プレリ大陸はよく分からない集落ばかり(中編)
子供を捕まえて走り去る赤いフード。その周りには獣人達が沢山居た。
「な、何?? 盗賊??」
脇に抱えられているワンダーはジタバタともがいた。
肩から下げている鞄に入っている自身の著書……それに入れば取り敢えず異世界の自室にだけは行ける。但しその本をここに捨てていく事にはなるが。
他の場所に飛ぶ事が出来なくなっている今の状況で、唯一残っているルートを手放したりして、万が一それが燃やされたりでもしたらと思うとゾッとした。
何か他に方法は無いかと必死で考えたのだが、今のワンダーが出来るのは鞄から異世界の本を出す事くらい。つくづく自分の無力さを思い知って愕然とした。
何が異世界人だ、何が転生者だ。何が観察だ――そう、自分には観察するだけしか能が無かったのだ。
物語の先の展開が分かり、それをちょっと変えるような事が出来ても……いざ自分の身に何かが降りかかった時には、いつも本の中に逃げる位しか出来なかった。
だからこの世界でも対象者と関わる時以外はいつも1人だったし、移動をするのも本を通じて行っていた。
ワンダーは、自分が何も出来ない、つまらない人間だからこそ物語の登場人物達の行動力に惹かれていたのだ。
「……やはり僕は――」
『――大体、皆がお前の書く物語みたいに今を充実して生きている訳でも無いんだから、同じようにこれから探している人だって沢山いるだろうし』
自身を諦めて目を閉じかけた時、先程のジェドの言葉が出てきた。
『ま、とにかく、お前はあまり自分や他人の物語りがどうのこうのとか、そういう面倒臭い事をを考えずに過ごした方が良いと思うぞ』
(――そうだ、何をやる前から諦めているのだろう。誰しもが万能な訳では無い。何だか分からないけど凄そうなジェドだって、剣の腕は凄くても毎回それを発揮してる訳でも無いし失敗する時もある……投獄されたり裸になったり、タオル1枚でナーガと戦っていたのはちょっと面白かった……)
ワンダーは吹き出した。物語を書き、それに立ち向かう面白い人生を見る余り……そうやって面白い人生にしか価値が無いと思っていた。
でも、自分の人生は物語では無い。何も持っていなくたって、とにかく抗うべきなのだ。
ワンダーは鞄に手を伸ばし、ゴソゴソと中を探った。留め金が外れてバサバサと本が落ちる。
そこに落ちたのは何冊もの童話だった。
「え……?」
その本を見た赤いフードがピタリと止まった。つられて他の者も足を止める。
「貴方……もしかして、あっちの人……??」
「――へ?」
★★★
ボロボロの家、破壊され尽くした街並み。疲弊した狼の獣人達。
村の代表である女性が全身包帯姿で目の前に座って泣いていた。
「ほうほう、ではこの村は君達狼獣人の住居であり、彼等は村の者では無いのだねぇ」
「……はい。ここは『狼の住処』と呼ばれる村で、主に旅の宿やレストランを運営したり加工食品の工場で生計を立てています」
村の狼達は黒狼か茶色の狼かだった。黒髪の俺や茶色のフードのシルバーはもしかしなくともこの村の住人と間違われたのだろう。
「それで、襲撃してきたアイツらは知り合いなのか?」
「いえ……何の前触れも無く突然、我々は襲われました。彼等は『悪い狼は滅ぶべき!』『豚や山羊を食う気だろ! 鬼畜め!』等と訳の分からない言い掛かりを付けてきて、突然悪者扱いで……我々が一体何をしたと言うのか」
「……念の為に聞いてみるが、ここで出しているレストランの食材や加工食品はそう言う種族を連れ去って来ている……という事は無いよな?」
そうなって来ると話がだいぶ変わるのだが、狼の獣人達は目を見開いて引いていた。
「いやいやいや、常識的に考えて獣人が獣人を食べる訳ないでしょう!!」
