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帰還した帝国は……最大の危機だった(後編)

 


 本当に帝国は、陛下が即位して以来の未曾有の危機だった。


 ……滞る仕事……連絡を待ちきれず城門に溜まる者達……1歩入るとそこはヌルヌルツルツル。


「ああ……もう無理だ。エース、何とかならないのか??」


「……とりあえず、ハンコレス化しましょう」


 ツルツル滑るハンコは陛下の手に収まってくれる事はなく……ペンもマトモに握れない。


「城内に居る魔法士をかき集めました。魔法文字なら何とか有効ですので……他国には事情を話して暫く何も出来ない事を伝えましょう」


 浮遊魔法でふよふよ浮いている皇室魔法士達が魔法で文字を書いたり通信魔術具に魔法文字で書いた書面を多方向に送ったりと忙しなく働いていた。


「魔法文字が使える紙も特殊な魔術具だ……そうずっとは持たないだろう……やはりこのヌルヌルツルツルを何とかするのが先決だ」


 陛下はため息を吐いていた。


「ルーカスも何か大変だよなー。いつも仕事仕事で。良い機会だから彼女と休暇でも過ごしたら? 聞いたゾこの〜、彼女出来たんだってー?」


 気落ちしている執務室でライアー……もといナスカだけがのん気に陛下を肘で小突いていた。ツルツル滑っていたが。陛下はその腕をウザそうにツルツル流していた。


「……何処でどんな風に聞いたか知らないが、私と彼女は未だそんな関係では無い」


「え? そうなの?? あっ……ゴメン、笑えない話だった?」


「……」


 陛下は更に肩を落としていた。ナスカお前、やめて差し上げろ。


「陛下のプライベートな話は置いておいて、確かにこの状況は早く何とかしないといけませんね。このヌルヌルは闇魔法と神聖魔法だと聞きましたが、やはりアイツが来たんですか?」


「ああ。オペラの兄、ロスト・ヴァルキュリアだ。拘束中のブレイドを助けに来たらしい」


「あの白い変態……逃げたんですね」


「……私がみすみす逃した。まさかこんな方法を使われるとは思わなかった……不覚だ」


 白い変態こと純白の騎士ブレイド・ダリア。令嬢誘拐事件や黒い宝石事件に関わっていた人物なのだが、陛下の話では有益な情報は何も得られずに逃してしまったらしい。服も結局最後まで着なかったそうだ。意思強すぎない?


「そちらの件も調査したいのだが……先ずは城を何とかしなくては始まらない」


「魔法だったらシルバーに聞いたらどうですか?」


 闇や神聖魔法はシルバーの範疇外かもしれないけど、魔法に関する知識ならアイツに聞けば良い方法を出してくれそうな気がする。

 だが、陛下とエースは微妙な顔をしていた。


「ん? どうしたんですか?」


「……魔塔と連絡が付かないんだ。私も魔塔主を頼ろうと連絡を送ってはみたが、返事が返って来ない」


「実は魔塔だけじゃなく、最近幾つかの国との連絡が取れないんですよ」


 2人が深刻そうにため息を吐く。問題増えてない? バカンスしてる場合じゃなかったわ……

 俺はふと自分の指に嵌る指輪を思い出し問いかけてみた。


「おーいシルバー、何か連絡取れないみたいだけど? おーい」


 問いかけてみたものの、やはり指輪からも何の反応も無かった。


「ジェドっち、その指輪って魔塔主と繋がってんの?」


「ああ、そうなんだが……何の反応も無い」


「どういう関係……? 普通に引くんだけど」


「ん? まぁ、そうよね。俺も引くわ」


 俺に何かあった時の為にとシルバーが強制的に嵌めて行った指輪は、何処にいても名前を呼びかければ来てくれるらしいが……確かに引くよね。うん。

 しかもその機能すらしていない指輪は男が男から貰ったただの指輪である。死にたい。


「……2人の関係はともかく、どう考えても魔塔主に何かあったとしか思えない」


「いや、ともかくも何も、何の関係もありませんが……そっちも調査した方が良さそうですね……」


 シルバーもダメとなると後は……


「あ、闇はともかく、神聖魔法ならオペラに聞けば良いんじゃ無いですか??」


 名案と思ってその名前を出すも、陛下はズーンと落ち込んでいた。何で? 俺何か悪い事言った?


