閑話・竜の秘湯に皆で入りたい★★
温泉の脱衣所……シルバーの魔術具の1つを神妙な顔でそーっと外す。
「あっ! ダメです!!」
レイジーが叫ぶと、シルバーの爆発寸前だった髪の毛が発光し魔力爆発を起こした。
辺り一体に魔力が放出され、その魔力の衝撃波はラヴィーンの山を消し去りセリオンの一部まで焼く。爆発の瞬間身体が魔石になるような感覚に陥ったがそれも直ぐに爆炎のように広がる魔力に消えて無くなる。
悪役令嬢は知りません!〜悪役令嬢ホイホイの騎士団長は今日も歩けば出会ってしまう――完。
「……というのが私が今見た未来です」
「やっぱり駄目かぁ……」
温泉の脱衣所、タオル1枚の俺とワンダー……そしてローブまでは脱げたものの装飾を外せずにいるシルバーとその行く末が見えるレイジーは困り果てていた。
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竜族の兵士達に案内されてやって来た温泉はラヴィーンの首都から川伝いに下った先にぽつんとある1軒宿で、赤々とした木々に囲まれていた。いかにも秘境の温泉地って感じ。
「こんな宿があったのですね。ガイドブックにも載ってないし僕も知りませんでした」
ワンダーがキラキラとした目で見ていた。小説家であり本の行商であるワンダーだが、異世界各地を1人で転々としている際に各地の名所や名物を纏めてガイドブックに情報提供していたらしい。
元々はギルドで発行しているガイドブックを元に各地に本を売り捌いていただけだったのだが、余りにガイドブックの情報がいい加減すぎるので違う情報があれば訂正して出していた事がきっかけだとか。それはそれで1人旅を結構満喫していたのではなかろうか。
「こちらは『竜の隠し湯』と呼ばれる秘湯で、古来から竜達が傷を癒したりしていました。竜の負った古傷をも治すとされる程泉質が良い事を保証します。ですが最近は外傷よりも心傷を癒す為に来る者も多く、出張で国外に派遣されている飛龍が年末年始に戻って来て賑わっていますね」
「ファンタジー世界も現代病を負う時代なんですね……でも、そんなに知る竜ぞ知る温泉ならば何でガイドブックに載ってないんでしょうね」
「まぁ、こんな竜の修行場の最終地にあるような温泉に誰が来るんだよって話だが。あと、秘密にしてるから秘湯なんだろ?」
「まぁ……そうですよね。秘境ブームとかで人が押し寄せる秘境は最早秘境じゃないですもんね」
崖の迫る奥まった所にあるこの宿は人が来ない割には子綺麗で宿の者達が暖かく迎えてくれた。
「良いわぁ……秘湯。訳あり旅行って感じで妄想が捗るわね」
何故かついて来たレイジー・トパーズはウットリとした顔であらぬ妄想を膨らませていた。
何故かレイジーだけがついて来た、と言うよりはレイジー以外の女達が脱落したという方が正しい。
あの後11竜達は鼻血を止血しながら案内しようとしていたのだが、宿が近づくにつれ妄想が臨界点を突破したのか何だか分からないが次々と出血多量で倒れて行った。伝説の竜同士で戦っている時もそんな傷を負って居なかったのに、妄想に鼻血を出し過ぎて倒れるってどう言う事……?
