漆黒の騎士VS純白の騎士(中編)★
イスピリで入ったボロボロの喫茶店。漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは、そこで出会った何か白くて変な騎士と何故か白黒つけさせられる羽目になっていた。
激しく戦う騎士と騎士。片方の騎士の剣は何故か折れていたが、そんな剣でも構わず猛攻撃を繰り広げる。
喫茶店内は剣撃の余波であちこち壊されていたが、店員は慌てふためく様子も無かった。
「あー……またブレイドさん白黒着け始めた……」
ため息混じりに呆れる店員は攻撃に巻き込まれないようにカウンターの中に入った。
「あの、良くある事なんですか?」
「ええ。あの方ね、最近出来た神殿の関係者で、国内を出入りする貴方達みたいな外国人を見張っている騎士なのですよね。何故かうちの白湯を気に入ってよく飲みに来ているんですが……ここって目に入りやすい店だから旅人や商人もよく利用するでしょう、必然的にここでいつもこうなるんです……」
「何だか……大変ですね」
「はい……店の場所を変えてもまた来るし、何かもういっそ夜逃げして他国に逃げちゃおうかなって思っています……この国にいても何も無いし」
「? それは色々と不思議な話だねぇ」
「え?」
ワンダーには今の話の何が不思議なのか分からないが、シルバーは首を傾げた。
「私の知っているウィルダーネス大陸の住人は常に気力も体力も無く、とてもこの地を抜け出そうなんて考える者は居なかったはずだよ。それに君もこの貧しい国の住人にしては正気で口調もハッキリとしていてお湯を沸かす事が出来る体力もある……本当に君はイスピリ人?」
シルバーの疑問に店員は少し考えたが、直ぐに答えを出した。
「もしかして貴方、この地の出身ですか? ……確かに以前まででしたら他の国に行こうなんて考えませんでしたが……」
「何かあったのですか?」
「いえね、単純にあの黒い石を買い取ってくれる代わりに食べ物を貰っているので皆人間らしくなってきたというか。それに透明な石が何か淀んだ物を吸ってくれるって知ってから何だか気力も充実していると言いますか……」
つまりは、謎の神殿が何かを企みこの地の人間に黒い宝石を集めさせ、国外に撒き散らして混乱を誘発している一方で、この地の人間は食べ物を貰って元気になり、黒い宝石を作るために淀んだ気をどんどん吸い取って気力も回復。宝石はどんどん集められどんどこ輸出されて行くので、それに比例して軽やかになって行ったという。
「何だか上手く出来ているんですね世の中」
「あの黒い宝石はウィルダーネス大陸の住人達の淀んだ気力や生活産廃だったんだねぇ。それは他国人が不快な気持ちになったり気が変になる訳だよ」
「それで、以前はアンデヴェロプト大陸に逃げようとすると悪い魔法使いに捕まったり利用されたりしたんですが……最近そんな奴らも居なくて、噂じゃアンデヴェロプトの方はとんでもなく裕福で人手を募集しているらしいとか。プレリ大陸方面の山々は流石に険しい上に竜が居るから怖くて行けませんが、アンデヴェロプトなら行けるんじゃないかって話になっています。ただ、神殿の奴らが見張っていて中々国外に出る事は難しいのですが。特にあのブレイドさんがとんでもなく強いからその目を逃れて逃亡するのは難しくて……」
ブレイドはジェドと渡り合っていた。かなり腕が立つのは剣士では無いシルバーにもよく分かる。
「なので少しずつアンデヴェロプト方面に店を引越しして行こうかなと思っています」
「……それは気が遠くなりそうな話ですね」
大陸を越えるのだ。一体何年かけて引っ越しするつもりなのだろうかとワンダーは呆れたが、シルバーはうーんと珍しく真剣に考えていた。
