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獣王アンバーの不満は増幅される(前編)


 

 積み上げられた本、破られた本の一部……


 黒い瘴気が鎖のように女性達に絡み、彼女達を眠らせていた。


「う……」


 その中の1人が重い目を開けようとするが、身体は重く瞼も開きそうにない。

 何が起きたのかも、夢なのかも分からない。ただその女性の耳には聞き覚えのある声が入ってきた。


「嫌ねぇ。アンタ、まだ意識があるの? しぶとすぎ」


 その存在に気付いて意識がハッキリしかけたが、身体が更に重くなり再び深い眠りへと落とされた。


「……そのままの……なら……してやっても……いのにね」


 手放される意識の向こう、うっすらと何かを呟いているのが聞こえたような気がしたが、結局それは届かなかった。



 ―――――――――――――――――――



 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと魔塔主シルバー、指名手配中で子供に擬装しているワンダーの3人は獣人の国セリオンの首都に向かっていた。


 目的地はラヴィーンとその山向こうのウィルダーネス大陸だが、とりあえず獣王アンバーの所で何か情報が無いか確認してから行こうという流れになったのだ。

 途中で道草を長く食っていたせいか首都に着く頃には陽も落ちかけて来たので今日はここで一泊して行った方が良さそうだ。


「にしても、呪いの刻印の次は呪いの宝石かぁ」


 シルバーが陛下の所に送っていたあの宝石は、確かに青黒い輝きがナーガと似て嫌な感じだった。


「でも、アレって壊さなくて良かったのか?」


「一応人に影響を与えないようにシールドで包んでおいたけど、前の呪いと違って遅効性のもので、直ぐにどうにかなる物じゃ無いから少し触っただけじゃ影響無いと思うよ。君だって触ったけど何とも無かっただろう?」


「まぁ……確かに」


「あれと似たような物は時折出回るんだ。日常的に触れていると次第に心が蝕まれる類の呪物さ。もしかしたらこうじゃないか? と不安に思っている事や、こうしたいのに何で出来ないんだ……とか不満に思っている事が宝石の瘴気に当てられて増幅される」


「ふーん、じゃあ心が弱っている人とかはヤバイのか?」


「それ、必ずしもそうとは言えませんよ。不満や不安なんてどんなに充実していても隣り合わせで、ただ自分で解決したり紛らわしているだけですからね。あんなに威厳に満ち溢れる皇帝だって悩み多き人なんでしょう? ジェドだって彼女居ないし……」


「さりげなく俺を傷つけるのやめてくれない」


 何故話に関係ないのに俺はディスられたのか。

 だがなるほど、じゃあ結局は誰でも影響を受ける可能性があるって事か……怖いな。

 ま、赤ずきんの時も宝石を取り上げたらすぐに影響から逃がれられたし呪いよりは多分楽勝だろう。とりあえず様子のおかしいヤツを注意して見れば良いんだな。


「セリオンの首都では宝石を持っているヤツが居ないと良いんだが。変なヤツが居たらすぐに――」


 首都の入り口が見えて来た頃、変なヤツ所か街のあちこちに煙が上がり明らかに様子がおかしかった。

 門の外には住人達が何人も避難している。

 ……何か嫌な予感がするが、その獣人達に声をかけた。


「おい、どうしたんだ? 中で何か起きてるのか??」


「あ、貴方は獣王のご友人の! ……えーと」


 獣人達は言いにくそうな顔で見合わせた。


 ドガアアアン!!!


