クランバル家で貰った滑らないタイプの剣
「……アニキ……何でそんな格好なんだ?」
「いや、うーん。襲撃?」
「皇城が襲われたとお聞きしましたが……ジェド様がこんな格好で帰られるとは……余程の酷い有様なのでしょうね」
漆黒の騎士団長ジェドクランバルは油と石鹸で全身ヌルヌルヌメヌメとした酷い格好のまま帰宅した。ライアー……じゃなくナスカも同じように全身ヌメヌメである。
酷いといえば確かに酷い。街中にスライムが降ってきた時もあったが、それよりまだ酷い。スライムは滑らないし埋まるだけだったので良心的かもしれない。兄ともなるとオペラより更に酷い事をするものだな。
「皇城があんな様子じゃ暫く登城は無理だろう。それよりまた出かけなくてはいけないから着替えを用意してくれ。アイツの分も」
家に上がると汚れそうなので、庭で執事や大輔と話をしていた。ナスカは窓から家の中をじーっと覗いていた。良く見ると窓際にはさち子人形が置いてある。ちょっと見ない間にまた髪の毛が伸びてきてるじゃんさち子。
「かしこまりました。ジュエリーお嬢様も着替えなくてはいけませんし、庭に湯を用意させますのでお二方共身体の滑りをそちらで落としてください」
「ああ」
執事やメイド達の用意した大桶に湯が張られた。俺とナスカは服を脱いで用意して貰った布を腰に巻き、手や顔や頭をバシャバシャと湯に浸けた。
黒い油と泡立つ石鹸水。多少は落ちたものの、まだ手がツルツル滑るような気がした。ナスカなんて薄着だったから出ている部分が多くてあちこち湯に浸けて流している。……かと思いきやシャボン玉を作って遊んでいた。石鹸水に黒い油の混ざった湯は謎の粘度があるらしく浮かない黒のシャボン玉が幾つも庭に落ちていた。遊んでないで早く洗えや。
その少し離れた所、剣を布で拭いているメイド達は困り顔だった。
「この滑り……全然取れません」
「えー……困る」
「こっちの光っている方は石鹸だけなので何とか持てそうですが……いつもお使いになられている黒い剣の方はダメです」
メイドが剣を拭いている傍から剣がツルツルと滑り出ていた。
やはり魔法で作り出したツルツルはちょっとやそっとじゃ落ちそうにないらしい。
「アニキ、俺の聖剣持ってく?」
着替えてきた大輔がトコトコ戻って来た。いや、お前の聖剣って成人男子が中に入っている奴だよな……オッサン剣でさえ持つの嫌なのに更に聖剣薔薇の乙女(男)とか嫌すぎるだろ。
「気持ちだけで十分だ。どの道聖剣は俺には操れないからな」
「そうかぁ……」
少しでも役に立ちたかったのか、大輔は気を落とした。決して成人男子の剣を押し付けたいとかではなく純粋に役立ちたいというその姿は可愛いが、本当にすまんな。
「お前は剣の練習をしてくれればそれでいいさ。いつか騎士になるんだろう?」
「うん」
あー、素直な大輔かわいい。妹も欲しかったが実は弟も欲しかったから丁度いい。妹兼弟って2度可愛い。
「しかし剣かぁ……地下の武器倉庫でも漁るかなぁ」
「それでしたらそろそろ旦那様と奥様が戻られる頃ですので相談されてはいかがでしょう?」
「そっかー。親父達かぁ……それもそうだな」
親父達は定期的に何処かに行っては帰って来てを繰り返している。何処で修行しているのかは知らないが時期に帰って来る頃合いらしい。
俺はメイド達から綺麗な制服を受け取った。ナスカもメイド達に服を着せて貰っている。きゃいきゃいしながら女の子達に服を着せて貰っているが……何だろう。うちのメイド達、俺に対するのと態度違くない?
