シュパースの南は魅惑のウォーターリゾート(後編)★
「ぶはっ!!」
ババアと共に流れるプールの滝壺に落ちた俺は、見ず知らずのそのバ……コホン、お年を召した女性を掴み一旦陸に上がった。
「おい、一体何なんだいきなり……」
プールサイドから上がったババアだったが……水から上がった瞬間何か変な香水の匂いがした。
「ハッ――ババア……」
その香りを嗅いだ瞬間……俺は気付いてしまった。このババア――いや、貴婦人は……何て美しいんだ。俺は彼女に一目惚れした。
「ジェドっち、大丈夫??」
プールから上がって陸沿いに駆け付けたワンダーとライアー。心配そうに俺に声をかけるが心配は不要だ。俺は新しい恋を見つけてしまったから……
「え、この香り……マズイです!! ライアー、何か鼻を塞ぐ物はありませんか???」
「ん? 鼻栓ならそこの売店で売ってっけど?」
突然焦り出したワンダーはライアーと一緒に売店に走った。だが、俺はそれどころでは無い。この貴婦人に想いを伝えなくては……
「……貴女……お名前は?」
「ローズじゃが。……お前もか」
ローズ……ああ、なんて美しい名前なんだ……俺は貴婦人の手を取りその甲にキスをしようとした。
「ちょ、ジェド!! 正気に戻って下さい!!」
俺の唇がローズの手の甲に触れようとした瞬間、売店から戻って来たワンダーに思いっきりタックルされてローズと一緒にプールへと落ちた。
ザバーーーン
「ぶはっ! ワンダー、何すんだよ!! 俺はローズと――あれ?」
水から上がった俺はワンダーに怒り横のババアを見た。再度見たローズは魅惑のババアではなくただのババアに戻っていた。あんなに好きだったローズへの想いも消えていた。……え? 俺何してん。何でババアに惚れてんの???
「……危なかった。危うくお婆さんがヒロインになる所だった……」
ホッと安堵するワンダーもライアーも鼻挟みを着けていた。
「おい……全然状況が把握出来ないんだが。ワンダーにはこの婆さんが誰だか分かるのか?」
ワンダーは眉を寄せて困ったように婆さんを見て答える。
「えっと……こちらの方は正直存じないんですが……この匂いは間違いなく『香りで恋するボイスドラマゲーム☆パヒュームエンゲージメント』の悪役令嬢、ローズのものです」
出た……異世界人はやたらに乙女ゲームだギャルゲーだとかなんだとか仮想世界で恋をしようと物語を作りがちである。確かに恋愛小説はこっちの世界でもあるが、そんなに恋に飢えているんだろうか。俺にはその感覚がよく分からない。
いや、恋はしたいけど、現実の方がいいじゃん……
「香りで恋する……って何なんだ? ボイスドラマゲームってのも良く分からないが……」
「ボイスドラマゲームとは、普通のゲームと違って選択していきながらシナリオを進めていくだけのシナリオゲームにずっと声が付いているものなんですが……香りで恋するボイスドラマゲームはそこに匂いも付いてくるという新感覚ゲームです。専用の機器からシナリオに合わせて匂いが出てきます」
「……それは面白いのか?」
「絶対にブームの来ることは無い早すぎたゲームとして散々ネタにはされていました。そもそも開発元がクソゲー製造機として名高い会社なので。僕も度々そこからシナリオを頼まれるのですが、サンプルで送られてくる物がどれもこれもどこの層向けなのか良く分からない物ばかりでした。変なレトロゲームが付いていたりとか……」
何となくその制作者達とは因縁がありそうな気がしてならない……
「じゃあ婆さんはそのゲームの悪役令嬢って事か?」
「恐らく、さっき嗅いだ匂いが彼女の物なら間違いないです。強い香りを出す男達と主人公が惹かれあい、恋というエッセンスで最高の香りを作り上げるという……自分でも書いていて良く分からなかった謎シナリオなんですが。ローズはその香りで攻略対象の男性達をたぶらかし、主人公の邪魔をする悪役令嬢なんです」
「なるほど……てことはまた異世界人の転生者か何かか?」
くるっと婆さんを振り向いたが、婆さんは首を傾げていた。
「あんたらの言っている事はよくわからんが……確かにあたしゃその昔はこの香りで男共をたぶらかして悪女と呼ばれていた香りの悪女・ローズさ。あまりにも男達がしつこいんで嫌気が差し誰も知らない場所へと逃げたんじゃが……」
ローズの話では、若い頃はワンダーの言うようにその強い香りで男達をたぶらかしていたらしい。だが、その主人公とやらが現れる事なく男達はローズを取り合って争いに発展したそうだ。流石に困ったローズは男達の居ない場所へと旅に出たとかで……
「じゃが、私の居た国の男達は自ら香りを発するからまだ良かったんだけど、他の国では香りを出す者が居なくて余計に人を惹きつけて大変な事になってしまった。だからワシはこの誰も居ない島で海に入って隠れ住んでいたんじゃが……最近になってこの島々が買われてしまってのぅ」
「ん? 先住民が居たって事か? ナスカに住処を取られたのか?」
「いや、ワシが勝手に島に住んでただけじゃから島が開発されたのは良いのよ。寧ろ住みやすくなって助かるわぃ」
ただの不法住民じゃねえか。
「なーんだ、変な婆さんをたまに見かけるっていう都市伝説の正体ってアンタだったのかー。島の怨霊かなんかかと思ってビビッてたけど実在してて良かったー」