「……オペラは不在だ。聖国には居なかった」


 何でそんなに落ち込んでいるのかと思ったらエースがコソっと教えてくれた。


「実は陛下、仕事を早く終わらせて聖国に行ったのですが……オペラ様が不在だった上に何か聖国人からあまり良く思われてない感じだったらしくて。しかも帰って来たらこの騒ぎで……」


「そりゃまた踏んだり蹴ったりだな」


 何でも出来るはずの陛下がこんなに苦戦するとは……恐るべし聖国人だな。城をこんなにしたのも聖国人だし。


「オペラってルーカスの彼女(未)?」


「まぁ……そうだな。」


「俺、見たよ?」


「え???」


 何気ない一言に陛下もエースもナスカを凝視した。


「……何処でだ?」


「何処でって、シュパースに決まってんじゃん。何かブラブラ1人旅? してたけど」


「では彼女はシュパースに居るのか……?」


「んー、いや、多分魔王領」


「魔王領……???」


 どうやら聖国を不在にしているオペラは何故か今魔王領にいるらしい。また俺の知らない所でまた何かあったのだろう。


「……分かった。彼女については私が迎えに行く。ジェドは済まないがシルバーの事を調べにアンデヴェロプトに向かってくれないか?」


「承知しました」


「ジェドっち、俺も付いてって良い?」


 ナスカがニコニコと手を挙げた。そう言えば魔法都市に行きたいって言ってたっけ?


「それは構わないが、状況からして穏便な旅行とはならなそうだぞ……大丈夫か?」


 シュパースの持ち主とは言え遊び人である。見た感じただのチャラ男で、ちょっと輩っぽくはあるが戦力になりそうにはなかった。


「んー? ヨユーヨユー」


 ナスカは相変わらず軽い返事で返して来る。いやもう少しちゃんと考えろし。


「ジェド、ナスカは大丈夫だ。それに君だって仮にも騎士だろう?」


「まぁ……そうですけど」


 そうですけども、騎士として活躍した場面はあまり無かった気がする。……まぁ、陛下も大丈夫だって言ってる位だし何とかなるだろう。


「そんじゃま、アンデヴェロプトに行くか……」


 と、歩き出そうとするも、やはり床をツルンと踏み外しズッコケた。


「ジェドっち、まず着替えた方が良くない? ブーツもこれ無理っしょ」


「ほんそれ。でもコレ、どうやって城から出たら良いのですかね?」


 寝転がりながら陛下を見ると、クイクイと窓の方を指で示した。


「……こりゃあ当分城内には入れないな」


 俺は陛下の示す窓から降りようと窓枠に足をかけるも、そのままツルンと踏み外し窓下に勢いよく落下した。そういやココ何階……


「ギャッ!!」


 庭にギャグのように人型の穴を空け埋まる俺。その後からナスカも降って来た。ナスカも俺の隣に埋まるかと思いきや、何かに受け止められたみたいで無事に着地する。


 穴から這い上がって見ると、ナスカを受け止めたのはハムスターのハムのぽよんぽよんのお腹だった。


「あれ?? 騎士団長、帰ってらしたのですね」


 ハムの横にはシャドウも居たが、やはり甲冑がドロドロになっていた。


「ハムにシャドウ、庭で何やってんだ?」


「えーと……ハムは全身ベトベトになってしまい毛がヤバそうなので庭に避難させました。私は皆さんを手伝おうと一緒に掃除をしていたのですが……全身この通りで……危ないから庭に出ていてくれと陛下に追い出されました」


