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こうして終わった長い旅……

 


「エース、君は転生異世界人だったね」


「ええ……まぁ」


「敏腕な宰相殿に折り入って頼みたい事があるのだけれど」


「……私はただの事務員なのですが、私に出来る事で良ければ」


 シルバーの出した魔術具の扉越し、帝国の皇城の執務室で皇帝の代わりに仕事をしている宰相エース・ウイングはその問いかけに困惑した。


 いつも開かない執務室の不思議な扉は魔道主が設置した魔術具だった。

 魔塔主が必要だと思って設置したのだが、魔術具で簡単に入れてしまう執務室もどうなのだとエースは思った。どうなのかは今更であるが。

 魔塔主側にしてみると魔術具など使わなくても魔法で簡単に入る事は出来るし、この執務室の持ち主だって簡単に入られても困るような弱者では無い。――尚、1人だけ度々侵入して皇帝を困らせた者は居た模様。


 エースの返答にシルバーはニコニコと頷いた。


「いやいや、今問題にしている事は武力や魔法や戦略が欲しいとかそういう話ではないんだよ。コレなんだけどねぇ」


 シルバーが取り出したのは黒い宝石だった。


「その宝石は、最近ばら撒かれている精神に悪い影響を与える物ですよね?」


 黒い宝石を見たエースは嫌な顔をして身構えたが、シルバーはぶんぶんと手を振った。


「そんなに身構えなくても大丈夫だよ、これの正体が分かったから」


「正体……それは一体何なのですか??」


「これはねぇ、元はウィルダーネスでよく取れる石なんだよ」


「ただの石……ですか?」


 シルバーはもう1つ透明な石を取り出した。


「この地に気力が満ちて無いのは魔力火山に栄養を吸い取られているからだねぇ。草木の育たない、栄養のより少ない所で良く獲れるこの石は空っぽの魔石で、こうして何か力を入れるとそれを吸い取ってしまうんだ」


 透明な石に魔力を込めるとシルバーの髪色と同じように紫がかった魔石になった。


「そんな石があるんですね」


「ああ。そしてこの黒の石は、この大陸でありとあらゆる汚れた物を吸い取って闇の魔石に成った物なんだ。ただね、コレ自体は逆に考えると利用価値のある物なんだよ」


 不思議な顔をして見ているエースの前でシルバーは黒い石を幾つか並べて置いて見せた。


「これ、違いが分かるかい?」


「? 全部同じ黒い石に見えますが……」


 その返答にニコニコ笑うシルバーが魔法陣を描くと石が次々と崩れた。順番に崩れる黒い石は、どろっとした液体になるもの、気体になって空気に溶けるもの、塵になって積もるもの、小石の混ざった泥になる物と様々あった。


「うわ、それ何ですか?」


「ここの国の住人はこの石を何者かが買い取ってくれると知るや、国中の汚れた物をかき集めたんだ。浄水器として泥を綺麗な水に変えている者も居れば壁の汚れを取って綺麗にしている者もいた。気体になったのは嫌な気持ちとか精神的な闇かな? でも、そんな物がいつまでも大量には取れないからねぇ」


「なるほど。黒い石の中身は汚れとかゴミ的なものなんですね……不快になる訳だ。まぁ、確かにこの透明な石はそういう掃除系に利用出来るならばかなり利用価値はありますね。問題は、この黒い石というか産廃が困るという事ですか……」


「ふふふ、そういう事だね。今魔塔で作ったごみ袋に集めさせて魔力火山に捨てているんだけど、それじゃあ大変だからね。もっといい方法は無いかと思案中なんだけど、いい方法が見つかれば空の魔石の利用ももっと出来ると思わないかい?」


「いい方法ですか……」


 エースは暫く考えてもう一度黒い宝石を見た。


「先程の魔法は石と中身を分離させたのですか?」


「さっきのは分離というよりは外石を壊しただけだけど……まぁ、分離させる事もできなくは無いねぇ」


「じゃあ分別して集めましょう」


「? 集めて何か利用価値があるのかい?」


「うーん、どう利用出来るかは物によって違うというか。ここまで黒い塵なら染料にも使えそうですし、この小石混じりの泥なら普通に自然に返すか土材として使えなくも無いし。気体だって種類によってはリサイクル出来ますよ」


