潜入、混沌とした白い神殿(2)
ウイルダーネス大陸の盆地にあるイスピリの街。
四方が山に囲まれ、東側の山が竜の修行道。その反対側、西は魔力火山を持つアンデヴェロプト大陸側である。
魔力火山はその名の通り魔力が溢れて時折噴火する山。山は花や木々なのか何だかわからないが遠目から見るとマーブル模様の綿菓子みたいな不思議な色をしていた。
ウイルダーネス大陸側から魔力火山は頂上の方しか見えず、中腹からは枯れた森が広がる。
その麓……枯れた木々の間にその白い神殿はあった。
……いや、遠目から白く見えていただけだった。
辺りの様子を伺いながら歩いて来た俺達は、その白い神殿の秘密を知る事になる。
漆黒の騎士団長ジェド、魔塔主シルバー、肩書きのよく分からなくなってきたワンダーの3人は神殿を感心しながら見つめていた。
「さっきの喫茶店でも驚きましたけど……まさかあの宝石がこんな風に……」
「いや〜、散々困らされていた時はもっと禍々しいヤバイ物だと思ったんだけどな。こんな風に作られてる所を見ると、何に踊らされてたんだ俺達は……ってなるよな」
「まぁ、蓋を開けてみると思っていた物とは違うのは良くある事さ。それにしても良く磨かれているねぇ」
俺達が見つめる先、恐らくイスピリの住人であろう貧しい身なりの者達は……透明な石で神殿をコスコス磨いていた。
神殿は元はもっと汚かったらしい。
それというのもウイルダーネス大陸に漂っていた嫌な空気は神殿へと吸い込まれるかのように集まっていた。何を祀ってそうなっているのかは知らないが……
その嫌な空気は建物を黄ばませ、汚らしく黒ずませていた。
が、その汚れを住人達は透明な石で擦り、綺麗にしているのだ。
先に喫茶店で見た浄水器と同じで、黄ばみや黒ずみ、錆やカビは透明な石を黒く染める代わりに壁を綺麗にしていた。
「いや〜、皆色んな方法で石を黒くする方法を考えてますがね、黒い物にも限りがあるでしょう? 最初は自分達の不満位でも黒く染まっていたんですがねー。段々皆満足し始めちゃって中々黒く染まらなくなっちゃったから、今度はこうして汚れている所とか探しているんですよ。汚い場所が見つかると結構皆集まってゴシゴシしちゃうからねー。今じゃ汚れている物を探す日々です」
そう話すイスピリ人は、最早職人のように透明な石で掃除をしていた。汚い場所は角や隅も見逃さずゴシゴシしている。
黒い宝石をばら撒きたい悪いヤツとご飯が食べたいイスピリ人の熱意が合わさり、この白く輝く神殿や美味しい水が誕生していた。
悪い事を企んでるその中心部はどんどん綺麗になって行ってるが、黒幕側はそれでいいのだろうか?
「何かメラミンスポンジみたいだなぁ……もうこうなって来るとそういう事業みたいですね。コレで他国を困らせていなければ良かったのですが」
「生み出しているのは不安や不満を煽るような石だからね。他に使い道が有れば良いけど、ゴミよりタチが悪いしねぇ」
そう、透明な石の活用方法は凄く良い。コレは他国だって欲しがるし様々な分野で使えそうだとシルバーも言っていた。
……だが、肝心のそのゴミが有害すぎて実用化は難しそうなのだ。
「せめて何か活用方法が見つかればなぁ」
「再生紙みたく再利用する訳にはいきませんからね」
「再利用かぁ……」
シルバーは何か考え込んでいた。いや、幾ら魔塔だってあんなもん利用出来ないだろ。
「まぁ、宝石の正体(?)は分かったとしても、まだ何も解決してないからな。早い所中に入ってみようか」
俺達は神殿の入り口を探そうと向き直った。その直後……後ろから声を荒らげる男が現れた。
「見つけたぞ! 漆黒の騎士ジェド!! 君だけは生かしては帰さぬ……」
……しまった。職人達に気を取られてゆっくりし過ぎていたから、あの厄介な白い男が追い付いてしまった。
しかも何で俺だけ生かさないの? 俺も生かすか3人とも生かさないかの選択肢は無いの??
何でみんなして俺だけ目の敵にするのかは本当に謎である……
俺達は嫌々振り向いた。そして、振り向かないで逃げれば良かったと後悔した。
そこに立っていた純白の騎士ブレイド・ダリアは……何故か裸だった。
いや、パンイチだった。パンツみたいな布は真っ白だった。何か見た事の無い形の1枚布のパンツを履いていて妙に気になるんだけど、何そのパンツ。
「ちょっと待て、色々気になるんだが……先ず以って何でお前は服を着てないんだ??」
俺の問いかけにブレイドは激怒した。いや何で??? 俺何かした??
