竜族は解釈が食い違う(後編)
ラヴィーンの王城を中心に荒れ狂う11竜達。王城の上や下でドタンバタンと戦う竜達を遠目に見ている竜族の民と俺達……
「うーん、壮観だねぇ。あの11人はどれもこれも伝説級の竜だったんだね」
シルバーが言うように、戦っている11体の竜は俺でも知っている有名な竜だった。
「エキドナ様方はナーガ様と対等に戦える程の力を持っておりました。しかし権力争いには興味が無く、ナーガ様の支配する竜の国とは見る方向性が違っていても爪を交える事なく山を降りられたのです」
「元々、国の行先よりも見目の良い男性に興味がある方々だったからなぁ。しかし、あんなに仲が良かったのに何故あの様な争いをされているのだろうか……」
確かに、帝国で見た時も仲は良さげだった。喧嘩を誘発しているのは恐らく瓦礫の至る所に散らばる宝石だろうが……それにしても何がそんなに互いに不満だったのだろうか?
宝石は城を中心にバラバラと飛び散っていた。恐らく11竜が城を破壊して戦い始めた時にかなり遠方まで飛び散ったのだろう……
とりあえず、俺達と竜族の民で宝石を回収しに回った。飛び火するエキドナ達の攻撃を避けつつ竜族達に話を聞いて回るが、誰に聞いても同じ様な反応だった。
「ところで、さっきからずっと気になっていたのですが……この辺りの店は新たに建てられたものですよね? 僕が来た時には無かったので……」
ワンダーがずっと気にして見ていたのは街中至る所にある本屋だった。
そういやワンダーは本の行商だから気になっていたのだろうか?
「ああ、よく気付きましたね。元々竜の国はその長い歴史から古い文献や本を保管していました。ナーガ様も我々の知らない珍しい本を数多く所有しておりましたが、エキドナ様方もまた我々の知らない書を多くお持ちでして……。それで、エキドナ様はそれらの本を広め、万人に見てもらうと同時に後世に伝えるために専門の本屋を立ち上げました。こちらの本屋では特定の本の買い取りや販売だけではなく専門家による査定も行っています。何でも今はこの本専門の鑑定士が居るらしいですよ」
そう言って竜族の民が棚から1冊引き抜いたのは見覚えのある薄い本だった。……どう見てもあの本なんですが。
「……何でその本、そんなに広まっているんですか」
「11竜様が統治し最初に手掛けたのがこちらの事業ですからね。今ではこの本屋の話を聞きつけて遠路遥々来られるお客さんも居るみたいですよ。手に入らないと諦めていた本があって泣いている方も居ましたし。その為に飛竜をチャーターする金持ちも居れば、わざわざ竜の修行道を通って来る強者もいたようで……」
修行の為の過酷な道を通ってまで希少な薄い本を探しに来るとかどんな奴なんだよ……
「この辺り一帯がその店ですね。本が濡れないように店の一帯にアーケードを作ったのも11竜様の要望です」
アーケードには整備されたての広い道が通り、ブロードウェイと書かれていた。
「……この際、色々突っ込みたい所があるのは置いておいて、もしかして彼女達が争っているのって……その本のせいじゃないですかね?」
ワンダーが神妙な顔で薄い本を見た。
「この本のせいったって……コレってあれだろ? ボーイがラブするような妄想の本だろ?? 現実でも何でもないファンタジーな本の何で争うって言うんだよ……」
「ジェドは本場のそれを知らないからそんな事が言えるのです。コレの解釈の不一致による争いは下手したら死人が出る程なのですよ」
死人が……? ただの妄想の本だろ?? 異世界どんだけ物騒なんだよ。
だが、ワンダーの言葉を裏付けるようにエキドナ達から争う声が聞こえてきた。
「騎士団長は前よ!!!!」
「いいえ後よ!!!!」
「リバよ!!!!!」
……何か言ってる。
「ワンダー、前とか後とかって何なんだい? 私にはその手の本の内容や用語は聞き慣れなくてねぇ」
「あー……言わなきゃダメですかね……」
「争いの原因がそれなら知らなきゃいけないんじゃないのかい?」
ワンダーは眉間を押さえながら嫌そうに説明した。
「ええと……つまり、彼女達が話をしているのは男同士が恋人な場合、どちらが男でどちらが女かという事で……前に来る方が男、後に来る方が女という……何で異世界でこんな事説明しなくちゃいけないんですかね」
