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何とかしなくてはいけない宝石(後編)何とかしなくてはいけない陛下の心情


 

「それで、貴女は何故この宝石を街中にばら撒いていたのかね?」


 アクセサリーショップの外、併設されたカフェで青黒宝石撒き散らし犯の女に話を聞いていた。


 本当は店の中で話を聞こうと思っていたのだが、店側にも迷惑がかかりそうだしカップル達の邪魔になりそうだったので空気を読んで外に出た。

 カフェはカフェで恋人達のイチャイチャ祭りである。外のテラスは冬も近く寒空だというのに寧ろ寄り添って熱々だ。だが、宝石の影響を受けなくなった今の私はカップル達を見ても一々苛々としなくなった。何故あんなに気にしていたのか不思議である……呪いの類は本当に恐ろしい。


「……」


 女は何も言わずただ俯くだけだった。理由も言わず黙っていられては何も分からない。


「えーとだな……我々は貴女を責めている訳では無いのだよ。理由を聞いて相当ならば何らかの罰則はあるかもしれないが、魔法都市も私の住む帝国も不相応に重い処分を下す法は存在しない。とにかく理由だけでも聞かせてくれないか?」


「何かお困りなのでしたら相談にも乗れますし……」


 我々の必死な説得が通じたのか、ようやく重い口を開いてくれた。


「……私は、さる国の貴族令嬢でアンジェラと申します。貴族令嬢として何不自由無く暮らしていた私ですが……つい先日の事。私には婚約者がおりましたが、その婚約者との仲を引き裂く女が現れました」


「なるほど、それは――」


 悪役令嬢だね。と言いかけたが、シャドウが私の肩に手を置いてふるふると首を振った。

 ……そうだね、いけないな。ジェドに毒されてすぐにそういう風に思ってしまうようになっている。が、彼女は至って真面目に話をしているのだ。重い口をやっと開いてくれたのに水を差すのもいけない。

 私は気を取り直して話に集中した。


「その女は事あるごとに私を悪女に仕立て上げ……ついに先日、悪女の汚名を着せられ婚約破棄されてしまったのです」


 ……悪役令嬢だな。シャドウの方を見たが、やはり首を振った。そうだね、話を真面目に聞かないといけない。

 今重要なのは彼女が何故あの宝石を撒き散らしたか、という事だ。悪女の汚名だの悪役令嬢だのは関係無い。だが、何でそんな風に婚約破棄される令嬢が世の中に多いのか、本当に謎である。それが帝国内だけならまだしも、明らかに他国人なのに似たような状況の女性が後を絶たない……婚約破棄禁止令でも出そうかな。いや、そういう問題では無いか。

 ……話をちゃんと聞かねば。


「それで、貴女が宝石を撒く事と何の関係が?」


「……×マスという物をご存知ですか?」


「バツマス……? 済まない、あまり聞き慣れない言葉だが」


「あ、私、聞いた事あります」


 シャドウが手を挙げて話に入ってきた。私が知らない事をシャドウが……?


「皇城内のメイドに聞いたのですが、最近他国で流行り出したという冬のお祝いですよね? 聖なる夜に赤い服のおじいさんがプレゼントを子供に配ってくれるという異世界のお話から発生した新しい記念日とかで、恋人達がプレゼントを渡し合う日として最近商業区中心に広めようとされているとか。帝国にも少しずつ広まっていますよ?」


「……最近、何かやたらに赤や緑の装飾を多く見るのはもしかしてその新しい記念日とやらか……?」


 油断をすると勝手に変な記念日が広まっていたりする。やれ豆をぶつけ合う日だの、長い物を黙って食べる日だの、好きな人にお菓子を贈る日だの……

 そういう流行はジェドの方が詳しいのだが、何にしても知らない文化を勝手に広めないでほしい。


「そうです。私……それはもう×マスを楽しみにしておりました。今年は成人して初めての聖なる夜……プレゼントも何ヶ月も前から選び、記念の日をムード満点の場所で過ごすものだと……しかし、何でよりによって……もうすぐ×マスだというこのタイミングで婚約破棄される訳??!!」


 アンジェラが立ち上がってヒートアップして来た。シャドウも私も何も言えずただアンジェラの勢いに圧倒される。


「こんなん、どう考えてもあの女と×マスを過ごしたいからに決まってるでしょう!! そんなクズの男とクソ女はこの際どうでもいいわ……でも、このタイミングに婚約破棄されて、入念に準備して来た私はどうなる訳???? もうあと数週間で聖夜だけど、見つかる?? 恋人、見つかる訳無いわよね??? 貴族令嬢の恋人がそう簡単に見つかる訳無いでしょう???」


