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決勝……ウサギとヒヨコはどうなるの(後編)★

挿絵(By みてみん)



 会場中がしんと静まり返り、ステージの上を凝視していた。


 オペラを知っている者からザワザワし始め、オペラを知らなくとも7枚の羽を見てザワザワし、羽を見てピンと来ない者もヒヨコ仮面の正体が美しい女性だと知り騒めいた。


「……まずは、君がどうしてそんな格好でここに居るか……それを聞かせてはくれないか?」


 ウサギの声が集音魔術具から会場内に聞こえると、騒めきはピタリと止んだ。

 会場中の皆が気になっている事だった。満場一致で聞きたがっていた。


「……わたくしだって……貴方がここに居る理由を聞かせて欲しい……」


 オペラの声が響いた。ヒヨコの中身は美しいだけではなく声も澄んでいた……

 だが、会場の観客は首を振った。そうじゃない。今皆が気になるのはどちらかと言うと、優勝者が恋人になる権利を得られるはずの聖国の女王。

 その彼女が身分や性別を偽りこの決勝で戦っている理由……そっちだった。

 ウサギとは何かありそうだったが、この際正体不明のウサギはどうでも良かった。


「……それは……その、ズルい人間と思われるのを承知で言うが、私は君の気持ちを読む事に自信が無いんだ。正直シャドウに嫉妬する程……君の心が分からず、また変な事を言って傷つけてしまうかもしれないから。だから先ずは君の考えを……行動を聞かせて欲しいのだけど……ダメかな」


「……」


 観客が固唾を飲んだ。そして、そう言われると逆に気になってきた――ウサギの正体が。

 お前は一体誰なんだ……と、会場中の観客がウサギに集中したが、オペラは観念したようにウサギに押し倒されたまま話始めた。


「……知らない間に……聖国の民がこの様な大会を開いていたの」


「……やっぱり」


「でも、それはわたくしが他国人に心を傷付けられたと……落ち込んでいると思った者達が私の為にと行った事。初めて命令では無く移してくれた行動を責める事は出来かねます……けど……わたくしは……やはり恋人は要らない」


「……それは、どういう――」


「わたくしの……わたくしの心を占める事が出来るのはだった1人。貴方以外の誰かが入り込む事はありません……ルーカスさま……」


 オペラは顔を両腕で覆い隠した。その様子を見て、いつの間にかこんなにも素直になってしまったのかと愛おしくて堪らなくなったウサギはそのまま腕を退けてキスをしたくなった……

 が、吸い込まれる寸前にウサギを被っている事に気がついた。危うくウサギのまま頭突きをする所だった。どんなギャグだそれは……と、ウサギの頭を脱いだ時、ルーカスの耳に直接会場のどよめきが聞こえた。

 ギョッとして辺りを見回すと会場中の観客がステージに注目している……そう、お互い相手しか見えていなかったのだが、まだ武闘会の途中だったのだ。


 ウサギの下の顔を見た観客から声が上がった。


「た……太陽の色……」


「ルーカスって……帝国最強の皇帝ルーカス!!」


「オペラ様の想い人って、皇帝ルーカスだったのかよ!!」


 聖国人や参加者の動揺を聞いて、ルーカスは初めて自分達の会話が全て観客席に筒抜けだった事を知った。集音の魔術具が付いていた事を失念していた。

 色々と恥ずかし過ぎてオペラを連れてすぐに逃げようと思ったが、そうやって曖昧にして逃げるからこういう大会が開かれてオペラが要らぬ事で心を痛め、変装をしてこんな所に出る羽目になるのだ。

 全ては自分がハッキリしないから悪いのだと思い知った。


 ルーカスは走り出そうとする足を止め、ゆっくりとオペラを抱き上げた。

 急に抱き上げられたオペラは何が起こったのか分からず慌てふためいたが、ルーカスはニコリの微笑んで観客の方に向き直った。


「皆も聞いていたと思うが、最後の戦いは私の勝ちだ。そして……聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアの恋人になり得るのはこの皇帝ルーカスしか居ないと女王は言っている。武闘会は終わりだ」


 会場のザワザワが無くなり静まった。誰も意を唱える者は居ない……女王自身がそう望んでいるから。

 そして、先代魔王を消滅させ争いを終わらせた帝国最強の皇帝に挑もうなどと言う愚かな者は何処にも居ないのだ。

 ルーカスは咳払いを1つした。


「ええと……つまり……私が優勝したので彼女は私のものだ。異論は認めない。文句があるならかかって来い。……ここから先はお前達には聞かせられない。聞く権利が有るのは彼女だけだ。それじゃあ」


 観客に精一杯伝えられたのは、彼女は自分のものであるというという主張だけだった。物扱いもどうかと思い、一国の女王を他国の王が所有するのも色々どうかと思ったが、ルーカスは煩わしい事を考えるのは止めた。

