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金の街、クラブはペンにより翻弄される(前編)



「……ここって、夜の店ですか?」


「そうだよ、だってもう夜だし」


 確かに、シュパースに来てからもうだいぶ時間が経っているので陽はすっかり落ち、四方が海に囲まれた島は一気に暗い海色へと変わって行った。

 島中に明かりが灯り、帰る者、泊まる者、そしてこれからが本番と遊ぶ者に分かれて人の波が動いている。


 暮れる夕日を見届けたライアーはカジノのある本島中心部へと戻った。そこから西側に行くと夜の花の様に明かりが沢山見えてくる。

 煌びやかな町並みに広がるのは……酒場にそういう店にそういう店に……


「ここはシュパースの『金の街』って呼ばれている所で、夜に楽しめる店が沢山あるから」


 ケタケタと笑うライアー。おま……ここがどういう世界線だか知ってるのか?


「ちょっと色々待て。まず第1にワンダーは見た目は子供だぞ?」


「見た目だけだろ? へーきへーき」


「……悪いが、そういう遊びは今はしたくない」


 真剣に言う俺の顔を見て、ライアーは首を傾げた。


「ジェドっちさー、何か変な想像してない??」


「ん?」


「何ー?? 今はって事は後々にそういう店に行きたかったのかな?」


 ……じゃあなんなんだよ。ちくしょうお前、騙したな……



 ―――――――――――――――――――



 金の街。シュパース大陸のカジノから少し西側に広がる夜の街。酒と金と男と女……時折どちらでもない人。それらが入り混じり様々な人生ゲームを繰り広げている。吸い上げては落ちていくお金。そこから金の街と呼ばれる。

 俺が連れて行かれた地下借金返済クラブもここの一角に当たるらしい。街の殆どは飲み屋であり、夜が始まったばかりでも既に盛り上がっている者が多い。


「で、そういう店じゃ無いんならどういう店に行くつもりなんだよ」


「だから、クラブっつってんじゃん。踊ったり飲んだりできる所」


 ……それが健全と言われると逆に怖いんだが。そもそも、俺貴族。貴族の踊ったり飲んだりといえば社交界的なパーティみたいなヤツであるが、どう考えてもそういうヤツでは無さそうだ。まぁ、俺もそんなパーティは面倒過ぎてあまり行った記憶は無いんだが。何故ならそういう場所は婚約破棄を言い渡される破滅寸前の悪役令嬢の巣窟だからである。行けば毎回いるので誘われても断っている。


 そんな事を考えていると、ふと『スナック・追放の令嬢』という看板の文字が見えた。

 ……何この看板。こんなん絶対追放された悪役令嬢とかじゃん。


「お兄さん、気になる?」


 酒場の入り口にはタバコをふかしているやさぐれた女性が腕を組んで壁にもたれかかっていた。


「聞きたい……? アタシの身の上」


「……いや、結構です」


「あれはもう何年も昔の事よ……」


 いや、聞きたくないって言ってるだろうが……何でこういう奴らは断っても勝手に喋るんだ? 勝手に喋るなら聞きたいかどうか尋ねるなよ。


「アタシは元は貴族の令嬢だったのサ。その頃は沢山悪さしてねぇ……その報いを受けてお家は取り壊しになるわ断罪されるわ追放されるわ……そうして路頭に迷いながらたどり着いたのがここさ。あ、勘違いしないで、元の生活に戻りたいってワケじゃないの。アタシ、ここに来てみてやっと分かったの。何が大事だったかって事。ここでは金は価値が有ると同時に無価値よ。愛も同じ。ここではね……どれだけ楽しむか、それが正解なの。人生お遊びよ。あの頃のアタシにはそれが分からなかったのね……」


 元悪役令嬢であろう飲み屋の女は遠い目をしていた。何を悟ったのかは分からないが、ここで生活して立派な遊び人へと生まれ変わったのだろう。悟りを開いて賢者になれるっていうのは聞いた事があるんだが、遊び人になるにも悟りが必要だったんだな……


「どう、一緒に飲まない?」


「いや、本当に結構です。まぁ、その、楽しんで生きてくれ」


 女は手を振りながらスナック・追放の令嬢へと戻って行った。


「ジェド、またそうやってあちこち気にしているとはぐれますよ」


 ワンダーが立ち止まっている俺を呼びに来た。いや、気にした訳じゃないんだが……

 いつぞやみたいにはぐれないよう、俺はライアーとワンダーの後を追いかけた。



 ライアーが案内したのは金の街の中で一際輝く建物だった。中に入ると馬鹿でかい音量で流れる音楽と共に光があちこちを照らしていて目が痛い。光の当たっていない所は薄暗く、立ち飲み酒場になっているのかあちこちで酒を片手に談笑していた。


 よく見ると馬鹿でかい音楽は奇抜な格好をした吟遊詩人が奏でていた。光は魔法で投影されているようでさっきから魔法使いが音楽に合わせながらノリノリで赤や青や緑の光を飛ばしていた。煙を出したりシャボン玉を飛ばしている魔法使いもいる。


「……やっぱあいつらも全員遊び人なのかな」


「そうみたいだよ。今さー、魔法学校って遊びに特化した専門コースがあるみたいで、攻撃魔法じゃない、ああいう光とか煙とか花火とかを出せる魔法も沢山習得出来るんだってさ」


「へー……」


 前に魔王領でも似たような設備を見たが、こういうものはあまり見る機会が無いので興味津々に見回した。だが、ワンダーはあまり乗り気では無さそうだ……というか人に酔ったのか具合悪そうにしている。


