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閑話・落ち込む皇帝とハムケツ


 

 皇城の執務室、皇帝ルーカスはまたしても疲れ果てていた。



 ――もう、いつからゆっくりと休めてないのだろうか。ここの所もう何だか色々ありすぎていつも疲れている気がする。


 おかしい、何故だ。出来る皇帝は何処へ行ったのだ。


 正直な所ルーカスにしてみれば、先代魔王と戦った時や世の中に蔓延る無能な権力者達をぶっ飛ばしたりしていた時の方が遥かに楽だった。いや、そもそもつい最近まではちゃんと9時5時で帰れていたはずなのに、何がどうなってこうなってしまったのか……

 本来ならば目の前に山積みになっている仕事なんて早く終わらせてオペラを探しに飛び出したかった。

 だが、消えた令嬢達の唯一の手掛かりであるワンダーの本も無ければ、その1番怪しい男の足取りも掴めない。行方不明者の情報収集も追い付いていない上に各国への説明や支援もまだだ。特に王妃を無くした砂漠の王はそれはもう酷い塞ぎ様で、人魚の女王が何とか宥めてはいるが暴走し兼ねない勢いだと聞いて頭を抱えた。

 それにプラスして不在中の自身の国の運営……

 シャドウまで不在にしていたからエースが1人で頑張ってはいたのだが、今度はそのエースが死にそうになっていたので慌てて仕事を引き継いだ。


 チラリとでも皇帝の身分が煩わしいと考えて頭を机に打ち付ける。いけないいけない。皇帝がそんな事ではいけないのだ……


 しかし、ルーカスの胸の中でいつまでもモヤモヤとしているのは。今度こそこれからって時だったのに――という無念だった。


 民の幸せな顔を見るのは皇帝としてはとても誇りに思う事であり、暇さえあれば街中に繰り出してお茶をしていた。

 ……だが、皇帝だって男なのだ。

 街中で幸せなカップルがイチャつく姿が羨ましく無いと言えば嘘になる位には心の隅でちょっと僻んでいた。

 時に嫁探しの舞踏会を許可した事もあったのだが、それも不発に終わった。女性に縁の無い自分にやっと縁があり、紆余曲折を経て堂々とイチャイチャ出来る機会が来たと思った矢先に、アレやコレである。その残酷な運命を呪った。


 可愛い恋人が無事で居てくれる事を願いながら、未だ動けずに居る自分にストレスが溜まりまくって仕方が無かった。無事に彼女を助け出した暁には2人で何処か綺麗な景色が見たい。いや、温泉にでも――温泉はまだマズイか。

 と、そう思った頃、部屋をノックする音が聞こえた。


「陛下、失礼します」


 執務室に入って来たのはシャドウだった。シャドウとはあの武闘会以降いつも通りに話をしている。

 そう、やきもきとしているのはルーカスだけでシャドウには全然取り乱している様子が無くて、不思議だった。


「陛下、このハムですが」


「シャドウ、お前はオペラの事をその……想っていたんだよね」


「何ですか急に」


 シャドウは首を傾げた。


「……ええまぁ、今でも想いは変わりませんし、かと言って陛下との仲をどうこうするつもりもありませんが。ええと……その話は終わったはずでは?」


「いや……何でそんなに平気そうなのだろうと思って」


皇帝の問いにシャドウは一瞬考え、ああと気がついた。


「オペラ様が消えてしまった事ですか? それは……確かに心配ですが。陛下はまだオペラ様を分かっていませんね」


「何?」


「……あの方がどうにもならず、うち負けてしまうのはたった1人にだけなんですよ。それに、陛下は陛下なりに彼女を助けたいと尽力しているのでしょう? ですから私は私なりに尽力するだけです。先日とは状況が違いますので」


 シャドウの言葉にルーカスは驚いた。いつの間にか彼の方が完全にオペラを理解し、そして落ち着いて考えていたのだ。

 同じ人間だったはずなのにどうしてだろうと、ルーカスは軽く落ち込んだ。

 自分という人間は、余りにも治世の事に目を向けすぎていたのだ。それではモテないし女性の心も分からないはずだ……と、ショックがデカすぎて軽くふらっとした。


「……ええと……その、余り落ち込まないで下さい。陛下は陛下で色々考えてらっしゃるのですよね? 他にも背負っているものも大きすぎますし、ほら、私には無いものを沢山持っていますし……」


 シャドウが慰めてくるが余計にぶん殴られているような気がした。慰めが重く食い込みサンドバック状態なのでもう止めて欲しいと願った。皇帝の心のライフはもうゼロなのだ。

 何もかも完璧にこなせると思っていた自信がどんどん崩れるような気がした。


(いや、まだだ、まだ諦めるには早い)


 元より自分は努力の男。皆が幸せに、そして自分も幸せになる。それが皇帝ルーカスである。

 そう思うと持ち直したような気がした。


(男として負けていようが何なのだ。最後に勝てば良いのだ。彼女の事はこの男よりこれから沢山知れば良いのだ)


 シャドウをキッと見ると、その後ろでピョコピョコと何か毛が動いてるのが見えた。


「……そういえば君、ハムが何とかって言ったよね?」


「ええ。ハムスターのハムです」


 呼ばれてシャドウの後ろからトコトコと巨大なハムスターが歩いて来た。


「……それは、セリオンの巨大動物か? 何でここにいるんだ?」


「やはり陛下はご存知無かったのですね。こちらは騎士団長が獣王から賜ったものです。先日からずっと居て、騎士団で面倒を見ていたのですが陛下は忙しそうだったので絶対に知らないだろうと思い連れて来ました」


「それは……その通りだ。全然知らなかった。所でこのハムスターは意思の疎通が出来るのか?」


「ええ。割とお利口です」


 ハムスターは畏ってルーカスを見ていた。どう反応して良いか分からずとりあえず話しかけてみる。


「えーと……ハム? 知らずにいて済まないね。獣王から賜られたらしいからこの帝国は君の居住地だ。歓迎するよ」


 そう言うとハムは目をキラキラとさせていた。


「陛下、ハムは仕事が欲しいそうです」


「え? 仕事??」


 ハムは期待した目でルーカスを見上げる。


(ハムスターに仕事とは……一体?)


 と、思ったが目の前に処理済みの書類の山があったのでとりあえず布に包んでハムに背負わせた。


「コレをエースの所に届けて欲しいんだけど……分かるかい?」


 ハムはコクコクと頷きトコトコ走って行った。見送るハムケツに思わず見惚れてしまう。


「……何だ? あの可愛い生き物は」


「癒されますよね。こういうギスギスした空気の時は何かああいう気を一旦落ち着かせてくれるような存在があった方が冷静になれますよ」


「……そうかもな」


 落ち着いて机の上を見ると用意してくれていたお茶はとうに冷め、そう言えば食事も何時取ったのか分からない位に忘れていた。

 折角入れてくれた冷めたお茶を飲む。そう、訳の分からない事態の時こそ冷静に物事を見なくてはヒントは得られない。

 確実に救いたいからこそ、今は自分に出来る最大限の事をしようと机に向き直った。


 シャドウは冷めたお茶を下げて暖かいお茶を用意した。瑞々しい味わいのお茶は世界樹の葉、オペラが大切に育てている聖国のお茶だった。

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