何とかしなくてはいけない宝石(前編)
「ジェド、シルバー……それにザッハ。兵士達も。迷惑をかけて済まなかったな。俺はこの通りもう大丈夫だ、変な宝石になど惑わされん」
瓦礫の山、ほぼ全壊したセリオンの王城を獣人兵士達が片付ける横で獣王アンバーが謝っている。
アンバーが正気になったのを確認し、俺達は子供の夢の村からセリオンの首都へと戻って来た。外に避難していた住民達も今は首都で片付けをしている。獣人の男達は壊れた街の片付け、女達は炊き出しをしていて……何故かザッハも炊き出しを手伝っていた。結局食事の世話をさせられているみたいだが、しばらく置いていこうかな。
「とは言え、こんなに沢山のやべぇ物はお前が大丈夫でも他の獣人達に影響が出るかもしれないからな……早い所何とかした方がいい」
瓦礫の間に散らばっていた青黒い宝石は一ヶ所に集められて隔離されていた。アンバーのあの様子を目の当たりにした獣人達は絶対に触らないように気をつけていた。
「なぁシルバー、こういう危険なアイテムってどうしたら良いんだ?」
「うーん……ちょっとなら燃やすとか砕いて流すとかも出来るけど、流石にこの量を一度に処分するのは事だねぇ」
「一気に燃やしたり砕いたりしちゃダメなのか?」
「大量に砕いた粉末や燃やした気体が風に流されたらねぇ……絶対に有害だろう? かと言って1つずつ処分するのも面倒だねぇ」
「これだけ大量にあると有害廃棄物ですね」
何でこんなに貯め込んだんだよ全く。
「うーん……あ、そう言えばジェドは光の剣を持っていたのですよね?」
「ん? そうだけど。こんなの斬れるかなぁ」
「光の剣士本人に聞いてみたら良いんじゃないかい?」
「えー……オッサンを起こすの?」
俺はしぶしぶオッサン剣に付けられていた魔術具の飾りを外した。途端にオッサンが眠りから覚めて剣から人に姿を変える。……当然だが服は着ていない。裸のオッサンは鞘で股間を隠していた。いや、全く隠れてないんだけど。
「ジェド君! ずっと眠らせるなんて酷すぎるよ!! 放置プレイも程々にしてくれないと……でも、そんな所が好――」
「止めろ。放置プレイでも何でもないし気色悪い事を抜かすな」
起きるなりオッサンは変態が全開だった。むしろ放置した分だけパワーが増している気さえした。えー、調整しないといけないのかなコイツ……定期的にオッサンに話しかけるとか俺の人生が嫌すぎる。
「ジェド、早く用だけ済ませてまた眠らせれば良いと思うよ」
「トゥンク」
シルバーがニコニコと酷い事を言った。お前はマゾなのかサドなのかハッキリしろ。そしてオッサンも酷い扱いにときめいてんじゃねぇよ。
「なるほど、事情は分かりました。この俺、ジェドの半身、心の拠り所、真実の魂こと光の剣クレストに不可能はありません」
「サラッと勝手に変な自称すな」
裸のオッサンがずっと変な事を言っているので周りの獣人達がヒソヒソし始めた。
「……団長、変な悪役令嬢に絡まるのから変態のオッサンに方向性変えたんスか?」
エプロン姿でお茶を持って来たザッハが微妙な顔をしていた。いや、元々好きで悪役令嬢に絡まれていた訳じゃないんだが、変なオッサンよりはマシである。このままではタイトルが『マゾなんて知りません! 〜マゾホイホイの騎士団長は今日も歩けば出会ってしまう』になってしまう……
変なマゾはシルバー1人で間に合っているので勘弁していただきたい。
「何も変えてないから。オッサンも何でも良いから早くしてくれ……こちらは急いでいるんだ」
「分かりました。では――」
オッサンが宝石を包み込んだ。
「そういや何をするんだ? てっきり剣で浄化でもするのかと思っていたんだが」
「ほうほう、これは光魔法だねぇ」
「その通りです。我ら選ばれた10人の光の剣士は、真実の愛を見つける事により闇を浄化する光魔法を使う事が出来るのです」
ほう……? 真実の愛?
「ちょっと待て、誰と誰の間に生まれたんだよそんなもん」
「勿論、俺とジェド君の間に決まっているじゃないか」
「決まって無いわ! 勝手な事言うな!」
駄目だ、このままではオッサンのせいでタグにBLを付けなくてはいけなくなってしまう……R15よりも先にBLを付けなくてはいけなくなるのか? やめて……
「すみません……ちょっと確認なんですが、クレストさんはジェドの事を愛しているのですか?」
ワンダーが余計な事を聞いた。何で聞いた?
