プレリ大陸はよく分からない集落ばかり(前編)
「お客さん、昨日はお楽しみ頂け――あれ?? 1人増えてません?? しかもまた子供のままで……」
翌朝、宿の受付に行くと犬のお姉さんはワンダーを見て驚いた。
「もしかしてまたアレルギーですか? お客さんに教えて貰った薬ならありますが飲みますか?」
「あ、いや……ちょっと暫くこのままでいいらしいから。それよりも1人分の宿代支払わせてくれ」
「いえ、あの部屋は1部屋の料金なので追加料金は要りませんよ」
「……え? 安くない?」
そもそも2人で泊まって夕食まで付いてあの値段ならば安過ぎると思っていたのだが、何人泊まってもいいならちょっとだいぶ……安い。それに屋台のお菓子とかも食べ放題だし……
「……ここって採算取れてるのか?」
「それが、凄く儲かっているのですよ。セリオンから人の増援も出して貰えたので更に増築してますし、最早村っていうか街ですよね。あと、昼間も夜行性の旅人の方の為に回してますのでお客さんが常時居るような状況でして……結局人手が足りていません」
見ると従業員の獣人達が忙しなく宿を掃除したりご飯の準備をしていた。これから泊まるお客さんが出発するお客さんと入れ違いで続々と到着している。中には夜を子供の姿でいっぱい遊んでそのまま昼まで寝ていくお客さんも居るらしいが……
「でも夜鳴き茸は夜だけなのだろう。昼は普通の宿なのか?」
「いいえ、実は日の出から日が落ちるまで効果がある陽当たり茸っていうのもありましてね」
「……何それ気になる。やっぱ子供になるのか?」
「ふふふふ、効能はまたゆっくり出来る時に来て試してみてください。お待ちしてますので」
犬のお姉さんはニマニマと笑って手を振った。この商売上手め。
「何かネタに困った時の同人誌みたいな村ですね」
子供姿のワンダーが微妙な顔をしていた。
「同人誌って、あの変な薄い本の事か? そういや前々から聞きたかったんだけど、アレって異世界発祥なんだよな……? 異世界ではあんなような本が普通に認められて売られているのか?」
あの薄い本は帝国では禁止しても禁止しても穴を掻い潜って作られ、その規模を拡大している。
平和な帝国では処刑等の重刑は絶対に行わないが、他の国にも流出しているみたいだし1歩間違えれば処罰されるだろう。異世界ではどうなっているのだろうか……
「まぁ、異世界の物は3次元……つまり実在の人物の本ってよりも元になる物語があってそこから派生するものが主流なので、そこまで厳しく禁止はしていませんが……アンダーグラウンドなのはあちらも同じですよ。でもまさかこの世界でそんなに広まっているとは思いませんでした」
「異世界から転生や転移してくる者が多過ぎて、文化や技術……色んな物があちらから流れてくるねえ。その内あちらと変わらなくなるかも。そうしたらここの世界にはもう異世界人は来なくなるかもしれないね。くっくっく」
「……確かに、そんな異世界はつまらないですもんね」
うーむ、異世界がどの程度のどういう世界なのかよく分からないから想像も出来ないが、便利ならいい世界という訳では無いのだろうか……?
まぁ、最近新しい技術が台頭してきたおかげか古い手法が無くなる事も多々あるけど、便利過ぎて色んなものが退化していくのもそれはそれで悲しいもんな確かに。
俺だって剣がこの世界から無くなったら剣のある世界に行きたくなるだろう。
「それはそれとして、寄り道ばかりしていると本来の目的を忘れそうだから、とっととセリオンに向かおう」
「……あの……やっぱり僕はこのまま行くのでしょうか?」
未だ子供姿に慣れない様子のワンダーは眉を寄せて困り顔だった。
「別に僕、本の中でも良いんですけど……そこからでも様子分かるし……」
「お前、ちゃんと自分の人生を歩むんだろう?」
「それはそうですけど……そもそも僕、こんな風に誰かと旅をするのも初めてだから」
ワンダーは本を売ったり本の登場人物を観察したりして過ごして来てはいたが、こうやって誰かと一緒に旅をしたりする事はあまり無かったらしい。
「本当にその姿の、子供の頃はどう過ごしていたんだよ」
「……それが、今世では物心付いた時にはもう前世の記憶があり、この世界を確かめる為に家を出て世界や本の外を回っていたのですよね。思い出があると言えば執筆した物語の人物を見つけた時の感動位で……執筆とセルフ聖地巡礼しかしていませんでした」
またワンダーが自身の掘り起こしてずーんと暗くなる。
ワンダーは異世界の自室で執筆をするか聖地巡礼ばかりしていたらしく、自身の人生は一切楽しんで来なかったとか。悲しいやつ。
「だったら尚更子供からやり直したら良いんじゃないかな? ふふ」
