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金の街、ホストクラブは見えない駆け引き(後編)



「なんか室内寒くなってきてない??」


「え?? あー、温度調節の魔術具の調子が悪いかなぁ」


 ホストクラブ内に広がる冷気……店の客がザワザワし始め店員が首を傾げている。

 安心しろ、その冷気は魔術具の不調じゃない、発信源は俺の隣だ。

 ソファーに座っているであろう真横の女? からは絶えず冷気が流れていた。右側だけ寒い。しかもピチピチの薄い服だから余計寒い……身も心も凍えそうである。


 寒けりゃ寒いで「暖めてあげようか……?」などとホストと客がイチャイチャし始めているが、ついでに俺も暖めて欲しい。

 本来は俺も相手をしているお客さんを暖めてあげなくてはいけないのだが、見えないので如何ともし難い。


「ジェドっち、どうしたの会話全然弾んでないみたいだけど? 隣の子もつまんなそうだよ?」


 見かねたライアーが来てくれた。


「つまんなそうなのか……俺には彼女? が全く見えないから分からないんだよ……」


「え?? あ、あー。ジェドっちって……幽霊とか見えない系男子? こんなにハッキリ見えてるのに」


「ああ。見えない系男子だ」


 ライアーが俺の隣の女をよく見て納得していた。


「普通冒険者とか騎士とか戦う系の人って過敏っつーか第六感が冴えてるとか聞くけど、必ずしもそうとは限らないんだなー」


 そうです。必ずしもそうとは限りません。

 というか戦闘の勘と幽霊はマジで別なのだ。嫌な予感や攻撃が当たりそうとかだったら目を瞑っていても分かるのだが……

 目を瞑った方が感じ取れるのだろうか? と試しに目を閉じてみたが、やはり何の気配も無い。ただ寒いだけである。

 諦めて目を開けると何故か目の前にライアーの顔があった。


「……何してんだ」


「いや〜、キス待ち顔してるのかと思って。めっちゃウケる」


「してないわ! 目を瞑れば感じ取れるかと思ったが……やはり俺には見えないようだ」


「んー……じゃあ、俺が手伝ってやるから一緒に盛り上がろうよ」


 少し考えたライアーはニコニコと笑って席についた。


「何でだよ、俺は見えてないんだぞ……? そんな事出来るのかよ……」


「大丈夫、俺に任せてよ! それに彼女、金持ってそうだし」


 幽霊が金を持っているのか? と思ったが、テーブルの上に『遺産』と書かれた書類が置いてあった。いや重いわ。



 テーブルに酒や食べ物が運ばれて来たが、心なしかお供えのように置いてあった。花も添えられている。幽霊の客のマストがこれなのか何なのか判断つきにくい。


「じゃあゲームしようぜ!」


「ゲーム……?」


 こういう場では男女の距離を縮める為のゲームをするとはよく聞く。定番は王様ゲームとかいうヤツで、クジを引いて王様になった者が他の奴らに好きな事を命令出来るとか……

 生憎、うちの国の王様は国民の為にずっと働いているので帝国式だと王様を引いた人が働かされるゲームである。


「幽霊ゲーム! イエーイ」


「……幽霊ゲーム?」


「知らない?? クジを引いて幽霊になった人が霊的な事を他の人に出来るっていう、ゴースト系には鉄板なゲームなんだけど」


「初耳なんだが?」


 それは幽霊だけが有利なゲームじゃないのか……? 幽霊以外が幽霊に当たったらどうするんだ……


 とりあえずやってみれば分かるという事なので試しに行ってみると、『幽霊』と書かれた棒を引き当てたのはライアーだった。


 どうすんだ? と思っていたら横の幽霊子(?)の後ろから腕を回して抱きしめた。と思う。見えないけど。


「幽霊になっちゃったからね、取り憑いちゃうぞ?」


 と幽霊子の耳元に息を吹きかけた。見えない俺にはライアーが1人で何かしているようにしか見えないが、他のテーブルから覗き見ていた女達が口元を押さえて羨ましいそうに顔を赤らめていた。


「なーんつって。どう、ジェドっち分かった? こういう感じよ」


「なる程……」


 分かったような分からんような……見えない系の俺が同じ様に出来るとは思えないが。

 次にクジを引いてみると、今度は幽霊子が幽霊に当たった。幽霊が幽霊になるとはこれ如何に?