「闇の心を欲している人がいるのかねぇ」


「時として思いっきり怒った方がいい人も、思いっきり泣いた方がいい人も、食欲が沸かない人も欲望が無い人も居ますからね。その辺りを上手く調整して何かいい感じに役立てる魔術具とか作れません?」


「闇を役立てるとはねぇ」


「まぁ、どうしても利用出来ない物は不燃ゴミとして魔力火山に捨てれば良いですし……そうだ、きちんと分別すれば何か良い特典とか優待券とかプレゼントするようにすれば良いかも。ああ、そうすれば今散らばっている黒い宝石の回収も早いかも。魔塔主様、とりあえず簡単に分別出来るような魔術具って作れません??」


 新たな事業と問題の解決ね目処が付きそうな気配にエースはキラキラと目を輝かせる。国を善くしたい為に働くルーカスの信頼する宰相はやはりどんな欲よりも仕事が好きなのだなとシルバーはニコニコとした。


「今、回収袋として魔塔が作っているものを改良してみるよ。その事業が上手く行けばイスピリの国の者にも働き口が見つかるかな?」


「イスピリですか……イスピリには王は居ないのでしたっけ?」


「ああ」


 痩せた土地イスピリの国はとっくに見捨てられていた。残った人間は統治する者が無く困っていたのだ。


「北部に隣接する国々との関係もありますから、中々帝国から直接行く事は難しいかもしれませんが……アンデヴェロプト側からイスピリと交流が出来るのであれば」


 ウィルダーネス大陸の最北部は別大陸への入り口となっているが、その地にある国々は帝国とは敵対関係にあり、イスピリを始めとしたウィルダーネスの国々はその影響もあってか帝国とは微妙な距離を取っていた。


「その辺りについてはルーカスと相談してみるよ」


 話を大人しく聞いていたワンダーは、シルバーが何とかイスピリの国の者を救おうとしているのだろうと感じ取れた。石の相談をエースに持ちかけたのもその為だ。

 魔法にしか興味の無いようなシルバーだったが、やはり故郷には想いがあるのか……はたまた救って欲しいのは幼い頃の自分なのか。


「私の意見がお役に立てばですが――所で、そちらに陛下はいらっしゃるのですか?」


「あー……」


 シルバーとワンダーが微妙な顔を見合わせた時、部屋の扉がバンっ! と開かれた。


「シルバー! 今すぐ帝国に帰りたい!! 移動魔法を――あれ? エース?」


 そこにやって来たのは皇帝ルーカスと、皇帝にその手を引かれたまま状況が理解出来ていない顔の聖国の女王オペラ、そしてそれを後ろから追いかける甲冑騎士シャドウであった。


「ルーカス、色々誤解は解決したのかい?」


「……余計複雑になったよ。これ、執務室に繋がってる魔術具の扉だよね?」


 げんなりした顔のルーカスはオペラを連れて扉の中に入って行った。


「あの……ルーカス様??」


「ああもう、ちゃんとゆっくり説明するから今は大人しくついて来て」


「……はい」


 ルーカスの勢いに押されたオペラは出て行った時の勢いは無く、頭に「???」を沢山付けて引っ張られて行った。


「あの……何かオペラ様、記憶がナーガを倒した辺りから消えちゃったみたいで……」


「それはまた飛んだねぇ。一体何があったんだい?」


「何でああなったのかは分かりませんが、その……ちょっとだいぶ忘れたいモノを見たせいで自分で古代の神聖魔法を使って記憶を消したというか……」


「それは中々修羅場だったみたいで、見たかったねぇ」


 その言葉にシャドウもがっくしと肩を落とし、ルーカス達の後に続いた。


 ルーカス達が扉を通り抜けた後、タオルを腰に巻いただけの白騎士を抱えたジェドが続いて部屋に入って来た。



 ★★★



 陛下の後に続いて執務室に入ると、この間シルバーが使っていた魔術具の扉が開いていた。その先には皇城の執務室が見え、エースがシルバーと話をしている。


 陛下はオペラを連れて帝国へ戻って行った。シャドウもそれに続く。


「やあジェド。白黒ついたみたいだね」


「ん? ああ。やっぱ最後に勝つのは漆黒の騎士だったな」


「ふふ、君は白いんだか黒いんだか分からない男だけどねぇ」


「どういう意味だよ」


「面白い漆黒の騎士、という事ですかね?」


 ワンダーが上手い事を言ってシルバーと笑い合っているが、こちとら何も面白くない。


「ジェド、そのタオル1枚の男性はどうしたのですか?」


 俺が抱えて来たブレイドの姿を見てエースがギョッとしていた。どうしたのかとは服の話か? それともコイツが何だって話か?

