悪役精霊姫は常夏がお好き
「あちー……ヤバいッスねー、この暑さ」
帝国は夏本番であった。夏夏夏夏常夏である。
しかし、その年は異様な暑さだった。帝国は南国寄りでは無いはずなのだが、とにかく異様に暑い。騎士団も士気が下がりまくりのダレまくりであった。
「何で今年はこんなに暑いんだ……」
「またアレなんじゃないですか? 悪役令嬢の仕業じゃないですかー?」
「……お前しばくぞ」
「流石にそんな訳ないだろー」
無駄口の多い騎士団だ。君達貴族だよね……?
騎士団長に対してこの言いよう。酷い言いがかりだが、今回ばかりは関係ないだろう。自然現象に影響する事件なんてファンタジーじゃあるまいし……
「君達に調査してもらいたい事がある」
皇帝陛下が涼しい顔をして言ってきた。
……え……まさかマジで悪役令嬢じゃないですよ……ね?
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公爵家子息、皇室騎士団長ジェド・クランバルは悪役令嬢呼び寄せ体質である。
悪役令嬢が関わる事件は何故か俺の所へやってくる。
先日も悪役令嬢のダイエットに付き合ってやるという謎の事件に巻き込まれたが、そのせいで『悪役令嬢トレーナー』と言われた。育ててないからやめてくれ。
今回は皇帝陛下の指示で精霊国に来ていた。
陛下もこの異様な暑さについて調べていたのだが、どうもこの異常気象、やはり精霊国が関係しているらしい。
「夏の暑さに負けた訳ではないが、暇なら君達行ってくれない?」と言われ、騎士団一同で調査に来た。涼しい顔をしていたが、やはり陛下といえど暑いものは暑いのだろうか……
熱中症にならないようにと飲み物と梅干しは大量に持たせてくれた。お母さんかな?
「にしても、精霊国ってこんなに暑かったですっけ?」
精霊国は年中温暖で、なんなら涼しい国のはずだった。だが、中心部に近づくにつれ、どんどん暑くなっていく。
前に来た時は美しい花が咲き乱れていたはずなのだが……生えている木も植物も変わっていた。景色は完全に南国でだった……生態系が変わっている。
「あー! もう、ダメだ! 耐えられん! 何で氷系の魔法も効かないんだよ!!」
副団長のロックが耐えきれず上着とシャツを脱ぎ出した。上着の下にあったガチガチの胸板が太陽に照らされる。ロック意外と良い体してんな。
そうなのだ。普通、暑い時にはフリーズ系の魔法を使ったりするのだが、何かに邪魔をされているのか氷や水系の魔法が効かないのだ。
まるで、この暑さを維持する為に精霊が邪魔をしているかのように。ちなみに火の魔法は効くし温水なら出るが、絶対使いたくない。
「やっぱ、魔法が使えない所を見ると精霊の中で何か起こってるんだろうなぁ」
副団長の様子を見た騎士団員達が次々と上着を脱いでいく。まぁ、こんな暑い服着てられないよな。俺も同じ様に上を脱いだ。
「うわ……団長バッキバキじゃないッスか」
それ程でも……ありますけど何か?
こちとら漆黒の騎士団長ですぞ? 毎日鍛えてますぞ? 漆黒たるものたるんたるんの贅肉は付けられないのだ。漆黒の肥満騎士など聞いた事がないからな。
「なぁ、誰か陛下の服の下見た事あるヤツいる?」
「見た事無いけど……手合わせさせられた時、岩みたいに硬かったからなぁ……凄そう」
俺も幼少時以来陛下の裸なんて見た事は無いが、完璧人間の陛下なのだ。ナンバーワン美ボディなのだろう。
次々と上着やシャツを脱いでだれている中、騎士団員の1人が青い顔をしていた。確かロイとかいう新人騎士だ。
「どうしたロイ? 具合でも悪いのか?」
「団長……実は……黙っていたんですが、僕……心当たりがあって」
陛下の美ボディに……?