「そんな事をしなくてもアンデヴェロプトに行く事は出来るけど……先ずはあの白い騎士をどうにかしないといけないねぇ」
シルバーはチラリとジェドの方を見る。激しく撃ち合いをしている騎士2人だが、どうも本気で戦っているというよりは戦いながら口論をしている様子だった。
それを見た店員も、ああ、とげんなりした顔で答える。
「ブレイドさん、白に対する変な拘りというか思い入れのある人だからなぁ。あのお客さんみたいに髪まで真っ黒な人は珍しいけど、黒い服や物をすぐ燃やしたがるんですよね。本当はこの店ではウィルダーネスにしか生えない黒木茶を出していたんですけど、黒は燃やし尽くして白灰にするとか言って全部ダメにされて。ちゃんとお代は払ってくれましたけど」
「酷いのか酷くないのかよく分からない人ですね……自論が独特すぎて黒に対しても好きなのか嫌いなのかハッキリしないですが……」
「先ずはそこを白黒付けて欲しいねぇ」
「そうなんですが――あ、ブレイドさんの髪の色には絶対触れない方がいいですよ。それ、1番気にしているみたいなので」
「髪色ですか……」
確かにブレイドは瞳は不思議な白色なのに、髪は銀色だった。白とも言い張れなくもないが、聖国人のような美しい白い髪を知ってしまうとその銀色は白には見えない。
だが、それに触れないなどという事が出来るだろうかとワンダーは心配になった。
ジェドは気になる事は素直に聞いてしまうような男である。
★★★
容赦無く斬りかかってくる――折れた剣。
ブレイドの剣は切っ先から3分の1が何故か無かった。どうしたのそれ……?
器用にそれで攻撃を仕掛けて来るが、丁度剣で通常受ける辺りが折れているので危うく空かしそうになる。間合いも取りづらい。
「……色々と聞きたい事は山ほどあるんだが、何で折れた剣を使っているんだ?」
「愚問だな。代えが無いからに決まっているだろう」
「??? まぁ、そうなんだろうな」
「白くない剣は使いたく無くてね」
「なるほど」
気に入ってない剣を使いたく無い気持ちは良く分かった。何なら腰にある光のオッサン剣を貸してやろうか? とも思った。その白い剣のように叩き割りたいし。
しかし受けている限りでは奴の剣も割と頑丈そうでちょっとやそっとじゃ折れそうには無いんだが、一体何を斬り損ねたのだろうか。
「……じゃあまぁ、剣はいいとして。俺が怪しかろうが無実だろうが敵だろうが攻撃されるんだったら、もう敵って事で普通に聞いて良いよな? お前がさっき持っていた本――それに関係する女性達が行方不明になっているんだが、その事件に関与しているって事で間違い無いか?」
カンッとお互い剣で弾き合い距離を取る。ブレイドはフッと笑った。
「そうか。やはり君達は我々の目的を妨げる侵入者だったのだね。本の事まで明白とは……ならば白日の元に告白しようじゃないか。何故なら我々は信念に則り潔白の元に」
いや白白うるせえ。
「黒い宝石をばら撒いているのも関係しているのか?」
暫く白白言っていたブレイドだが、ネタが無くなりやっと白じゃない事を喋る気になって俺の質問に答え始めた。
「君は、悪役令嬢という者を知っているかね?」
「……まぁ、知っている方ではありますね」
悪役令嬢との事は大概忘れたいエピソードばかりですけどね。
「この世界には……不思議なことに自らの運命を知り、悪役として散るその運命を逃れる為に奔走する令嬢がいるらしい」
「いるみたいだな。そんな令嬢が」
「それは……実に不自然だとは思わないか?」
「何が???」
別に悪役令嬢が悪役の運命から逃れたいなら好きにさせたらいいだろ。
「人の本性は悪であり闇である。魂に潜む闇を全て解放し尽くした時……人は純白になれる」
ブレイドは手を休めずに剣を振り下ろして来た。話が進むにつれ、その気持ちが昂り力が増して行く。
