消えた悪役令嬢を探す旅へ(後編)
「うわぁ……見事に指名手配されてるなぁ……」
城下に広がる街並み。その町中に貼られているワンダーの似顔絵と特徴……そういやシャドウもアンバーも、ワンダーの顔を知っていたんだよなぁ。
ひとまず帝国へ戻った俺達は、早速帝国中に貼られていた貼り紙にドン引いた。アークも魔王領に貼る分を山程持たされている。
「……言っておくが、俺は余分な事は何も言って無いぞ。というかそもそもそいつ、魔族が襲われた時にニヤニヤしながら見てた奴じゃねえか。本来庇う義理なんか無いんだからな! お前が責任取って面倒見ろよ」
それは確かにそうだし、魔王のくせに本当に過去の事を全然気にしてないのも凄いと思うけど……俺の事を見捨てないで欲しい。この事態を1人で責任を取るにはヒントが無さ過ぎて面倒そう……ワンダーを差し出した方が早いだろうか。
「お前のそういう微妙に無責任な所がこういう事態を引き起こすのだろうが……とにかく、俺は俺で調べるしそもそも忙しいんだからそいつを庇うお前の力にはなれない」
アークは手配書の紙束を収納魔法に放り込んでとっとと魔王領に帰ってしまった。
そう、アークは忙しいのだ。何故なら女王不在の聖国の支援を魔王が買って出たから。
魔王なりに聖国が未だ魔族に対して誤解しているのを何とかしようと申し出たらしい。聖気の充満する聖国に行っても大丈夫な上位魔族達が出張してオペラ不在の聖国をサポートするのだとか。
で、聖国を魔王が引き受ける代わりに帝国側は総力を上げて解決に尽力する。
……帝国だけじゃなく、エルフやドワーフ、獣人や龍族など各地で力を尽くしている。取り急ぎ手掛かりとなるのがワンダーとその本で、ワンダーの顔を知るシャドウやアンバーの記憶から手配書を作り出し、こうして貼り出されている訳なのだ。
ちなみに、聞いた話だと砂漠の王妃も消えたらしく、ジャスティア王が動揺し過ぎて息をしてないそうだ。やば……
「て事で、お前の居場所は無くなっちゃったっぽいので大人しく異世界に帰れば良いのではなかろうか? その本の原稿を書いた書斎だかって、異世界なんだろ?」
俺の言葉を聞いてワンダーは顔だけまたニュッと本から出てきた。相変わらず絵面がヤバイ。
「何でそんなに人事なんですか……」
「いや、完全に他人事だが。まぁ確かに俺が余分な事を言って世界中に指名手配されたのは申し訳ないとは思うけど、この騒動がお前の本が原因なのは間違いでは無いだろ。というかそもそも以前からお前、探されてたんだからな? お前が本をばら撒いてそれを見た悪役令嬢がどうするかニヤニヤしながら観察していたのは事実なんだし、大人しく陛下に拷問されろ。拷問とか無いけど」
「そんなぁ、ニヤニヤなんて酷い……僕はただ本の登場人物を応援していただけなんですが。ほら、悪役令嬢側だって本を見てネタバレしたからこそ幸せになった人だっている訳だし……」
「いや嘘を吐くな。お前、面白がってただけだろ。何ならネタとして面白いとか思ってただけだろ……?」
「ぐぅ」
「あとお前、気付いてないとでも思ってんのか? ナーガに異世界の知識とか与えたの、お前だろ」
「ぎくっ」
ナーガの研究室に合った見た事のない本。異世界から本を売り捌いてるのがコイツだとすると、ナーガに加担した立派な悪人である。そうやって面白おかしくこの世界を混乱させる様なヤツはいっぺん痛い目を見た方がいい気がする。
「……お前にとっては執筆物だか物語の登場人物なのかもしれないけど、そうやって観察されて弄ばれてる奴らもお前と同じようにこの世界でちゃんと生きてる人なんだからな。それが分からないならこの世界には居ないでほしいと、この世界の俺は思うが」
「……」
ちょっと言い過ぎたかな? ワンダーはそのまま黙って本の中に入ったきり何も言わなくなってしまった。
……いいや、悪気の無い悪意が1番良くない。異世界人は割とそういう感覚のやつらが多いので、しっかり言っておかないとまたやるだろう。
そもそもあいつのせいで救われたい悪役令嬢が何人生まれた事か。その煽りを受けてるのは大体俺なのだ。俺には怒る権利があってもいいだろ。
……しかし、この肩掛け鞄はどうしたらいいんだ? ワンダーが仮に異世界に帰ってそのままこちらに帰って来ない気なら、貰っていいのかな?
