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金の街、ホストクラブは見えない駆け引き(前編)

 


「という訳だから、俺達は朝までには戻るからゆっくり休んでくれ」


「……すみません、僕のせいで……」


 シュパラゴンゾンパニックのクラブから出た俺達は、近くの妙に煌びやかな宿に部屋を取り具合の悪そうなワンダーを休ませた。


「ライアーとの賭けに勝つ為に……僕も一緒に行きたかったのですが……」


「いや、これから行く所は遊びに行くんじゃなくて金を稼ぎに行くんだからな。それに、そんなに思い詰めてたら楽しむものも楽しめないだろ? 今日はもう休んで明日仕切り直そう、な?」


「……」


 ワンダーは不服そうだった。そんなワンダーにライアーがニコニコと何かを手渡した。


「ぶふっ……ワンダー、そんなに言うならコレ、書いてみたら?」


 そう言って取り出したのはシュパース旅手帳と書かれた白紙の本だった。


「……これは?」


「何つーか、日記? 記録帳? シュパースで楽しんだ事を書くメモ帳みたいなもんだな。ふっ……ぶ……絵でも良いぞ」


「……」


 ワンダーはライアーから白紙の本を受け取るとパラパラと開いた。本には変なライオンのモチーフが掘られたペンも付いていた。


「それじゃ、早く寝ろよ」


 俺とライアーは白紙の本を見つめるワンダーを残して部屋を出た。



 ★★★



 残されたワンダーはペンを持ち白紙の本に書き込んだ。


 シュパースに入ってからカジノにナスカを探しに行った事。

 カジノに入る前にジェドが変な令嬢に借金をなすりつけられて連れて行かれた事……ライアーが令嬢と賭けをした事……ジェドが借金返済の為に地下の変な会場で裸の男を助けた事……ライアーに案内されてプールに行ったら、ジェドが際どい水着を着せられてお婆さんと一緒に流された事……ジェドはやっぱり悪役令嬢に絡まれて……


「……どうして……」


 ワンダーには自分の事が書けなかった。どうしても……書くのは人の事ばかり。


 紙の上にペンを走らせて初めて……自分が何をして、何を楽しんだのか……何の文字にも起こせない事に気がついた。


 ワンダーはペンをポトリと落とした。



 ―――――――――――――――――――



 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルとライアー(仮)は先程の店から程近いホストクラブへと来ていた。


 ホスト――これも元は異世界から入って来た商売である。酒場やそういう宿に男性向けに金を稼ぐ女は居れど、男が話やサービスで金を稼ぐ等は聞いた事が無かった。

 最初は貴族女性向けの遊楽として見目の良いエルフや吟遊詩人が密かに商売を行っていたのだが、近年瞬く間にその名が広がった。

 そしてここ、シュパースがそのブームの発祥地である。

 何でも、初めての相手でもひと目見ただけで心を見透かし、欲しい言葉をくれる……その男に会いたくて予約待っている女性は数知れず。そんな伝説のホストがシュパースに居たとか。


 『男がハートで金を稼ぐ』というのを世に広めたのがその伝説の男らしいが、どんな奴なのだろうか。


「とりま、ジェドっちの服を何とかしないとなー」


「そうだな」


 そう、ジェドっちの服を何とかしなくてはならないのだ。

 さっきあんなにワンダーと真面目そうに話をしていた俺だが、実は上着とズボンが汚れてしまった為シャツとブーツとパンツでずっとお送りしていたのである。

 ワンダーはよくこんな俺の格好を見てあんな真顔になれるな……ライアーは何回か吹き出していたぞ?

 ワンダーはレストランでライアーと話をしてからより思い詰めていた気がする。大体にして、楽しむって『よし! 今から楽しもう!!』って気合い入れてするような事じゃないよな……ワンダーは真面目だから真に受けてるし。

 そんなワンダーの様子を楽しんでいる素振りのライアー。コイツ、ワンダーで遊んでんじゃないかって気がして来た……


 とは言え、ワンダーが決めた事だから俺も口出す権利は無いからなぁ。それに今は目の前のホスト……の前に服である。


「ま、行きゃあ何か借りられっしょ」


「そう……だといいが」


 何でか分からんが俺は服には余り良い思い出が無い。今までさせられた、ダントツに酷い格好は網のタイツだったが、それ以上は流石に無いだろうと祈りながらライアーの後に続いた。


 ホストクラブに入ったライアーは慣れたように店の責任者に呼びかける。


「よー!」


「あっ、ナ――」


 ライアーは何故か責任者に出会い頭に腹パンした。何?? こわ、ホストってそういう挨拶するのか?


「悪いんだけどさーまた稼がせてくんない? あ、俺ライアーね」


「ひ、酷い……でも、貴方なら大歓迎ですよ。待ってるお客さんだっているんですから」


 ライアーはたまにしかホストのバイトをしないみたいだが、実は結構人気らしい。店に来ている常連らしき客も皆チラチラとライアーを見ていた。俺要らんのじゃない……?


