ようこそシュパースへ! まずはカジノで……(前編)★
「ジェド・クランバルさん……」
「……はい」
もう何度目か分からないゲート都市……あまりにも毎回何かがあるので俺は係員の間で噂になっていた。
ゲートをすんなり通れない――ゲートに愛されし漆黒の騎士団長と。愛故にゲートは俺を引き止めているのか?
書類に目を通した係員は長い沈黙を溜めた。溜めるねぇ……早くして?
溜めに溜めた末に親指をグッと上げてニコリと微笑んだ。
「問題無いです。良い旅を」
ヨッシャー! 俺はガッツポーズを作った。
「いやぁ、ジェド・クランバルさんいつも何かしら引っかかるからこちらも緊張しちゃいましたよー」
係員の男は軽い様子で書類に書き込んだ。問題無いのならさっきの間は何だったんだよ。
他のゲートよりも更に軽そうなシュパース行きのゲート職員。そう言えばこれから行くシュパースは、関わる全ての職員が元遊び人だと聞いた事がある。
職員はタダで島内を自由に遊べるし寮も完備、給料もめちゃくちゃいいらしい。
自分が遊ぶ為に手段を選ばす他の奴らを働かせる伝説の遊び人――って最初に聞いた時はどんなやべえヤツなのかと思ったが、働く側も志願して働いているし待遇が良いと言うのだから、そんな外堀まで考えてやっているのならば相当な切れ者なのだろうか。
魔法の事しか考えてない上に音信不通で出歩いていた何処かの魔法使いよりは余程いい気がする。……いや、結局は遊び歩いてえるのだからどっこいどっこいか。
書類を受理して貰い、俺はシュパース大陸に続くゲートへと歩き出そうとしたが――見送る係員が急に呼び止めた。
「ジェドさん、全身黒いのに鞄だけ茶色なんですね」
「えっ……あ、ああ。差し色だ。流行りの」
「あんまり似合って無いですよー。あと、シュパースは場所によっては暑いから黒だと死にますよ」
「……そうか、ありがとう」
係員はニコニコしながら手を振って見送った。あっぶな……気付かれたかと思った。
ゲートを抜けて広がる青空の島。観光に来た色んな種族の人々や、巨大なゲートから抜け出てくる飛竜便。
人気の無い場所を探して鞄から本を取り出し開くと、小さな手がニュッと出てワンダーが現れた。
「無事に通れて良かったですね」
「ああ。また不正通行で捕まるかと思った……」
ワンダーは俺から鞄を受け取るとサイズを調整して肩にかけた。
「うわぁ、リゾート地ですね。ここがシュパース大陸……」
ゲートを抜けた先は高台の展望台となっていて、島内に入るとすぐに全容が見渡せるようになっていた。
海の真ん中に浮かぶ大小の島は青空の中輝いているように見えた。
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シュパースは世界地図の真ん中、広大な海の中に浮かぶ大小の島である。大きな島の中心にはカジノがあり、その周りには遊園地やウォーターリゾート、宿にレストランに商店街に……年中お祭り騒ぎのような雰囲気が味わえるらしい。
その島の持ち主は伝説の遊び人のナスカ。エース達から聞いた話によると、ナスカはギャンブルで儲けた金でこの島を買い、自分が遊んで暮らす為にこの一大テーマパークを築き上げたとか。
それに賛同したのもまた遊び人であり、働く職員は全て元遊び人か現遊び人か。ここに来て魅了され遊び人に転職する奴も居るらしいから怖い。
ナスカという人物は直接運営には関わってはいないのだが、とにかく年中遊びまくっていて飽きたらまた新しい物を作るらしい。殆ど表に出てこないナスカとは陛下もその島の売買に立ち会った時位しか顔を合わせてはいないみたいだが。
ただ、陛下が言うには悪い奴では無いようで、ちゃらんぽらんなエピソードしか出てこなくともその中にも彼なりに一線があるらしい。……まぁ、中々捕まらないのは彼の仕様らしいから見つけさえすれば話はつけられるだろうとの事だ。
「僕、今の自分に転生する前はずっと小説を書いていたので旅行とかに憧れていたんですよね。前の人生なんかは執筆に追われ、忙しすぎて過労死でしたから」
