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潜入、混沌とした白い神殿(1)


 

 皇帝ルーカスと甲冑騎士シャドウはウィルダーネス大陸へ行方不明の女性達の捜索と各地に撒かれた黒い宝石の調査に来ていた。


 大陸に入るや否や出会った関係者と思わしき謎の騎士。わざと捕まり連れて行かれた2人は予想通り……いや、上手く行きすぎてる位に早く目的地へとたどり着いた。


 檻の向こうにはルーカスが1番探し出さなくてはいけなかった人物。


 だが……口を開きかけたルーカスはその名を呼ぶのを止めた。


(――これは)


 ルーカスが思っても見なかった深刻な事態が……発生していたのだ。



 ―――――――――――――――――――



 薄暗い地下牢にロストが魔法で灯りを灯す。青黒い光は辺りを不気味に照らしていた。


「ロスト……あなた、一体何のつもりでこんな事を」


 オペラがロストを睨みつけるが、ロストはそんな視線などお構いなしに肩を竦めた。


「ったく、どいつもコイツも同じような事聞いてくるんだから苛々するわ。ま、アタシはアンタが困るなら別に何でも良いんだけどね」


「……どういう事?」


 オペラにその返答の意味はよく理解出来なかった。その口ぶりはまるで首謀者では無いような……では一体誰が何の為にこんな事を仕出かすというのか。オペラを困らせる為にはぐらかしている可能性だってあった。


「ま、いずれ分かるわ。とにかく……今アンタ達に邪魔されると困るのよね。何でアンタが起きられたのか全然分からな――アイツか」


 ロストは思い出した。確かにブレイドがオペラの本を持って出て行った。どうやって解いたのかは分からないが、オペラだけが目覚めているならば原因は絶対にそれである。

 あのいけ好かない男のせいで思わぬ方向に進んでいるような気がした。邪魔な男達が増えているのも大方怪しい奴として捕らえて来たのだろう。そのまま消せば良いのに、あのブレイドという男はどうも人を悪い方に改心させる事にやたらに拘る変な癖があった。


「……本当、余計な事ばかり」


 ロストがため息を吐いた。オペラを再び眠らせようと、羽を広げ攻撃を仕掛ける。

 それに気付いたオペラも羽を広げて力を解放しようとしたが、7枚あるはずの羽は1枚しか残っておらずバランスを崩してその場に転んだ。


「オペラ様!!」


 シャドウが牢屋を破って止めようとしたが、それより早くオペラの前に入りロストの手を掴んでいたのはルーカスだった。牢屋の檻は素手で捻じ曲げれていた。


「……ルーカス様」


 オペラの目の前にルーカスの後ろ姿が見える。太陽の色の髪……


 正直、オペラは寝起きの為記憶がかなり曖昧だったが、確かに自分を好きだと言ってくれたその人が助けに来てくれたのだ。オペラは胸がいっぱいになった。


「……?」


 ふと、足元にコロコロと転がって来た指輪を見つけた。今転がって来たという事はルーカスの落とし物だろう。

 オペラはその指輪を拾って再びルーカスを見ると、何故かルーカスは突然ロストの両手をガシっと掴み無言で見つめ出した。


「え……???」


「――は???」


「……」


 見つめ続けてルーカスは何も語らない。無言でロストの両手を包み込み、時折頷いていた。


(何、これは?? 何の時間???)


 オペラにはルーカスの行動が全く理解出来なかった。が、自分の手にある指輪を見てハッとした。


(――え……?? まさかとは思うけど……ルーカス様が持っていたこの指輪って……)


 最近、恋人に指輪を送るのが他国で流行っていると聞いた事がある。ルーカスはこの指輪をロストに……? と思ったが、オペラは首を振った。

 だってルーカスはオペラの事を確かに好きだと言ったのだ。だが……はたと気が付いた。

 ――本当に言ったのか……? もしや、何処かまでは現実だったが……記憶の何処かからは夢だったのでは……?


 オペラはクラッと目眩がした。ルーカスが何か言ってくれれば、せめてその行動の真意が分かれば……オペラはまたしても思い違いをする事は無かったのに。


 ルーカスはいつまでも無言のままだった。



 ★★★



 ルーカスには不測の事態が起きていた。


 それに気付いたのはオペラに声をかけようとした時の事――


「ほへ……」


 ルーカスは口を閉じた。お察しの良い方ならもうお気付きだろう……ルーカスは噛んだ舌が大変な事になっていた。


(……ヤバイ……全然治ってない)


