シュパースの遊園地でワンダーを探す(前編)
「ジェドっちー、見つかったー?」
「いや……というかこうも人が多いと……」
「俺も可愛い女の子と変な魔族見かけたんだけどねー……はーん……流石の俺でもここまで2日酔いで遊園地に来るのはしんどいー……」
「……そう言いながらしっかり遊んで来てんじゃねーか」
手分けして探しに出たはずのライアーの両手には遊園地内で売っている菓子と風船があり、頭には浮かれたような帽子を被っていた。本気で探しに出ていたのかは謎である。
「ワンダーのやつ……何処行ったんだよ」
ワンダーの目撃情報から遊園地に探しに来た俺達は人混みをかき分けながら進んだ。ライアーが言うとおり、2日酔いでふらふらの俺達には無駄に眩しいシュパースの太陽も元気はつらつとした楽しそうな客達のテンションも……全てがしんどかった。
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シュパースの東側は巨大な遊園地である。室内外、地下にまで延びる巨大な遊園地には沢山の観光客が詰めかけていた。
一体どこからどこまでが魔法や魔術具で動いているのかさえ検討のつかない、初めて見るものの多い遊園地は来る人を圧倒する。だが、その遊園地を楽しんでいる程の余裕は俺達には無かった。
様子のおかしいワンダー。確かに一緒に旅をした時から思い悩んでいるような気配はあったが、ライアーと話をしてから特に落ち込んでいた。何に落ち込んでいるのかはよく分からないが……
「あー……駄目だ。闇雲に探すには広すぎる」
「この島で1番でかいからねーここ。やっぱ、ここに来た理由から考えた方がいいんでない?」
「理由……? 確かに」
何故1人でここに来たのかは分からないが、旅手帳を持ってここに来ているという事は、理由はどうであれ遊園地を楽しみに来てるって事だよな……?
「仮に遊園地を楽しみに来てるのであれば、走り回って探すより俺達も楽しんだ方がぶち当たるの速くない??」
「言われてみれば……ん? そのフレーズどこかで……」
その下りと似たような事をつい最近やろうとしていたような気がしてならない。俺はまた色々忘れているような気がした。
「まーまー、今は細かい事よりワンダーを探すのが先っしょ? オーケーオーケー、俺が遊園地を案内してやるよ。遊びつくしながら探そうぜ!」
そのフレーズもやはりどこかで聞いたような気がしたが……俺の細胞の少ない脳みそではついに思い出す事が出来なかった。やはり俺にはワンダーのようなしっかりした奴が必要なのである。
最初に訪れたのは馬の模型がぐるぐると回っている魔術具だった。何が楽しいのか、本物の馬に乗った方が楽しいのではないかと思ったが、乗っているのはカップルや子供であった。
なるほど……あんな乗り方でいちゃいちゃなんて現実では出来ませんものね。乗馬技術が無ければいちゃいちゃしている間に馬に振り落とされてしまうだろう。
「よし、乗ろっか」
「俺が……乗るのか? 意味あるのか??」
明らかにこの辺りにはワンダーの姿は無かった。が、ライアーはふるふると首を横に振った。
「ジェドっちー、ただ探しに来たんじゃ無くて楽しみながら探すって言ったじゃん? こういう細かい所から当てはめていかないと、楽しんだうちに入らないだろ?」
ライアーの言っている事は分からなくもない。が、それ本当に意味有る……? また俺で遊んでるとかじゃないよね……?
説得に負けた俺はしぶしぶ手ごろな馬に乗った。そのつぶらな瞳はまるで生きているかのようだった。
ベルが鳴ると魔術具が発動し馬がゆっくりと周り始める。ライアーはフェンスの外側で笑いながら手を振っていた。騎士が魔術具の玩具みたいな馬にのって周っているとかさぁ……本当どんな顔して乗っていればいいの?
