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獣王アンバーの不満は増幅される(後編)

 


 無数の手にくすぐられ、一歩間違うと拷問か異世界の薄い本のようなアンバーの様子。

 叫び声なのか笑い声なんだか判別つかない声をBGMにして俺達は話し合っていた。


 最初は何かちょっと可哀想かなとも思ったが、意外と平気そうなので皆次第に慣れて来た。

 普通の人間ならいい加減気絶してるが全然元気そうなんだもん。


「しかし帝国の騎士かぁ……アンバーが王になる前ったって何人居るんだよ」


 今騎士団に入っているヤツだって何人も居るけど、試験を受けたってだけならば採用試験に落ちた奴の可能性もある。


「うーむ、こりゃあ陛下に直接聞いた方が早いかな。シルバー、皇城まで移動魔法使ってくれない?」


「え?」


「え?」


 移動魔法を使って貰おうとしたが、シルバーは露骨に嫌な顔をした。


「お前の大好きな魔法だぞ? 何でそんな顔をするんだよ……」


「……」


 シルバーは目を逸らした。この前もわざわざ魔術具を使うから、おかしいとは思っていたのだが……まさか……


「まさかお前……嫌なのか」


「そう。嫌なんだねぇ」


「……そうか」


「え? 何がそうなんですか? 全然分からないんですが……」


 ワンダーは訳の分からない顔をしていたが、俺にはシルバーの気持ちが痛い程よく分かった。


「移動魔法は面倒なんだよ。簡単に使うもんじゃない」


 シルバーもうんうんと頷く。


 そう……移動魔法で国を越えると、ひたすら書類を書かされるのだ。

 いや、1回位なら別にいいんだが……こいつ、何回使ったのか知らないがめちゃくちゃ書類を書かされた。俺も手伝った。短期間でそんなにホイホイ移動魔法で国を越える人も居ないらしく係員もうんざりしていた。


「国の中なら良いんだけどねぇ。これから先のいざという時を考えると、そうホイホイと使いたくないんだよねぇ。物を送る位なら魔術具で十分だし、私はもう少し魔法の使い方を考える事にしたよ」


 シルバーが珍しく魔法を使う事にげんなりしている。余程書類を書かされた事が嫌だったらしい。

 まぁ、お前は簡単に魔法を使いすぎだから確かに少し考えた方がいいとは思う。この間なんて硬くて開かない瓶の蓋を開ける魔法とか使ってたけど、そんなんで魔法使うなよとは思った。