結局最後まで耐えていたエキドナもついに倒れ、代わりに竜族の兵士が案内をしてくれたのだが、倒れた竜達の血が通り道に点々と落ちている様はホラーだった……
普段から妄想に耐性のあるレイジーは平然とメモをフル稼働させていた。何を書いているのかは聞きたくない。
とりあえず宿に入った俺たちは部屋に荷物を下ろして、まずはひとっ風呂浴びに大浴場へと向かった。
ちなみに当たり前だがレイジーは別部屋である。
「わぁ……中々綺麗ですね」
脱衣所で服を脱ぎ、タオル1枚で浴場の扉を開けると木の香りがする大浴場が見え、その奥には景色の良い露天風呂もあった。
元々は外に野ざらしの岩風呂しか無かったが、最近は竜体にならないで生活している竜族も多く、内風呂の要望があって作ったそうだ。
竜達が密林から伐採して来たという材木は木の香りが強く湿気への耐性がかなりあって丈夫らしい。
ワンダーも服を几帳面に畳んで腰に巻いていたが、何故かシルバーだけは服を着たままだった。
「お前、風呂に入らないのか?」
「うーん……実は私は服を脱いだ事が無いんだ」
「……え?」
服を……? え? 何言ってんの……? マジなの?
「言われてみれば、シルバーは身体中魔術具だらけでしたね。着せる時も大変だったし……」
シルバーは全身封印の魔術具だらけで、ローブの下も魔術具だった。子供の夢の村で大人に戻る時も何から着けて良いのか分からない魔術具を本人に言われるがままジャラジャラ付け直した。ちなみに服と一体になっている物もあり、ズボンを履かないと着けられない魔術具もあった。
「この間の村で子供になった時に取ったのが、魔力を持って以降初めてなんだよね。何せ全部の魔術具を外しちゃうと自分でも制御が効かないからねぇ」
「……お前、トイレや風呂はどうしてるんだよ」
「魔法で何とかなるからねぇ」
浄化の魔法か何かだろうか? トイレの何をどう魔法で何とかしているのか全く分からないが、魔法便利すぎない……?
「でもちょっと位ならいつも外してるじゃん」
「まぁ、少し位なら制御が効くからね」
シルバーは首にかかる飾りはそのままにしてバサリと器用にローブを脱いだ。
ローブの飾りも封印具だったらしく、シルバーの髪の光が濃くなったような気がしたが、まだまだ大丈夫そうである。
「その首飾りは外したらヤバイのか?」
「うーん、封印のバランスについては考えた事が無いけど、ヤバいかなぁ……」
シルバーが装飾の沢山付いた首飾りに手をかけた時、脱衣所の扉が勢いよく開いた。
「ちょっとお待ち下さい!!!」
男湯と書かれている扉を思いっきり開けて入って来たのはレイジーだった。おま……ここ男湯。
「その装飾は外してはいけません!!!」
レイジーが水晶を差し出す。その水晶を覗き込むと装飾を外す俺たちが映っていた。
シルバーが首飾りを取った瞬間、髪から魔力が暴走し、ピンク色の光が俺たちを包む。……そして、この辺りを中心に大爆発のクレーターが出来ていた。
「……爆発したな」
「やっぱり駄目かぁ。この装飾の束と先端にある魔石でかなり制御されているんだね。他の魔術具が粉々に砕けていたし」
「じゃあやっぱりシルバーは温泉に入れないんでしょうか?」
「まぁ……そうなるな。装飾取れないんだし」
「私も皆と温泉に入ってみたかったんだけど諦めるよ。仕方ないよね」
シルバーは残念そうな顔をしていたが、こればかりはどうにもならないよなぁ。
諦めて俺たちだけ大浴場に向かおうとした時、何故かレイジーが俺たちの行く手を止めた。
「そんなに簡単に諦めていいのですか??? 皆で一緒に温泉に浸かりたいんじゃないのですか???」
「いや……だって装飾取れないし」
「諦めるのが早すぎます!! 諦めたらそこで試合終了なのですよ???」
何の試合だ。というか、何でそんなにシルバーも一緒に風呂に入らせたがるの??
……まぁ、腐の国の住人だからだろうな。男が一緒に風呂に入っているのが見たいのか。お前は見れないがいいのか?
