潜入、混沌とした白い神殿(4)
混迷と困惑がぶつかり合う地下牢……目の前で起きている事に誰しもが困惑する中、シャドウの近くで更に最悪な事が起きようとしていた。
「う、う……ん……」
眩暈がして気を失っていただけのオペラが起き上がり、目覚めたのである。
シャドウは甲冑の中で真っ青になった。オペラは聖国の誇り高き女王でありながら、中身は生粋のお嬢様である。男の裸など絶対に見た事なんてある訳は無い。しかも半裸なんて生優しいものではない、全裸である。
未だオペラの想い人と殆ど進展していない程の純粋なオペラがこの現状を見てしまったら……多分死ぬ。良くてもお嫁に行けないと相当なショックを受ける――
シャドウはオペラが目を開ける前に、その後ろから目を覆って塞いだ。
「……? ――?! な、何?!! 何も見えないわ!」
「オペラ様……」
「その声は……えっと、シャドウの方?? 今わたくしの視界を遮っているのは貴方なの??」
「……はい。ええと、落ち着いて聞いてください。今――この空間には、オペラ様が見るべきでは無いものがあります……」
「……は??」
オペラは目を覆われたまま凍りついた。この部屋には確か倒れている女性と、ルーカスとロストが居たはず。見るべきでは無いものとは、すなわち――ルーカスとロストのどちらかに何かあったという事になる。
「どういう事なのシャドウ?! 説明なさい!」
「せ、説明……説明はちょっと……」
シャドウは何と説明したら良いものかと悩んだ。全裸の男……全年齢の壁から光が遮っているその股間……オペラに説明する為に今の状況を上品にオブラートに包むなんてことは、生まれたばかりで知識の浅いシャドウには不可能だった。そもそもあの人物が何で裸なのかすら良く分かっていない。
「詳しく説明は出来ないのですが……貴女は見るべきでは無いんです」
「わたくしが? 何、何だと言うの???」
正確には全ての淑女にはお見せできないものがそこにあった。しかも絶賛騎士団長との戦闘中であり、剣を振るう度に何かが揺れていた。何かとはとても説明が出来ない。
そんなシャドウの困惑を知らないオペラは、シャドウの話も気になるが激しく争うような音も気になっていた。一体何が起きているというのか……
争っているのだとすればロストとルーカスの間で何かが起こったに決まっている。
しかし、そんなオペラを更に混乱させるようにロストの怒りの声が聞こえてきた。
「あーーー!!! いい加減にしなさい!!! アンタねえ!! 何で裸なのよ!!全裸でとかマジで有り得ないんだけど!!!」
(全……裸……??????? 一体誰が……??? え???? な、何……?????)
「オペラ様!!?」
オペラは最悪の誤解をしたまま再び気が遠くなった。
★★★
漆黒の騎士ジェドと戦っていた全裸の騎士ブレイドはロストの怒号に剣を振る手を止めた。
「仕方ないだろう! 私の尊厳である白い制服は……この男によって黒くなってしまったのだ……洗って黒が落ちるまでは、私が着るに値しない」
「だからって裸ってこったないでしょうが!! いい加減目が死ぬのよ!!!」
ブレイドの余りのお見苦しい姿にロストが切れた。オネエだから喜ぶかなと思ったのだが、そういう訳では無いらしい。今日日オネエも色々なんだな。
戦闘が止んだ隙にシルバーとワンダーが陛下の所へコソコソと近付いていた
「ああ、これは酷い。舌がかなり炎症していますね。ご自身で噛んだのですか?」
陛下はこくこくと悲しげに頷く。
「ルーカスはステータスが異常に高いからねえ。一度怪我をすると回復させるのにかなり手間なんだよね」
そう言ってシルバーはニヤニヤと回復魔法をかけてあげていた。幾つかの魔術具を外していたので結構大掛かりな回復魔法なのかもしれない。自分で怪我を負うとそんな事までしなくてはいけないなんて、陛下って大変だな……ま、怪我なんて滅多に負わないんだけど。
腫れが引き数少しずつ治っていく陛下の舌。
シルバーが陛下を回復させている間にワンダーは積み上げられた本を見た。その近くに散らばる紙片と本を照らし合わせてワンダーは確信したように頷きシルバーにコソコソと耳打ちをする。
「やはり、そこに積み上げられている本とその紙片……全てこの牢屋に倒れている女性達のものですね」
