悪役令嬢を倒す為に異世界から勇者もやってくる(後編)
「この俺、十六夜白夜がこの世界に来る前に見ていた小説『異世界の少年と暗黒竜の魔女』によると……悪役令嬢ノエル・フォルティスは幼き頃に暴虐の闇の竜に闇の黒印を刻まれ、心が闇に支配され暗黒竜の魔女になったそうです。そして、異世界から来た勇者が聖樹の元に眠る光の剣を抜き、悪役令嬢ごと闇の竜を消し去ったそうです。絶対に……この世界のどこかで暗黒竜の魔女が誕生しているはず! もし、少しでも魔女に心当たりがあるのならば教えてください!!」
心当たり……ありすぎるのだが、残念ながらノエルたんは暗黒竜の魔女ではないからどう説明しようか。
ついでに言うと聖樹の元に眠る光の剣にも心当たりがあった。以前、聖樹の元で首を吊ろうとしていた悪役令嬢リーンが踏み台にしていたやつ……あれ多分そうだろ。何か光っていたし。
ノエルたんは『聖女の初恋kiss〜魔法学園は異世界のイケメン花園』のラスボスであり、闇の竜や悪い魔道士によって心が歪み闇に落ちた悪役令嬢として断罪されるはずだった少女だ。
だが、メイドのナディアと聖女、そしてこの俺、漆黒の騎士ジェド様の活躍によりノエルたんは悪役令嬢の運命から外れた。今は子猫を愛する清らかな心の幼女である。
「君の探しているノエル嬢は……言いにくいのだが悪役令嬢でも何でもない。暗黒竜とやらが滅んだのをこの目で見てるから間違いない」
騎士団長の幻の右フックと、騎士団長踏み付けでな。
「そ、そんなはずは……」
「今のノエル嬢は清らかな心の持ち主だ。それは国中の皆が保証する」
門番の皆さんもうんうんと頷いていた。ノエルたんが子猫と散歩している姿は皆の癒しであり、彼女は皆のアイドルなのだ。
「そんなバカな! ならば俺は何の為に召喚されたというのですか?!」
本当にな。お前がもう少し早く来れば俺が苦労する事も足を噛まれる事もなかったんですわ。超回復で傷はすぐ治ってもめちゃくちゃ痛いんだぞ?
「そう言われても……」
「貴方達は魔女に騙されているのかもしれない! もう自分で探します! この本が……魔女の居場所を指し示すはず!!」
高橋が取り出した本が光り、遠くへと光を指し示した。
「こっちか!!!」
高橋は光の指し示すまま窓をぶち破り外へ走り出した。
いや、玄関から出ろ。てか自分で分かるなら最初から自分で調べろよ……とかじゃなくて――
「騎士団長!!」
「あの野郎を追いかけないと!!!」
高橋の行動が色々急過ぎて頭が追い付かなかったが、我に返った俺は急いで彼の後を追いかけた。
★★★
ノエルたんは城下のカフェにいた。ついでに皇帝陛下も隣にいる。
ノエルたんの飼っている子猫は淀んだ魔気や悪意を吸い取る魔獣で、悪い方に育っていないか定期的に陛下に見て貰っているのだ。
「ルーカス陛下……ソラは大丈夫でしょうか?」
「うん。君に愛情を沢山貰っているんだね、安心したよ。ソラって名前にしたのかい?」
「えへへ……沢山悩んだのですが。……目が、青空みたいに青くて綺麗だから。私の大好きな青空です」
そんな会話をしながら陛下は微笑ましくノエルたんを見ていた。微笑ましいところすみません。
「見つけたぞ!!! 悪役令嬢ノエル!!!」
俺もすぐに追い付いたのだが、時既に遅く高橋がノエルたんに向かって叫んだ後だった。
陛下もノエルたんも急な乱入客に唖然としている。
「……ジェド、彼は何? 一体どういう事……?」
言葉を発した陛下の顔は和かだが、目は全然笑っていない。めちゃオコである。ノエルたんは意味が分からずポカンとしていたが。