「ジェドっちの家って沢山メイドさんとか居るんだね」
「まぁ、公爵家ですから。貴族ですから」
「なのに何でそんなに女っ気無いの? こんなに可愛い子ばかりなのに、ねー」
「何でですかね……?」
メイド達とイチャイチャしながら聞きにくい事をズバズバ聞いて来るの本当つら……
「ジェド様は可愛いなんて言ってくれませんから」
「なんていうか……残念イケメン?」
「悪役令嬢にはおモテになるんですけどねー……」
メイドがそう口々にして可哀想な目で俺を見た。悪役令嬢にモテるというのも語弊がある。どちらかというと彼女達は俺の家柄や剣の腕目当てなのでおモテになっている訳では無いのだ。
良いさ……俺にもいつか、俺だけを愛してくれる純粋で清楚でちょっとぽっちゃりした運命の女性が現れてくれるだろう。
「ジェド様、旦那様と奥様が帰られました」
執事が呼びに来たので見ると、親父達が草まみれで歩いて来た。一体何処に行って来たんだよ。
「ジェド、久しぶりだな。そちらの方は?」
「あー、彼はナスカ。シュパースの所有者だ」
「まぁ。伝説の遊び人と言われる……」
親父達がナスカを驚いて見る。ナスカは母さんの手を取った。
「ジェドのママ、超キレー。いいなー。……でも何でだろう、パパからも美女の匂いがする」
と、パパの手を取った。良く分かったな、親父は元悪役令嬢だ。元の親父を見た事は無いが……
ナスカが手を取っている親父はどう見ても厳ついオッサンであるが、一体ナスカには何が見えているのだろう。目が良すぎるとか言っていたが、親父の中身が見えるとか目が良いとかいうレベル超えてない?
手を取られた親父は少し赤くなっていた。頼むからその見た目で失われた令嬢の心を思い出さんでくれ……
「コホン。彼の事は良いとして……ジェド、剣が使えなくなったと聞いたのだがどういう事だ?」
「どうもこうも……」
俺は親父に言われていつもの黒い剣を受け取った。表面のヌメりは取れているものの、未だツルツルが取れなくて握るとスポンと抜けてしまう。
皇城で起きたことの経緯も話した。すると親父は剣をマジマジと見た。
「ふむ……これは呪いに近い魔法がかかっているな」
「分かるのか?」
「ああ。私も闇の魔法で呪われた剣を持っているからね。これはそれと近いものを感じる。普通の魔法で出した油や石鹸だったらここまでの効果は続かないだろう……」
どうやらあんなアホみたいな魔法は呪いだったらしい。確かに、陛下が苦戦するし全然片付く様子の無いあの城の惨状は呪い以外の何物でもないよな。
「そうかー……じゃあやっぱこの剣はダメか。親父、何か他にいい剣無い?」
「ん? まぁ……無くはないが。だが、お前の手も未だ魔法の効果が少し残っているからな。並の剣ではすっぽ抜けてしまうだろう」
確かに、素手でベタベタと城内を触っていた俺の手は気のせいでは無く未だ少しツルツルしていた。ナスカは手袋をしていたから大丈夫そうだった……ズルい。
「並の剣じゃない剣なんてあったっけ……」
聖剣は絶対嫌だしなぁ。あと他にこの剣より目ぼしい剣って何だ……?
「私の剣を1本くれてやろう」
そう言って親父は腰に差していた剣を俺に出した。
「この剣って……」
「呪われた闇の剣だ」
「いやかっこ良さげではあるけれど」
親父の持っている剣って所で嫌な予感はしていた。だが、ジャスミン・クランバルの呪いの剣はクレストのオッサンに壊されたんじゃ無かったっけ?
「気にするな。実は私は呪いの剣マニアでな。替えは沢山あるんだよ。コレはその中でも特別強力な呪いがかかった剣なのだが、特別だ。お前の誕生日も近いしな。くれてやる」
「いやちょっと待て、何処から突っ込んでいいか分からないんだが、誕生日プレゼントに呪いの剣を渡す親が何処にいるんだ??」
「私は貰ったら嬉しいが」
「そうよー、お父さんの誕生日プレゼントの為に破滅のダンジョンにまで探しに行った事があるのよ。今渡そうとしている剣はお父さんが1番気に入っている物なんだから大事にして頂戴?」
呪いの剣を……大事に……? ちょっと何言ってるか分からない。
「気持ちはありがたいんだが、並の剣だろうが呪いの剣だろうが結局はすっぽ抜けてしまうのでは……?」
「呪いの剣はそんな甘い物ではない。持ってみろ」
「??」
親父に渡されるままに剣を握ると、ズンっという重い感覚と共に手がゾワゾワ気持ち悪くなった。コレが呪いの剣か……確かにすっぽ抜ける感覚は無いが……
と思って剣を見ると、ギョロリとした目と目が合いその柄は触手の様に俺の手に絡まり侵食するかの様に腕と一体化しようとしていた。
「……侵食されかけてんだが……?」
「呪いの剣だからな。それならすっぽ抜けてしまう心配も無かろう」
「手から離れないんだが……?」
「それはお前の修行が足りないのがいけない。自分でなんとかしろ」
おいコラ。勝手に持たせておいて酷くない……?? その間にも呪いは侵食し、肘にまで到達しようとしていた。ギャアアアアア!
