漆黒の騎士VS純白の騎士(前編)
イスピリの寂れた街を歩く純白の騎士。
生温い風を受けて白に近い銀色の髪がヒラヒラとそよいだ。
「人は……人であるべきだ。己の心を解放してこそ本当の真っ白の心が見えるはず……」
その男の手には本。白い手袋でパラパラとページを捲った。
「……何故運命を変えてしまうのだ」
しばらく歩きながら本を読み進めていた男だったが、砂混じりの風が本に挟まって読み辛い事に気付いた。ため息を吐きながらバサバサと本から砂を払う。
「やはりあそこに行こう」
男は本を閉じて仕舞い、いつもの場所へと足を進めた。
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漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと魔塔主シルバー・サーペント、小説家ワンダー・ライターは何やかんやで竜の山からウィルダーネス大陸に渡り、イスピリの首都へと降りてきた。
イスピリは小さな国である。
盆地の中央にある街並み、イスピリの首都に人が集まり後はまばらにポツポツと家があるのみだ。
大昔は竜に挑む道の入り口の国として栄えた事もあったらしいが、その道の存在が伝承位に忘れられる頃にはイスピリも寂れていた。
寂れたウィルダーネス大陸には邪神信仰や悪魔信仰……その他よく分からない神殿も点在する。
街中に来た俺達はイスピリの寂れ具合を目の当たりにした。
カサカサと生温い風に吹かれて流れていくゴミ。
いや、ゴミなのかゴミじゃないのかもよく分からない。
一応店はあるものの看板はあちこち壊れてボロボロ。道は整備されておらずヒビの入ったデコボコ道で家も風化して穴だらけだった。歩く者もまばらで活気が無い。
「聞いてはいたが、中々に酷いな」
「イスピリの首都はまだいい方だよ。中心から離れれば離れるほど貧しさも増して家や着るものも無い人達が多くなるからねぇ」
シルバーはこの国の更に貧しい地方で育ったらしい。
日々食べる物に困って過ごしていたと聞いて俺は何だか気の毒になった。今は沢山食べて欲しいと思いシルバーに尋ねる。
「なぁ……お前、好きな食べ物はあるのか?」
「え? 好きな食べ物? ……魔法かなぁ」
「食べ物っつってんだろ」
ニヤニヤと笑うシルバーは今は全く困って無さそうだった。同情して損をした気分だ。
「お腹が空いているのかい? あそこに喫茶店があるみたいだけど」
見ると確かに喫茶店はあった。とんでもなくボロボロでやっているのかどうかも怪しいが、看板に『営業中』とは書かれていた。
「……味は保証されては無さそうですが、試しに入ってみますか?」
一体この枯れて寂れた街の喫茶店で何が出てくるのかは確かに気になるっちゃー気になる。
変なゲームの道からずっと休憩も取らずに歩いてきて流石に疲れたので、ここで一休みする事にした。
「いらっしゃいませー」
出迎えた店員の男は意外な事に普通の格好をしていた。店の中も外から思った程ボロボロではなくて驚いた。……いや、十分ボロくはあるのだが、感覚がマヒして来た。
「すまないが少し休憩したい。何かお茶をくれ」
「かしこまりましたー」
くるっと回った店員だが……服の後ろ半分が無かった。ケツが見えている。前が普通の服な分意表をつかれてガクッと転んだ。古のギャグのように。
「おい。……それは突っ込み待ちなのか?」
「え? あ、この服ですか?? これはとある異国の没落貴族の方に教わったのですが、こうすると布が半分で済むので。貧しくとも来たお客さんに対する見た目だけはしっかりしておいた方がいいと思って……」
確かに入って来た時、見た目はちゃんとしていて好感を持てたが……そういう問題なのか?
