プレリ大陸はよく分からない集落ばかり(後編)
狼の住処。居心地の良さそうな雰囲気漂うお洒落なレストランに、縛られた獣人達と赤フードの女の子が居た。
周りには全身包帯巻きの狼の獣人。
そんな中、狼の1人が香りの良いお茶を持って来た。
「あ、コレは最近セリオンで流行っているハーブティーです。プレリ大陸の草原ではこういったハーブが沢山栽培されていまして……獣人って結構気性が荒い者が多いでしょう? かくいう我々も昔はそうだったのでこうしてお茶や環境でリラックス出来る物を多く取りながら、感情をコントロールしているのですよ」
「ギスギスした空気だとね、良くありませんもんね。さ、皆さん飲んでください」
先程まであんなに泣いていた狼達は、戻って来た頃には落ち着いた雰囲気になっていた。切り替えがやけに早いと思ったらそういう事だったのか……
狼のイメージが完全に覆されていく。まぁ平和な世が進んでいく昨今、狼族もそんな世の中で生きてくには色々苦労があって大変なんだろうな。
対する豚や山羊の獣人は意気消沈を通り越して通夜である。誰か死んだの? って位落ち込んでいる。
「やっぱりガセじゃねえか……」
「俺達はなんて事を……」
「いっそ焼いて食ってくれ……」
もう何か、ロープを外したら自害するんじゃないかってレベルで落ち込んでいた。こんなん見ちゃったら被害者側の狼達も困惑だろう。気を使ってお茶を出している……いや、縛られてるから飲めない訳だが。せめてハーブティの香りで落ち着いてくれ。
「騙されちゃダメよ!! そう言って油断させておいて丸飲みにするつもりなのよ!! みんな目を覚まして!!!」
そう1人だけ元気に主張するのは赤フードの女の子である。そんな主張もこの雰囲気では浮いていて、いかにも1番の元凶感を醸し出していた。
豚や山羊の獣人達だって分かるはずだ……狼達がそんな凄惨な種族だったらこんなに雰囲気のいいレストランなんて作らない。
あちこち壊れて修復中ではあるが村全体が癒しとオーガニックに包まれリラクゼーションな空間となっていた。来客を騙すにしても手が込みすぎている。
ああ……村中ハーブの匂いが充満していて戦闘意欲が失せる。逆に赤フードは何でそんなに元気なんだろう……
「そう言いますけど、実際に我々が彼等を襲う所を見たのですか?」
「そうだそうだ! 我々狼獣人の中にそんな輩は居ない」
「そもそも今の獣王になってから獣人同士のいがみ合いはご法度なんだぞ。世の中が平和になるなら俺達も変わらなきゃいけないからって、それぞれで暮らすのもやめてこうして群れて戦闘以外で頑張って来たのに、酷すぎる」
「うるさーい!! 狼が人や豚や山羊を襲わないなんて狼のアイデンティティが無くなるじゃないの!!! 貴方達は物語の立場って物を考えなさい!!!」
赤フードが逆切れして無茶苦茶言っている。いや別に狼族だって自由で平和に生きても別にいいだろ……
「あの……貴女は狼族を『赤ずきんちゃん』の童話の狼になぞらえているのですよね?」
ワンダーの言葉に赤フードの女の子がビクッと止まる。
「赤ずきんちゃん?」
「『赤ずきんちゃん』はあちらでは有名な童話で、赤い頭巾を被った女の子が狼に食べられてしまうお話です。最終的には猟師に助けられますが。」
「え、何その話……こわ。え? 助かるの? 食べられてしまったのに?? そこが1番こわい」
「ファンタジーですから。それで貴女、この中の狼の誰かに個人的な怨恨があるのでは?」
その質問に赤ずきんちゃんがプルプルと震え、1人の狼の獣人を睨んだ。
睨まれたのは1番包帯グルグル巻きの1番怪我が酷い男だった。顔だけは無事で、イケメンの狼だった。
「ん? 自分ですか??」
「知り合いなのか?」
「え……? いえ……まぁ……多分なんですけど近くの猫族の村の子供かなぁ。自分、結構あの辺りで山菜拾ったりするから」