ライアー曰く、頻繁に知らないババアが島の至る所で目撃されていて幽霊か何かかと噂になっていたそうだ。見た者は取り込まれる恐ろしいババアとして妖怪伝説になりかけていたとか……実際、本当に匂いにやられて取り込まれていたのかもしれない。
「流石にババアになれば匂いも薄まるかと思っていたんじゃがそんな事も無く……このまま人知れず寿命で死のうと思っていた所、あのエルフに見つかってのう」
「あの人は知り合いなのか?」
「ああ。昔言い寄って来た男の1人だ。同郷の男でエルフのハーフだから見た目は若いが。他の奴らはとっくに結婚したか死んだかしているのにアイツだけは諦めず探していたらしいわい」
「そういえば攻略者の1人にそんな人が居ましたね……」
どうやら争っていたエルフの男は、その新感覚ボイスドラマゲームの攻略者の男らしい。確かに争う声はやたらにイケボだと思ってはいたんだよな。
「ローズ!!! やっと見つけた!!」
そうそう、こんな風に……あ、イケボのエルフ来ましたね。
そのエルフを見た瞬間……俺は真実の愛を見つけた。アイツだ……アイツこそが俺の運命の相手だ。男だろうと関係無い。ローズの事が好きだというなら振り向かせてみせ――
「ジェド!! 少女の顔をしないで下さい!」
俺はワンダーに思いっきり頭を叩かれて鼻栓をつけられた。あんなに恋をしたエルフが普通に気持ち悪くなって頭が正常に働いてきた。怖い、何アイツ。
よく見ると周りの係員もエルフの匂いにやられて倒れていた。やべえな匂い出す種族。恐ろしい兵器じゃねぇか。
流石にエルフの男もマズイと自覚しているのかプールに飛び込んだ。
「ローズ! 君を探していたんだ!!」
「ああもうしつこい! アンタらはワシのこの香りに惑わされているだけじゃ! それに何でこんな老いぼれをいつまでも諦めず追いかけ回すのよ!」
「それは、君を愛しているから!! 香りなんて関係ない! その証拠に、今はお互い水に入っていて何の匂いも感じないのに……私の心は変わらないじゃないか!」
「?!」
2人はプールの真ん中で見つめ合った。周りの客も2人の行く末がどうなるのか固唾を飲んで見守っていた。
「……でも……全てが遅すぎる。ワシはもう……こんな老いぼれで……」
「関係無い! それに、長い年月と歳を重ねた姿の君を見ても変わらない私の心を信じてもらえるだろう? 私は、君がどんな姿だって良いんだ。私が愛したのは……ハーフエルフである事で孤立していた私を他の誰とも変わらず接してくれた君自身だから……」
何か色々とあったんですなぁ2人。そのボイスドラマとやらでは過去の色々が語られているのだろうか。
「あー、何か香りを出す種族の国の話だとか言ってるのに何故かエルフを攻略対象にしろとかいうよく分からない設定を盛り込まれたから苦労したんですよね……」
「そうなのか……」
「ふーん」
ライアーはふむふむと俺達の話を聞いていた。その間にもババアとエルフの話は進んでいく。
「どうか……私の愛を受け止めてほしい……」
「……」
エルフがそっと手を出すとその手に婆さんが手を乗せ、手の甲にキスをした。
「ハッ! まずい! 水に潜って下さい!!」
「は??」
ワンダーの必死な叫びを聞いて俺達は水に潜った。周りで見ていた奴らも聞こえた者達は潜ったみたいだが、潜り遅れた奴も何人か居た。
潜った瞬間水上にはピンク色の光が走った。消えたのを見計って恐る恐る顔を出す。
「……何だったんだ今の……」
「ええと……ゲームでは最後に攻略対象とヒロインが結ばれて手の甲にキスをした瞬間、匂いを出す機器から極上の香りと言われる強力な匂いが噴出して終わるんですが、後日談でその2人の愛の結晶であるその匂いを嗅いだ国の人たちは愛に包まれてそれぞれ運命を見つけた……とありました。つまり……」
周りを見渡すとあちこちでカップルが成立していて水に潜った皆がぞーっと青くなった。
まぁ……運命はどこに落ちているか分からんから……そういうカップル誕生もあっても良いかもね……多分。良かった、巻き込まれなくて。
その後、ローズはそのエルフの男と余生をこの島で楽しく暮らす事にしたらしい。
2人の匂いが強すぎて迷惑にならないよう人混みに出るときは水に入って移動するそうだ。普段は島の端の方から行ける小島に勝手に暮らしているとか。
「何か、色々あるんですね。まさかあのゲームまで出てくるとは」
「お前は一体幾つ話を作ってるんだよ……」
「そんなの覚えてませんよ。大体、1回の人生じゃないんですからね」
話を聞いていたライアーがニコニコと笑いながら入ってきた。
「あのさー、ワンダーって……何? 異世界人か何か?」
「え、あ……」
しまった……ライアーがいる事をすっかり忘れていた、ワンダーの子供の体を無視して普通に異世界を含めた話をしていたのだ……
俺が何と説明したら良いかあたふた考えていると、ワンダーがふうーと1回ため息を吐いてライアーに向き直った。
「あの……ライアー、貴方は口は硬いですか?」
「おい、良いのかそんな簡単に……」
じっとライアーを見つめるワンダーだったが、ライアーはニコニコと笑った。
「俺が興味あるのは話が面白いかって事だけだから、つまらない話だったら喋っちゃうかも」
ライアーはニコニコとしながらサングラスを下げた。相変わらず目は全然笑ってないので何を考えているのかはよく分からない……




