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ライアーとワンダーの賭け

 


 ちっとも笑っていない目でニコニコとワンダーを見つめるライアー。

 何から話をしたものかと言いあぐねているワンダーの様子を楽しそうに観察していた。

 そしてその横で俺はメニュー表を見ながら悩んでいた。


「ここって何が美味しいんだ?」


「んー、割と何でも美味しいけど好みにもよるかなぁ。ジェドっち食べれないものとかある? アレルギーとか」


「アレルギーか……キノコ位しか分からないが」


「アレルギーって大人になっても出るものだからなぁ。このアクアパッツアとかヴィシソワーズとか、シュパラゴンゾンのペンポロージャ風とか良いんじゃない?」


「……何だそれは。名前から物の想像がつかないんだが。特に最後のヤツ」


 メニューに書いている料理はどれもこれも名前から味が想像出来ない得体の知れないものばかりだった。


「ま、テキトーに頼んでみたらいいんでない? ほら、ワンダーも何か頼めよ」


 ライアーがワンダーにもメニューを渡すが、ワンダーは眉を寄せてそれを受け取った。


「ところでここって……レストランなんだよな?」


「ああ、景色良くない?」


「まぁ、良いというか……海だな」


 見渡す限りの海……そして、俺達はその海中の泡の中に浮いていた。



 ―――――――――――――――――――



 シュパースの南側、ウオーターリゾート島の海中はレストランとなっていた。

 テーブルは泡に包まれ、海中を泳いで中に入る事ができる。特殊な魔法で出来ていて息も出来る不思議な空間だ。

 料理を注文する時は注文書を泡に乗せて流せば流した方向から頼んだ料理が届くようで、一体どういう仕組みになっているのかは全然分からない。


「海中なら広くて景色もいいし他の客とも遠く離れているから食事の邪魔もされないし、他の人の声も聞こえないから2人っきりにはもってこいなんだ。プロポーズとかに使うヤツも多いんだ。ジェドっちも彼女にプロポーズする時はここどう? おススメだよ」


「……プロポーズするような彼女がいませんがね」


「えー?? そんなにイケメンで良い体して、しかもジェドっち貴族なんだろ?? 何がいけないんだろ?? アレじゃない、高望みしすぎなんじゃないの?? 女紹介しよっか? 遊んでそうなヤツなら沢山いるけど」


「……結構です」


 何がいけないのかは俺も知りたい。高望みをしているつもりは無いんだが、ごく普通の清純でおしとやかで可愛くてちょっとふっくらした子が好みなだけなのに……


「どうせ清純だとかおしとやかとかが好みとか言ってんだろー。そんなんじゃずっと童貞だよー。知ってた? 30越えて童貞だと魔法使いじゃなくても魔法が使えるらしいよ」


「どどど童貞ちゃうわ」


「……あの……」


 俺達のアホみたいな会話を聞いていたワンダーが重い口を開いた。


「やっと何か喋る気になった?」


 ライアーはニコニコとしながら頬杖をついてワンダーに向き直った。


「僕は……今はこんな姿をしていますが、大人で……異世界人です。そして、色んな世界を転生しながら小説を書いていた、ワンダー・ライターという小説家です」


「へー」


 異世界人や何度も転生を繰り返してる特殊な人間と明かしたワンダーに対して、ライアーは顔色を変えずに話を聞いていた。


「それで、今生のこの世界は僕の書いた小説の内容が至る所に出てくるんです。最初はそれを観察していましたが、次第に面白くなって登場人物に結末を教えたり協力したりしながら本の行く末を見て来ました。時に僕が手を入れなくても変わっていく内容もありましたが……」


「ふーん」


「……それで……人を、見捨てたり……不幸な結末に加担した事もありました。僕はこの本の内容が自分の書いた物語だからと思って、そういうつもりで観察していたんです。でも、ジェドに言われて気付きました。それらの全てはこの世界で確実に生きていて……そう知った時、今度は逆に自分が一体何なのか、分からなくなったんです。それで、本に拘らず自分の人生を探そうとしているのですが……」