そう言われて見てみると、確かに赤い頭巾の下に猫耳の形が見えたりケープの下から尻尾が少しだけはみ出ていた。
「ふーむ、私の背中を蹴った身のこなしも猫なら納得だねぇ」
「で、結局どんな怨恨だったんだよ。まさか……彼女を襲ったのか? その童話みたいに」
「いやいやいや、勘弁してくださいよ! だから普通に山菜を取りに行っただけなんですってば! 猫族がいるなーとは思ったけど、襲うとかマジであり得ないです! それに自分新婚で今1番幸せなんで」
そう言って照れながら抱き寄せたのは最初に話をしていた村の代表の女性だった。あー、ラブラブで羨ましい事で。
それを見た赤ずきんはワーッと泣き出す。どしたん急に。
皆が呆気に取られている中、赤ずきんは泣きながら話始めた。
「運命だと、思ったのに!! 赤い頭巾! 病気のおばあちゃんへのパンとワインのお見舞い! 途中で出会すイケメンの狼! 心配する猟師……。こんなの、前世で見た赤ずきんちゃんの話みたいにあのイケメンの狼に襲われちゃうって思うじゃない!! それがおばあちゃんの家に行ったらおばあちゃんはピンピンしててワインを浴びる程飲んでしまう位元気だし、イケメンの狼は襲って来ないし……何かの間違いかと思って危険を顧みず狼の住処に見に行ったらあのイケメン狼は新婚だったし……だから私……私……」
話を聞いて皆が肩を落とした。つまりは異世界から転生してきたはた迷惑な彼女の思い込みに巻き込まれただけらしい。
「そもそも赤ずきんちゃんは猫族じゃないですからね……貴女の物語は赤ずきんちゃんの童話とは関係無いのですよ」
ワンダーの言葉を聞いた赤ずきんの少女がカッと目を見開く。
「そんなはずない! 狼は……狼は悪者じゃなきゃ駄目なの!! 悪者じゃなきゃ……」
「?!」
赤ずきんは目の色が変わり懐から銃を取り出した。目の色が変わった瞬間、俺の腰のオッサン剣がドクンと脈打った気がした。
ワンダーに向かって銃が撃たれるその前に引き金から上を真っ2つに斬った。ワンダー自身にはシルバーがかけた防御魔法がかかっていて無事である。
「なっ――」
俺は赤ずきんのポケットに入っていた黒い物の存在を感じてソレを取り上げた。女の子のポケット急にまさぐってすみません。
取り上げた瞬間、赤ずきんはふらっと倒れた。皆、何が起きたのか分からずに俺の手の中に集中している。
俺はげんなりしながら手を開いた。手の中には青黒い宝石……
「何なのこれ? ……いや、もう想像は付いてるけど」
「うーん、人の負の感情を刺激するようなアイテムだねぇ」
「そういえば……呪いよりも自然に溶け込むようなアイテムとしてそんなような物をナーガが作っていたかも……」
ワンダーが何か言ってる。またそれ系なの……勘弁して。
「ん? でもナーガは死んだよな? 何で今更そんな物が出回ってるんだ??」
「……」
「あのー」
振り返ると狼や豚や山羊の獣人達が困り顔でこちらを見ていた。
「……これ、つまりどういう事ですかね……?」
「えーと……」
何と説明したら良いものかと考えていると、ワンダーがテキパキと纏め始めた。
「えー、つまり……赤ずきんさんは過去の記憶から勘違いをして皆を混乱させてしまいましたが、それも呪いみたいなアイテムのせいなので大目に見てあげてくれませんか? 恐らく目を覚ましたら反省すると思いますので。怪我をさせたり壊したりした物はやってしまった皆さんで責任持って直したり弁償したりしましょう。大体、豚や山羊の獣人さん達も考えれば分かる事なのに惑わされていたって事は同じようにアイテムの影響を受けていたって事だと思いますよ? そう思うと彼女だけの責任では無いと思いませんか? 狼の皆さんもそれで何とか許しては貰えませんかね」
「ま、まぁ……俺達はなぁ……」