「忘れたとは言わせんぞ!! お前のせいで私の白い服が真っ黒になってしまったからだ!!! しかも何だあの液体は……凄く染みる上に全然落ちない。無事だったのはこの異国から仕入れた白い下着だけだった……」
「いや、俺がやったんじゃないんだが。それはともかく、つまり折れた剣と一緒で代えが無かったから、そうなったと……?」
「そうだ。同じような事を何回も言わせるな!」
つまりコイツは黒く染みた服をそのまま着るのは半裸になる事より許せないらしい。
剣は折れてるし服は着てないし……もう純白要素が全然無くなったブレイドはただの面白騎士である。光の剣で良ければ貸して……いや、くれてやろうかと思ったが、裸の変な騎士がマゾのオッサン剣を使いこなすとかもう、何か変態と変態の相乗効果で酷過ぎるので流石に思い止まった。
「この世界の騎士の人は何か1回裸にならなくちゃいけない理でもあるのですかね?」
「ちょっと待て、騎士に対しての風評被害だ」
「言いたい事はそれだけか?!」
裸の騎士は流石に怒りが抑えきれなかったのか俺達に襲い掛かって来た。
白い空間と違い、クリアな視界のブレイドは身軽に剣撃を撃ち込んで来る。やっぱり白い空間はお前も見辛かったんじゃん!
寧ろ服という柵のないブレイドの剣は軽やかで、踊っているようだった。お前、服着てない方が強いんじゃない?
しかし、何かこの剣の感じ……何処かで見たような。はて?
……それよりも、視界にチラチラ映る変な形のパンツ? というか布に気が散って仕方が無い。
太刀筋を見極めたいと思って慎重に見ているつもりが、どうしてもそちらに目が行ってしまう……くぅ、何なんだよそのパンツは。いや、布は。
この埒の明かないやり取りをどうにかして貰えないかとシルバー達を見たが、何故か2人は作業員達から石を買っているようだった。何してんの??
「ふむ……これは、石によって微妙に違うねぇ」
「どう違うのですか?」
「当たり前の話だが、石に吸い込まれた性質によって中身が違うという事さ。この大量の石は汚れから来る闇だねぇ」
シルバーは手に宝石を乗せると、もう片方の手で魔法陣を描きフッと息を吹きかけた。
途端に宝石が割れて黒いものが風に乗ってこちらに飛んでくる。
「げっ!?」
俺は咄嗟に避けたが、黒い塊はバフッとブレイドにかかり……食らったブレイドは灰を頭から被ったように煤けて汚れた。
「うわぁああああああ!!!!」
何か色々耐えきれなくなったのかブレイドは川に飛び込んだ。もうすぐ冬だというのに……哀れな男よ。
「なぁ、アレって食らっても大丈夫なヤツなのか??」
「石を壊して中身の汚れを物理的に出しただけだからねぇ。ま、どの道彼は既に闇の影響を受けているから関係ないだろう。単純に真っ黒になったのが発狂ものだっただけだろうねぇ。ふふふ」
ニヤニヤ笑うシルバーは本当に性格が悪そうだ。
「よし、じゃあヤツが身綺麗になって川から上がって来る前に、今度こそ神殿の中に入ろう」
シルバーとワンダーはこくりと頷き、俺達は見張りもそこそこな神殿内部へと足を踏み入れた。
神殿内部はやはり外側から見るのと違い、青黒い禍々しい雰囲気が続いていた。
「下層に行くにつれて嫌な感じが増しているねぇ」
「て事は……やっぱまた囚われてるのは地下牢とかかな? 地下牢のある神殿もどうなんだ。というか、いつぞやのナーガの城といい、何で地下に潜りたがるんだろうな?」
「そりゃあ、下の方が陰鬱とした気が溜まりやすいからだろうねぇ」
地下牢には嫌な思い出しか無い。こんなにバカのひとつ覚えのように地下牢が出て来るのも本当にどうなんだろうか? たまには景色の良い場所にでも囚われてみたいものである。
「ん? あれ??」
廊下を走っていると、行き止まりの前で地面を見つめてる猫が1匹いた。
よく見るとそれはノエルたんの飼っている魔獣の猫のソラだった。
「ソラ! そうか、お前もノエル嬢を助けに来たのか?」
「にゃあ」
ソラは俺を見るなり嬉しそうに鳴き、地面をカリカリと掘り出した。
「もしかしてそこに何かあるのか?」
地面には切れ込みが入っていた。シルバーが魔法陣を描くと地面は勝手に開いて階段が現れる。
「その先に行方不明の女性達がいるっぽいな……よし、行こう」
ソラが先導して走る地下通路……紆余曲折した俺達はやっと目的地へ辿り着けそうだった。
……何かやはり回を増す毎に目的地に辿り着くのに時間がかかっている気がする。




