閑話・新人騎士ロイは憧れる
「へー、お前が新人のロイか」
「はい! 皇室騎士団、新人騎士ロイ・コートと申します!」
「コート子爵家の3男なんだっけ? まぁ、今日は新人歓迎会だ、沢山飲んで食べて親睦を深めようぜ!」
皇室騎士団親睦会。仲の良い騎士団員達はこうして定期的に飲み会を開いていた。
彼女も居ない未婚の騎士が多いので金と時間が有り余っているという説もある。
ロイはチラッと遠くの席を見た。そこには副団長のロックと団長のジェド、そして何故か皇帝ルーカス陛下までいた。
ロイにはこの親睦会で何としても聞き出さなければいけない事がある。ロイは隣の騎士団員に小声で話した。
「僕……実は団長に憧れて騎士団に入ったんです。団長って皆さんから見てどんな感じなのでしょうか?」
一瞬、部屋内の会話が全て止まった。
(あれ? 小声で話したはずなんだけどなぁ。何か変な事聞いたかな?)
―――――――――――――――――――
新人騎士ロイ・コートが最初にジェドと出会ったのは、彼がまだ少年だった頃の剣術大会の時。
成人したばかりの若き少年騎士、黒髪、黒い瞳……少年ながらに大の大人達を地に伏せるその素晴らしい剣術。
公爵家の長男でいずれ公爵家を継ぐであろう彼は、家柄だけではなく剣捌きや立ち姿、振る舞い、美しい容姿。全てが洗練されていた。
あの皇帝陛下と一緒に幼少から剣の腕を磨いていたと話には聞いていたが、実際目の前にするとその凄さがロイにはよく分かった。
ジェドは跪く大柄の男に囁く。
「"公爵家の権力を傘に、大して実力が無くともでかい顔が出来ていい身分で羨ましいなぁ"と、仰っておりましたが――」
男の方は青い顔をして俯いていた
「俺には、権力があるから勝つ事が出来なかったという逃げ道のある貴方の方が羨ましいです。公爵家がどんな家門かも知らず……幸せな事だ。失礼」
哀れな者を見るような冷たい目。黒い剣を鞘に仕舞い、敗者には興味が失せたかのように遠くを見て若き漆黒の騎士は立ち去った。
(カッコイイ……)
漆黒の騎士ジェド・クランバル。彼は公爵家の権威を一切使うことも無く、若くして実力で騎士団長まで登り詰めたのだ。
「それ以来……僕はあの漆黒の騎士ジェド様に憧れて、少しでも近づけるようにめちゃくちゃ修行しました。そしてついに、騎士団に入って憧れの人と仕事が出来るようになったのです! 感無量です!」
キラキラとした目で語るロイに、他の騎士団員は目で会話をし始めた。
(おい……誰の話だ? 少年の頃の団長ってそんな感じだったの? 今と違くない?)
(あー……アレだろ? 公爵家ってめっちゃスパルタで有名だもんなぁ。どこのモグリだよ。そりゃ団長もイラっとするわ)
(にしても当時は若かったんだろなぁ……そんなちょっとカッコ良さげな感じ出しちゃって。完全に黒歴史だからやめて差し上げろよ)
ジェドは穴があったら入りたかった。
まさか、自分の言動をいちいち覚えていてこんな所で晒されるとは思ってもみなかった。
(あの時多分めっちゃイライラしてたから何言ったのか一切覚えてないが、そんなちょっと影のありそうなカッコいい感じだったの??? 多分頭の中ではごちゃごちゃウルセーなこの負け惜しみクソ野郎! 位の事しか思ってなかったはずだが……そんな事口走っていたのか……)
ロイは知らなかったが、ジェドが漆黒の騎士と呼ばれてるのは色だけで、中身はロイが想像しているような性格ではなかったのだ。
いずれは知る事になるであろうが、ロイがあまりにキラキラした目をしているので誰も突っ込む事は出来なかった。
「ところで、団長といえば『悪役令嬢』って聞いたのですが、悪役令嬢って何ですか?」
ロイの問いかけに皆、再びシン……と静まり返る。
言える訳がない。新人騎士の憧れの人が、アホみたいな悪役令嬢事件に巻き込まれる不幸体質だとは。
誰しもが目を逸らす中、1人が言葉を発した。
「ロイ君、ジェドはね、不幸なご令嬢の悩みを聞いて助ける事が多いのだよ。その事ではないかな?」
「陛下! そうなのですね、深窓のご令嬢の悩みはさぞ奥深い物なのでしょう……」
「うっ、うん。そうだね」
物は言いようである。国民を愛する皇帝ルーカス陛下はキラキラの新人騎士の夢を壊す事は出来なかった。
嘘は言ってないが、深窓のご令嬢の悩みがダイエットだの、ちょっと痛い電気の呪いだの、岩の流れるゲームだの、男同士の口移しだの……とはとても言えなかった。
「よし! 僕も団長みたいな頼りにされるクールでカッコいい騎士を目指して頑張ります!!」
団員皆が、悪役令嬢が来るからやめとけと思った。
いずれボロが出るだろうが、自分に憧れて入ってきた騎士の夢を壊さないように頑張らなくちゃいけないのか……と思い、ジェドは溜息をついた。