 ルーカスは自身にずっと回復魔法をかけていた。だが一向に治る気配は無かった。

 無駄に高い体力、無駄に高い防御力、無駄に高い攻撃力……この3つが奇跡の様に仇となり、この最悪の事態を引き起こしていた。


 まずこの皇帝ルーカスという男……ステータスが異常に高い。それは弛まぬ努力の結晶でもあるのだが、死んだフリややられたフリをするには無理のある身体であった。

 ルーカスがブレイドと対峙した時に噛もうとしたのは防御力が異常に高い自分の舌であった。生半可な噛み方では血を吐く程の傷は無理だろうと、結構思いっきり行った。

 ルーカスの『結構思いっきり』は相当な攻撃力である。思う通りに血が吐けたのは良いが、結構なダメージを食らってしまった。

 そして、ルーカスの結構なダメージ……体力の高いルーカスにとっての『結構なダメージ』は普通の兵士だと重傷どころの話ではない。

 元々、ステータスの高いルーカスはほぼ外傷を負う様な事は無かった。

 外傷を負わない代わりに、一度怪我をすると治りにくい……それは何故か?


 例えばHP10の初心者冒険者の重傷は安い薬草でも治るがレベル99の冒険者でHP999もあれば重傷じゃなくともある程度の大魔法か高いポーションが必要になる。

 それと同じ原理で、ルーカスは一度怪我をすると治るのに時間がかかるのだ。

 先代魔王と戦った時でさえ回復にかなり時間がかかりしばらくボーッとしながら過ごしていたが、大人になり更に強化された身体は中々に面倒臭い。

 自身は怪我をしなければ良いかと思って気にしてはいなかったが、こんな皇帝でも怪我をする時はする。

 先日聖国で聖石を割りまくった時の怪我も、毎日自身でかけていた回復魔法と誰かが代わる代わるかけてくれた魔法でようやく治ったのである。後でルーカスが聞いた話ではオペラが神聖魔法を使ってくれたらしく、それが1番よく効いた。


 ――という訳でルーカスの噛んだ舌は治っていないどころか口の中は口内炎だらけ、舌は腫れ上がり……まともに喋る事は困難な状態だった。


(これは……困った……)


 その名前を呼びたいのに呼べないどころか未だ血が止まらない。思いっきり噛みすぎた。自分で自分を攻撃なんて……ましてや舌を噛むなどした事が無いルーカスは後悔した。程々にしておかないとこうなってしまうという事を理解した。


(……恐らくオペラの目の前に居るのはオペラの兄のロスト。顔立ちがよく似ている)


 ルーカスはその男を説得しなくてはならなかった。自分とオペラの未来の為に。

 だが、いかんせん喋れない。喋れない自分がどう説得するのだ。


(……ジェスチャーか? 紙に起こすか? 紙……は何かその辺りに大量に本が転がっている……が、ペンが無い。かくなる上は血文字で……いや、血文字で説得するような内容か?)


 ルーカスがそうあれこれ悩んでいる間に、オペラとロストの話はどんどんと進んでいく。

 目を離した隙にオペラがロストから攻撃を受けようとしていた。

 咄嗟に檻を壊しオペラの元へ走り、ロストの手を掴んで止めた。驚いた目でロストはルーカスを見る。


「……何よアンタ……アンタもその女が……」


 その時、ルーカスは思った。

 

(強く熱意を送れば目だけで伝わらないか……? 目は口ほどに物を言うと異国人が言っていた。それならば……やってやろうじゃないか。目で)


 ルーカスはロストの両手を掴み、誠意を持って目で訴えた。


(妹さんをください。……いや、違うか。妹さんの代わりに聖国をお願いします! ……長すぎて目じゃ伝わらないか。聖国の王になってください!! うーん……シンプルにそれか)


 首を捻っては真剣な目を向けてくるルーカスの熱意は、ロストには全く理解出来なかった。


「……いや、何が言いたいのよ。言いたい事があるならちゃんと喋りなさいよ」


 ごもっともである。ごもっともであるが、今のルーカスにはそれが1番難しいのだ。

 何でも出来る男とは良く言われたものである。今は喋って説得するだけの簡単な事がルーカスには出来なかった。


(もう、こうなったら舌は痛いが無理矢理にでも喋ろう。多少聞き辛くとも無言よりはマシだろう)


 ルーカスは意を決して口を開いた。


「へーほふほほーひはっへふははい。」


「……何言ってんのアンタ。あと、何で急に口から血吐いてんの……」


 ルーカスの口からはドバドバと血が出ていた。強く噛み過ぎていたのだ。


「オペラ様?!」


 シャドウが駆け寄ってオペラに声をかける。オペラは気を失っていた。何故なのかはルーカスには分からない。


 白い神殿の地下牢……その場所は混迷を極めていた。

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