 そうこう話をしている間も破壊音が街に鳴り響く。何かが暴れているのかと思ったが、それにしては獣人達は街を心配するどころか微妙な顔をしている。


「……もしかしてだが、暴れているのって……」


「……その予想通りです」



 街に入ると綺麗だった街路樹はバキバキに折れ、家並みは燃えている所もあり獣人達が消火に追われていた。

 王城である岩山は瓦礫と化し、その上に鎮座するようにヤツは居た。

 ――何かめちゃくちゃ荒れている獣王アンバー・ビーストキングである。


「何でアイツ、あんな事になってんの??」


 瓦礫で防護壁を作って隠れていた獣人兵士達は傷だらけのボロボロだった。どんだけ暴れてんだよ。


「ああ! これはジェド・クランバル様! 実は――」


「グオオオオオ!!!」


 獣人兵士が口を開こうとした時、アンバーか咆哮を上げて岩を投げつけて来た。岩を避けるため兵士を蹴り飛ばし俺達も飛び退く。


「あの! ずっとこんな感じ――ぎゃっ! 危なっ!」


「助けっ――うわっ!!」


「グオオオオオ!!!」


 獣人達が喋ろうとしてもアンバーが暴れて全然話が出来ない。てか咆哮がうるせえ。


「シルバー、何かとりあえずアイツを大人しく止めておける魔法とか無いのかよ!」


「うーん、あの子やたらに魔法耐性が凄いからなぁ。火とか雷とかの魔法は効かないし、拘束系も多分千切られると思うし……睡眠系もあんな状態じゃ何処まで効果があるか」


 この間の武闘会でシルバーはアンバー相手にかなり苦戦していた。アイツ、パワータイプの癖に魔法に耐性あるの本当何でなの。

 試しにシルバーがアンバーに向かって睡眠の魔法陣を作るとアンバーは一瞬寝落ちて倒れた。が、すぐに目を覚まして起き上がった。


「あの子密林育ちでしょう? サバイバル生活が長すぎて眠気に耐える事に慣れてんじゃないかなぁ」


「何でそんな魔法に対して無駄に最強なんだよアイツは……なぁ、もっと威力上げられないのか?」


「あまり魔法の威力を上げすぎても、今度は他の人にまで影響出ちゃうから調整が難しいんだよね」


「お前、融通が効かなくて不便だな」


「この世に万能なんて無いのさ」


 ううむ。確かに魔法で何でも解決出来るなら剣士要らないじゃんって話だが。困った……


「シルバーの魔法って手とか沢山出せないんですか? ゲートから沢山出てきたようなあの」


 ワンダーが小さな手をにぎにぎとした。


「? まぁ、出せない事も無いけど、鎖と同じようにすぐに破られてしまうと思うよ?」


「捕まえなくとも止める方法はあるので……」



 ――数分後、沢山の手に全身をくすぐられ、笑ってるのか絶叫しているのか分からないまま倒れているアンバーの姿があった。


「ギャアアアアア、アハハハハハ! ギャアアアアア」


 あまりのエグい姿に皆鳥肌が立った。こちらまでむず痒くなる。


「……これって、拷問じゃね?」


「まぁ……致し方ないと言いますか」


「ふふ、どんなに鍛えていても鍛えきれない部分がある訳だね。所でこんな発想は何処から来るんだい?」


「まぁ……異世界の薄い本から」


「アレについてはもういいから、話を本題に戻そう」


 それ以上は聞かない方が良いような気がしたので話を打ち切った。

 アンバーが笑い死ぬのではないかと少し心配にもなったが、手の皆さんが上手く調整しているらしくギリギリ大丈夫そうなのでそちらは放っておく事にした。


「それで、何であんな感じになってるんだ? やっぱり、変な宝石とかのせいとか?」


「知っているのならば話が早いです。そうです、最近セリオンのあちこちで持つと不安や不満を煽るような宝石が出回っていたのです。あまりにもいざこざや小さな揉め事が絶えないので調べてみたら全てあの変な宝石が原因でした。それで、見つけたら直ぐにアンバー様の元へ持って来るようにお触れを出し、それはたんまりと城に集まりました」


「……それについてアイツは何て言ってたんだよ」


「……『俺を誰だと思っている。この獣王アンバーに不満や不安などある訳なかろう! 気に入らない者はひれ伏せて来た男だぞ? こんな小さな石ころ位でどうにかなる訳無かろう。集めた宝石は俺の元に一旦集めてくれ、後でルーカスに相談してみるから』……と、仰っていたのですが、思いの外沢山集まりすぎて……」


 兵士が指差す先、瓦礫の間にこんもりと青黒い宝石が山になっていた。ありすぎぃ!


