謎な純白の騎士
どんよりとした雲が大陸の1年の殆どを覆い、人々の顔を曇らせるウィルダーネス。
世界の中心、ファーゼストの世界樹から全世界に流れる聖気溢れる清らかな空気をアンデヴェロプトの魔力火山が遮り、更に反対側にそびえ立つラヴィーンの山々がセリオンから来る草原の風も遮断する。
風の通らないウィルダーネスには不快な空気と暗い心が渦巻いていた。
広大な荒野の盆地、その中心にある国イスピリでは作物はあまり育たず、木々も痩せ細り食べ物が少ないので動物も居つかない。
この地で獲れるのは空の魔石だった。
魔力が豊富に湧くアンデヴェロプトの魔力火山近辺で獲れる魔石は、その豊富な魔力を吸収した価値のある魔石となる。
だが、この地の空の魔石が吸収出来るものは盆地に溜まる不快な気力と人間の闇だった。
空の魔石いっぱいに溜まったそれらは真っ黒になり、闇の純度の高い暗黒に輝く石へと成る。
そんな石は食べる事も出来なければ売る事も出来ない。長い間イスピリではその辺りに転がる石と同じようなゴミだった。
所がここ最近、そのゴミだと思われた石を高く買い取る者が現れたのだ。
それは際限無く集められ、そして食べ物や衣服と交換して貰えるのという。それを聞きつけたイスピリの国中で黒い石が我先にと拾い集められた。
集まった黒い石は信者によって各地へと振り撒かれる。
石を袋に入れ運ぶ白いローブの者達。
それを興味無さげに見送る有翼人の男……その隣には真っ白な制服をピシリと着こなす真面目そうな騎士。
2人の後ろでは幾人もの女達が倒れ、その内1人の横には1冊の本が開かれていた。
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漆黒の騎士団長ジェド・クランバル達があの……アレ風なゲームに巻き込まれていた頃、皇帝ルーカスと甲冑騎士シャドウ、猫のソラはアンデヴェロプトから魔力火山を抜け、ウィルダーネスへと入っていた。
「……ここにも黒の宝石が落ちているな」
落ちていた宝石をルーカスが握り潰すと、石は粉々に砕けて無くなった。
最初は粉々にすると粉塵が飛び散るのでは? と警戒したが、この石の黒い部分はどうやら少し経つと空気に溶けて無くなり残った粒はただの石になる様だった。壊す際に気をつければ人体には影響が無さそうだと知るとルーカスは手当たり次第に壊しまくった。
石は小さく、中々に硬くて割り辛かったが聖石の硬さに比べると生温いもの。気合いを入れればルーカスに割れない物など無いのだ。
「それでソラ、ノエル嬢達は何処に居るんだい?」
ルーカスに尋ねられたソラは採石場を向いた。
真新しい採石場は山を下った麓にあり、その近くには神殿の様な物が建っている。
ルーカスは怪訝な顔をした。
神の全てが悪い訳では無いが、実際に神を信仰する者の中には歪んだ理由に神を引き合いに出したり都合の良い解釈を天罰だと振りかざす者も稀に居る。
オペラが女王になる前の聖国人にも幾人かそのような者が居て、魔王領に踏み込んで来ていた人間達や未だ帝国と相容れない者達の国も大概それだった。
とにかく変な奴が多いのだ。
神を信じないルーカスには、神が一体どういう教えをしてそんな者達が生まれるのかは想像も出来なかった。
「あの神殿ですか? 見るからに怪しい……それにこの土地、どんよりとしていてあの宝石の嫌な気が国中に溜まっているようですね」
「まぁ、恐らく国中に黒い宝石がゴロゴロしているのだろう。影響を受けないように気をつけて――」
と、言いかけてルーカスは口を閉ざした。1番気を付けなくてはいけないのは自分自身なのだ。
愛情をたっぷりと貰って育っただろうソラには不満などある訳もなく、心配していた額の魔石にも反応が無いから恐らく影響はほぼ無いと思われる。
シャドウは生まれたばかりだから尚更だ。おおよそ人に悪意を向けるなんて心は無いだろう。あるとすれば一部のルーカスへの不満だ。
「――……私は心を強く持つから大丈夫だ」
皇帝があんな石ころ等に負ける訳がない、という強い意志を固めルーカスは神殿へと足を進めた。
木々を抜けて行き、神殿は目の前と思った時に――ふと嫌な予感がして瞬時にソラを抱えてシャドウを蹴った。
「えっ?!」
飛び退いた地面を剣筋が走り、白い光が地面と木々を抉る。
剣が来た方向を見ると、白い服に身を包んだ剣士がそこに見えた。その装飾のある制服はただの剣士というよりは何処かの国の騎士のようだった。
「……誰だ?」
薄暗くて顔がよく見えなかったが、近づいて来るにつれその容姿がハッキリと見える。
シルバーブロンドに珍しい白色の目。白色に包まれたその騎士風の男はゆっくりと歩く。
「それは此方の台詞です。君達の目的は何ですか? それ次第では容赦はしない」
男は剣を白い鞘に収めた。白い柄に鞘まで白。白い制服に目まで白で、惜しいのは髪が完全に白くない事……ルーカスは某自国の黒に拘る騎士を思い出した。
だが何処かの国の騎士ならば、話してみればもしかしたら敵ではないかもしれない。
ルーカスはチラリとソラを見たが、思いっきり警戒しているのでその線は薄そうだった。
シャドウが小声で聞いてくる。
(陛下、味方っていう可能性はありますかね?)