 服の話なら話せば長くなるぞ?


「この男は一連の令嬢行方不明事件と黒い宝石の関係者だよ。名前はブレイド・ダリア。目的や黒幕とかはよく分からないけど、ワンダー・ライターの本を利用して女性達を集めていたらしいね。帝国で拘束した方が良いかもしれない。ルーカスが落ち着いたら事件の全容をその男から聞き出そう」


「そうですね。陛下には――何か忙しそうなので後で伝えておきます」


 神妙な顔をしたエースは騎士団員に言ってブレイドを連れて行かせた。


「……それと、先に言った通りワンダー・ライターは無関係だから手配書を取り下げてほしいなぁ」


「え? でも、まだ黒幕は――」


「俺からも頼むよ」


 俺達の申し出に何かを察したのかエースはチラリと子供のワンダーを見てため息をついた。


「分かりました……指名手配書は下げるよう通達します。ですが陛下や色んな方々が探しているのは間違い無いので、見つけたら必ず連れて来て下さいね」


 エースの言葉に俺達はホッとした。連れて行くのは――色々ほとぼりが冷めた頃に必ず……うん。多分。


「はぁ……事件の事後処理や令嬢達や陛下達が魔術具で移動した書類も送らないといけないし、残った黒い宝石の件と今後の石の活用に……また仕事が増えていく……」


 エースはげんなりしていた。陛下が違う事で忙しくなってしまったしわ寄せがエースに行ってしまっている。大変だなソームブチョー。


「ジェドもいつまでも出歩いていないで早く戻って来てください」


「失敬な、俺は遊んでる訳じゃ無いんだぞ?」


「あ、遊んでいるで思い出した。ジェドに頼みたい事があるので後で時間を下さい」


 ……何? そういう言い方の時って嫌な予感しかしないんだけど。


「ふふふ、じゃあ私も一緒に帝国に行くとしようかな」


 シルバーも一緒に帰ろうと扉に進んだ。此奴、ついでにエースに面倒な書類を出して貰う気だな。


「魔塔主様は魔塔に帰って下さい」


「え?」


 エースは山のような書類をバサバサと出した。そこには魔塔からのシルバー捜索願、見つけたら戻るよう言って下さいと言った必死の連絡だった。魔法文字で送られているはずの文字は涙のように滲んでいた。


「魔塔主様……魔塔からの連絡を無視していますよね?」


「えっと……だって魔法で行ったり来たりするの面倒だし……連絡取ったら帰って来いって煩いからねぇ」


「黒い宝石の件……投げるだけ投げてそのまま貴方が音信不通になったから、魔塔の魔法使いが忙しくて死にかけてますが。今後の事もあるので今すぐ帰って下さい。確かそこから少し越えたらアンデヴェロプト大陸ですよね。良かったですね、移動魔法を使わなくても行けますよ」


「……君の国の宰相は君の国の王に似ているねぇ」


 うーん、というかエースは仕事の事となると厳しいというか。最近陛下の代わりを務めているせいか胃も強くなったみたいだし。


「ま、諦めて帰れ。また呼ぶし、また遊びに行くし。お前のおかげで助かったよ、ありがとうなシルバー」


「……私も楽しかったよ。ジェド、それに――」


 シルバーはワンダーの頭を撫でてニコニコ笑った。


「またね」


 そのまま神殿の窓から飛び降りて消えてしまった。移動魔法を使ったのか飛んで行ったのかは謎だが。

 ま、あいつの事だから直ぐにまた会えるだろう。寂しがり屋だからなぁ。友達少ないし。


「お前はどうする?」


 俺はワンダーに尋ねたが、ワンダーは少し考えて答えた。


「僕はもう少しこのままジェドと一緒に居ようかと思います。まだ指名手配書を取り下げきるまで時間かかりそうですし……」


「そりゃそうだな。よし、帝国を案内してやるよ。あ、うち来る? 妹のような弟のようなヤツがいるんだ」


「何ですかそれ……」


 俺とワンダーは仲良く話をしながら魔術具の扉を通り、それを閉めた。魔術具の扉は閉まると神殿側にあった扉は消え、執務室からは開かなくなった。



 こうして長い旅を終えて俺は帝国に戻った……が、何か2つ位忘れている事がある気がする。


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