「男同士の恋人だったらどちらも男じゃないのかい?? ジェドが女体化すれば良いという事かな?」
「そういう話じゃねえんだよ……」
「それはそれで新たな違う争いの火種になるからやめて下さい」
「うーん……異世界から入って来る文化は本当に理解に苦しむものばかりだねぇ」
シルバーはイマイチ分からない様子だった。というか頼むからこれ以上掘り下げないでほしい……これ以上やると実際にボーイがラブしている訳じゃないのに変なタグを増やさなくてはいけなくなる。
「まぁ、大きく理解するならば各々嗜好の違うものを愛する余り争いに発展していると言う事かね? 自分の好きな物は自分の中で完結すれば良いのに、不思議だねぇ」
「しかし理由が分かった所でどう解決するんだ??」
11竜の争いは終わりそうも無かった。折角ラヴィーンが再興しようと新たに王を立てたばかりなのにこのままではまた居なくなってしまう……
そんな、困り果てていた俺達の元に1人の女が現れた。
「……占いの導きにより遥々ここまで来たのに、コレはどういう事なのかしら……」
水晶を持つ旅人は薄紫のローブを被っている女だった。
……見覚えがありすぎるその女、厄介な占い師にしてあの薄い本を広めた張本人、悪役腐令嬢レイジー・トパーズである。
「あら、ジェド・クランバル様。またしても奇遇ですわね」
「レイジー……お前、竜の国に何しに来たんだ?」
「それが、私の占いにここに来れば新たな妄想のネタが仕入れられると出ておりましたの。丁度、最近私達向けの新たな事業を手掛けているという竜の国には来たいと思っていた所だったので旅に出てきましたが……ジェド様や魔塔主様に逢えるなんて、やはり私の占いに間違いはありませんわね」
レイジーは代々占術師の家系である。その中でも稀代の強い力の持ち主なのだ……変な本ばかり書いてるから忘れがちだが。
「あ! そうだ!! 丁度いい! お前……アイツらのお仲間だよな? 何とか説得してくれないか??」
「説得……?」
俺はダメ元で11竜が争っている経緯を話した。レイジーは神妙な顔で聞いていた。
「話は分かりました……しかし、それはまた難しい問題ですね……」
「難しいのか……?」
「ジェド様方には分からないかもしれませんが、同志である私には分かります。人の好みとは十人十色。例え同じカップリングを好きだった仲間でも、ある時急に違うものを好きになったり……はたまた同じ嗜好だったとしても同属嫌悪という言葉もあるくらいです」
「……全然理解出来んな」
「ジェド様のような男性にも分かりやすく説明すると、好きな女の子のタイプがお姉さん系だったり年下が好きだったりメガネをかけている子が好みだったり……皆違うじゃないですか」
「まぁ、確かにそうだな」
「ぽっちゃりが好きなのにダイエットして痩せてしまう事に悲しみを覚えたりしませんか? わざとダイエットを阻止したりとかするでしょう」
「するな。俺はする」
「そういう人の心が争いを生むのです」
「なるほど……?」
そう言えば眼鏡を取ったら可愛いvs眼鏡は取らない方がいいみたいな論争を激論している奴が騎士団の中でも居たな。好きな物は時として争いの火種になるのか……可愛さ余って憎さ百倍とかいう言葉もあるくらいだしな。
「……なので、どこまで人の言葉で説得出来るかは分からないですが、一応話をしてみるだけはしてみます」
レイジーはそう言って水晶に向かって問いかけ始めた。
「……聞こえますか……? 11の竜達……私はレイジー・トパーズ……貴方達の脳内に直接語りかけています……」
水晶が光るとその問いかけが竜達に届いたのかピタリと争いが止まった。シルバーがレイジーの魔法に感心している。
「ほうほう、直接脳内に。確かに皆を一斉に止めるには良いけど、どう説得するのかねぇ」
「……争ってはいけません……BLは……公式が最大手なのです……公式の供給を待つのです……」
「……公式が最大手ってどういう意味だい?」
シルバーがまたしてもよく分からずワンダーに聞いてみた。
「ええと……だから、ジェドが誰とカップルで前か後ろかは、本人が言ったものが正解って事なんじゃ無いですかね」