「……大丈夫か?」


「いや……僕、こういうのちょっと苦手で……ウエーイな所とか……この大音量の音楽とかは……」


 耳を押さえて目を伏せていたので音の少ない方へと連れて行き、空いている椅子へと座らせた。


「ライアー、何か飲物無いか?」


「ん? 良いよ、貰ってくるね」


 ライアーはニコニコ笑い上機嫌な軽い足取りでカウンターへと向かった。


「ワンダー、無理ならば場所を変えよう。そもそもお前が楽しめるかどうかって話だからここである必要は無いし」


「……ジェド、僕は大丈夫です」


「いや全然大丈夫に見えないんだが……」


 何でそんなにワンダーが意固地になっているのか謎である。そもそもライアーに対して急に自身の事を喋ったのも何でなのかは分からないが、どうもワンダーにはライアーに対して何か思うところがあるらしい。俺にはただのチャラ男にしか見えないんだが。


「はーい、飲物お待たせー」


 ライアーがコップを3つ持ってきた。その1つをワンダーに渡す。1つは俺にもくれた。俺のコップには変な色の果物が刺さっている。


「サンキュー。……ところでコレ、何なんだ?」


「ジェドっちのはシュパース特産の果物シュパラゴンゾンを割ったウオッカだけど」


「……シュパラゴンゾンって魚じゃなくて果物なのか?」


「そうだよ、さっきの料理にも入ってたじゃん。滋養強壮に良くて、何でもあっちに効くとか効かないとか」


「そういう店に行かないのに何故チョイスした……?」


「いや、普通に特産だからでしょ」


 ならばそのミニ情報は聞きたくなかった。俺はその変な果物を潰して飲んでみたが、味はまぁまぁ美味しい。滋養強壮にいいと言う位だが、酒と相まって体がポカポカとしてきた。


「まぁ、普通に美味いな。所でワンダーは何を――」


 何を飲んでいるんだろうと振り向くと、ワンダーはコップを持ったまま潰れていた。……え?


「おい、大丈夫か?? ライアーお前、ワンダーに何飲ませたんだよ!」


「え? 普通にノンアルコールジュースだけど」


「……確かに」


 ワンダーの飲んでいたコップを取り、少し飲んでみると殆ど酒の味はしなかった。


「あちゃー……あれじゃないお客さんのお連れ、シュパラゴンゾンアレルギーじゃない??」


 横で見ていた店員がワンダーを見て水を持ってきた。


「お前、知ってんの?」


「あれ?? こんな所で何を――あ、いや」


 店員はライアーを見て一瞬あたふたしたが、咳払いを1つして話に戻った。


「いや~、たまに客でいるんですよね。ここの島の名産のシュパラゴンゾンを食べると酔っちゃう人。このクラブの中にもインテリアで沢山生えてるでしょう? 酔いが多く回っちゃう人って大抵それなんですよね」


 ワンダーは真っ赤な顔で目を回していた。もしかしてさっきからずっと気持ち悪そうにしていたのってそれだったのでは? 何なんだ、謎の果物シュパラゴンゾン……


「ふふふふふふふふ」


 真っ赤な顔のワンダーが急に笑いながら起き上がったので俺とライアーと店員はビクッとした。何をするのかと思っていたワンダーだったが、鞄からごそごそとノートを取り出して笑いながら急に文字を書き始めた。


「お連れさん、大丈夫ですか?」


「ああ……まぁ、多分。所でライアーとは知り合いなのか?」


「え?! いや、知り合いというか……」


 店員がチラッとライアーの方を見たが、ライアーはニコニコとして店員の脛を蹴っていた。どしたん。


「あ、その、ライアーさん? ってよく来られますからねー。有名なんですよ。隣のホストクラブとかね、たまにバイトしてますし」


「そうなの?」


「うん? そうそう。たまに金全部使っちゃってねー、すっからかんになった時はバイトすんの。借金返済クラブにだって行った事あるよー。ハハハ」


「お前……遊ぶのも程々にしろよ」


 ライアーは相当遊んでいるらしい。ホストとか……こんな柄の悪い男で女側はいいのだろうか? まぁ、ちょっと位悪い方が女を寄せ付けるって言うからな……羨ましい。先生、秘訣を教えて下さい。


 俺は羨望の眼差しでライアーを見たが、そのライアーはワンダーが書いているものが気になったのか覗き込んでいた。


「ねぇジェドっち、こいつ何書いてんの?」


「何って……小説じゃないか? 小説家だし」


「そうなのか。異世界人って言ってるけど書いてる文字はこっちと一緒なんだね」


「まぁ、転生を繰り返しているらしいからな。そもそも今生はこっちの人間らしいし」


「ふーん……」


 俺も気になってワンダーの書いているものを覗き込んだ。それは真新しいノートにいつも首からぶら下げているペンではなく、鞄から取り出した重そうなペンで書かれた文章だった。


「『パニッククラブ。そこは現代の若者が集まるような異世界の遊楽酒場だった。光りと音楽――若者達はその雰囲気に酔いしれていた。まさか……あんな事が起きるなんて』……何これ。ここの事か?」


「ここみたい。で『それは突然起こった。このクラブの電気が全て落ち、音楽は突然止まった。沢山の客が突然の事にザワつく。突然「ガシャン」と音が鳴った。振り返るとそこにいたのは……シュパラゴンゾンだった。ジェドもライアーも……そして他の客達も捕まってしまった』だって」


「……どういう物語なんだ」


 と、突然音楽が止まり部屋が真っ暗になった。


「え?」


 ガシャアアアンン


 と、暗闇の中何かが割れる音がした。音の方を振り返る間も無く、俺の手足に何かが巻き付き体が拘束された。


「くっ……」


 一瞬何が起こったのか理解が出来なかったが、すぐに暗闇に目が慣れてきて薄っすらと目の前にそれが見えた。

 俺を拘束しているのはそいつのツルで――それは、シュパラゴンゾンだった。

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