久々に戻って来た公爵家と新たなお願い
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは一体いつの何が発端だったのか分からない長い旅を終えて公爵家へと戻って来た。
自宅へ帰るのは聖国に行く前からだからなぁ、相当帰ってない。
宰相のエースに呼ばれてはいたが、一旦家に帰っても良いと許可が出たので俺はワンダーを連れて帰宅した。エースがそう言うって事はまた出張なのか……? こんなに国に不在の騎士団長って居る?
正直騎士団長としての役目を何も果たしていない。肩書きだけである。元を辿れば本来守られるはずの皇帝が強すぎるのが良くない。何故騎士団を作ろうと思ったのか?
「誘拐された悪役令嬢達はそれぞれ帰られたみたいですね」
考え事をしている俺の横でトコトコと歩くワンダー。無事修復して回収した悪役令嬢の本を、鞄から取り出し確認していた。
ワンダーは未だ子供の姿のままである。指名手配は取り下げられたが、各国に貼られた手配書を外すのに時間がかかりそうなので暫くそのままでいるとか。
……案外子供の姿の方が気楽なのかもしれないが。俺としても大の男より子供の方が可愛くていいと思うが、子供を連れて歩く姿に何か誤解を生まないかと心配ではある。
ワンダーが言うように女性達は騎士団員達が無事送り届けた。砂漠の国の王妃なんか遠くて大変な上にジャスティア王が面倒臭いから送るの大変だろうなぁ……誰が行ったんだっけ? ロックか?
「そうみたいだな。あー、そういえばノエルたんも居たんだよな。全然姿を見る事が出来なかったけど……」
「無事に魔法学園に送り届けたって言ってましたからね。大丈夫じゃないですか?」
「そうだよな……あーあ、ひと目だけでも会いたかったなぁ」
そう、ノエルたんはこの令嬢達が残念な世界に咲いた癒しの花……神とか信じてないがノエルたんだけはマジ天使。あの可憐なまま大人になって欲しい。
「あれがジェドの家ですか?」
「ああ。クランバル公爵家だ」
皇城から城下町を抜けて少し歩いた先に黒い屋敷が見えてきた。
今まであまり外観の話をしなかったが、クランバル公爵家は公爵にしてはそんなに大きくはない屋敷である。その代わり庭が広い。何故か? 訓練に使うからである。
そして屋敷も門も柵も何もかも黒い。メイドや執事の制服も黒ければ馬も馬車も黒い。知らない奴が見ると呪われたのか悪の集団かと勘違いする位黒い。だから正直この間の黒い宝石騒動は迷惑である。漆黒はクランバル公爵家の色なのだ……
「お帰りなさいませ、ジェド様。今回もまた長旅だったみたいで……」
門を通るといつもの様に執事が出迎えてくれた。執事はワンダーを見てピクリと眉を寄せた。
「……ジェド様、其方のお子様はどうされたのですか?」
「ん? ああ、紹介するよ。俺の友人のワンダーだ。今はこんな姿をしているけど、中身は俺と変わらない大人だから普通に大人として接してくれ」
「ワンダー様……もしやあの例の手配書の方ですか?」
「まぁな。だが手配書も半分誤解だし取り下げられたからな。とは言え探されてはいるんだけど、そこは上手く見なかった事にして欲しい」
俺がそう言うと執事はニコニコとして頷いた。
「ジェド様は昔から厄介事を抱える方を寄せ付けますからね。ですが、皆様根は悪い方では無いですし、ジェド様が友人と仰られるのでしたら陛下と同じように信頼されているのでしょうから私は何も申しません」
執事は何か納得してくれたみたいだが、さり気なく俺の寄せつけ体質をディスったよね。あと、別に陛下とも普通の友達であって、そこまで言うほどの深い信頼とかは特に無いけど? というか俺が信用されてない。こんな体質と性格だから。
「ですがジェド様、ジュェリー様にもちゃんと紹介なさって下さいね」
「ジュェリー?? ジュェリーちゃんがどうかしたのか?」
執事は困った様子で屋敷を見た。
「ジェド様は家を空けすぎです。ジュェリー様が寂しがっておいでですよ? 少しは気にかけてあげてください」
田中が……いや、大輔が?