漁った所見覚えの無い本ばかりだし、本しか出ないようなマジックバックなんて貰っても嬉しくないけど。……異世界人のボインなお姉さんが沢山紹介されている本なら凄く見たい。
「ジェド、こんな所にいたんだねぇ」
目の前に魔法陣が現れて中からシルバーが出てきた。
あの後アンバーはプレリ大陸でも被害が無いかを調査する為に国に戻っていった。陛下やシャドウは皇城に戻り、指名手配の準備と世界中に調査団を派遣する為に執務室に籠った。
騎士団長の俺は要らないのかと思うじゃん? 要らないらしい。騎士団長を何だと思ってるの全く……。まぁ、通常時も難しい長話はあまり頭に入って来ないかので会議系は結果だけ教えて貰っているんですけどね。
で、シルバーもアーク達と同じように魔塔に戻るんじゃないかと思ったのだが、どうやら戻らないらしい。
そもそもアンデヴェロプトは魔塔が管理しているだけで国では無いので行方不明者に何かする保証とかは特に無いのだとか。基本的にこの件に関しては魔塔としては何もしないが、その代わりに魔塔主が自ら各地に赴き調査する事にして収めたとかで、ここに居る。結局またついてくるのか……
まぁ、いつでも魔法で魔塔に戻る事が出来るからね。
それで、シルバーはついさっきまで皇城の執務室で会議の助言に入っていたらしい。騎士団長は入れてくれないのにコイツはいいの……
「ここで何をしているんだい」
「何って、んー、まぁ……何か沢山指名手配されてるなぁって。シルバーはどう思う?」
「このワンダーとかいう男の事かな」
「ああ。こいつが犯人だと思うか?」
シルバーは少し考えて首を傾げた。
「実はね、さっき皇城で聞いたのだけど聖国から預かったという件の本が無くなっていたらしい」
「え……オペラの本??」
「それだけじゃない。図書館で禁書コーナーにあった精霊に関わる本もさ。行方不明者の本を探そうとしたんだが、その指名手配書の彼が書いた本が、1冊残らず消えていたんだ」
「……ロイがパクったとかじゃないよな?」
アイツ、本マニアだからやりかねん。
「いや、そのロイ君から聞いたんだよね。図書館の本は全て配置まで網羅しているがワンダーの本が片っ端から無くなっていたとかで泣いていたよ」
……騎士が図書館の本を網羅する必要ある? アイツ、騎士じゃなくて図書館の司書になった方が良いのでは……?
「て事は、やっぱその作者のせいだと思うのか?」
「うーん……そうだと言えるには決め手にかけるねぇ。本当に本に関連しているであろう令嬢が行方不明だったとしても、作者自体が関わっているかどうかはまた別の話だろうし。本が無くなったのだとすれば、それを見た第三者である可能性だって出てくる訳だろう」
「確かに」
ワンダーが関わっているのだとすれば何も本に限った事ではないだろう。
ワンダーはゲームのシナリオも手掛けたって言っていたけど、さっき実家に帰った時も親父は何ともなかったし、決闘令嬢や岩令嬢とかも普通に街中に居たからな。消えていたのは本にまつわる女性ばかりだ。本当にワンダーが何かしたならシナリオを手掛けたゲームに関わる令嬢達だって影響があってもいいだろう。
「まぁ、本を媒体として何らかの呪いを使ったと思うのが1番ありそうかな?」
「また呪いか……」
ナーガは消えたはずなのに、また闇の力だ呪いだとか言うんじゃないよな……勘弁して欲しい。
しかし、だとしても本が全部盗まれた以上手掛かりは……――いや、手掛かりあるじゃん。
俺は鞄からワンダーの本を取り出した。
「なぁシルバー、コレ! この本に何か魔力とか感じない??」
「これは? 鍵は付いてないがオペラの本じゃないのかい?」
「物は違うが内容は同じ本なんだ。で、俺はオペラが消えたであろう時にこの本から文字が消えたのを見たんだ。黒色のモヤになって空気に溶けて行った……ほら、こことかここの空白」
俺はオペラと思しき人物が書かれていたであろう空白を指さした。
「うーん……残念ながら魔力は残っていないけど」
「そっかぁ……」
「でも、黒いモヤって事はきっと暗黒竜の呪いだろうね。黒い物ってのは大体闇の力さ」
シルバーは舌を見せた。シルバーの舌には黒い魔法陣が描かれていて、そこから黒い炎を出したりする。