「……この間、図書室で見たんです。何か鍵がかかっていた本でしたが、開いていたのでコッソリと。そしたら、そこには『太陽と風の精霊』という物語が書かれていました」
図書室に陛下の服の下に関する何かがあったのかと思って一瞬皆が緊張したが、違う話だったので安堵した。いやお前、話の流れが紛らわしいんだよ。
「で、その物語が何なんだ?」
「それは、太陽の精霊姫と風の精霊姫が人間の男を取り合うというお話でした。太陽の精霊姫は人間の男への愛憎のあまりどんどん力をエスカレートさせ、最後は風の精霊と人間の男の手によって処刑されるのです」
「それって……悪やk――」
「いやまだそれが原因だと決まった訳じゃないだろ」
「その小説を見てから気温がどんどん上がっていくし……僕、怖くて」
騎士団がしんと静まり返る。少し怖くなって温度が下がったような気がするが気のせいだろう。全然暑い。
「だけどさー、仮にその話の太陽の精霊が愛憎の為に力を使っているのだとしたら、風の精霊はどうしたんだ?」
確かに、その小説通りの何かが起きているのだとすれば、風の精霊と人間の男によって太陽の精霊は処刑されたはず。
「その話については……私が説明しましょう」
と、突然茂みから男が現れた。男は南国風の柄のシャツに水辺用のパンツを履いていた。……えーと、どちら様でしょう?
「私は、精霊国の国境を守る警備兵です。あまりに暑すぎるのでこんな格好をしておりますが……陛下に騎士の調査団を派遣していただくよう依頼したのは私です。あと、恐らくその小説の人間の男というのも私の事でしょう……」
溜息をつき話しながら彼は俺達について来るよう促した。
森の奥に広がる美しい湖に2人の精霊。太陽の精霊姫と風の精霊姫がそこに座っていた。
……暑い。太陽の精霊パワーフルMAXである。
何がサニーをそうさせてるのか分からないが、汗だくで目が血走っている。逆に隣の風の精霊は何も力を使ってはいなかった。いやお前も働けよ。
「よく来ましたね騎士団の皆様。私は風の精霊姫シルフィー。そして彼女は太陽の精霊姫サニー」
シルフィーが涼しい顔をして語り始めた。その間もサニーはフル稼働で気温を上げ続けている。
「私と、その彼は愛し合っていました。しかし、彼女サニーも彼を愛していたのです。サニーの愛憎は凄まじく、力が暴走するばかり……このままでは彼女を処刑するしかない、と私達は思いました」
そんなに精霊に愛されるって、やるじゃん。と思ったが……彼は辟易していた。まぁ、そうだよね。精霊を処刑とか事が大きすぎて、わーモテモテ嬉しいー! ……とはなりませんよね。
「では、サニー様を処刑されるのですか?」
「……サニーを説得しようとした時、彼女は怒りに任せて全力でその力を発動させました。私達精霊族には同じ精霊の力は何ともありませんが、彼には耐えられない熱さでした。汗で服はぐちゃぐちゃになり、そして思わず服を脱ぎ捨てる彼を見て気付いたのです。服を……脱いだ、と」
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うん? 脱ぎますよね。暑いからでしょ??
「私の……風の力では人間を脱がすなんて、そんな事は出来ないので驚きました。目を見開きました。サニーも目を見開きました。そこに見えたのは美しい胸板……滴る汗。禁断の領域……裸体。そして私は悟りました。太陽を消す事など、許されないのだと。強固たる砦(服)を打ち破る太陽こそ正義なのだと」
……?? つまり、どういう事だ?
風の精霊の言わんとする事が全く分からず虚無の目をしていると、警備兵の男が申し訳なさそうに付け加える。
「……私も、彼女達の争いが収まった事には安堵しました。ですがが、このままずっと常夏のような暑さでは自然界が大変な事になってしまうと思い……どうにか姫達の説得に奔走しました。そして彼女達は、たくましい胸板を、鍛えた腹筋を、死ぬほど沢山見たいと仰いました。なので騎士団の皆様……どうか」
話をなんとなく理解した俺達は無言で服を脱ぎ捨て、次々と湖に飛び込んだ。
キャー! という精霊姫の歓声と共にその日で猛暑は収まった。
それ以来、毎年暑くなると騎士団員達は精霊国へ服を脱ぎに行くようになった。