「ええと……話せば長いのですが――」
「俺は異世界から召喚された十六夜白夜!! この世界は『異世界の少年と暗黒竜の魔女』であり、この本が指し示す彼女こそ暗黒竜の魔女、ノエル・フォルティスである事は明白だ! この世界の平和の為に……魔女は倒さねばなりません!」
うわぁ……俺がどう話そうか悩んでいるうちに高橋が全部正直に話しちゃいましたね。
その瞬間空気がピシリと張り詰める。周りのカフェの客誰しもが怖くて陛下の方を向けなかった。
「君は……どうやら大きな勘違いをしているようだね?」
「勘違いなどではありません!! 彼女は歪んだ心で闇の力を使い、悪逆非道の限りを尽くすのです!」
うわぁ……陛下があんな血管浮き出るくらい怒ってるの久々に見た。そういや魔王も陛下は切れると怖いって言ってたけど、陛下って優しそうで結構切れやすいのよね……
それよりも高橋、もう黙ってくれ……陛下だけじゃなくて周りはノエルたんの従者ばかりなんだからこのカフェ。皆ブチ切れ寸前である。
「陛下……」
その空気を破ったのはノエルたんであった。悲しそうな顔で陛下の袖を引っ張る。抱えている子猫を守るように抱きしめていた。
「陛下、私は何を言われても平気です。きっと十六夜様が何か誤解されているのでしょう。でも……陛下が怒ると……ソラが。もし私の為に怒ってくださっているのであれば……心をお静めください……お願いします。私は大丈夫です……」
ノエルたんは今にも泣きそうだが、必死で心を保っているのがわかる。その言葉に陛下は驚き目を見開いた。そして我に返った。
「すまない……私とした事が……間違えてはいけないね」
陛下はいつもの柔和な笑みに戻り、張り詰めた空気も薄れた。周りの従者達も武器に手をかけていたが、ノエルたんの言葉に泣き出した。天使が過ぎる。
ノエルたんが悪役令嬢な訳ないだろ……この世界に降り立った天使や……ぐすん。
「……異世界人よ。この子が闇の魔女などでない事はこの皇帝ルーカスが保証している。この国の者、皆もだ。お引き取り願おう」
「そ、そんな……だけど、その子の持っている子猫、魔獣じゃないのか? その魔獣が闇の力で令嬢を惑わすとか――」
「お願いです、ソラを悪く言わないで下さいませ!!」
ソラを貶され、ノエルたんも涙目で声を上げる。最早、高橋1人が悪者だ。
と、そこへもの凄い量の清らかな空気が流れ込んできた。えっ、何この圧??
「てめぇ……ノエルたんに何つったコラ……ふふ?」
そこには凄く怖い顔で笑っている聖女がいた。初キスイケパラの主人公である。
怖い。ハッキリ言って怖いが、怒りのオーラを大量の聖気を流して打ち消している。そんな器用な事出来るのか……? 流石腐っても聖女だったんだな。
「あ、あの……君は……?」
「聖女ですがぁ……??? 何かぁぁ??」
物凄い清らかな圧。これには高橋もたじたじである。
「聖女パーーーーンチ!!!」
聖女の繰り出す聖気を纏った右ストレートが顔面に直撃すると、高橋は吹っ飛んで空に描く星のように光って消えて行った。とんでもない威力だが……まぁ、恐らく大丈夫だろう。勇者だし。
「そんな器用な方法もあったのだな……奥深いな」
陛下は聖女の規格外な力に感心していた。その力の使い方、聖女として合ってますかね……?
「聖女様……私の為にありがとう。でも、パンチは……聖女様のお手が痛くないか心配です。あと十六夜様、大丈夫かなぁ」
高橋の飛んでいった方を心配そうに見つめるノエルたん。ノエルたんはどこまでも天使であった。