「大体にして、色んな種族が来るというのにこちとら肉だって気ぃ使ってんですよ!! 最近は菜食しかしない種族だって来ますからね」
「加工食品だって豆ですよ……? 本当、これだから人間は。イメージだけで言うから嫌いなんだよな……」
狼の獣人達はぷりぷりと怒っていた。何か……すみません、イメージだけで聞いてしまいました。
「まぁ、でもアチラさんは大方そういう勘違いをしている方々だろうねぇ」
シルバーの言葉に狼獣人達はうーんと考え始めた。
「でもなぁ……獣人が獣人を食べるなんて話、聞いた事も無いのに何で急に」
「襲って来た中には豚族とか山羊族とかもいたよなぁ」
狼達が考えている中、シルバーがコソっと問いかけて来た。
「ねぇジェド、これって悪役令嬢の話と似ていると思わないかい?」
「んー? 悪役に仕立て上げられて……って所か? いやでも、今の話だと悪役にされてるのは狼だろ。だとすると狼の方が攻撃されてるのはおかしくないか?」
「ふふ、今までの悪役令嬢とかの話の場合、断罪される側の悪役令嬢が自身の運命を変える為に色々行動をしていただろう? それが乙女ゲームだったり、本だったり。で、例えば狼に殺される運命の豚や山羊の話が有って、それを回避する為に被害者側が逆に狼を襲撃しているとしたらどうだい?」
「なるほど。ん? でも、狼族は襲ってないんだろ?」
「そうだねぇ。狼に恨みを持つ者か誰かがいるのかねぇ」
うーん……こういう時にワンダーが居たらその手の話に詳しいのになぁ。そういや、アイツ大丈夫かなぁ。
「それにしても何処に連れて行かれたんだろうな、ワンダー。無事だと良いんだが、早く探してやらないとな……」
「え? 早く助けた方が良かったのかい? 行く?」
「その口ぶり……居場所分かるのかよ」
「君があまりにのんびりと狼達の話を聞いてるから、敢えて放置しているのかと思っていたよ」
敢えて放置とか、流石にそこまで鬼じゃないだろ。俺を何だと思ってんだコイツは。
シルバーは悪びれる様子もなくニコニコとしながら移動の魔法陣を描いた。
★★★
「……と、いう訳で狼は撲滅すべきなのよ」
「……」
ワンダーの目の前、赤いフードを被った女の子が豚や山羊の獣人達に向かって力説していた。その手にある本はどう見ても『7匹のこやぎ』や『3匹の子豚』等のあの有名なあっちの世界の童話だ。
「まさか狼族がそんな恐ろしい事を考えていたとはなぁ」
「俺達を食うなんて……寒気がする」
「でもその話は本当なのか……? さっき村を襲った時も無抵抗だったし……」
不安顔な獣人に赤いフードの女の子がワンダーをずずいと差し出した。
「現に子供が誘拐されそうになっているのよ!! こんなの言い訳出来ないでしょう!」
「そ、そうか……」
それは全くの誤解なのですが――と、何度も主張するもすぐに赤いフードの女の子に誤魔化されてしまいワンダーはため息をつくしかなかった。
どう考えても主犯はこの赤フードであり、他の獣人は騙されて誘導されているだけだ。
(童話を持っているという事は、赤ずきんちゃんだろうか?)
だが、仮に赤ずきんちゃんだとしても、皆を騙して狼族を襲う目的が分からなかった。狼が実際に童話のように他の獣人を襲っているならばともかく、襲ってないなら問題は無いはずなのだ。ワンダーは持ち前の想像力を働かせ考えた。
(――個人的な怨恨……はたまた、仲違いさせて争わせたい?)
が、どれもこれもイマイチぴんと来ない。
(例えばこういうのはどうだろう。赤フードが狼族の誰かに恋をした女の子で、赤ずきんちゃんの童話のように襲って欲しかったけど狼族に人を襲うような気概が無く、そうなるように仕向けてる……とか?)