「お前も諦めろよ。さっき見たばかりだろ? コイツは装飾を外すと爆発するんだよ」
「いいえ!! 服を脱ぐ事を諦めてはいけません!! いざという時にどうするのですか?!」
服を脱ぐ事の何のいざがあるの……?? 何言ってるのマジで。
「私はトイレも風呂も魔法で解決出来るのだけど」
「魔法じゃ解決出来ない大切な事があるじゃないですか!!」
おっとそれ以上はマジで止めろ。変なタグを付けるか付けないかのスレスレを生きているんだ。やめてくれ……
「でも確かに、何処まで外したら大丈夫なのかは把握しておいた方が良いんじゃないですか? 仮に魔術具が壊れた時に知らないと困りません……?」
「ふむ……一理無くもないね」
「そうでしょう、どこまで脱いで大丈夫かはハッキリさせておかないといけませんよ! 薄い本が爆発オチだったら暴動が起きますし……何処まで大丈夫かというネタで10冊は行けそうなので参考までにお願いします!」
さらっとレイジーの本音が聞こえたような気がしたが、ワンダーの言う事も一理あるし……折角温泉に来たのに全く入れないというのも何だか可哀想な話である。
俺たちは上手く丸め込まれたようにシルバーが何処まで装飾を外して大丈夫なのか調べてみる事にした。
「まず何処から外そうか……」
とりあえずローブを脱いだシルバーの上半身は最早何かとんでもない事になっていて何処から外したら良いか悩みどころだった。ローブの下にどんだけ着けてんだよ……
「とりあえずベルトは外さないといけないと思いますわ」
レイジーのチョイスにだいぶ不純な感情が込められている気がした。確かにベルトにジャラジャラ付いているのは邪魔ではあるんだが……
「このベルトについている物は封印具では無いから大丈夫だよ」
「そうなのか? 何なんだこれ」
カチャリと外した飾りベルトにはジャラジャラとよく分からない物が付いていた。
「このケースの中身は魔力下痢の常備薬で、こっちは魔塔のマスターキーだねぇ。こっちは中に入っている種が歩く歩数で育つもので……この飾りは……何だっけ? 覚えてないや。こっちは細かい魔法陣を描く時に使うルーペでお尻で踏んでも壊れないんだ」
「魔力下痢って何だよ……」
「たまに体調不良で魔力がどちゃっと出てしまう人が居てねぇ。逆に魔力便秘という硬い魔力が詰まってなかなか魔法が使えない人も居るんだよ。私はあまりそういう経験は無いんだが、あったらとても困るなぁと思って持っているんだ」
「魔法使いってそんな悩みを抱えてんだな……」
「魔力で手や肌が荒れやすい人とかも居るみたいだよ」
魔ゾな上に魔力で苦労してるなんて魔法使いも何か色々大変なんだな……。いや、魔ゾは大変じゃなくて変態か。
「首飾り以外ならそんなに影響無いのか? この辺とか……」
俺は腕輪をスルスルと何本か引き抜いた。
「あ」
「……ん?」
シルバーの髪がピンクに光り爆発しそうになって慌てて腕に戻した。
「……もう駄目なのか?」
「いや、今外そうとしたのはちょっと強めのヤツだからねぇ。残しておいて欲しいかな」
言われた通り腕輪を1本残した。
幾つか外すとシルバーの髪がどんどん光を帯びていく。
「まだ大丈夫なのか?」
「まぁ、ちょっとずつ魔法を使ってるから何とか」
よく見ると地面に魔法陣が幾つも描かれて外の露天風呂まで伸びていた。何か外の木々が光っている気がするが何の魔法を使っているのかは気にしないでおこう。
足に付く飾りは全て取っても大丈夫だった。だが、だいぶ外すともう髪色が真ピンクに光っていて爆発しそうで手が震えてきた。
「あ! それはダメそうです!」
「ん?」
レイジーがさっと水晶を出すとその装飾を外した未来が見え、やはり大爆発を起こしていた。
「……何だか黒ひげ危機一髪みたいですね」
「何だそれ。異世界のゲームか?」
「えーと、黒ひげの海賊の男が樽で剣の串刺しになっていて……1本ずつ抜いていくゲームです。アタリを引くと樽から飛び出してしまうというドキドキゲームで」
「異世界人は摩訶不思議なものを考えるんだねぇ」
何だそのゲーム……残酷すぎない?