「サラッと言ってるがお前も大変だったんだな」
「ははは。でも、今世では行商としてこの広い世界の色んな所に行けていて凄く楽しいです。こういう旅行とかってテレビで見るくらいで憧れていたんですよね。僕、シュパースには初めて来たのでどんな所か楽しみだな」
ワンダーは入り口に置いてあった島のマップを広げた。ワクワクとしながら覗き込む様は子供のようだ。
「でもシュパース大陸って結構広いですが……探すって言っても何処から探したら良いのですかね」
「やっぱ、遊び人って位だからギャンブル?」
広げた地図の中心、大きな島の真ん中には巨大なカジノがあった。
「確かに、遊び人と言えばって感じですよね。でもこの島を手に入れる位のお金持ちになってもギャンブルってしたい物なんですかね」
「そういう問題じゃないらしいぞ。何せ遊び人を職業にする位だからなぁ。遊び人にとってギャンブルは冒険者が冒険に出るのと同じだって聞いたことがある。剣士だって剣聖になっても剣の修行は怠らないからな」
「そういうものなんですね……でも、僕って今子供の姿ですけどカジノに入っても大丈夫なんですかね?」
「保護者同伴なら大丈夫って書いてあるから良いんじゃないか」
「本当だ……じゃあカジノに向かってみましょう」
「ああ。早い所見つけて気兼ねなく遊ぼうぜ」
俺達は島の中央のカジノへと向けて歩き出した。……何故この時カジノを選んでしまったのか……後々に後悔するとも知らずに。
巨大カジノは入り口から人で溢れていた。
有料会員制であるシュパースのカジノはカードやレース、闘技場などの賭けをする場所だけではなくバーやレストラン、ダンスや演奏を行うステージも有って子供連れの家族も沢山いた。
客層も貴族や商人から一般人、獣人やエルフやドワーフと入り混じって楽しんでいる。
「先ずは受付で登録しないといけないみたいですね」
「そうだな。受付は――」
人混みの中、受付の場所を探そうとした時にふいに後ろから誰かがぶつかってきた。
「ん?」
「騎士様! お助けください!!」
振り向くと必死の形相をした令嬢が息を切らせてしがみ付いてきた。
その後ろからは厳つくて柄の悪い男達が何人も追いかけて来ている。
「追われていて……」
令嬢は俺の後ろに隠れた。男達は俺をギロリと睨む。
「その女を渡して貰おうか。匿っても良い事は無いぞ」
「……とりあえず、彼女への用件を聞いてからでも良いか?」
「何だテメェ、その女の関係者か???」
男達の1人が凄んで来たが、先頭にいた男が止めた。
「止めろ。なぁイケメン騎士さんよ、その女は――」
「騎士様、聞く耳を持ってはいけません! 彼等は私を奴隷商か何処かに売り飛ばす気なんです!!」
「……そうなのか?」
「……まぁ、場合によってはそうなるな」
男達は真顔で頷いた。何か令嬢に地雷臭がしない訳では無いが……追われている令嬢が奴隷商に売り飛ばされるって、やっぱ何とかした方が良い案件だよな……?
「そういう話ならば立場上助けなきゃいけないんだが……騎士だし」
俺が剣に手をかけようとすると、後ろから令嬢がずずいと躍り出た。
「そう! 騎士様が何とかして下さりますわ! という訳なので宜しくお願いします」
「そうなのか」
「そうですわ」
「……は??」
男達と令嬢が見合って頷くと、令嬢は何故かそのまま走り去った。……は?
「……あの、全然理解してないんだが、これってどういう話なんだ……?」
「だから、あの女がカジノでしこたま負けた借金から逃れようとしていたから追いかけていたんだが、イケメン騎士様が代わりに何とかしてくれるって話だろ?」
「うん? なるほど?」
男達は俺の両脇を抱えた。
「……えっと、俺は奴隷商か何かに売られるのか?」
「いや、場合によってはそうなるってだけで今まで売られた奴は居ないから安心しろ」
未だ状況がよく飲み込めていない俺はそのままズルズルと引き摺られて行った。
「え? ジェド、何処に連れて行かれるんですか??」
カジノの奥に連れて行かれる俺を困った顔でワンダーが見ていた。何処に連れて行かれるのかは俺も知りたい。