「でさぁ、ジェドっちも一緒にバイトしたいんだけど、何か服貸してくんない?」


「え? お連れの方も? わー、凄いイケメン。でも何でズボン履いてないんですか??」


「ちょっと汚してしまってな……あ、誤解の無いように言うが汚された方ね。それで、何でも良いから借りても良いか?」


「そりゃあ構わないですけど……ジェドっちさん結構ガタイ良いし背も高いからなぁ……サイズあるかなぁ」


「大丈夫大丈夫、ジェドっち元がいいから何でも似合うし、俺が選んであげる」


 そう言ってライアーは奥の方へと進んで服を持って来た。



「……」


 ライアーが持って来た服を着た俺――上下黒なのはありがたいが、ありがたいのは色だけであった。ズボンはズボンってより最早タイツである。確かにサイズあるかなぁとか言っていたが、ピチピチすぎるだろ。

 そして上は胸元が網でスケスケの、やはりピチピチした袖の無いシャツであった。ホストってこんなんだっけ?? シャツとパンツとブーツだけの姿より恥ずかしくなったんだが……?


「ぶっ……コホン。いや〜、やっぱりイケメンは何着ても似合うな〜」


「お前……やっぱり水着の時から思っていたが、わざとやってるだろ……」


「ジェドっちって何やかんや言ってちゃんと着るんだもんなぁ。でも、ある意味ジェドっちの魅力全開だから案外稼げるんじゃない? ヨッ、良い身体してるよー! 筋肉キレてるー」


「……」


 遊んでるとしか思えないライアーの様子に心底殴りたくなったが、確かに言われてみればチラチラと女性客が見てはいる。……好奇の目かもしれないが。店的にこの格好が大丈夫ならば、ここは慣れているライアーに任せてみよう。



 ここのホストクラブには様々な男達が居た。イメージではエルフやダークエルフなど顔のいい奴らばかりが働いているのかと思っていたのだが、色んな種類の獣人やドワーフ、中には魔族も居た。

 それもそのはずだ……客の女も多種多様である。人間の女性ばかりではない。妖精や獣人、種族も年齢も様々なら金持ちの貴族から普通の奥さんや冒険者まで……そりゃあ好みも分かれる訳である。

 そんな中、ライアーの元へは指名が早くも沢山入っていた。


「待ちきれなかったわよー! 何でお店出てくれないのー??」


「ごめんごめん、俺、お金無い時しかさーバイトしないの。でも、今日は好きにして良いよ?」


「キャー、本当??? お酒沢山頼んじゃうー!」


 と、言ったようにモテモテなのだ。羨ましい。師匠と呼ばせてくれないだろうか。


 俺は何をして良いのか分からずポツンと座っていた。自慢じゃないが、生まれてこの方女性をもてなした事など無い。紳士? エスコート? 何それ美味しいの?

 やはり俺がモテない理由はそこなのだろうかとライアーを盗み見ていると、何故かもてなしている女性は泣いていた。急にどしたん。


「私……冒険者向いてないんじゃ無いかって……パーティを抜けようか悩んでるの……」


「まーまー、そう難しく考えんなって。死んでも生き返らせてくれるんでしょ? ならいーじゃん。向いてる向いてないとかじゃなくて、冒険なんてどんだけ楽しむかじゃん? 楽しく無くなったらまた来なよ」


「……そうかな……私、もう1回冒険に出てみる。お酒くださーい!」


 ……ホストってそんなお悩み相談所だったっけ? ライアーは席を変わる度に占い師みたいに悩みを引き出してはいい感じに納得させていた。愛を囁くとかそういうのは無いらしい。酒はジャンジャン頼まれていた。

 そんなライアーの様子を眺めていた俺に、店員が声をかけてくる。


「ジェドっちさん、あの席行って貰っても良いですか? お客さんが呼んでますので」


「俺を??」


 誰がこんなピッチリ男にもてなされたいというのだろうか? 心は女性とかいうあっちの人だったらどうしよう……俺は悪役令嬢にも寄り付かれるが、正直そっちの方にもモテるから怖い……


 恐る恐る呼ばれた席に行くと、そこには誰も居なかった。

 首を傾げて呼んだ店員に聞いてみる。


「誰も居ないんだが??」


「えっ?? 居るじゃないですか」


「えっ????」


 もう1度振り向くが、やはり居ない。一体どこの何?? 小さすぎて見えない人なのか……? と思ってテーブルを覗き込むと、ピッチリとした服や出ている腕に寒気で鳥肌が立った。


 ……この感覚……見えない人……覚えがある。


 ここで、覚えているかどうか分からない俺の不得意分野の話をしよう。

 実は俺は、幽霊、ゴースト、レイス……とにかく霊的な者が全く見えない。

 他の皆が見えていても全然見えないのだ。信心深く無いから? よく分からないが居ると分かっていても何故か見えない。

 肩が重くなる。俺は引っ張られるように椅子に座った。身体が金縛りにあったように動かない。いや、多分金縛りにあってる。


 俺はよく分からないが、より寒い方に微笑んでみた。


「あー、ハイハイお酒ですねー」


 呼んでもいないのに何故か店員が酒を2つ運んできた。


「いや〜、お客さん今日は上機嫌ですね! ごゆっくりお過ごしください」


 上機嫌なのか。そうか。

 俺は見えない相手をもてなさなくてはいけないというピンチに見舞われていた……コレって、怒らすと祟られるとかないよね……?

 どんなヤツか見えないから想像つかないのが1番怖い……

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