シルバーはそんなワンダーの様子を見て楽しそうに笑った。まぁ、俺もそうした方が良いとは思うけど。
しばらくうじうじと悩んでいるワンダーだったが……下手に前世の記憶が沢山あるというのも困り物だよな。俺は来世では今の記憶を綺麗さっぱり忘れよう。
シルバーがうじうじしているワンダーの手を握った。ふわりと浮かんだワンダーがシルバーの肩に乗り肩車のようになる。
「ふふふ、私の事はお父さんと呼んで良いよ?」
「え、それは……」
「ちょっと待て、それは俺お母さんだと言いたいのか?」
「え? お父さんの方が良かった?」
「どっちも嫌だし、また変な奴が誤解する様な事を言うな。それを言うなら両方お兄ちゃんだろ」
「ふふふ、君は私と兄弟になりたかったんだね」
「いやそうは言っとらんだろ」
などと言い争う俺達の訳の分からないやり取りを見て、ワンダーはふふふと笑っていた。前のどこか物語の行く末を楽しむような含んだ笑いよりも、そっちの方がいいと思う。
そうして草原を出発した俺達は再びセリオンへと歩き出した。
子供連れだと目立つのか、道行く旅人に話しかけられるので言われた通りに兄弟の振りをした。全然似ていないけど……複雑な家庭環境だと無理やり誤魔化したが。
まぁ本当に俺の家も複雑ではあるんですけどね。
ワンダーは聖地巡礼(?)の時もほぼ1人で移動していたらしい。時に街に立ち寄る事はあっても殆どが本を使ってその場所や時代に移動していた道中であり、こうして目的外の場所を歩く事はあまり無かったそうだ。
ボーっと景色を見つめてるワンダーは時折ハッとしてはシルバーの頭の上でメモを開いて書き込んでいた。
「何か思い付いたのかい?」
「え? あ、ええ。この間までは自分の作った物語と違う行動をする登場人物からひらめきを得て執筆していたのですが、こうして何も考えずに景色を見ているだけっていうのも良いものですね」
ワンダーは思い付いたものを落書きする子供のように頻繁にメモを取り出していた。
「インスピレーションは大事だよね。私も頭の中は新しい魔法の事でいつもいっぱいさ」
「……参考までに聞くが、今考えているのはどんな魔法なんだ?」
「ふふ、子供だけが従順になり眠くなるという魔法でね、何でも言う事を――」
「もう説明いいわ」
それを聞いたワンダーが青い顔をしてメモを落とす。気にするな、コイツはからかって反応を楽しんでいるだけだぞ?
暫く歩くと集落が見えてきた。前に来た時は全力で草原を走り抜けてセリオンまで向かったのだが、今回はそんなに急がずに来ているのでまだまだセリオンまでは距離がある。いや、本当は急いだ方が良いんだけど……
とりあえずこの集落で休憩をしようと足を踏み入れた。
集落近辺は少し森があり岩がゴロゴロとしている。何だろう、こう……訓練場ってこんな感じだよね。岩陰や森が丁度隠れ易い感じの……
集落に入って直ぐの所には幾つもの立て看板があった。
「狼注意……?」
「狼の獣人かねぇ」
看板には『この先、狼注意』や『狼に気をつけろ! 食われるぞ!』『凶暴な狼出没!!』などの看板がこれでもかという位に立っていた。注意喚起の圧がすごい。
「何かいかにもって感じの怪しい看板だねぇ。本当に狼が出るのかな」
「セリオンはアンバーが王となってから人間と争わない平和な国になったんだろう。いくら何でもそんな凶暴な狼が居たら流石にアンバーが黙っちゃ居ないだろ……」
「だよねぇ――あ」
「!?」
――シュン!
と、後ろから急に音がして手斧が飛んできたので俺は剣を抜いて飛んできた手斧を落とした。周りを見渡してシルバーが地面に魔法陣を描き、そこから出た木の枝が狙撃者を追いかける。
――ビュン、ビュン!
だが、それでも飛んでくる物は収まらない。途中から銃撃や木や煉瓦が飛んでくる。……煉瓦?
「襲撃者は沢山居るみたいだねぇ」
シルバーが這わせた木の枝が何人かを掴んだが、それでも攻撃は収まらない。
次の魔法を描こうとした時、近くの茂みの死角から誰かが飛んできてシルバーの背中を蹴った。
「ん?」
「え?」
身軽にシルバーの木の魔法を交わしながら着地した赤いフードの者は、その脇にワンダーを抱えていた。
「え、ちょ――」
そのままその赤いフードはワンダーを連れて走り去って行く。それと同時に攻撃もピタリと止んだ。
俺達は急に起こった事に頭が追いつかず2人で顔を見合わせた。
「……あー、ちょっとビックリして普通に見送っちゃったけど、拐われちゃったねぇ」
「ああ、俺も何かビックリして見送っちゃったわ。まさかアイツが拐われるとは思ってなかったから……ワンダーのヤツ、何処に連れて行かれたんだ?」
謎の集落、足を踏み入れた帝国の騎士団長と大魔法使いはアッサリと子供が拐われるのを許してしまったのだった。