アイツだって確か立派な成人男子のはずだが……いや、昨今の異世界人は意外と大人の男子の方が寂しがりな方なのだろうか。大輔よ、男なら1人で遊んでいろよ。
「分かった。だい……ジュェリーちゃんは何処に居るんだ?」
「ジュェリー様は庭にいらっしゃいます」
俺はワンダーを連れて庭に出た。広い庭は殆どが訓練場となっていて殺風景である。
そんな中、重い剣を必死で振っている女の子の姿が見えた。
【聖剣の薔薇乙女戦記】の主人公で俺の妹ジュェリー・クランバルこと異世界人の田中大輔である。
前に戦った時に全く剣が使えてなかったから1人で練習しているのだろうか? そういえば教えるとか約束したのに全然帰れて無かったからなぁ。でも屋敷の他の奴らだって剣位教えてあげられるだろうに。
「大輔」
後ろから声をかけると大輔は嬉しそうに振り向いた。
「ジェドの兄貴っ――」
大輔は何故か俺達を見て固まった。何? どしたん?
「……兄貴、その子は……」
「ん? ワンダーか? ワンダーは俺の友人で……」
大輔は何故かボロボロと泣き出した。何でだよ。
「兄貴……酷いよ。俺、帰ってくるのをずっと楽しみにしてたのに……それなのにほかの子と仲良くしていたなんて……」
いや、どういう種類の嫉妬なんそれ?
確かにお前は妹だが、お前も俺もワンダーも皆成人男子ですが?
「大輔、何か勘違いしているようだが……ワンダーは子供の姿をしているがれっきとした大人で、ただの友人なんだが」
「あれ? 僕ってジェドの生き別れの弟なんじゃなかったんですか?」
おいコラ。確かにそんな設定を作ったが、今はややこしくなるから思い出すんじゃ無い。
「?! 弟?? 俺だって本当は弟になりたいけど妹にしかなれなくて悲しんでいる成人男子なのに……兄貴の浮気者!!!」
ほらぁ。案の定大輔がややこしい嫉妬してるー。だからお前のその嫉妬はどういう種類のやつなんだよ。
泣き出した大輔を呆然と見守っていた俺達だったが、ふとワンダーが大輔の持っている剣を見て何かを思い出した。
「……あの、それってもしかして……聖剣・薔薇の乙女ですか?」
「え?」
『え?』
泣いていた大輔がピタリと止まった。ついでに聖剣も驚いている。そういやお前も誰だか知らん成人男子だったな、聖剣よ。
「ん? ワンダーはこの剣の事を知ってるのか?」
「まぁ……そんなに詳しくは知りませんが、僕がシナリオ書いたゲームです。多分」
「……またかよ。お前幾つ話作ってんだよ」
大輔がプルプルと震え出した。ついでに聖剣もプルプルと震え出した。
「し……し……シナリオライター!! え?!【聖剣の薔薇乙女戦記】の??? 本物????」
『うそ……マジで……あのゲームを作った……神……』
「いや……僕は話を考えただけで……」
大輔と剣はキラキラとした目でワンダーに近付いた。
「あの、サイン下さい!!!」
『剣に! 剣にサイン書いて下さい!!』
「ええ……」
ワンダーは困惑しながらも鞄から太めのペンを取り出して剣に名前を書いた。ワンダーの名前の書かれた聖剣って……ワンダーの持ち物みたいだな。
大輔は剣を嬉しそうに見ていた。どうやら機嫌は直ったらしい。
俺はその頭に手を置いて優しく話しかけた。
「ずっと家を空けていて済まないな。だが、多分また出張になりそうだ」
「そっか。俺、兄貴に剣の稽古つけて貰えるように自分で練習していたんだ。でも、まだ重くて全然振れないんだけど……次に帰って来る時までにはもっと上達してる予定だから、そうしたら今度はゆっくり稽古つけてくれな!」
「ああ」
なんて可愛い弟なんだ。やっぱ弟はお前だけだわ大輔。うんうん。
「あ、それにもう少ししたら母さん達が帰って来るらしいから、そろそろ剣を教えてくれるって言ってたんだ! 楽しみだな!」
「へー……」
ニコニコ笑う大輔だったが、俺は経験者だから分かる。そんなに楽しめるかどうかは個人差があると思うぞ……あの親父達の稽古や修行は。
まぁ、強くなりたいなら頑張れるだろう。俺はそっと手を合わせた。
久々に帰宅して荷物を整理したりボロボロになってきた服を変えてパリッとした俺は、屋敷の者や大輔に出立を告げて再び城に戻った。
