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潜入、混沌とした白い神殿(5)


 

 闘牛……牛の前に赤い布をひらつかせて興奮を煽る競技があるらしい。

 動物にしても魔獣にしても、目の前でヒラヒラした物を振られると本能的に追いかけてしまうものだ。


「さぁ、来い!!」


 漆黒の騎士ジェド・クランバルは怒り狂うブレイドの前にヒラヒラとタオルを振っていた。


「いい加減にしろ! 何なんだ君は!!」


 何なんだと言われても、全裸の男を文明人に戻そうとしている紳士である。


「お前の為を思ってやっているのだが?」


「君の行動全てが私の何の為になっているのか理解に苦しむ」


 何を言っているんだ、今この世界中で俺だけがお前の事を真剣に考えてお前を何とかしようとしているんだぞ?


 俺はため息を吐いてブレイドを見た。本当は見たくない。


「ブレイド……お前には、人として欠けているものがある」


「何だと……?」


 いや服がね。


「さっきから何なんだ! 私の何が欠けているというんだ! 己の中の闇を知り、身を任せ吐き出し……白く清らかになった私の何が!」


「お前は何もかも間違っている! 汚れたものを履き捨てるのが全てじゃない! 汚れたら洗えばいいんだ!」


 そう、洗えばまた着られるんだよ、服は。


「命の洗濯だと……言いたいのか?」


「まぁ……命と言えば命だな」


 パンツが命より大事な人もいるしな。


「ふっ……ならば同じじゃないか。己の全てを解放し、闇を曝け出す事が真の救いであり洗濯だ」


「いいや、全てを解放する必要は無い! 人は……確かに最初は全てを曝け出していた……だが、必要だから隠すんだ。それは、簡単に曝け出していいものじゃない」


「……それは、君が真の自分を知りながら、絶対に曝け出さない自信があるという事か……?」


「え? いや、その時が来たら出すかもしれないけど……」


 それは可愛い奥さんにだけだ。俺は貞操観念は高い方である。この間色々出そうになってちょっとヤバかったけど。とにかくこんな公衆の面前で出すものではない。断じて。


「……君の言いたい事は分かった。そこまで言うならば意地でも君の本当の姿を暴きたくなって来たよ」


「――は?」


 ??? 何で俺が脱ぐ話になってんだ? お前が着る話だろ……?


 そう言うとブレイドは剣を構えて剣気を漲らせる。白く光る剣気は剣に血管の様に張り巡らされてブレイドの剣が光出した。


「?!」


 俺は驚いた。何に驚いたかって、ブレイドのブレイドを隠していた謎の光がブレイドの剣気の光に負けているのである。謎の光が薄れていく……ヤバイ、え?? そんな事ある??

 光が光を打ち負かすとは……ブレイドの剣の腕は恐らく本物だ。

 ……だが……


「……俺はそれを許す訳にはいかない」


 俺も剣を抜いた。お前の光を消す訳にもいかないし、何で俺を脱がそうとしてるのかも全然分からんが……


「っ、何だ、その構えは!」


 俺は剣を雑に構えた。コレはアレである。親父譲りの柄の悪い剣術。

 本当は母さんに怒られるから使ってはいけないのだが、致し方ない。ヤツのあの光が剣気の光に負けてしまう前に決着をつけねば!!!


「はああああああ!!!!!!!」


「うおおおおおお!!!!!!!」


 お互い剣を繰り出し激しくぶつかり合う。

 何度目かの受け合わせの末、ブレイドの剣は根本から折れた。


「なっ!」


 そのままブレイドの身体はぶっ飛んだ。あ、いけね。


 何かを揺らしながら気を失い倒れるブレイド。俺はブレイドに近付き、そっとその光にタオルをかけた。



 ★★★



 ジェドとブレイドの戦いが決着するその少し前、オペラを探すシャドウは宮殿内を彷徨っていた。

 一体オペラが何故あのような勘違いをしたのかは分からない。もしかしたら自分が何か余計な事を言ってしまったのだろうか? とシャドウは心配した。


 幾つかの場所を探し回った時に、走って来るオペラを見つけた。オペラも行き場が分からず彷徨っていたのだろう。

 だが、その姿を見つけホッとした直後、シャドウを挟んだその反対側から怒号が聞こえた。

 嫌な予感がして振り返ると、そこには騎士団長と裸の騎士ブレイドか居た。――最悪の展開である。


 何故あの騎士はまたしてもオペラの前に立ち塞がるのか? どうしても見られたいのか? シャドウには1つも分からない。


(だが……そんな事はさせない)