「……前から聞きたかったんだけど、その魔法陣は何で消えないんだ? どうしたのそれ」
「ふふ、これはね、闇の竜の血を垂らして描いた呪いの火傷さ。魔力を込めると黒い火が出るんだね。適度に熱くてとても痛いんだよ」
「ふ、ふぅん……」
痛いとか喜んで言うなよこのマゾめ。
……ん? 何? 血とか言わなかった……? 俺はポケットに入りっぱなしの黒の魔石やドラゴンの装飾の入った瓶のキーチェーンを見た。そういや聞いた事なかったけどコレ、何で出来てんの……
「ああ、そうそうジェドにあげた魔石は竜の胆石で、キーチェーンは竜の干物――」
「ウワアアアア、それ以上言うな! 持ち歩けなくなるじゃん!!!」
「何で? 暗黒竜ってやつはナーガを見て分かる通り百害あって一利なしだよ? 多少狩った方が世の為だけど……」
ワンダーごめん、こちら側にもどうかしているヤツがおったわ。いや、竜だって生きてるんだから決めつけは良くないだろ……
「もう深く考えるのはやめよう。とりあえず、ラヴィーンに行った方が良さそうだな。闇の魔法を使えそうなヤツなんて心当たりは少ないからな」
ナーガ亡き今、闇の力を使えそうな奴がいるとすればあいつだ……
行方不明のオペラの兄、ロスト。アイツはナーガの研究で神聖魔法と闇の魔法の両方を使えたはず。
ラヴィーンがぶっ壊れた後姿が見えなくなっていたが、手がかり位は残っているかもしれない。
「よし、じゃあラヴィーンへ行こう」
「そうだね」
「……」
「……」
シルバーも一緒に行く気満々なのに、一向に移動魔法を使う気配が無かった。
「……移動魔法、使わないのか?」
「ジェド、実は私は魔法を乱用し過ぎた為しばらく移動魔法は使えないんだ」
「……絶対嘘だろ」
「……まぁ、嘘だね」
何なのマジでコイツ。
「私はね……君という友達ともっとゆっくり旅をしたいと思っていた所なんだよ」
「……それはつまり、ラヴィーンまで徒歩で行けと? お前、今がどういう事態か分かってるよね? オペラが居なくて陛下が激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームなんだが? 早く解決しないと帝国がマジやばいんですけど??」
「リア充のルーカスなんて怒らせておけばいいんだよ。ウジウジ悩んで皆を徒労させたいい気味さ」
「いや、行方不明者は他にもいるんだが……?」
「すぐ解決しようが少し遅れようが一緒さね。どうせ君の事だから目的地にはすぐには着かないだろうし、道道情報を集めて行くのも悪くないと思うよ?」
何かシルバーが最もらしい事を言って誤魔化しているような気がした。お前、単純にこの機に乗じてゆっくり旅したいだけだろう……
「はぁ……まぁ、どの道お前に魔法を使う気が無いなら言ってても仕方ないか。陛下に長期外出調査の許可を取ってくる」
ため息を吐きながら皇城に向かうと、シルバーは満足したようにニコニコしていた。
陛下からの許可はアッサリ取れたのだが、シルバーと行くのに何故移動魔法を使わないのか聞かれて正直に答える事も出来ず、何かお腹痛いみたいです。とテキトーに理由を付けておいた。
陛下もシルバーの気まぐれな性格を分かっているせいか、忙しいのもあり気にしていない様子だったが、徒歩で行くならゲート都市で絶対足止めされると思うと言われた。
……何故? いや、まぁ確かに何だか知らないけどいつも足止めされてはいるが、今回は別に……
★★★
「魔塔主シルバー・サーペント様……貴方1回も移動魔法で国を移動した分の書類、出してませんよね??」
「ん?」
ゲート都市の関門所、怒り心頭の係員がシルバーの前に書類を沢山置いた。
どうもシルバーは移動魔法を使った時の手続きの書類を出すのを忘れがちなのだが、ここ最近めちゃくちゃ沢山移動した分をすっかり出し忘れていたらしく山の様に書かされていた。
「いやぁ……コレがあるから移動魔法は面倒なんだよね」
「普通の魔法使いは1回使うのがやっとなのでこんなに溜まらないんですけどね……」
係員が出来た書類から順にハンコを付いて肩を落とした。どうも常習犯らしい。
そんな感じで急がなくてはいけないはずの旅は早速シルバーのせいで足止めを食らったのだった。