まぁ、シルバーが爆発するかしないかドキドキしながら外していくのは何かそういうゲームって考えると面白――くはないか。
「て事はこれが限界なんじゃないのか?」
「これじゃあダメよ! まだズボンもシャツも脱いでないでしょう!!!」
何でそんな脱がす事に拘るんだ……
「えーと……例えばこっちを戻してコレを取るって事は出来るんですかね?」
ワンダーが足の飾りを幾つか戻してみた。
「確かにそれならこの二の腕に付いてる物は大丈夫そうだね」
「じゃあこれでシャツを脱いで、もう1回二の腕の物を戻して……こっちは……腕輪を増やしてバランスを取れば……」
何のパズル……? 慣れてきた俺達はシルバーの髪色で限界か大丈夫かの境目が段々分かるようになってきた。もうシルバー危機一髪の上級者である。
そうやって調整しながらシルバーはついにタオル1枚+装飾姿になった。
……何か人魚の国に居たブーメランパンツに煌びやかな装飾を付けていた奴らを思い出す感じ……
「素晴らしいですわ……ついに……魔塔主様を脱がす事が出来たのね……これで薄い本が捗るわ……」
「あのー、ここまで脱がすのにパズルみたいに調整するのってムードも何も無くただただ大変なだけだと思うのですが、それは薄い本ではどうするのですか?」
ワンダーの最もなツッコミにレイジーはウーンと考えた後に
「まぁ、そこは妄想ファンタジーだから上手く割愛しますわ」
だったら何でも良いじゃねぇか!! 俺たちの苦労は何だったんだよ……
「それじゃあ、そろそろ風呂に入るから女性は出て行ってくれ。……というか、今更なんだがタオル1枚の男性陣の中に居て恥じらいとか何も無いのかよ」
「ふふふ、ジェド様の裸は割と水晶で覗かせて頂いておりますので」
今聞き捨てならない事を聞いた気がする。タオル1枚でゲートを越えて旅をした俺が言うことでは無いかもしれないが、こういう奴等を取り締まる法律作った方がいいだろう。
「まぁ、殿方同士の時間を邪魔するほど野暮では有りませんわ。ごゆっくりと……あ、貴方」
レイジーはワンダーに声をかけた。
「その姿は本来の姿では無いでしょう? 私には分かるわ。ふふ、本来の姿の貴方もきっと妄想が捗る程素晴らしい男性でしょうね。見てみたいわ」
そう言ってレイジーは脱衣所から出て行き、それを見送るワンダーは苦笑いしていた。
★★★
月が夜空に溶けそうな位綺麗な露天風呂の景色。
シルバーもなるべく装飾を湯に付けないように露天風呂へと浸かった。
「ふふふ」
シルバーが嬉しそうに笑った。
「どうだよ初めての風呂は」
「温かくて不思議な感覚だねぇ。服のまま水にダイブするのとはまた違うんだね」
「みんなで入れて良かったですね」
「そうだね」
皆と温泉に入ってみたかったと言っていたシルバーを仲間外れにするのは何となく気が引けていた俺とワンダーだったが、こうして3人で仲良く温泉に入れてホッとした。
前に第一騎士団員と陛下で行った魔王領温泉も良かったから、今度は2人も一緒に魔王領温泉に行けたら良いなぁ。……その前に色々解決したり誤解を解いたりしなくちゃいけないけど。あと、またパズルしなくちゃいけない……
……ん? 所でこれ、服着る時も同じようにパズルしなくちゃいけないのでは……?
何で2枚も描いてしまったのか分からないサービスショットです( ̄▽ ̄;)




