスカの判断基準はそれだけだった。
ワンダーと賭けをしたのも、ワンダーがつまらない事で悩んでいたからなのである……何コイツ、お笑いサイコパス?
幸いな事にナスカの笑える基準には犯罪や悪事だと思われる事は含まれないらしいが……まぁ、そんな奴なら陛下が許す訳は無いだろう。
そんなこんなで、こんな状態になっている俺達は、執事の心配通りゲート都市で早速変な目で見られていた。男が男にアーンされているからね。しかも騎士が柄の悪い派手な男に。何これ……いっそ何も食べない方が良いのでは?
「しっかし、あの列どーする?」
「うーむ……」
差し出されるご飯を食べながら考え込んだ。そう……アンデヴェロプトに行こうとした俺達だったのだが……アンデヴェロプト方面のゲートには長蛇の列が出来ていた。
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漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと遊び人ナスカは連絡の取れないシルバーの様子を見にいくために魔塔を目指し、アンデヴェロプト大陸に至るゲートがあるゲート都市へと来ていた。
毎度お馴染みゲート都市は、世界中のゲートの集まるターミナルであり中継地でもある。ここにあるゲートを通して各大陸へと行く事が出来、その通行は厳しく取り締まられている。
移動魔法で他の大陸に移動した際は届け出ないと次に利用した時に怒られて書類を書かされる。とは言え移動魔法はかなり特殊な大魔法過ぎて殆ど使う人は居ないが……
過去、様々な事で足止めされ、すんなり通る事が出来ない俺だったが……今回は普通に大渋滞で中々進めずに居た。列を見た瞬間、かなり時間がかかりそうだと踏んで先に昼食を取っていたのだ。
「しかし、何でこんなに混んでいるんだ? 前に来た時はこんな感じでは無かったのだが……」
「んー、何か祭りらしいよ?」
「祭り?? 何で知っているんだ?」
「ジェドっちが中々トイレから戻って来ないから暇でさ。ちょっと女の子引っ掛けてたら優しく教えてくれたよ。ジェドっちがでかい用を足してる間にもちゃんと働いてるの凄くない?」
お前はナンパしてるだけだろうが。あと、断じてでかい用では無い。チャックを上げようとしたら掴めなくて四苦八苦していただけである。イケメンはでかい用なんて無いのだ。
「あー凄い凄い。それで、祭りって何なんだ?」
「何か、数10年に1度の火山の大噴火で魔力が大放出していて、大陸中に魔力が溢れて魔石が降り注いでるんだって。魔法都市じゃこれを祝ってお祭りムードらしくて、世界中の魔法使いが集まったり魔法商人が買い付けに来たりで大混雑らしいよ」
「なるほど――」
魔力の大放出……?
俺はナスカの言葉を聞いてガタンと立ち上がった。
何か……絶対ヤバくね?
話を聞く限り、アンデヴェロプトが爆発しているという訳では無さそうだが、シルバーと連絡が取れない事を思うとヤバイ感じがビンビンとした。
「どしたのジェドっち?」
「……一刻も早く魔塔に行きたい。実は、魔力が爆発する様な奴を知っているので心配なんだ……」
「? よく分かんないけど早く行ければ良いのね」
そういうと、ナスカは食堂を出て列に向かう――のかと思いきや、列を無視してゲートの関門へと歩き出した。
アンデヴェロプトへのゲートの関門所にいる女性に手を振ると、その女性も手を振り返す。
「あら? さっきの……」
「あのさー、俺……どうしても急ぎでアンデヴェロプトに行かなくちゃいけなくてさ。何とかならない?」
「え? それは……」
「ねー、お願い?」
顔を赤らめた関門所の女性はナスカのお願いに負けてコソコソと手招いた。
「ジェドっち、良いってー。やー、ジェドっちがでかい用を足してる間にナンパしといて良かったー。ジェドっちのおかげだね」
ナスカは笑いながら俺の肩を叩くが、だからでかい用など無いって言ってるだろ。というかナンパしてたのゲートの職員かよ。
俺達はゲートの職員がコッソリと早く通してくれたので、すんなりアンデヴェロプトへと渡る事が出来た。
魔力で動いているゲートも心なしか漲っている様であるが、ゲートを抜けた先に見えた大陸は前と様子が異なっていた。
「本当に噴火してる……」
不思議な色をしたアンデヴェロプトの魔力火山の頂上からは虹色の噴煙が上がっていた。空にはキラキラと大小の魔石が噴石として降り注いでいる。殆どは小さな石であり、街行く人が嬉しそうに降り注ぐ魔石を受け取っていた。
ゲートから出て直ぐの魔法都市はお祭りムードだったが、その向こうに薄ら見える魔塔に不穏な気配を感じた。塔全体がシルバーの髪と同じ紫がかったピンク色に光っているのだ。
「うわぁ、魔塔って何か派手に光ってんだね」
遠目にも眩しく光り輝いて目立つ魔塔をナスカが指差した。
「いや……多分アレはちょっとだいぶ大変な事になってんだと思う……」
俺は肩を落として魔塔に向かった。
いつぞやに、爆発する時は俺の手で刺せとお願いしようとした魔塔主。絶対に嫌なので断った事を思い出した。
「……なぁナスカ、お前の目の前に爆発寸前で被害が出る前に自分を刺せとか言ってくる奴が居たらどうする?」
「え? どういう種類の爆発かにもよる」
「逆に聞くがどういう爆発だったら許すんだよ」
コイツに聞いた俺がバカだった。ナスカは面白いタイプの爆発ならそのまま成り行きを見守る気がする。
まぁ、どちらにせよ刺すのは嫌なので……俺は最悪の状況の中でも最善を尽くそうと思った。
魔塔に着くと、塔の周りに沢山の魔法使いが集まっていた。
「おい、魔塔は大丈夫なのか?」
「ああ、貴方は魔塔主様の大親友のジェド・クランバル様」
「……ただの友人のジェド・クランバルですが? それはともかく……この光はやはりシルバーのものか?」
「はい。数10年ぶりの魔力火山の大噴火で大気中に溢れた魔力によって影響を受け……魔塔主様は――」
悔しがる魔法使いの表情を見て嫌な予感がして唾をゴクリと飲み込んだ。
「魔法をめちゃくちゃ使っています……」
「ほう? そうか。そうだろうな」
「羨ましい……」
「――何が?」
外に居る魔法使い達は膝から崩れて泣いていた。
「今外に出ているのは魔塔主様の魔法に耐えきれず魔塔から弾き出され、入れずに居る者達ばかりです……くぅ……私も、私も魔塔主様の魔法を受けたい」
「何でこんな祭りに参加出来ないんだ!! クソッ!! 耐えきれてる奴が羨まし過ぎる!!」
悔しがり地面を叩く魔法使い達。魔塔の上からは定期的に何人か魔法使いが降って来た。恐らく弾き出された魔法使いなのだろう。
ボロボロになりながらもマジックポーションを浴びる様に飲み、また魔塔に向かおうとしていた。
「お前、まだ行くのか??! 無茶だ!」
「放せ!! 魔塔主様の魔法を、沢山受けるチャンスなんだ!!」
「お前だけ行かせてたまるか!!」
ポーションの取り扱い。ゾンビの様に塔に群がる魔法使い達。
何か思っていたのと違う……というか、魔法使い達は平常運転であった。
「何これ、魔法使いウケる! マゾなの?」
「ああ。初めて見るか? これが魔ゾだ。覚えておけ……」
魔ゾンビ達を指差して笑うナスカ。楽しんで貰えて何よりだが、大変な事になってるん……だよな? コレ。