『なんて事なの……騎士様に乗っていただけるなんて……』
……魔術具の馬が喋った。
乗り始めてしばらく経つと、何故か跨いでるつぶらな瞳の馬が喋り始めた。何これ。
『騎士様……貴方様を待っていました。私は前世では悪逆非道な令嬢の飼っていた馬であり、その処刑と一緒に処分されました。まさか、転生後にこんな遊戯場で同じところをぐるぐると周るなんて夢にも思いませんでしたが……』
ほう……悪役令嬢の馬も処刑されるのか。本当に世の中分からない。何でピンポイントにその馬に跨ってしまったのかも全然分からない。
ここは無視して終わらせたい所ではあったが、蟠りが残ってもアレなので、とりあえず話を聞いてみる事にした。
「それは大変だったな。で、悪役令嬢の飼っていた馬が転生した魔術具の馬が、俺に何か用でもあるのか? やはり同じ所をぐるぐると周るのが嫌だとか?」
周りながら馬に尋ねると、馬はつぶらな瞳からぽろぽろと泣き出した。すみませーん、液漏れしてますけど、この魔術具。
『私……魔術具として同じところをぐるぐると周ることについては別に構わないの……前だってただ庭を走っていただけだから似たようなものだし……』
「良いのか。……じゃあ何なんだ?」
『あの馬……』
「どの馬だ……?」
『右斜め45度後の馬の隣の黒い馬よ』
顔を向けられない馬令嬢? が言う方向を見ると……確かに黒い馬が居た。その上ではカップルがイチャイチャしている。ぐぎぎぎぎぎ。
「あの馬がどうしたんだ……?」
『一目惚れなの』
「魔術具の馬だよな……?」
魔術具の馬が一目惚れ……ベクトルが分からない。よく剣を買いにいったらめちゃくちゃ良い剣があって一目惚れして即買ったりもしますけど、そういうヤツじゃないよな。馬が馬に一目惚れするんだから普通に惚れたって事だよな……魔術具の馬が?
『魔術具だろうと関係無いわ。惚れちゃったんだもの……でも、いつまで経っても2人の距離は変わらないの……』
「そりゃ、配置が決まってますからね」
『何とかしていただけないかしら……騎士様』
「……そりゃ、工事的な話ですかね?」
そんな話をしているとベルが鳴り、周っている馬達が止まった。俺は聞いてしまったからには何とかしなくてはいけないのだろうとため息を吐きながらライアーに相談した。
「ライアー。何か、馬が馬に一目惚れしたから配置換えして欲しいらしいんだと」
「……言ってる意味が全然よくわかんないんだけど、どゆこと??」
俺は魔術具の馬の上であった会話を全部ライアーに話した。
「なるほどね~、そんな事もあるんだね~。OK、OK、遊園地でお客が楽しむにはまず従業員からって言うし話せば何とかしてくれんじゃないかな??」
そう言うとライアーは周る馬の魔術具に付いている係員に話を付けに行った。係員は首を傾げていたが、ライアーの説得に何故か同意して、その魔術具装置は緊急メンテナンスとなった。
お客がざわざわと集まる中、馬令嬢は待望の黒い馬の隣となる。
『ちょっと待った!』
馬令嬢を配置した直後、違う馬が喋り始めた。何この魔術具の馬達……まだ喋るの?
『あ、貴女は……婚約破棄されたご主人様を陥れたあの女の馬……!』
『そうよ。久しぶりね』
その待ったをかけた馬は、どうやら前世で悪役令嬢を陥れた女の馬だったらしい。何これ。何が始まるの……?
『貴女まさか……また私を陥れようとしているんじゃないでしょうね……』
『……違うわ』
『――え?』
『よく見て、その牡馬は、女房も子供も居るのよ』
馬が言うので黒い馬をよく見てみると、隣には雌馬と子馬が居た。この魔術具どうなってんの。
『そんな……嘘よ……』
『前世では……貴女もご主人様もいい人にめぐり合えなかった。だから、今生では同じ過ちを送って欲しくないの。私はずっと悔いていたのよ』
『……』
『今度こそ、本当にいい馬生を送れるように私も協力するわ。だってここには沢山の馬が居るじゃない』
『私……新しい恋に、頑張るわ……』
「……すみませーん、で、結局どういう配置にしたら良いんですかね」
「えーと……」
新たな馬の進言で余計分からなくなってしまった。
係員が困っている。
「んー、なるほど~。なら、こうしたら良いんじゃない?」
ライアーが笑って地面に絵を書き込む。それは、内側と外側が反対方向に回る仕組みになっていた。
「雌馬がこっちで牡馬がこっちに分ければ、見合いになっていいっしょ? そのうちカップルが成立すれば2頭立てにしたらいいし。客も魔術具内で1週回ったら出会えたりして楽しくない?」
「なるほど……」
という事で馬の魔術具は内側と外側が逆回転をするように作り変えられた。馬令嬢達も満足したようで、前世で対立していた2頭は仲良く順番に並んで牡馬と出会っていた。