「いや何で掘り下げるんだよ」
「いや、ちゃんとハッキリした方が誤解が無くて良いんじゃないかなって……」
「少年よ……子供の君には分からないかもしれないが、愛とはそう簡単に説明出来るものでは無いのだよ。真実の愛とは特にそうだ。友であり相棒であり心の拠り所である。男女のような愛だけが愛じゃないと気づいた時、俺はジェドの剣となったのだ」
「ほら、ジェド。ギリギリセーフですよ。BLでは無いっぽいです。多分」
「そうか……それは良かった。何でも良いから早くしてくれ……」
オッサンがギリギリBLでは無いと分かった所で改めてオッサンが宝石に向き直る。裸の光のオッサンが祈ると宝石はふわふわと浮き上がり、光に包まれながら浄化されて金色になって行った。
そして黒い宝石は1つ残らず浄化されて地面に落ちた。
その1つを手に取りシルバーがマジマジと見る。
「ふむ……これは光の宝石だねぇ」
「光の宝石……?」
「効果は痛覚無効と安らぎといった所かな」
「いやマゾ石じゃねえか!」
「私の愛の結晶だ」
「……埋めよう」
宝石としては貴重なのかもしれないが、何か気持ち悪かったので受け取りを拒否する。マゾから生み出された大量の光の宝石は新たに城を立て直す予定のセリオン王城の地中に埋められた。
作業中に獣人が少し光の影響を受けかけていたのでもっと地中奥深くに埋める事にした。
「さて……俺の役目は終わりだな。さぁ、ジェド君、放置したまえ」
「……」
放置に慣れてむしろ放置を望む末期のマゾ。俺が無言でオッサンに魔術具の飾りをつけると、オッサンは剣に戻り喋らなくなった。2度と外したく無い。世界が平和になったらワンダーに異世界にでも捨てて来て貰おうか……
「何から何まで苦労かけてしまい申し訳ないな。だが、苦労ついでにシルバーに頼みがあるのだが」
「私にかい?」
「ああ。以前ジェドとラヴィーンに行った時に使用したラヴィーンの裏道の魔法陣、アレを直して欲しいんだ」
裏道の魔法陣か。まだナーガがラヴィーンの女王だった時に、俺達は『竜の隠れ道』と呼ばれる古い遺跡の魔法陣でラヴィーンへと向かった。ナーガから逃れる為に魔法陣は壊してしまったが……
「ラヴィーンの女王が変わって国交を回復するようになったのだが、今はまだセリオンへの道が整備されていない。1番早く行けるのはあの隠れ道だったので当面はそちらを使用したいのだ。直して貰う事は出来ないか?」
「まぁ……魔法陣ならば多分出来ると思うよ」
「助かる。俺は暫くこの惨状の後片付けの為動けないが宜しくお願いしたい。それと、例の宝石なのだが、セリオンだけではなくラヴィーンにもかなり蔓延しているらしい。その様子も早急に見てきて貰いたいんだ。まぁ、俺のように暴れまくるような気性の荒い者は居ないはずだが……何せ竜だからな」
アンバーほど猛獣のような奴はいないだろうけど、いうてラヴィーンは竜族の国である……住人皆が暴れ回る事を考えると恐ろしい。
「分かった。遺跡も直しつつそちらも見に行こう」
「頼んだ。それとジェド……」
アンバーはコソコソと耳打ちした。
「……あの子供、指名手配中のヤツだよな?」
「やっぱ分かる?」
「俺は直接会っているからな……匂いで分かる。ま、俺はアイツには恨みは無いし、むしろ感謝している位だから見なかった事にするさ。何か事情があるんだろ?」
「まぁな。別に見なかった事にしなくても良いのに……」
「1国の王が指名手配犯を匿ったなんて大っぴらに言えんだろ。それより、解決したらまた面白い本を持ってきて欲しいと伝えておいてくれ」
「……言っておく」
上機嫌なアンバーに見送られ、俺達はラヴィーンへと向かった。目的地は例の抜け道の村……あ、牧場にでも寄って行こうかな。
……いかんな、何か色々ありすぎてすぐ目的を忘れそうになる。何で次から次へと俺達に色々頼んで来るんだみんな。
消えた悪役令嬢達、大丈夫かなぁ。
★★★
一方その頃、帝国を出発しゲート都市を抜けた皇帝ルーカスと甲冑騎士シャドウはアンデヴェロプト大陸の魔法都市へと来ていた。
大陸へ降り立つと山へ向かおうとしていたソラだったが、途中で何かを感じたのか方向を変えて魔法都市の街中へと2人を誘導した。
「これは……」
ソラが止まった魔石の原石が売られている店の中――色とりどりで大量の屑魔石に混じって青黒い宝石が埋もれていた。
「すみません、これは魔石ですか?」
店主を呼び聞いてみたが、宝石を見た店主も困った顔で宝石を見た。
「あれ??? また混ざってる……魔塔から言われて、この宝石を見つけたら砕いて危険物魔石ゴミと一緒に魔力火山に捨てるように言われてるんですけどね。捨てても捨てても混ざっているんですよね。どこの悪質業者だよ全く……」
「陛下、これは……」
「ああ。誰かが意図的にばら撒いているのなら見過ごす訳にはいかない……先は急ぎたいが、少し様子を見よう」
「にゃーん」
ジェド達が宝石に邪魔されて中々進めずにいた頃、ルーカス達もまた宝石に足止めされようとしていた。