 だがしかし……


「……今がいざという時なのでは?」


 ワンダーが困り顔で言うが、正にその通りだ。セリオンの王が困っているのである。……いや、困っているのは王じゃなくて周りの奴らだが。


「……仕方ないねぇ」


 シルバーはごそごそと収納魔法をまさぐり、何かを取り出した。それは部屋の扉単体だった。いや何その扉。


「皇城の執務室は特別な扉で出来ていてねぇ。この魔術具の扉を開けば執務室に行く事は出来るよ。この扉越しに聞けば良いんじゃないかなぁ?」


「なるほど! 話するだけなら国を越える訳じゃ無いから面倒な書類を書かなくても良いしな。お前頭いいな」


「必要ならばあちらが来れば良いさ。私は、絶対に、行かないからね」


 おお……移動魔法を使わないという強い意志。こりゃあ当分魔法で国は越えられんな。

 扉を見たワンダーは微妙な顔をしていた。


「んどうした?」


「あ……いや、何というか……似たような物を見た事があるので」


 異世界にも似たような物があるのか? 異世界の文明の進化具合は俺にはよく分からないから想像も出来ないけど。


 シルバーが扉に手を当てると、扉全体が魔力を帯びてピンク色に光った。ガチャリと扉を開くと見覚えのある執務室が見える。


「うーん……どこでもド――いや、何でもないです」


「? ま、いいか。陛下ー、ちょっと聞きたい事が――」


 扉越しに呼びかけた執務室の中では、エースとロイ、それに三つ子が驚いた顔でこちらを見ていた。


「あれ? 陛下は??」


「陛下は外出しましたが……えーと、ジェド、プレリ大陸に行ったはずですよね……? というか、廊下じゃ無いし……魔法ですかそれ?」


 エースが驚いた顔でまじまじとこちらを覗き込んだ。


「魔法というか、魔術具だねぇ」


「騎士団長達、何で扉からこっちに来ないんですかー?」


「……この扉を越えると色々面倒なんだよ。手続きとか。色々」


「ああ……」


 エースは何か察して納得してくれた。流石宰相、理解が早い。

 しかし陛下は不在かぁ……


「あ、この際エースでもいいや。なぁ、騎士団員の事って把握してるよな?」


「騎士団員ですか? ええ……まぁ。というかさっきからずっと、貴方達の後ろから叫び声なのか笑い声なのか分からない声が聞こえるのですが……大丈夫ですか??」


 俺達はもう普通に慣れていて気が付かなかったが、絶賛アンバーが笑い叫んでいた。うん、気になるよね。


「あー……気にするな。それを解決する為に今、ある男を探しているんだ。騎士団員になる前にプレリ大陸の密林で修行していたようなヤツって分かるか?」


「密林ですか……?」


「何でもアンバーが密林に居た頃、騎士団に入る為に修行していたヤツと知り合ったみたいで、そいつを探しているんだよ」


 俺の言葉を聞いてバサバサと書類を落として立ち上がったのは、何故か三つ子の1人だった。ガトー、ザッハ、トルテの誰かは分からんが。


「あー……団長、それ……多分、俺ッス。え? てか、あいつ、獣王なの???」


 三つ子の1人が驚いた目でこちらを見た。扉越し……俺達の後ろには無数の手にくすぐられ、笑い転げているアンバーが居る。


「……それ、どういう状況ッスか? 確かにそいつ、俺の知ってるヤツですけど……」


「まぁ、話せば長くなるんだが。とりあえずお前だけでいいからこっちに来てくれない? ……あと、お前、三つ子の誰なんだ?」



 ★★★



「なるほどー。セリオンそんな事になってたんスね」


 扉を通ってセリオンに来たのは三つ子1人、ザッハだった。


「確かに俺、騎士団を受ける前はプレリ大陸の密林に来てたんスよね。その頃まだセリオンは獣人達が人間に対して冷たくて、結構物騒だったからまさか入っちゃダメな所だとは知らなくて。で、アンバー……獣王とはそこで知り合ったんス」


「それで、何か旨い飯を食わせていたのか?」


「旨い飯というか……アイツ、食べられれば何でも良いみたいな生活を送っていたんで、流石に腹が立ったというか。で、密林でも美味しく食べられる物を探して、時折密林から出たりしながら食材を仕入れては食べさせてやったりしてたんです。その内に食生活がマトモになって来たというか」


「獣王が仰っていた方は貴方だったのですね」


「貴方様のおかげでセリオンの食生活は獣王の厳しい教え通りマトモになりました! 貴方は神です……」


「え……そんな大した物作った訳じゃないんスけど……」


 兵士達がキラキラとした目でザッハを見ていたが、当の本人は困惑していた。


「それで、アンバーが言う何か食べたいお前の料理に心当たりは有るのか?」


「あー……多分アレっスね。密林でしか手に入らないかも」


「やはり密林か……よし、行こう」


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 俺達は密林にその食材とやらを取りに行こうとしたが、獣人兵士達が俺達を引き止めた。


「ん? 何?」


「獣王をあのままにしておくのですか?? 流石に……気の毒です」


 兵士の指差す先には笑い転げて瀕死なアンバーが居た。もうかなりの時間あの状態だ。

 流石にヤバイか……かと言ってなぁ。あの手を止めちゃうと暴れるだろうし……どうしよ……


 俺の服をくいくいとワンダーが引っ張った。自分を指差して口を開く。


「ジェド、もうすぐ夜でしょう? 丁度良い所が有るのですが」


「夜……あー、なるほど。シルバー、あのまま運べる?」


 シルバーはニコニコと頷くと移動の魔法陣を作り出し、手にくすぐられたアンバーごとあの村へと運んだ。俺達もその後に続く。国内なら良いのか、移動魔法。



 移動した先はあの村。毎度お馴染み子供の夢の村だった。

 笑い転げるアンバーの口に犬のお姉さんが夜鳴き茸を直に入れた。せめて何かに混ぜてやってくれと思ったが、直の方が効き目が早いらしい。

 見る見る内にアンバーは小さな子供になっていく。


 くすぐる手が離れると、小さな子供のアンバーはワーッと泣き出し暴れたが、子守要員で来た兵士何人かがポコポコ叩かれていた位で破壊活動をする程では無かった。ムキムキ最強獣人と言えど子供の頃は普通の子だったんだな。良かった。

 シルバーが睡眠の魔法をかけると今度はちゃんと効いたのかすやすやと眠ってしまって、簡単には起きそうに無かった。


「これで朝までは大丈夫だな」


「あの、獣王様、どうかされたのですか?」


「あー、いや、ちょっとな。急に来てすまない。とにかく、朝までには戻るからアンバーをよろしく頼む。」


「分かりましたー!」


 心配そうな犬のお姉さんが見守る村の宿にアンバーを預け、俺達は密林を目指し出発した。

 朝までにはアイツの食べたい物とやらを手に入れなくてはいけないのだ……



 子供の夢の村を出発して暫く走ると、その密林は現れた。不可侵地、未開の密林。

 ……だったはずなのだが、アンバーはここの生まれで何故かザッハまでここに入っていたらしい。結構侵入されている。


 密林に足を踏み入れると、プレリの涼しげな草原とは違い空気がもわっとして少し不快感を感じた。何でこんなにジメジメしているのだろう……それに足場も泥だらけで気持ち悪い。

 俺は上着を収納魔法に仕舞った。ブーツは諦めた。湿度が凄すぎて暑いのでシャツになって腕を捲る。

 俺が肩車しているワンダーも上着を脱いでいる。シルバーだけは涼し気にふわふわと浮いていた。お前、魔法をホイホイ使うのは止めたんじゃなかったのかよ畜生。


「それで、アンバーが食べたい物って、結局何なんだよ」


「TKGっス」


「ティーケージー……?」


「……たまご・かけ・ごはん、美味しいですもんね」


 ワンダーは納得して頷いた。アイツは卵かけご飯が食べたくて暴れていたって事……?


「ただ卵をかけただけのご飯がそんなに旨いのか?」


「食べてみれば分かるっス。ただ……結構大変ですよ?」


 そう言ってザッハはどんどんと奥へ進んで行った。……そういや何の卵なの?

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― 新着の感想 ―
[一言] 予想通りでした。 番外編とのミックスうまい構成ですね。 作者様をあんまり騒がせてはいけないと思うので 感想欄の利用はこれで最後にしますが これからも応援してます。 この作品のおかげで毎日が…
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