 さっきと同じ様にちょっとお色気な感じで来るのかと思いきや、俺達のコップが一気に血の様な赤色に染まった。血の付いた手の跡もベタベタと浮き出る。


「……これは、マジもんの霊的な事じゃないのか?」


「幽霊だからねー。ハハハ」


 ライアーは笑っていたが、俺は全然笑えなかった。


 次にクジを引くと今度は俺が幽霊を引いてしまった。

 俺は困ったようにライアーを見ると、んーと考えて


「深く考えなくていいじゃん。金縛りとか言って抱きしめれば?」


「なる程……」


 流石慣れている男は違うな。師匠と呼んでもいいですか?


 俺は言われた通り、先程のライアーと同じ様に幽霊子の辺りを後ろから抱きしめた。


 ……冷たっ! 何これ寒っ! 冷た! 何かゾワゾワして気持ち悪くなってきた。吐き気もする……多分これ生気吸われてる。

 ライアーのヤツ、さっき平気な顔してこれやってたの?? だとしたらアイツ凄すぎるんだが?? 師匠どころじゃないよ、達人だよ。


「ジェドっちー、そんな所触ったらダメだよ〜! 彼女がぷりぷり怒ってるよ??」


 ……どうやら俺が何か失礼な事をして幽霊子が怒っているらしい。いや分からんて。こちとら見えてないのよ……


 そうやってしばらく見えない俺を置いてけぼりにしながら遊んだり飲んだりしていると、そのうちシクシクと女の泣き出す声が聞こえてきた。何これ今更怖い。


「どーしたの急に泣き出してー。かわいい顔が台無しだよ? ……ん? なるほどねー。そうかそうか」


 ライアーが幽霊子を慰めていたが、話を聞いてうんうんと頷いた。


「何だっていうんだ?」


「んー、何かね、彼女……生前は悪行を尽くして非業の死を遂げた令嬢だったらしく、悲しみのまま幽霊になっちゃったらしいんだけど幽霊になってもこんなにセクシーで騎士の様なイケメンが一緒に遊んだり怖がったりしてくれて嬉しいんだって。良かったね」


 ……なるほど、全然見えないから分からなかったが悪役令嬢の方でしたか。楽しんで貰えたんなら何よりです。

 その元悪女幽霊は鋭気を養ったらしく幽霊として頑張って生きていくらしい。いや、死んでいるが。


 楽しんだ幽霊子はちゃんと会計をして帰って行った。遺産……金貨をたんまり置いて行ったので修理代は十分に稼げたが、その後もライアーは楽しくバイトしながら飲んで遊んで行くとかで朝まで付き合わされた。ライアーは本当にいつも何をしていても楽しそうである。



「いや〜、朝になっちゃったね〜」


 バイト代をその場で貰った俺達は千鳥足で宿へと戻って行った。かなり飲み過ぎて頭がフラフラする……


 辺りが薄すらと明るくなりかけている路地……今日はワンダーと一緒に仕切り直して楽しもうと約束したのだが……正直少し寝たい気もする


 お互い重い足取りで取った部屋への階段を登った。


「ジェドっち飲み過ぎたんじゃなーい?」


「そういうお前こそ目が重そうだが……?」


「少し休む?」


「そうだな……ワンダーには悪いが出発を昼くらいにして貰って――」


 ワンダーが寝てるかと思ってそーっと部屋を開けてみるが、その部屋の中にワンダーの気配は無かった。


「ん? あれ、ワンダー? トイレか??」


 未だ温もりの残るワンダーのベッド。だが、ワンダーはいくら待っても帰っては来なかった。


 部屋を見渡すと、椅子に掛けて干してあった俺の上着とズボンはすっかり乾いていた。その椅子の横、テーブルの上にはワンダーがいつもぶら下げている鞄が残されていた。


 一瞬1人で何処かに出かけたのか、本の中に入ったのかとも思ったが……本の中に入っているなら本が開かれて残されているはずだしそんな様子は無い。鞄を置いて行くのもおかしい。


「……何処に行ったんだ?」


「ジェドっちー、何かアイツ1人で宿を出たらしいよ」


 宿の主人に聞きに行ったライアーがそう言いながら戻って来た。


「思い詰めた顔をしながら子供が1人で出かけて行ったから心配したって。覚えてるってさ」


「鞄も持たずに?」


「何かシュパース旅手帳を持ってたらしいから、シュパースの何処かには居るんじゃないの?」


「……探しに行こう」


 どう考えても様子がおかしいワンダーが心配になり、俺達はすぐに宿を出る事にした。乾いたズボンと上着は着た。

 宿を出る俺達の足取りは……2日酔いで重かった……

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