(……いや。その線はほぼ無いだろう。じゃなきゃ急にあんな攻撃仕掛けては来ないだろうからな)
(ですよね……)
(奴が攻撃をしてきたら一気に走れ)
シャドウが頷いた後、ルーカスは男に答えた。
「私達は帝国から来た。国内外で行方不明となっている女性達を捜索しているのと、各地に意図的に流されている怪しい黒い宝石の調査に来た。何か知っているのであれば教えて頂きたいのだが」
万に1つの相手が味方である可能性を考慮して一応丁寧に問いかけてみたが、男はフッと笑い、目を伏せた。
「……そうでしたか。ならば、あなた方には容赦無用という事で間違い無さそうですね。大人しく捕まって頂きましょうか」
落ち着いた口調でそう言うと一気に間合いを詰めるように走り込んで来た。
「走れ!!!」
ルーカスとシャドウも男から逃げるように走り出す。その後ろ直ぐに剣を抜いて攻撃しながら追いかけて来る白い騎士。
「実際に襲ってくる人って『覚悟ー!』とか『行くぞー!』とか何も発さないんですね、逃げる始めるタイミングを見失う所でした」
「それはそうだろう、だから攻撃して来たら走れって言ったじゃないか」
「それにしても、あの方一体何なんでしょうね? あんなに見た目は悪い人では無さそうというか、正義の騎士みたいなのに……」
「常識や価値観は個人差があるからね。彼が何の目的かは私達には計り知れな――」
そこまで言ってふとルーカスは思った。
(――これは……そもすると大人しく捕まった方が話が早いのでは??)
行方不明の悪役令嬢の事なのか、宝石の事なのかどちらが理由で容赦無く襲って来ているのかは分からないが、敵の内部に行けるならそれは最早目的地であり、そこに令嬢達が居たらもう話は終了である。後は助け出すだけだ。
先方も大人しく捕まって頂きましょうか、と言っていたのだから何処かに連れて行かれるのは間違い無いはずなのだ。
「シャドウ……今更なのだが、大人しく捕まってみないか?」
「え……? 今更ですか?? こんなに逃げておいて今更……?」
そう、今更だった。相当追いかけっこをしているルーカス達が急に大人しくなったら絶対に怪しまれる。捕まるなら出来るだけ自然に捕まらなくてはいけない。
「……無理があるとは分かっているが、出来るだけごく自然に捕まってくれ」
「……そんな無茶苦茶な……はぁ……」
呆れたシャドウだったが、手頃な太い木の根を見つけて足を取られたように転んだ。その隙を狙って男が剣の峰を甲冑の背中に食らわせた。
「――ぐっ、結構痛い……」
攻撃を受けたシャドウは吹っ飛んでそのまま動かなくなった。
(上手い……上手すぎる)
甲冑はかなり凹んでいたが、シャドウのごく自然にやられる様にルーカスは感服した。
だが、ここで止まってしまったのはルーカスにとって誤算だった。シャドウのように逃げているうちに自然に油断するという事が出来なくなってしまったのだ。
そもそもこの皇帝、敵には積極的に立ち向かって行くスタイルなので今まで真っ向から戦い誰かにやられるなどとは縁の無い男。
一旦逃げて奇襲をかける事はあっても、捕まる事など初体験である。
(――どうすればごく自然に捕まる事が出来るのか……)
止まったルーカスを不審に思った男だったが、深く気にせず頭上から剣を振り下ろして来た。
(よし、アレを)
手で挟んで受けようとするも、剣の方が早くて掴み切れなかった体にしてそのまま気絶しよう。と、ルーカスは剣を挟むフリをして外し頭に思いっきり受けた。
ガンッ!!!
割れた!!! ――剣の方が。
「何っ?!」
驚愕する男……驚愕するルーカス。
ルーカスは己の頑丈さを恨んだ。正直、剣より素手の方が硬く、無駄に鍛えすぎた身体は並の武器でどうこう出来るような物では無かったのだ。
だが、まだだ。まだ間に合う。まだ誤魔化しが効く、と思ったルーカスは――
「うっ!!」
と頭を押さえながら舌を思いっきり噛んで吐血した。切れた舌は剣で頭を打たれたのより数倍痛かった。
あまりの痛みに気が遠くなりそうになり、ルーカスはそのままぶっ倒れた。
「……何とも頑丈な男で驚いたが……」
ルーカスとシャドウが倒れて動かないのを確認した男は、木陰から出て来た者達に2人を抱えさせ神殿へと連れて行かせた。
いつの間にかルーカスの懐から逃されていたソラも、その後をソロソロと伺いながらついて行った。