「それは色々大変でしたね……」


 シャドウが当たり障りの無い言葉をかけようとしたが、キッと睨まれ肩を揺すられた。


「そうよ。それで、魔法旅行代理店に悲しみ……いや、怒りのキャンセルに来たのよ! だけど、こんな傷心の私を嘲笑うかのようにこの街は恋人達がラブラブいちゃいちゃ……許せなかったの。だから私、あの宝石を撒いたのよ……」


 アンジェラが怒る度に置いてあった鞄が青黒く光っていた。鞄には大量の黒い宝石が入っているようだ……そんなに持っていたら相当な怒りと嫉妬を増幅するだろう。

 私がソラに目配せすると、ソラは頷いてアンジェラに見つからないように少しずつごみ袋へと運んで行った。


「この宝石は何処で手に入れたのだ?」


「……ここに来る途中、ウィルダーネス大陸から来た人に預かったの。アンデヴェロプトの魔法都市に届けて欲しいと。丁度通り道だったから承諾したわ。でも、アンデヴェロプトが近づくにつれ……苛々が募り……ここに到着した時、バカップル達を見て宝石の声が聞こえたの。あいつらを同じ目に遭わせる為に……この宝石を撒けって……」


 ソラが少しずつ宝石を運んで行くと次第にアンジェラの気性が落ち着き、少しずつ思い出すように語り始めた。やはり、宝石の影響で馬鹿な考えを起こしているようだ。


「なるほど……経緯は分かった。貴女の問題は私が責任持って解決しよう」


「……え?」


「その記念日とやらまでに恋人が出来れば良いのであろう? ならば帝国で独身、貴族、オマケに騎士団員もしくは皇室魔法士で良ければ何人でも紹介出来るが如何かな?」


「ほ、本当に……?」


「ああ。魔法旅行もキャンセルしなくていいように取り計らう。今すぐ帝国の皇城を訪ねて貰っていい。宰相には連絡しておくから」


 宰相の名前を出すとアンジェラはギョッとした。


「あ……あの、貴方は一体……結構な、身分の高い方なのでしょうか?」


「それについては気にしないでほしい。シャドウ、魔塔から皇城と連絡が取れるはずだからエースに連絡しておいてくれ」


「かしこまりました」


 ソラの方をチラリと見ると宝石は全てごみ袋に捨てられていた。その頃にはすっかりアンジェラの毒気も消えていてホッとした。

 何だか前にも男を紹介する類の事件があったような気がしたが……その位で解決するならば幾らでも紹介しよう。丁度良く、皇城には独身彼女無しが多いからな。



 シャドウは魔塔に連絡を取りに行き、アンジェラが帝国に行くのを見送ると少し時間が空いたのでソラと魔法都市を歩いた。

 宝石の影響を受けずに歩く魔法都市は、恋人だけではなく他の家族連れもいて皆が楽しそうに買い物や娯楽を楽しんでいるのがよく見えた。


 ふと、アクセサリーショップが目に入る。

 恋人達がキャイキャイと賑わう店ではなく、控えめで落ち着いた雰囲気の店だった。

 店の中では店員がニコニコと客に話しかけている。


「お客さん、恋人に贈るなら指輪はどうだい? ほら、これ。変わったデザインだと思わないか? これは2つで1つのデザインになっていて、それぞれの裏にお互いの名前を彫るのさ。良いだろう? 相手は自分のだっていう気持ちも満たされるし、同時に自分は相手の物だって気持ちも渡せるのだけどどうだい? それぞれ1点物だから同じ物は無いよ」


 なるほど……と思ってついじっと見てしまった。

 帝国にはこう言ったペアの物を着ける習慣は無い。何処から入って来た文化か風習かは分からないが、それは何だか良い物だと思った。

 彼女が自分の名前の物を着けて……


 私の名前かぁ。本名……長いからなぁ。



「あ、陛下! こちらにいらしたのですね」


 ぶらぶらと街を歩いた後、魔塔から戻ってきたシャドウと合流した。


「にゃー」


「あれ? ソラは何を持っているのですか?」


 ソラの首には小さなハンカチでソラの買い物が包まれ括り付けられていた。


「ふふ、それはソラとの秘密だからね。さぁ、早くウィルダーネス大陸に向かおう。宝石の出所はやはりウィルダーネス大陸に間違いは無さそうだし、ソラもそちらを目指しているみたいだ」


「はい」


 魔法都市への寄り道も済み、我々はアンデヴェロプト大陸の魔力火山のある山へと向かった。

 あの山を越えた先が目的地、ウィルダーネス大陸である。

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