「ふむ……やはり本を媒介にした呪いか。だが、この部屋でオペラだけが起きる事が出来た所を見ると、さっきの方法で本を復元すれば彼女達も目覚める可能性が高いね」
「そうしたいのは山々なんですが、色々問題が……」
そうなのだ。まず、本を復元するにはワンダーが直接本へ消えた名前を書き込まなくてはいけない。だが、それをするとさっき苦し紛れに誤魔化したワンダーの正体をバラしているようなものだ。
そして、それ以上に問題なのが現状……この部屋にいる全裸の男ブレイドである。
女性達を目覚めさせるという事はブレイドのブレイドをうら若き女性達に披露するという事だ。いくら悪役令嬢だからってそんな事は許されないだろう……断罪破滅エンドより酷い。
そうこう話をしているワンダーを陛下は疑いの目で見ているし……うーむマズイ。
俺は何を優先したら良いのかを考えた。無い脳みそで考えた。考える時は足を組んでこめかみに指を当てると良い考えが浮かぶらしいと何処かのお坊さんが言っていた。
目を瞑ると今までの事が走馬灯のように蘇って来たが……ふと、俺は収納魔法に入っているタオルの存在に気が付いた。
アレは竜の国の秘湯に入った時に貰った物。俺は実はあの時魔王領温泉のタオルを持っていたのでそっちを使っていたのだ。竜の秘湯のタオルは何か困ったときに使おうと新品のまま収納魔法に入れていた。
魔王領温泉のマスコットキャラクター『まものん☆』が描いてあるタオルとは違い、白1色で何の文字も描かれていないタオル……
俺は確信した。これをアイツの腰に巻く事が――俺がここに来た理由であると。
白いタオルを広げながら俺はブレイドに近付いた。
ロストと言い争いをしていたブレイドだったが、俺が近付くと殺気を感じたようにこちらに剣を構えた。
「……ジェド、君はこれ以上何をする気だね?」
「俺は……お前の人としての最低限の尊厳を守らなくてはいけない」
「私の尊厳……? 漆黒の騎士である君に何が分かる」
「……今のお前は、白か黒かで言うとどちらかというと黒の方だ」
「何っ?!」
「お前を人間に戻してやる!」
俺はタオルを持って走り出した。だが、警戒したブレイドはそれを避ける。……何で避けるんだよ。避けるなよ。
ブレイドは部屋を飛び出した。いやおま、その格好で飛び出すなよ!!
「待て!!! そのまま行くんじゃない!!!」
俺はタオルを持ってブレイドの後を追いかけた。悪役令嬢達を起こす為にも……アイツにタオルを巻かねばいけないのだ……
★★★
嵐のように来て、嵐のように去っていった災厄の男達を、牢屋に残った男達は死んだ目で見送っていた。
「……これで彼女達を起こしても大丈夫そうですね」
そう、タオルを巻くというよりはブレイドがこの部屋から居なくなれば良いだけの話だったのだ。
「ああ、そうか」
シルバーは手をポンと打ち、オペラに向かって小さな魔法陣を描いた。
「シルバー、オペラに何を――あ、治ってる」
「ふふ、彼女は単純に気を失っていただけだからねぇ。普通に起こしてあげるだけさ。君の舌も治った事だし声をかけてあげたらどうかな?」
風船が割れるかのような魔法でオペラが目を覚ます。ルーカスはオペラの元へ駆け寄った。
それを見送ったシルバーはワンダーへ目配せした。そうか、そちらに気を取られているうちに上手くコッソリ作業してしまえば良いのだ、と察してワンダーも頷いた。
「オペラ!!」
「……う……ルーカスさま……」
「もう大丈夫だよ」
「ルーカスさま……これは現実に起きている事なのですか……それとも夢ですか?」
ルーカスはオペラの意識がまだしっかりとしていないのだと心配した。オペラは曖昧な言い方をすると変な勘違いをしてしまう癖がある。ルーカスはオペラを安心させるように微笑み、しっかりと答えた。
「夢じゃ無い、現実だ」
「現じ……つ……」
オペラは目を見開いた。夢であって欲しかった。
ルーカスとロストが手を取り合い見つめ合っていた事も……何か裸になっていたらしい事も……現実だったのだ。
「だから一緒に帰っ――え??」
オペラがポロポロと泣き出したのでルーカスはギョッとしてシャドウの方を見た。シャドウにも理由が分かってはいないのかブンブンと首を振っている。
「わたくし……存じませんでしたわ……まさか、ロストとルーカス様がそのような関係で……服まで脱ぐような……」