「流石に大丈夫じゃなかったのか」


「見ての通りです……」


 首都の街全体が城を中心に半壊していた。市民は避難したらしく怪我を負っているのも兵士達ばかりだったが、かなりの被害である。


「所で、あの赤ずきんちゃんの時は狼の獣人に対する憎しみが増幅していたと思うのですが、アンバー王は何であんなに暴れているのでしょう?」


「負の感情を増幅させるようならば確かに何かしら原因があるかもしれないねぇ。やはり、この間の失恋が原因なのかねぇ?」


 獣人達は顔を見合わせていた。その様子は何か心当たりがありそうである。


「心当たりがあるのか? やっぱ恋愛絡みか?」


「あ、いえ……聖国の女王の件でしたら誘拐騒ぎを解決すればワンチャンあるかもと、寧ろ張り切っていました」


 いや無いだろ。アイツ、まだ諦めて無かったのか。ポジティブな奴め。


「……恐らく、食事問題の事だと思います」


「食事? そういや、アンバーってああ見えて結構旨い物に拘るよな」


「そうなんです。王はセリオンに来る前は密林に住んでいたのですが、そこでは結構美味しい物を食べていたらしいのです。我々も王に常々言われて食生活には気を遣っていたのですが、王を満足させる事は中々出来ませんでした。密林にしか居ない食材の事を言っているのかと思って獲りに行ってみたりもしたのですが……どうも捕まえて食べるには謎過ぎる動物ばかりで……」


「とどのつまり……アイツはお腹が空いて暴れているのかよ」


 アンバーは未だ笑い転げていた。傍迷惑なヤツである。だが、実際このままにしておく訳にもいかないし……


「宝石を何処かに処分すれば時期に収まるだろうけど……アンバーがこんなに不満に思っている事があるなら解決した方がいいよなぁ。次に同じような事があって暴れ出しても獣人達じゃ止められないしなぁ」


「そうなのですよー! 何かいい方法はありませんか?? 何か解決につながる話を聞いたりしていません??」


「そう言われても獣人達が聞いてないものを俺達が聞いてる訳無いしなぁ……」


 考え込んでいた所、ワンダーはふと思い出したように呟いた。


「あ、僕……聞いたかも」


「え???」


 皆の視線がワンダーに集中した。


「お前、いつ聞いたんだ??」


「えーと……あれは確か獣王アンバーに悪役令嬢の本を売った時に……」


「あの、その方もしかして指名手配中の本の行商――」


「今はそれどころじゃ無いし、こんな子供が指名手配中な訳ないだろ! 続きを話せ」


 危ねえ。何とか勢いで誤魔化したが早く用を済ませないとワンダーの事がバレる。


「え、ええと……で、悪役令嬢ものの本を見た獣王が凄く感動していまして『こんなに感動したのは密林でアイツに飯を食わせて貰った時以来だ』と言っていたので、ちょっと気になって聞いたのですよね。何でも獣王になる前……密林で生活をしていた時に知り合った人が彼に美味しい物を食べるという事を教えてくれたとか」


「それだ! で、そいつは今も密林にいるのか??」


「それが……もう長らくその方の料理は食べていないそうでしょんぼりとしていました。その方自体が密林には修行に来ていただけみたいで……騎士になりに帝国に帰られたそうです」


「そうかぁ……」


 帝国かぁ。帝国の騎士って……うちじゃん。


 え?? 誰だよ? そんな食とか料理に詳しいヤツ、騎士団にいたっけ……???

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[良い点] やっぱり面白い! [一言] すっごい伏線 うっすらと思い出せるけど思い出すにはおぼろすぎるあの方ですか!←とかってに推測 やっぱ 飽きさせないこの物語、好きです (一人で騒いでスミマセン…
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