 確かに……ただでさえ城内がヌルヌルしてるのに全身甲冑でヌメヌメツルツルしてる奴は近寄らないで欲しいよな。


「そりゃあ大変だな。甲冑脱げば?」


「……それが」


 シャドウは甲冑を脱ごうとしたが、ツルツル滑って掴めそうにない。


「……脱げないのか」


「……」


 シャドウはコクリと頷いた。難儀な奴め。


「私は別に……何とか大丈夫です。それより騎士団長、そちらの方は誰方でしょうか?」


「ん? ああ、ナスカだ。遊び人の」


「遊び人……」


 シャドウがナスカを見ると、ナスカもシャドウをマジマジと見始めた。


「……ふーん」


「……」


「ルーカスにソックリ」


 シャドウの甲冑の穴越しに何か見えたのか、ナスカはニッコリと微笑んだ。相変わらず人をじっと見る癖がある。


「そうかぁ? 確かに陛下から生まれたような奴だけど性格はあんまり似てない気がするが……」


「んー、まぁ、一時のルーカスかな。アイツも昔は国民の幸せしか考えてなかったじゃん? あんま他人の幸せばかり追い求めてると、そのまま死んじゃうぞ。今の人生は今しか無いんだから、来世ではとか考えない方が良いぞ。ジェドみたいに一生童貞も悲しいだろ?」


「何で俺が一生誰とも結婚出来ないような言い方する訳??? シャドウ、コイツの言う事は気にしなくて良いからな。テキトーな事言ってるだけだから。俺も童貞じゃないし」


「……私は、未だ自分が出来て居ないので、分かりません」


 シャドウは何かめっちゃ落ち込んでた。何か思い当たる事があるのだろうか?


「なー、ナスカお前、何で笑えない事が嫌いとか言って人を落ち込ます訳? 全然笑えないんだけど」


「えー??? じゃあ明るくハッキリ言った方が良かった? 報われない片想いはいかんよ片想いは。女は星の数程居るんだからな? フラれても次行けよ次ー」


 明るくハッキリ言われた方が余計シャドウにブッ刺さったのか、血を吐いたようにその場から崩れ落ちた。

 だからお前、やめて差し上げろ。


 シャドウが余りにもグサグサダメージを受けているので気の毒になり、俺は幻の左フックをナスカに喰らわせた。本当は剣の鞘で殴ろうとしたがツルツルして掴めなかったから。

 左フックは何故か油を弾かず石鹸で多少滑るもののナスカに小ヒットした。何で? そういや前に闇の竜にも効いたな。光の拳なのだろうか? そんなバカな。


「とにかく、こんな遊んでいる奴の言う事に耳を傾けなくて大丈夫だ。全く」


 俺は倒れているナスカの服を掴んでズルズルと引っ張って歩き出した。服もヌルヌルして手から滑り落ちそう……



 ★★★



 2人の去っていく背中をシャドウは呆然と見つめていた。


「――そんな事言われても……私には分からないですよ」


 ハムを撫でようとして手を止めた。自分の手はヌルヌルヌメヌメしてるのだとシャドウは思い出した。


「……安易に触ってはいけませんね」


 不毛だとハッキリ言われると傷付くが、シャドウには他に選択肢が見つからなかった。



 ★★★



 ズルズルとナスカを引っ張ったまま公爵邸まで戻って来た。

 城を出た後もヌルヌルは取れず、ブーツは何とか滑らずに歩けるものの気を抜くと地面を滑りそうだった。何故かナスカも車輪が付いているかのように地面をツルツル滑る。


「ヤバ、これ便利じゃない? 俺アンデヴェロプトまでコレでも良いかも」


「アンデヴェロプトまで人を引き摺って行くのは嫌なんだが。家で替えの服を用意させるからお前も着替えろ」


 手に付いたヌルヌルは何とか取れそうだった。が、服や物は無理かもしれない……うーむ、漆黒の制服が……


「ジェド様、お帰りなさいませ」


 公爵邸の門に差し掛かるといつものように執事が出迎えてくれた。

 遠くからジュエリーちゃんこと大輔も走って来る。


「ジェドのアニキー!」


「あ、大輔」


 手を広げて抱きついて来ようとしたので条件反射で手を広げ返して抱きしめてしまった。

抱き止めた大輔の身体は俺からツルンとすっぽぬけて空高く飛んで行った。


 それを見たナスカが吹き出して笑っていた。大輔ー!!

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