いやいや、いくら何でも無理矢理過ぎか。と思いつつワンダーは考えを纏める為にメモに書き込んだ。
「何を書いているの……?」
「え?」
赤フードがワンダーのメモを奪い取るとその文を見て震え出した。
「貴方……何故私の秘密を知って……」
「え?! そんな無理矢理な展開で合っていたの? それは流石に面白くな――」
「皆! やっぱりこの子は狼族のスパイよ!! 卑怯な奴等ね!! 縛り上げて!!」
赤フードが声を上げると皆が条件反射のように動いた。騙されているにしても少しは考えて行動した方が良いとワンダーは思ったが、そんな場合ではなく今度こそ本当にピンチである。
だが、ワンダーに縄が掛かろうとしたその時、目の前の魔法陣からニュッと人が出て来て、気がつくとそのシルバーが代わりに縛られていた。
突然の出現に皆が呆気に取られている。かなり離れた所まで連れ去られたのに何故居場所が分かったのだろうとワンダーも不思議に思った。
「ふふ、不思議そうだねワンダー。子供はすぐ何処かに行ってしまうものだと思ってね、何時でも何処にいるかちゃんと判るようにしておいたのさ。魔法って便利だろう? 魔法都市のお母さん達からの要望で開発されたものなんだよ?」
シルバーの目線の先にはワンダーの手。その手にはいつの間にか小さな魔法陣があった。肩車された時にシルバーの手からワンダーの手に付いた物である。
人を浮かせるだけの魔法にしては何かやけに消えないなとワンダーは疑問には思っていた。
「GPS……?」
確かに子供を見張るには便利そうだが、いい大人がいい大人に居場所を心配され常に知られているというのはどうかとワンダーは思った。
シルバーの後ろからはジェドも出て来る。
「シルバーお前……結果的に良かったとしても本人に知らせずに追跡魔法をかけるのは気持ち悪いから止めとけよ。大体、この指輪で良くない? 俺は要らないからワンダーに着けとけばいいだろ?」
「装飾物だと外されたり怪しまれたり、特に子供にそういう固い物を着けるのは危ないだろう? それに、それは君の物だから駄目だよ」
「子供でも無いし外れもしないし俺の物でも無いんだが?」
目の前に急に現れたジェドとシルバーは謎の言い合いを始めた。それを見つめながらワンダーは悟る。
魔法が幾ら万能で凄くとも、ご都合主義だったり意味不明で迷惑をかけるようではあまり良いとは言えないのでは……と。
魔法が使えるからと言って、万人に受け入れられるとは限らないのだとワンダーは知った。
「それはそうと、私は魔法はいくら受けても大丈夫なんだけどこうやって物理的に縛られるのは趣味じゃないんだよね。縛るならもっとこう、さ?」
シルバーがニコニコと笑いながら髪の毛で魔法陣を描くと、ロープが勝手に解け地面から蔦や鎖や蛇が沢山現れて、皆が青ざめる。
「お前、髪の毛でも魔法陣を描けるのか? 器用だな」
「ふふふ、何処でも描けるよ? 足でも舌でもお尻でも。魔力が出せれば何処でも良いんだ」
「尻文字で描かれた魔法陣にやられたくないなぁ……」
「……」
2人が呑気に話をしている間に、赤フードや他の獣人達は鎖や蔦や蛇に追いかけられ縛り上げられていく。
特に蛇に縛り上げられていた者は締め付けられ土気色の顔をしていて心配になる位だった。
全員が大人しくなった事にシルバーは満足し、ワンダーに尋ねた。
「それで、彼等の目的とか企みは分かったのかい?」
「ええ……まぁ、半分位は。恐らくあの赤いフードの女の子が首謀者で、他の獣人は騙されたのでしょう。でも、動機は完全に判明した訳では……」
シルバーはニコニコとしながらワンダーの頭を撫でた。
「うんうん。拐われている間もちゃんと考えたり調べたりしていたんだね。偉い偉い。じゃあ、双方の話を聞く為に村に戻ろうか」
自分は大人なので子供扱いしないで欲しいと苦笑いしたワンダーだったが、そう撫でられる事自体に不思議と悪い気はしなかった。




