金の街、クラブはペンにより翻弄される(後編)★
「シュパラゴンゾン……なのか?」
目の前に見える巨大な果実。裂けた果肉が口の様に開いていて俺を食おうとしている。
「おわっ!!!」
俺は……そのまま大きな口に頭から齧り付かれた。
「……」
シュパラゴンゾンが俺の頭をモシャモシャしているのだが、何せ果肉なので頭の周りでモシャモシャされているだけで殺傷能力は無いらしい。顔中に果汁が飛び交い溺れそう……というか目が痛い。酸っぱい。しんどい。
だが、剣で応戦しようにも手足をツルに縛られていて全然動けない。コレは地味に詰んでいる。
「ジェドっちー、生きてるー?」
シュパラゴンゾンの向こう側からライアーの声が聞こえた。俺はモゴモゴ無事を答えたが、正直喋ると口の中に果汁が流れ込んできて死にそうである。とりあえず主張出来そうな指をサムズアップした。
「助けた方がいい?」
頷きたかったが頷けないのでハンドサインで必死さをアピールする。OK……でも無いし、ゴメンねみたいなサインか? 手を合わせられれば良かったのだが……
「んー、ちょっと面白いからもう少し見ていたいような気もするけど」
おいコラ。
「なーんちゃって嘘ウソ、んー……えいっ」
ライアーのかけ声が聞こえたと思ったら俺の顔の横スレスレに刃物が降りてきた。あっぶな!!
そのまま刃物はショリショリと果肉を縦に切って行く。半分に切れたシュパラゴンゾンの果肉は落ち、ナイフを持ってシュパラゴンゾンを少し食べているライアーが見えた。
「……すまん、助かった」
「いーえー。でもほら、お店は大変よ。酒池肉林? いや違う、阿鼻叫喚か、ハハハ」
果実から頭を解放されてクラブ内が見えるようになる。そこはライアーの言うように阿鼻叫喚だった。
客や店員をシュパラゴンゾンが襲い……そしてシュパラゴンゾンによるパーリナイと化していた。
魔法使いや楽士を拘束したシュパラゴンゾンはそれらを操り楽しそうに踊っている。
他の客達も捕まって一緒に踊らされていた。その一角で一際でかいシュパラゴンゾンに乗ったワンダーはケラケラと楽しそうに笑いながらまた本に書き込んでいた。
「……なんなんだこれは」
「そういやあいつさー、自分の書いた小説がこの世界に出てくるって言ってたじゃん? アレのせいなんじゃないの?」
ライアーが示す先、ワンダーの持っているペンと本がずっと光っている。ワンダーが何か書き込むたびに本から文字が洩れて光が空気に溶け出し消える。それは魔法陣の光によく似ていた。
「スキルかマジックアイテムって事か? でも、アイツがそんな力を使っている所、今まで見た事ないけど」
「その辺は何がとか、よく分からないけどさっきアイツが書いていた文章そのままの事が起きてるよね」
「確かにそうだな……とりあえずワンダーを何とかしないと状況は収まらないという事か」
クラブ内はワンダーが書いていた通りシュパラゴンゾンのパニックと化していた。他の客達も店員も皆ツルに拘束されてパーリナイしている。
「……所で、何でお前だけ捕まってないんだ?」
「ん? 何でだろうねー」
ライアーがニコニコ笑っていた。確かにワンダーは俺やライアーや他の客達が捕まると書いていたはず……
「……お前、やっぱ名前……ライアーじゃないのか?」
「そういう事だね、偽名使ってて良かったー、ラッキー」
ライアー(偽)は呑気にダブルピースで笑った。
「というかそもそも何で偽名使ってんだ……?」
「んー? まぁ、色々面倒だから?」
何が? そう言えばワンダーの事を信用出来ないとか言ってたな……用心深いヤツなのだろうか。
「それよりアイツ、めっちゃ楽しそうじゃん」
そう言われて見ると、ワンダーは子供のお絵描きのように楽しそうに本に続きを書いていた。
「本当だ。アイツ笑ってるなー……いや、やってる事は全然笑えないんだが」
「だよねー」
ライアーはゴソゴソとコートの中から何かを取り出した。
ずるりと出したのは棍棒のような物に釘が沢山ついている殺傷能力の高そうな武器だった。
「んー、状況はめっちゃ面白いけど、やっぱ止めた方が良いよね。笑えないは良くないし、ウンウン」
そう言ってニコニコと笑っているが……お前の武器の方が全然笑えないと思うんだけど。見た目さぁ。
ライアーはコインを取り出しそれを上に投げると棍棒で思いっきり打ちこんだ。
吹っ飛んだコインはワンダーの元へ向かう――訳ではなくその向こうにいた魔法使いを拘束しているシュパラゴンゾンにめり込む。
バランスを崩したシュパラゴンゾン……それに拘束されていた魔法使いが放っていた光やビームは部屋のあちこちに散乱する。その光が楽士を拘束していたシュパラゴンゾンの目に入り音響用の魔術具の装置に倒れ込むと大音量の音波がクラブ内に流れた。