その服の発想にワンダーは心当たりがあったのか、貧しくとも元上流階級……と呟いていた。何となく若いヤツが知らない話はやめた方が良いと思った。何となく。
喫茶店は殆ど利用客が居らず閑散としていた。
席に案内されて暖かい飲み物が出て来たので何のお茶かと匂いを嗅いだ。
……匂いはしない。
試しに飲んでみたが……
「……これは……白湯ですね」
「お茶って言ったよな……?」
「すみませんねー、こんな国なのでお茶とか無くて……」
店員が申し訳なさそうに謝った。丁寧に深く謝ろうとするが流石にそれは止めた。ケツが見えるんだよ。
「でも、これ美味しいですね」
「確かに……妙に美味しい」
白湯が? と思うじゃん。それが何故か妙に美味しいのだ。
「おかしいねぇ……ウィルダーネス大陸の地下水がこんなに美味しい訳が無いんだけどねぇ」
「ああ、それは最近になって浄水方法が確立したので貧しくとも水だけは何故か美味しいのですよ。ほら」
と、店員がろ過装置を指差した。
装置……というか、汚い泥水が途中の石などの材質に綺麗にされ下に落ちる頃には透き通った水になっているだけの簡単なものなのだが……
「この石……」
間に挟まっていたのは俺達を散々苦しめまくる黒い宝石だった。
いや、黒い宝石がろ過しているのではなく透明な石が不純物を吸い取って黒くなっているのだ……
「こうすると綺麗になるのですよねー。この国、空気とか水とか結構汚いものが多いのですが空の魔石が吸い取ってくれるって知ってからこうして色んなことに利用しているんですよ。完全に真っ黒になった石は神殿が買い取ってくれるし」
……思わぬ所で黒い宝石の秘密を知ってしまった。そうやって作られてるんかい。
「完全に生活廃棄物ですね。しかし、何の為に神殿はそれを買い取っているんですかね?」
「さぁ……我々には分かりませんが、買い取ってくれて衣服や食べ物に変えてくれるならありがたいですし。元気な人は採掘したり山に探しに出かけますが我々みたいな腕力も気力も無いものはこうしてコツコツ作るしか無いのですよね……」
詳しく話を聞くと、どうやら国中で黒い宝石を集めているのは神殿のもの達らしい。
その神殿は突然出来たもので、何の神殿かは分からないが、ただ黒い宝石を集めて持って行くと食べ物や衣服と交換してくれるので重宝しているとか。
「うーむ、次の目的地はそこか……」
などと妙に美味しい白湯を飲みながら話し合っていると、新たに入って来た男が隣のテーブルに座った。
全身白いに包まれた剣士……街に似つかわしくないその男は白湯を頼んで席に上品に座っている。
……どう考えても怪しいよなぁ。
それに、その全身白に剣も白、目も白で髪だけは惜しくも銀色だったが……白騎士の風態に何となく喧嘩を売られているような気になってしまう。
こちとら髪まで漆黒の騎士様やぞ。ふふん。
「白湯はいい」
何か急に喋り出した。
「混じり気無しの水を沸かしただけのお湯を何故白湯と呼ぶのか……それをずっと考えていたんだ。そしてこの地で知った。泥水が黒い物を吐き出すからこそ水は美しく透き通る。透き通った水は正に純白。私はこの地の水で作った白湯こそ白湯オブ白湯だと思うのだが……如何だろうか?」
確かに白湯にしては何故か妙に美味いが、白湯オブ白湯って何だよ。如何とか言われても何を言ってるのかサッパリ分からん。
「この地の水のろ過方法がお気に入りなのですか?」
「ああ。この白湯こそ理想をよく表している」
白い男は懐から本を取り出してパラパラと捲った。
それを見た瞬間にワンダーが目を見開く。
「ワンダー?」
「あれは――僕の本」
「え?」
男がパラパラと捲った本の表紙には確かにワンダーの名前があった。
「何故、彼女達は運命から逃れるのだろう。悪い事は何故いけないのか。黒い心を解放してこそ散り際に白くなるものじゃないのか。不平、不満。心の内に潜む黒い物を自由にしてこそ……真の純白となり得るのだ」
……ヤバイ奴だ。ヤバイ奴が何か言ってる。
だが、ワンダーの本を持っている事やよく分からない話の内容……こんなん絶対敵だろ。下手したら黒幕。良くて側近。
街に入って速攻で出会うとか話の流れどうなってんの。
「ところで、この街に似つかわしくない風態の君達は、何をしにここへ来たのだね?」
白男がめっちゃ怪しんできた。そうですよね。怪しいヤツが入国してきたから近付いたんですよね。
「えーと……」
俺は困ってワンダーやシルバーを見たが、完全に俺に返答を丸投げしていた。何でだよ。俺は頭を使う事が苦手なんだよ……?
「君、名は?」
「俺は帝こ――」
ここで馬鹿正直に帝国の騎士団長と名乗って良いものかと思い止まった。帝国とイスピリは友好でも何でもないし、ましてや敵かもしれない。やはりソコは隠しておいた方が良いだろう……
「俺は……漆黒の騎士、ジェド。ただの旅人だ」
これ位ならいいだろう。騎士なんてどの国にも居るしクランバルの名前も出していない。今の俺はただの騎士……いや、剣士にした方が良かったかなぁ。ただの剣士って格好じゃないか。
「そうか……」
男はすっと立ちニコリと笑った。
「私の名はブレイド。純白の騎士ブレイド・ダリア。君が漆黒の騎士ならば――容赦はしなくて良いという事だ」
白男は白い剣を抜いて襲って来た。俺も剣を抜いて応戦する。
「いや何でだよ! ただの旅人だっつってんだろ!!」
「黒は吐き出され散り、その後に白が残る。白こそ至高……黒は、必要無いのだよ!」
ヤバイ、目がヤバイ。変に白いから余計怖い。
イスピリに入って早々に変な男と出会った俺は、黒だからという理由で変なヤツと戦う羽目になってしまった……