「誰とカップルでも前も後も公式の供給も無ぇよ。何言ってんの……」
更に悪化する風評。しまった、頼む相手を間違えた。
「うそ……レイジー先生……!!!??!!」
「本当に……本物の????」
11竜達は声の内容ではなく、問いかけたレイジー本人に驚き辺りを探し始めた。こちらに気付くとその竜体から戻り、人の姿で次々と降り立つ。
「まさか……そんな……どうしてここに」
レイジーの前に来たエキドナ達は泣き崩れた。
「レイジー先生! 私達は先生の本を見て新たな扉を開きました! ……ですが、生きる糧を、幸せを貰ったと同時に……我々は争う心を目覚めさせてしまったのです」
「あんなに嫌いだった争いなのに……自身の好きなものを1番に思うあまり……違う解釈を憎まずにはいられなくなってしまいました……」
「本当は……仲良く皆で妄想を分かち合いたいのに……どうしてこんな事に……」
泣き出す11竜達にレイジーは優しく諭した。
「解釈違いも論争も……有って当たり前です。だって、皆違う個々だから。それらが全て駄目なんて誰が言いましたか? 私だって自身の好きな物を主張する為にペンを取りそれを紙にぶつけました。時に違うと言い争う事もあります……でも、お互い我慢せずに好きなものに対する想いをぶつける事だって必要です。好きになるにはそれなりに理由があり、それを本気でぶつけられた時に自らの性癖が変わる事だってある……激論すれば良いじゃないですか」
レイジーの言葉を聞いてエキドナはハッと気付き震える。
「……確かに……私は今までカップリング論争は争いの火種になるからと敢えて止めていました……自分の嗜好と違うからと……」
「違う主張を好きになる理由まで聞いてはいませんでした……顔カプだって頭ごなしに決めつけて……」
「私達……もっとちゃんと話し合えば良かったのに……」
11竜達から黒い毒気が抜けていくような感じがした。部屋の隅、ゴミ拾いのように竜族達が集めていた宝石はシルバーが出したごみ袋に入れられている。何でも、魔塔に急いで作らせていた封印付きの特製袋らく、先程やっと届いたらしい……
レイジーの説得によりすっかり正気を取り戻したエキドナ達は争う事は無くなった。……いや、正気は更に失われているかもしれないが。
「ジェド様方……御足労をおかけして申し訳ありません」
「……いや、まぁ解決したなら良かった。それより、この変な宝石達は何処から来たんだ?」
ゴミ袋に沢山回収された黒い宝石は相当な量になっていた。アンバーの時と同じである。
「この宝石ですか……これは竜の修行道でつい先日一斉ゴミ拾いを行った時に回収したものです。修行道に転々と落ちていたみたいでこんな量になっていました。よく分からなかったので一先ず王城で預かっていたのですが……」
「これは人の不満や不安、憎しみを少しずつ増幅させるような物だからね。新たに見つかったらこのごみ袋に入れて毎週炎の日に魔塔に送ってね。こちらで処分するから」
「分かりました」
それにしても何でこんなに沢山あるんだこの宝石は……最早燃えないゴミ扱いである。
「解決したのは良かったが、大分時間を取られてしまったな。とりあえず、今日はラヴィーンに泊まってから出発しよう」
子供の夢の村で待つアンバーの為に朝まで密林や狼の村で食材を集め、更にセリオンの首都から移動……いい加減体力的にも眠気も限界である。
「これから竜の修行道に入るならゆっくり寝られる場所も無く野宿だろうし、出発は明日が良いだろうねぇ」
「何か……凄く疲れましたもんね」
「ふぁー……エキドナ、何処かゆっくり休める宿ある?」
俺の質問にエキドナ達が急に真顔になった。……え、何?
「……あ、いえ。それでしたら我が国には温泉宿がありますがいかがでしょうか?」
「温泉かぁ。魔王領以来だな。疲れも取れそうだしめっちゃいいな。そこにしよう」
「私は温泉はあまり入った事は無いんだ」
「……お前は魔術具外せないんじゃないのか?」
ラヴィーンの温泉宿は首都から少し離れた場所にあるらしい。ゾロゾロとエキドナ達が案内をしてくれたが、真顔の女達は時折倒れたり鼻から血を吹いたりしていた。……だから本当、何……??