ライアーの耳はシュパラゴンゾンの果肉で塞がっていたが、俺や他の客達は耳がキーンとなって一瞬音が聞こえなくなる。ワンダーも耳を押さえていた。
音波は積んであったグラスタワーを破壊し破片が近くにいたシュパラゴンゾンに刺さる。シュパラゴンゾンから果汁が噴出すると、それがワンダーの本にドバッとかかり本やペンがビショビショになった。
すると本から光は消え、シュパラゴンゾンはシナシナと萎れて元の大きさに戻り、次々とボトボト落ちた。拘束していたツルも枯れて手足が自由になる。
「ワンダー!」
大音量に酔いが酷く回ったのか、ワンダーは耳を押さえたまま倒れ込んだ。駆けつけて起こすとグロッキーな顔で俺を見たワンダーは……
「ジェド……気持ち悪いです……」
と言って俺の方に思いっきり――うん。
いや、どの道果汁でベトベトだったから良いんだけどさ、俺の服……トホホ。
仕方なく上着とズボンを脱ぐとライアーが笑いながら近くに来た。
「ハハハ、ジェドっち災難だねー」
「いや……それよりお前のさっきの技? は何なんだよ……」
「ん? 技でも何でも無いけど。何となくあの辺に攻撃すれば良いんじゃ無いかっていうのがさぁ、見えるんだよね。俺」
そう言ってライアーは黒眼鏡の隙間から真っ黒な目を覗かせてニヤリと笑った。
……どういう事? これまで数々の変な技を見てきたが、群を抜いて理解出来ないんだけど。
「……つまりは、運という事か?」
「運というか、んー……説明が難しいんだけど、物事は全部繋がってるんだよね。ラッキーと思ってる事も実は故意に起こそうと思えば起こせるというか……そういうのが見えるってやつ?」
「……それは、ラッキースケベも故意に起こせるという事か……?」
「ジェドっちってそんな顔してそういう事考えるんだね。気持ち悪いとか言われない?」
ニコニコ笑っていたライアーが目どころか何1つ笑ってない真顔で答えた。え? 気持ち悪いと言われた事は無いけど、もしかしてモテないのってそう思われているからなのか……?
確かにズボンも履いてない男が言う話ではないかもしれない。
「う……うーん……」
「ワンダー、気がついたか? 水飲め?」
意識を取り戻したワンダーは吐いたせいか少し顔色が良くはなったもののまだフラフラしていた。
「僕……ここに入ってから全然記憶が無いんですが……」
「まぁ……覚えて無くて良かったというか」
周りはシュパラゴンゾンの果汁でベトベトになり、あちこちに破片が散乱していた。シュパラゴンゾン以外にけが人は居ないようだ。店員や客は片付けをしていた。
「お前、遊びたいんじゃなくて、本当は文字が書きたいんじゃないの?」
「え……僕が、ですか?」
ワンダーは先程の事を覚えていないようだが、ライアーの質問にうーんと考えた。
「そう言えば小説は……今の自分に転生してから1度も書いていないですね。自分の本の行く末を書き直したりはしたけど……あ、行商として各地を回った時にレポートを書いてギルドに売ったりしていたなぁ。その時は少し……楽しかったかも」
「ふーん。そ」
辿々しい返答を聞いたライアーは、ふむ……と考え込む。
「とりあえず今日はもう夜通し遊ぶような雰囲気じゃない感じだし、宿に行って休もうか?」
「ああ……そうして貰えると助かる……」
俺もズボンを履いてないしな。
ぐったりしているワンダーを抱えてライアーの後について店を出ようとしたが、そのライアーの肩をちょいちょいと店員が叩いた。
「ん? 何??」
「……」
ヒラリとライアーの目の前に出された紙は請求書と書かれていた。利用代金だけではなく壊れたものや店の掃除代まで乗っている……
「え? たっか! コレ俺が払うの??」
「いや、壊したの貴方でしょう」
「確かにー。しょうがないかー」
ライアーは軽いノリで請求書を受け取り、くるりとコチラを振り向いた。
「ジェドっちー、一緒にバイトしない??」
「何で……と言いたい所だが、店がめちゃくちゃになったのは俺達のせいだからな……仕方ないか」
「ハハハ、ジェドっちのそういう所好感持てるよね。大丈夫、ジェドっちなら稼げるからさ」
「稼ぐ……また借金返済クラブか?」
俺はあの地下の変な会場を思い出したが、ライアーはふるふると首を振った。
「んにゃ、ホスト」
「……ホスト……?」
「頑張れば一晩で大金稼げるんだぜ、シュパースの夜王になろうぜ!」
ライアーが全然笑ってない目で笑いながら肩に手を置いてきた。
なれますかね? こんなズボン履いてない騎士が夜の王に……