俺は何とか精神力を集中して呪いの剣を制そうとしたが無理だった。そういうヤツじゃない。剣気とかも受け入れてくれない。マジやばい。
ブンブンと剣を振ったり引き剥がそうとするも剣は変わらず侵食してきた。
「呪いの剣さん! 頼むから侵食は勘弁して! 剣は好きだけど剣と同化したいとは思わないんだよ!!」
「ジェド、そんな弱気でどうする! もっとこう、ガーっとしてバーみたいな感じで強く制さなきゃダメだろ!」
「分からんし無茶言うな!」
焦って剣を引き剥がそうとする俺の背中をツンツンとナスカがつついた。
「ジェドっちダメじゃん、無理矢理とか良くないよ?」
「え?」
「推してダメなら引いてみろって言葉が有るように、逆に積極的な子には少し押してみるのが良いんだよ」
何言ってんだ??
意味が全然分からないでいると、ナスカが俺の侵食されている方の手の上にそっと手を重ねて囁いた。
「何ー? グイグイ来てさぁ。そんなにジェドっちと1つになりたかったのー?」
いやらしい言い方は止めろ。全年齢だぞ?
だが、ナスカの言葉に反応して剣が止まった。え?
「そんな事していいと思ってんの……? いけない子だなぁ。ジェドっち初めてなんだからさぁ。もうちょっと優しくしてあげたら? それにさ……」
ナスカがおもむろに剣の柄をクイッとした。顎クイかな?
「男は世の中に1人じゃないんだからさ。俺とも遊ぼうぜ……?」
息を吹きかけられた呪いの剣は真っ赤になりシュルシュルと元の大きさに戻って行った。
「何? 遊ばないの??」
ナスカがニヤニヤと剣に問いかけたが剣はモジモジと俺の後ろに隠れた。
「ね? 簡単でしょ?」
「……いや分からんがな」
とりあえずまた侵食されそうになったらナスカががたらし込んでくれるらしいので親父の呪いの剣を受け取る事にした。俺の腰には光のおっさん剣とモジモジした呪いの剣が並んだ。何これ……
「いやー、まさかそんな方法で制する事が出来るとは思わなかったなぁ。はっはっは」
「うふふ、あなたったら三日三晩地獄の苦しみと闘っていたものねぇ」
親父達が呑気に笑う……親父が三日三晩地獄の苦しみを味わうような剣を渡さないで欲しいんだが。
「シュパースから戻って来たばかりなんでしょう? 今日は泊まって明日出発なさい。ナスカさんもゆっくりして行ってね?」
「はーい」
母さんに言われてニコニコと返事をするナスカ。……コイツ、シュパースの時から思っていたが相当女好きだな。いや、我々もね、女の子は好きですよ? でもそういうんじゃなくて……くぅ……俺も安易に女の子と仲良く出来る様になりたい。
1泊した次の日の朝、応接間に居たナスカは人形に上機嫌に話しかけていた。応接間の人形……呪いのさち子人形である。
「あれー? 髪型昨日と違うじゃん? 可愛いね?? もしかして俺の為におめかししてくれたとかー? だったら嬉しいなー」
見るとさち子人形の髪は綺麗に切り揃えられ、服もお洒落になっていた。さち子……? お前までこんな遊んでそうな奴が好みなの……?
公爵邸を出る時にはメイド達もすっかりナスカと仲良くなっていて、また遊びに来て欲しいときゃいきゃいしていた。俺を見送る時もそんな事言わないのに……ぐぬぬ……
悔しがる俺と上機嫌のナスカは、公爵邸を出てゲート都市からアンデヴェロプトに向かった。