 シャドウは両手を広げてオペラの行く手を阻んだ。


「え???」


 驚くオペラを抱き止める。オペラの目の前はシャドウの甲冑。絶対に見せてはならないと強く堅く捕まえた腕に力を込めた。


「なっ?? シャドウ??!! 離して!!!」


「いいえ!! 絶対に離すわけにはいきません!!!」


「??? 何なの?? 何だと言うの??」


 暴れそうになるオペラを必死に押さえつけたが、ふと冷静になってみるとこれは良くないのではないか? とシャドウは思い始めた。柔らかくていい匂いのするオペラ。

 ああ……本当にすみません、と思いながらも絶対に離す訳にはいかなかった。


「オペラ――えっ?!」


 その声が聞こえた時シャドウは更に蒼白となった。

 目を見開きシャドウとオペラを見るのは本当にオペラを抱きしめなくてはいけないその人、皇帝ルーカスであった。


 シャドウはぶんぶんと首を振って顎で後ろの人達を指した。シャドウの様子に頭が真っ白になりかけたルーカスだが、シャドウの必死の訴えは届いたのか首を傾げて後ろを覗き込んだ。そして納得した。

 誤解が誤解を呼びまくっているようなこの空気の中、更なる修羅場にならなくて本当に良かったとシャドウは安堵した。


「オペラ……」


「はっ、この声は……ルーカスさま!?」


 このやり取りも何回目かは分からなかったが、今度は失敗しないようにとルーカスは慎重にオペラに声をかけた。正直先の何が失敗だったのかは見当も付かない。


「……そのまま聞いてくれないか」


「え? このままですの……?」


「……このままはマズイか」


「いやしかし……」


 シャドウはチラリと後ろを見た。2人の戦いは激しさを増すどころか、何故か落ち着いた口論に変わっていた。

 その様子をシャドウ越しに見たルーカスは思わずため息を吐く。


「いや、何でだよ……頼むから早く終わらせてくれ」


「え?」


「違う、今のは君にではなくその向こうで起きている事についての文句だ!」


 心底疲れたように言うルーカスにオペラはハッとした。もしや、今もその前も……何らかの理由があって勘違いしていただけなのでは? と。


 そう、例えばロストを見つめていたのだって聖国の裏切り者であるロストを説得しようとしていたのかもしれない。何で無言だったのかは……サイレントの魔法か呪いか、舌を怪我して――舌を怪我は流石に無いかと思ったが。


 指輪だって私物かもしれない。指輪を恋人に贈るなんて流行は最近出始めたものだ。彼が知っているとは限らない。

 ロストの言っていた事の意味はよく分からないが、オペラを混乱させ困らせようとしていた可能性だってある。


 そう思い起こしたオペラは、何故ルーカスを信じきれなかったのかと後悔した。そして、今度こそその言葉を間違えないようにちゃんと聞こうと思った。


「……ルーカス様……わたくし、もしかして何か盛大な勘違いをしていたのですか……?」


「私がロストと何かという話なら盛大な誤解だし、服を脱いでいたのも断じて私では無い」


「わたくし……なんて事を……」


 やはり、やはり勘違いの早合点だったのだ、とオペラは胸を撫で下ろした。安心し過ぎてへたり込みそうになったが、シャドウがそれを止めた。その感触にハッと思い出す。所で今この状況は何なのか。

 ロストとルーカスは何でもないにしても、シャドウの向こう側で何か起きているのは確かである。


「……ルーカス様……では、今この向こうで一体何が起きているというのですか……?」


「えっと、それは……」


 先程目隠しされた時のシャドウと同じ反応である。


「ルーカス様、わたくし何を聞いても心を強く持ち貴方を信じると決めましたの」


「……本当に聞きたいのか?」


「勿論ですわ」


 ルーカスとシャドウは困惑した。だが、オペラだってさっきから目隠しをされて訳も分からず不安なのだろう。

 その不安を振り払うのもルーカスの役目である。彼女の事は自分が守ると決めたのだ、裸の変態からだって守ってみせる。とルーカスは意を決してオペラの方に手を置いた。


「……オペラ、落ち着いて聞いてほしい。君の前のシャドウの向こうには……裸の男が居る」


「……は?」


(――裸……? また裸?)