皇城に戻るとエースとシャドウはげんなりした顔をしていたし陛下は更に肩を落としていた。
「……何かあったんですか? まさかまたオペラと何かあったんですか??」
「……」
陛下は無言でペンを折った。やべえ、顔は和かだが怒っている。図星を突いてしまったようだ。
「私の事はどうでも良いだろう? それより、エースから聞いていると思うが君に行って欲しい所があるんだよね」
「……やっぱ出張なんですね」
げんなりする俺を見て陛下は手を振った。
「まぁ、確かにそうなんだが今回はこの間の様に緊急を要する話では無いんだ。それに行き先もそう危険な場所では無い」
エースが地図を広げると世界地図の真ん中、海に浮かぶ島を指さした。
「ジェドに行って頂きたいのはここ、シュパース大陸です」
「シュパース? って確か何か凄い金持ちの遊び人が買って島を丸々行楽地にしたとかいう所だっけ?」
「はい。実は先日の黒い宝石騒動の解決策として魔塔主シルバー様から提案頂いた、黒い宝石の分別リサイクル法を広く活用しようと思いまして」
「シルバーとエースの話し合いで出た空の魔石の活用方法はイスピリの働き口になるだけでなく清掃活動としても有意義な物だと思っている。だが、現在撒かれている黒い宝石の回収と分別処理が先ずもって優先的に行わなくてはいけないのだが、どれもこれも特典が無いと中々人を動かすのは難しいだろう」
「特典……金ですか?」
「いや、単純に金というのは民心を動かすには不十分だ。それよりもっと有意義な特典として考えたのが、行楽地への優待券だ」
エースがバサリと地図の上にガイドブックを出した。ガイドブックとは――ギルドが冒険者から情報を集めて発行している旅の安全や洞窟攻略の本だったはずなのだが、最近は何故か美味いものや観光地の案内本と化している。
「特典品は夢があって手に入りづらい物の方が良いですからね。魔王領温泉の年間パスポートとか、ショコラティエ領の美味しい果物詰め合わせとかワインとかも候補に上がっています。これらの景品は各地と提携すれば良いのでただ金を出すより有意義ですしコストも少なく済みます」
「なる程、流石だな。でも、それで何で俺がシュパースに行く事になるんだ?」
陛下は何故か疲れたようにため息を吐いた。
「……ジェド、君にはシュパースに行って島の持ち主である遊び人・ナスカを探して来てほしいんだ」
「え? 大陸の持ち主って事は王みたいな者ですよね居ないんですか??」
「……居ないんだ。というか、シュパースの運営にナスカは関わっていない。アイツは、年中大陸内で遊んでいるから全く捕まらない」
「景品の候補としてシュパースでの優待券やパスポート等が上がっていて、その相談の為にナスカ様と連絡を取りたいのですが……島を運営している他の遊び人達も居場所は把握出来ないそうです。何たってあの広い島で年がら年中遊び歩いているらしいので……」
「……持ち主じゃないのか? そんなに遊び歩いていて運営大丈夫なのか??」
「ジェド、遊び人ナスカという男はね……働きたくないんだよ。だから遊び歩いているんだけど、遊ぶ為になら手段を選ばない男でね……それに賛同した元遊び人達によってシュパースは運営されているんだ」
どんなヤツなんだよナスカ。島を買って遊び歩いていて、遊ぶ為に元遊び人達を働かせているとか凄すぎる。
「まぁ、これについては時間が無い訳ではないから、君も休暇がてらシュパースで遊びながら探して来てくれ」
「え?!」
「君、ずっと働きっぱなしだろう?」
言われてみれば確かにここの所何だかよく分からない事件が多すぎてずーっと出歩いてはいる。ゆっくり観光なんて魔王領温泉に皆で行った時以来である。
執務室に来る前に本の中に隠れたワンダーもワクワクしているのか、本の入った鞄が揺れていた。
「遊んで来てもいいけど、程々にしてナスカを見つけて来てね」
「分かりました」
ワーイ!!! やったーー!! 休暇だーー!!!
シュパースとか初めて行くけどどんな所だろう???
その凄い遊び人とかもどんなヤツか気になるけど楽しみだなーー! ワーイワーイ!!