 ワンダーの胸の内はプレリ大陸の村で聞いていた。吹っ切れたと思っていたのだが、やはりまだくよくよ悩んでいたのか。

 チラリと見るとライアーはやはり笑ってないような目でワンダーの話を聞いていた。


「はーはー、なるほどなるほど。納得納得」


 話を聞いたライアーはニコニコと頷き、突然不機嫌そうにダンッとテーブルに足をかけた。急に柄が悪いんだが。やめなさいよ。


「お前のさー、やってきた事のそれが良いか悪いかはまぁ別にして。それってお前、自分が分からないってより、他人の人生を観察したり弄んでいた時の高揚感以上の物が見つからなくて困ってんじゃないの?」


 ピタリとワンダーの表情が固まる。


「はは。俺はお前みたいな奴、沢山見てるんだよね。何処で何を生きようとしているのか何も見えてなくて分からない、つまらなすぎて全然笑えない奴」


 ライアーの言葉にワンダーが俯いた。


「ライアー……貴方が言っている笑えない事って……」


「俺、自分で笑えないような、後ろ向きなつまらないヤツが1番嫌いなの。後ろを向いてる奴ってさ、信用出来ないじゃん?」


 ライアーの言葉にワンダーは難しい顔をしていた。何この空気。


 そんな妙な雰囲気になってしまった所に頼んでいたシュパラゴンゾンのペンポロージャ風が泡に乗って届いた。

 シュパラゴンゾンのペンポロージャ風は魚の活け造りの上にフルーツと肉が乗っていて、尚且つクリームまで乗っているような本当に良く分からない料理だった。正直美味しそうには見えない。ペンボロージャか? こんな不味そうな料理を考えたのは。


「なぁ、とりあえず料理が来たから食わないか? ライアーもさぁ、足下ろせよ。料理が置けないし」


「ジェドっちって空気読まないよなー。そういう所好きだよ」


 柄の悪いチャラ男に好かれても何も嬉しくない。俺は料理を取り分けて配った。ワンダーは相変わらず俯いている。


「つまりはライアーはワンダーのそういう、くよくよ悩んで今の人生を楽しめて無い所が良くないって言いたいんだな」


「流石、ジェドっちは俺の言いたい事をよくわかってんなー」


「いや、そうならそうって言ってやれよ。ワンダーが可哀想だろ」


「まぁ、そうなんだけどさー」


 ワンダーだって意を決して打ち明けたんだから、少しくらい汲んでやってもいいと思うんだが……まぁ、ライアーの言わんとしている事も分からなくもないが。


「よし、じゃあ、このシュパースでワンダーが何もかも忘れられるような楽しい所に行こう。それでどうだ? ライアーはこの島の事、網羅してるんだろ?」


 俺の提案に2人とも言葉を止めて考える。


「まぁ、俺は別に良いけど」


 ライアーはチラリとワンダーを見た。ワンダーはライアーを強く見つめる。


「僕は……僕は自分とちゃんと向き合います。だから……僕がこの島で本気で自分を楽しめたなら、貴方も本当の事を教えてくれませんか?」


「本当って?」


「ライアー……嘘つき……それって偽名なんでしょう?」


 ワンダーの言葉にライアーはピクリと眉を動かした。え? 偽名なの???

 驚いてライアーを見たが、その表情は変わってはいない。


「何でそう思う?」


「……勘です」


「なるほど?」


 勘とかでそんな事言って良いのだろうかと思ったが、ライアー(仮)はニコニコと頷いた。


「いいじゃん、じゃあ俺がお前の事嫌いじゃ無くなったらお前とジェドっちの勝ち。島中回ってもお前の事好きになれなかったら負け。これでど? あ、俺はちゃんと手抜かずに案内するから」


「……お願いします」


 ワンダーは真剣な目でライアーを見つめていた。うーん、そんな真面目な感じだとあんまり楽しめないのでは?


「よっしゃー! じゃ、行こうぜ! クラブ!」


 ……クラブ? 例の借金返済のあの場所じゃ……ないよね?

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