「ルーカス様、裸がどうのとかはロストのでまかせでは無く、実際にその様な者がいるという事なのですか?」


「……ああ。いや、私では無い違う者だぞ」


「それは分かっておりますが……あの、その者は何故服を着ていないのです?」


「何故って――」


 何故なのかはルーカスには分からない。本当に分からない。

 服が汚れたからどうのこうのとロストと口論をしていたが、普通服が汚れた位で脱ぎ捨てる奴がいるだろうか? ジェドは何か知っているみたいだから今戦っているそちらへ聞きに行くべきだろうか? と、ルーカスは迷った。

 ――その迷いが油断を呼んだ。


 ルーカスからはシャドウの死角になって見えなかった方向……そこからシャドウの後頭部目掛けて何かが勢いよく飛んできたのだ。

 それはシャドウに当たって跳ね返った時にやっと見えた。根元から折れた剣の刃の部分である。シャドウが倒れる先に見えたのは刃が無くなった柄を持ち吹き飛ぶ裸の男と、剣を叩き込む自国の騎士団長の姿であった。


「あの――バカ!」


 この時、倒れ込むシャドウにも一瞬の迷いが起きた。

 オペラと共に倒れ込むか、それとも手を離すか。

 これがシャドウにとって大切なオペラでなければ良かった。だが、シャドウは一緒に倒れ込んで傷を付けてしまう可能性よりも、大事な彼女を避けて自分だけ転ぶ方を選んだ。そして、そのシャドウの一瞬の迷いがルーカスの判断を遅らせた。

 シャドウに遮られていた視界が一瞬晴れる。ルーカスが咄嗟にオペラの目の前に立ったが、ほんの一瞬だけ間に合わなかった。

 ――そう、見えてしまったのだ。


 これが不幸にも、ルーカスからの事前情報が無ければ一瞬見えたものが何なのか知る事は無かっただろう。


 オペラは無意識のうちに魔法陣を作った。古代の神聖魔法――その魔法陣にルーカスは見覚えがあった。

 記憶を消す魔法……前に見た時のものより小さい気がするが確かに同じような魔法だった。


 無言、無表情のオペラは自身の額にその魔法陣を当てて倒れ込んだ。余程の忘れたい記憶を消したのだろう――


「オペラ!!!」


 倒れ込んだ彼女をシャドウが受け止める。怒りにブルブルと震えたルーカスは後ろを振り向き、元凶の男達を睨んだ。そして黒い方にドロップキックを食らわせた。


「いてっ!! え?! 陛下、何で? 俺が何したっていうの???」


「戦う時は周りの安全を確認しろって何度も言ってるだろうがこの馬鹿騎士が!!!」


「ひ、酷い……」


「陛下! オペラ様が!」


 シャドウの声に振り向くと、オペラが目を開けようとしていた。以前ルーカスに使われた魔法は記憶を全て迷宮に閉じ込めてしまったものだが、多少小さなそれが同じ物なのか……はたまた別の効果なのかは分からない。

 ルーカスは駆け寄ってオペラに声をかけた。


「大丈夫か?!」


「……ルーカスさま」


 自分を呼ぶその声にルーカスはホッと胸を撫で下ろした。恐らくあれは全てを消す魔法では無く、上手く調整して記憶の一部を消したのだろうと。


 だが、そのオペラの様子は何処かおかしかった。


「ルーカスさま……一体何時からシャドウと入れ替わっていましたの……」


「……ん?」


 ルーカスはその話の噛み合わなさに首を傾げた。

 そして、はたと気付いた。記憶の一部を消したから消された記憶の前まで戻っているのかと……

 

(シャドウと入れ替わり? まさか……)


「あら?? シャドウが居る。え?? ここは何処?? ラヴィーンじゃないの??え??」


「オペラ……君、今さっき何が有った?」


「え……だからその、ラヴィーンの城内で拘束されていたわたくしは崩れる城から逃げて、それでルーカス様が助けにいらしてくれて……抱き合って……え? 夢??」


「いや……それは現実だったんだけど…………そこからかー……」


 あまりの出来事にルーカスはガックリと肩を落とす。

 消し去りたい記憶を消す調整が上手く行かず……オペラの記憶はナーガを倒した辺りまで消し飛んでしまったのだ。



 誰が悪い訳では無い。

 悪いヤツも意図した訳では無いのに……ルーカスにとって1番最悪な展開を迎えてしまっていた。


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