「直しでさえして貰えれば。怪我はまぁ獣人だからすぐ治るし……」
ワンダーのテキパキした言葉に皆が流されて皆がモヤモヤとしながらも納得して解決した。よくそんな上手く言葉が出てきて纏められるなぁ……流石作家で行商である。皇城で働いてくれないかな。
赤ずきんはとりあえず目が覚めるまで狼の住処で預かるらしく、修復も含めて当分は皆で村に泊まるそうだ。解決して良かった……
何とか無事なレストランで俺達は遅めの昼食を取る事にした。
オーガニック食材が並ぶ……野菜多めだが味は結構美味しい。
食事中もシルバーはあの宝石を見ながら考えていた。
「どうした? 何かあるのか」
「いや……実はね、一度アンデヴェロプトに戻った時に魔法都市でも異変が無いかを調べたんだ。その時にね、最近変なアイテムが出回っていると報告を受けたんだよ」
「変なアイテムって……」
「ああ、変なアイテムとか不法な物はああいう商業都市には結構出回りがちでね。そういう危険な物を見たらすぐに知らせるように魔法都市の商業組合には厳しく言ってあるんだよ。で、精神操作系アイテムとして危険物で報告され回収したものの中にそれと似た宝石があったのさ」
「……つまり、魔法都市にも出回っているって事か」
「出所は判明しているんだよ。アンデヴェロプトの向こう側、ウィルダーネス大陸から入って来たらしい」
ウィルダーネス……帝国とは直接交流が無い為ゲートでは繋がっていない大荒野だ。痩せ細った大地は不毛の地とされ、国々も栄えている話は聞かない。陛下も何とかしなきゃといつも悩んでいたなぁ。
「ウィルダーネス大陸って、ラヴィーンの山々からの陸続きなんですよね?」
ワンダーが開いた地図にはプレリ大陸の外側、険しい山々が連なるラヴィーンを超えた先にそのウィルダーネス大陸はあった。
「そう。……そして、アンデヴェロプトの山の向こう側なんだね」
シルバーがその反対側を指差す。ウィルダーネス大陸の反対側にはアンデヴェロプト大陸とを分ける山々が連なっていた。
「うーむ……やっぱ、そこなんだろうなぁ」
「ま、とにかくこの宝石についてはルーカスにも報告しておくよ」
シルバーは収納魔法から水の張った皿を取り出した。そこに水を張ってぽちゃんと宝石を落とすと宝石は消えて行った。陛下に宛てた手紙も水に漬けると消えて無くなった。これで届くらしい……魔術具って便利だな。
「……便利だけど、普通に魔法使って送った方が早くない?」
「ジェドは趣きという物を分かってないねぇ。何でも簡単に魔法で解決すれば良いってものじゃないんだよ? こうやって開発した魔術具を試したい時もあるのさ」
「何でも簡単に魔法で解決する奴の考えはよく分からんな。な、ワンダー。魔法が使えてもこういう変な奴にはなりたくないよな。魔法使いなんて変態ばかりなんだぞ?」
「変だなんて酷いなぁ。大体、類は友を呼ぶって言うんだからね。君だって相当変だよ?」
「お前に言われたく無いんだが? あと、何でそんな嬉しそうなんだよ」
俺とシルバーのやり取りをワンダーは楽しそうに見ていた。何が面白いの? 変って言い合ってるだけだぞ……?
「それで、落ち込んでたのは大丈夫になったのか?」
「あ……ええ。色々分かりました。大魔法使いも天才剣士も羨ましいと思っていましたけど、実際そうでも無いんだなって。凄い能力があったって必ずしも良いとは限らないですよね。ジェドは全然剣の腕を発揮出来ないし不幸体質だしすぐ投獄されるし脳筋だし物忘れも激しいしドジだし無責任だし……」
「……何で俺急にディスられたんだ?」
「ああ、すみません。つい……」
つい、何だよ。
あと、ワンダーは自分が何も持って無いような事を言ってたけど、お前だって十分色々持ってるからな? ま、でも本人が納得したならいいか。
昼食を取った俺達は、とりあえずアンバーに会う為に再びセリオンを目指した。