「いや~、まさか魔術具の馬が喋るとは思わなかったね~」
「ああ、俺も思わなかったし余分な時間を食ってしまった……」
「次はアレ乗ろうぜ、アレ!」
ライアーが指差す先には平たい荷車の様な乗り物が高速でレールを落下していく遊具があった。乗っている人達は落下の恐怖からか叫んでいた。
「……楽しいのか? アレ」
こちとら空から落ちた経験もあり、落下如きで絶叫するとは思えないが。
「まー、ジェドっちみたいな戦闘系の人には人気無いけど、普段おっとり過ごしている人には刺激的らしいよ。でもまぁ、とりあえず一通り乗ってみない? それに、ちょっと高い所を見渡せるからもしかしたら見えるかもじゃん?」
確かにちょっと高い所を見渡せはしそうだが、高速で移動するその乗り物から見つけられる気はしないかった。
ライアーに引っ張られるままにその乗り物に移動した俺は席に座り出発を待った。
その乗り物は動力は魔石だが、平たい車両自体はただの鉄で出来ていて安全の為の拘束ベルトが付いていた。
「お、スタートしたよ」
隣に乗るライアーがワクワクとしながら前を見る。他の乗客もソワソワしていた。
最初はずっと高い所までゆっくりと登って行くらしく、言うてただの落下だろと侮っていた俺はその演出にドキドキとさせられていた。確かにこのゆっくり進んで急に落ちる感じはドキドキする。
「君に伝えなくてはいけない事がある」
「……え??」
ゆっくり登って行く途中、後ろから何か聞こえて来た。深刻なその言葉に周りの乗客もピタリとザワザワ声が止む。
「他に好きな人が出来た。婚約を破棄したい」
「なっ、何ですって?!」
何ですってはこちらのセリフであると乗客全員が思った。何でこのタイミングで言い出すんだお前。
「何で? 何でこのタイミングなの??!」
乗客誰しもが思っていた事は女側も思っていたらしく、激しく動揺する女の悲痛な声が聞こえた。
「この絶叫機動車の勢いを借りないと言えないと思ったんだ……」
「そんな……酷すぎる……婚約破棄された上に絶叫する私の身にもなってよ!」
本当にな。こちら皆君達の行く末が気になって絶叫どころじゃなくなるわ。
「とにかく……僕はもう、君の横暴さにはついて行けないんだ。だから君も、新しい恋人を見つけて幸せになってくれ」
「あのー、水を差すようで悪いんだけど、好きな人が出来たのか彼女の横暴さについて行けないのかどっちなの?? あと、何でそんな顔してる訳??」
後ろを振り向いたライアーが後ろの婚約破棄寸前のカップルに水を差した。安全用の拘束ベルトをしているはずなのに何で後ろ覗き込めるんだと思ってよく見ると、ライアーは拘束ベルトを付けていなかった。――おまっ、何で??
「そ、それは……」
「もしかしてそれ、嘘なんじゃなーい?」
「?!」
ニヤニヤと笑うライアーが見ている男の方は、どうやら悲痛な顔をしているらしい。……全然見えないから分からんが。
その間にも頂上は迫っていた。ライアーお前、もう直ぐ落ちるからはよベルトせい!
「嘘ってどういう事……??」
「……僕と居ても幸せになれないんだ。別れてくれ」
「……借金の事でしょう?」
「?!! 知っていたのか??」
「私を誰だと思っいるの?? それ位調べはついているわ! だから私……自分の手を汚してでも、お金を稼ごうと思ったの。貴方を愛しているから!」
「止めてくれ! そんな事を君にさせたくない!」
「貴方が私の為を思って別れようとしたのと同じくらい、私は貴方の為なら何だってしたいの!!」
最早頂上に近付くにつれて恋愛小説のクライマックスの様になっていた。乗客は頂上所では無くなっていた。
話も頂上になろうとした時、ライアーが更に割り込んで指を立てた。
「バイトしてく? シュパースさぁ、人手が足りないらしくて人募集してるけど。結構な大金前借り出来るよ?」
「……ちなみに給料はどの位で……」
「こんなもんじゃない?」
ライアーが指で金額を示した瞬間に頂上からレールを落下して行った。
2人で「バイトしたーい!」という絶叫が聞こえたような気がした……
俺はベルトをしていないライアーの腕を必死で掴んだ。機動車のスピードは思っていたよりも早く、更に遠心力も追加されて物凄い力が腕にかかった。腕、つる。
外に投げ出されそうになっているライアーは楽しそうにゲラゲラと笑っていた。コイツ……
高速で動く機動車が止まる頃には後ろの2人の話は解決したようで、2人で手を繋ぎながら降りて行った。とりあえずシュパースでバイトをして金を稼ぎ、家を立て直すらしい。そんなに稼げるのかシュパースは。
痺れた手をライアーから外すと、ライアーはニコニコと笑って指を指した。
「ジェドっち、見つけたよ。ワンダー」
「……マジで?」
よく見つけられたなあの高速移動の中で……