「????????」
「????????」
2人にはオペラが何の勘違いをしてそうなってしまったのか全く理解出来なかった。しかも何故か裸になっていたのはルーカスという事になっている。ルーカスは再度シャドウを見たが、流石のシャドウにもこれは分からないらしく先程より激しく首を振った。
オペラは手に握っていた指輪をそっとルーカスの手の平に乗せる。
「こんな物まで用意して……あの男に……男? か、どうかはともかく、贈るつもりでしたのね……これは、お渡しください」
「え?? いや、何で君が持ってるの……いや、君が持ってて良いんだけ――」
「ルーカス様……お……お……」
「……お?」
オペラは「お幸せに、さよなら」と言って去るつもりだった。しかし、こんなに想っているルーカスが誰か他の人と幸せになるなど……耐えられなかった。
「わたくし……やっぱり駄目!!!!」
耐えきれずにオペラは飛び出した。呆然と見送るルーカスとシャドウだったが、シャドウの方が早く正気に戻りルーカスの肩を叩いた。
「陛下!! 陛下!! お、追いかけないと!!」
「あっ……余りの事に頭がついて行けずにいた」
「――プッ」
追いかけようとしたルーカスだったが、突然吹き出したロストの様子に足を止めた。
「ブハッ!! アハハハハ!!! 何よこれ、ずっと意味わかんないんだけど!! アハハハハ!!!!!」
ルーカスにだって意味が分からない。何故そんな勘違いをされてしまったのかも、乱入してきた変な騎士2人のことも、指名手配の男っぽい子供の事も……何1つ分からなかった。そんな状況にロストは涙を流しながら笑っている。
「あー、腹痛い。アタシが苦労してあの子を絶望に落とそうとしても全然無理なのに、アンタは何の苦労も無く落としちゃうのね」
酷い言われようであるが間違ってはいない。寧ろ苦労をしているのにどうしてこうなってしまうのか、ルーカスには今まで生きてきた中で1番難しい案件だった。
「アタシに何か言いたいんだったわね。……納得する話だといいけど」
ロストはそのまま青い灯をフッと消すと闇に消えて行った。ルーカスが追いかけようとしたがその姿は無かった。
「陛下……」
今はロストよりオペラを追いかけなくてはならない。ルーカスとシャドウは部屋を出てオペラを追いかける事にした。
それを呆然と見送るシルバーとワンダー。嵐のような一部始終を傍観していたが、小説家のワンダーにも何が何だったのかサッパリ分からない。
「……何か、コソコソやらなくても良くなりましたね」
「まさかの展開だったねぇ」
「ここに入ってからが怒涛すぎてちょっと頭が追いついていませんが……とりあえず本を修復して女性達を起こしましょう」
残されたワンダーとシルバーは黙々と本の修復作業に取り掛かかった。
シルバーが本の破れている部分を直し、ワンダーがそれに書き込む。
本は一瞬光り、破れた紙片が消えて次々と眠っていた女性達が起き始めた。
「……あれ? ここは……」
「私……なんで……」
女性達と本の無事を確認したワンダーはここまでの長い道のりを思い出し謎の達成感に包まれていた。
だが、ふと――起き上がって無事を確認する女性達の人数と本の冊数が合ってないような気がした。
首を傾げて鞄から直したばかりの本を取り出し数え直すと今度は数が合っている。
気のせいかと思いまた再び本を全て鞄に収め直した。
「さぁ、女性達はとりあえず帝国に戻って貰おう」
シルバーが収納魔法から扉型の魔術具を取り出す。開けるとそこは帝国の皇城の執務室に繋がっていた。
扉の先では宰相のエースがギョッとしている。
「行方不明の女性達を見つけたから、とりあえずそちらに移動して貰うが良いかい?」
「あ、解決したのですね?? 良かった。あれ? 陛下は……」
「ルーカスはまだ忙しいのだよねぇ」
「……そうなんですか」
諦めたように肩を落としたエースは扉から送られる女性達を次々と執務室に迎え入れた。
女性達の間に居た少女が1人。
彼女が目を覚ました時、その傍らには黒猫が居た。
「……あっ、ソラ。助けに来てくれたのね。ありがとう」
ニッコリと微笑む少女に擦り寄り、首に下げている包みを下ろそうとしたソラは……その少女の目を見て固まり、包みを外すのを止めた。
少女のピンク色の瞳は少し憂いを帯びたように青みがかかっていた。