「何故悪の運命から逃げる? 死にたくないから? 破滅したくないから? 我慢するのか? だとすれば理性や常識に囚われず解放すべきだと思わないかい? あの宝石のように闇や悪意を貯め込んじゃいけない。欲望は解放すべきだと……」
「そりゃ……とんでも論な事で」
この男の話……要するに心の内に黒い部分が残っているのが許せず、人にその解放を求めているらしい。
行方不明の悪役令嬢達はその運命から逃れた者ばかりだが、悪を解放する運命を変えてしまった事が許せなかったのだろうか……? どんな教えなんだよ……
「丁度、この理想と目的が合致する機会が現れてね。今に至るという訳さ。どうかね、私の自白は。面白いだろう?」
「白けるわ。ま、お前の事は大体分かった」
「では、大人しく死んで貰おう」
「何でだよ!」
話が終わるとブレイドは攻撃の手を早めた。マジで殺しに来ている。
「他の2人は連れて行くが君はここで死に、真っ白に燃え尽きて貰うよ」
「何で俺だけ連れてってくれないんだよ! 俺が何したって言うんだ?!」
「黒だからだ」
「黒だからなのか……」
とにかくこのブレイドという男、とことん白に拘りたいらしい。さっきから事あるごとに白を挟み込んで来る。いや、俺も黒が好きだけどここまでじゃないわ……
「何でそんなに白に拘るんだよ……」
「白は美しいからだ」
「いや黒の方がカッコいいし」
「白だね。黒なんてダサいし燃やすべきだ」
「カチン……大体お前、純白の騎士とか言って白代表みたいな口ぶりだけど髪の毛それ銀色だからな。こちとら髪もちゃんと黒だから漆黒の騎士名乗ってますけど、お前は純白じゃなくて準白だろ」
「……」
突然ブレイドの剣が止まった。気にしているかなとは思ったのだが、マジで痛い所だったらしい。
「……髪色については触れないで欲しかったな」
「いや、そこまで白を主張していて触れないでって方が無理だろ……」
「どうやら私を本気で怒らせてしまったようだな」
最初からずっと容赦しない事の死んでもらうだ事の本気で怒っているだ事のを言われていたので本気具合がイマイチピンと来ないが……どうやら今度は本気で怒ったらしい。
まぁ、確かに本気で怒っていたら折れた剣で戦わないか。
「ん?」
ブレイドが収納魔法から紙を取り出した。
ソレを見たシルバーがニヤッと笑って指を差す。
「それは古代の神聖魔法だねぇ」
「え……」
紙には魔法陣が書かれていた。だが、シルバーが言うように本当に神聖魔法ならばオペラやロストなどの聖気を持つ聖国人しか使えない魔法だ。幾ら魔法陣があっても聖気が無いと使う事は出来ないはずだが。
「そんなもんどうするんだ? 神聖魔法なんて聖国人じゃないと使えないだろ?」
ブレイドはニヤリと笑うとその紙の上に収納魔法から出した大量の白い羽をバサリと落とした。
紙に落ちた羽は魔法陣に溶けて白い聖気の光となり、そのまま光が魔法陣に走る。
「神聖魔法ってあんな風に使えるんですか?」
「まぁ、そうだねぇ。ただ、あんな大量の羽……誰のか考えたくは無いねぇ」
魔法陣から白い光が広がると、喫茶店中を白く染めた。
「?!」
その光は俺達の足元からも伸びてきて……ブーツから服、肌や紙……全てが色の無い真っ白に染まった。周りを見渡すとシルバー達も色が無く真っ白になっている。
「いてっ!」
影も無く白い線だけの喫茶店……遠近感が取れず俺は壁に思いっきりぶつかった。
コンプレックスの髪色まで待望の白に染まったブレイドは恍惚な表情を浮かべて笑った。
「凄い魔法だと思わないかい? これで君も純白の騎士だよ、ジェド君?」
色の無い線画の世界でブレイドは嬉しそうに剣を構えた。
何がどう凄いなんの為の魔法なのかは全然分からないが……
変な魔法のせいで俺は、漆黒の騎士団長から純白の騎士団長になってしまった。