 文句を誰にも言わせない程の権力も腕力も十分に持っているのだ……聖国人には文句は言われるかもしれないが。

 オペラへの想いは、まだ本人にちゃんと伝えていないのに流石にあの衆人観衆の中では憚られた。それだけは、ちゃんと2人きりで伝えなくてはいけない。

 ルーカスはオペラを連れて世界樹の先端、誰も居ないところまで走り抜けた。



「うわぁ……何か凄いもの見ちゃったなぁ」


 見守っていたジェド達は、よく皇帝があんな事を言う気になったものだと呆然と見送った。


「お前らは聞こえないかもしれないが、頭の中とんでもない事になっていたからな。あいつら」


「まぁ、でもこれで丸く収まったなら良いのでは無いですかね」


「結局ただの痴話喧嘩に巻き込まれただけだったのか……解散解散」


 2度目の要らぬ失恋をしたアンバーが呆れた顔で肩を落として帰って行った。


「終わりみたいだから私達も帰ろうじゃないか、ルーカスの事は放っておいても良さそうだし、移動魔法で送るから先に帰ろう」


 そう言って魔法陣を描こうとしたシルバーだったが、その手をジェドが止めた。


「あ! 悪い、ちょっとだけ用事を済ませて来るから待っててくれ」


 そう言ってジェドは片付けの準備を始めているコロシアムの外へと走り出した。



 武闘会会場であるコロシアムの外、世界樹の展望台から見える空はいつの間にか夕焼けになっていた。

 屋台も店仕舞いで幕を下ろして畳んでいる。


 ジェドはコロシアムの入り口近く、事務局と書かれたテントに向かうとそこに目当ての男はまだ居た。

 ぐったりと疲れて机に突っ伏している狐目の男――


「何でお前、真面目に働いてんだよ」


「……え? ジェド、武闘会終わったの? どうなった??」


 ワンダー・ライターは突っ伏してた腕から顔を上げてジェドを見た。


「いやー……ちょっと手伝うつもりが迷子だの粗品渡しだの駐竜所案内だの……雑用が多すぎてそっちの方を見に行く暇が全く無かったんだよね。君が出てきたって事は武闘会は終わったんだよね??? 誰が優勝した??」


「……話せば長くなるが、今はお前を陛下やオペラの所にしょっ引かないといけないからな」


 ジェドが指をポキポキと鳴らすとワンダーは青ざめた顔で本を取り出したが、その本をジェドは取り上げた。


「おっと、逃げようとしたって無駄だぞ。お前の逃走方法は把握しているからな」


「そんな……ご無体な……」


 と、意地悪をしたジェドだったがニヤリと笑ってワンダーに本を投げて返した。


「なんてな、冗談だよ。いや、本当は冗談じゃなくお前を探し出さないといけないんだけど……どうせ陛下達は今それどころじゃないし、アークは過去はもういいって言ってたから今日の所は見逃してやるよ」


「え??? それどころじゃないってどういう事?? そこの所を詳しく!!」


 見逃してもらえると知ると今度はルーカスとオペラの事が気になって本とペンを構えるワンダーにジェドは辟易とした。


「お前なぁ……だからそういう所――ん?」


 そのワンダーが構えている本に見覚えがあり、その表紙をマジマジと見た。それは鍵付きでは無かったが、確かにオペラから預かっていた『箱庭の哀れな天使』という本にソックリなのだ。


「それって……」


「ああ、これですか? コレは僕の書いた本ですが……あれ? 彼女も持っていたのでしたっけ?」


「オペラが持っていたヤツには鍵がかかっていたから内容は見てないんだけどな」


 ワンダーはパラパラと本をめくった。そこには魔族に自国を襲われ魔王を恨み、闇に手を染める有翼の少女の物語が書かれていた。所々赤字で修正がされ、今は魔王と争うのを止め聖国を導く女王になろうとしているようだった。


「何コレ……色々と突っ込みたい事多いんだけど……とりあえずオペラってこの本の悪役令嬢だったんだな」


「1番突っ込みたいのそこですか?」


「俺にとって1番大事なのはそこだな」


 もっと突っ込む所が有るんじゃないかとワンダーは拍子抜けしたが、ジェドのそういう所は今更だろうと諦めた。ワンダーにとっても今1番大事なのはオペラがどうなったかという事である。

 気にせず赤ペンを取り出したワンダーだったが……


「――ん? あれ?」


 その本にペンを入れようとしてピタリと止まり、ワンダーの飄々とした目が笑いを止めた。

 どうしたのだろうとジェドもその本を覗き込んだ。



 ★★★



 一方、世界樹の先端……人の声の届かぬ枝の先にオペラを座らせた。

 そのオペラは色々と理解が追いついていないのかまだ呆然としているのでルーカスはその目の前で手を振ってみた。


「キャッ!! え?? え??! あ……」


 正気に戻ったのか未だ戻って居ないのか。だがルーカスには言わなくてはいけない事があった。今、正気でないのならば何度だって言おうと思った。


「……あの……ルーカス様、わたくし……ルーカス様がわたくしとの戦いの中で呟いているのを聞いてしまって……」


「ん?」


 思いがけない事を言われ、動揺して出そうとした言葉が引っ込んだ。戦いの中で何か言ったか? と考えたが出てこない。考え事はしていたかもしれない。


「……わたくしの事を好きって……本当ですの……?」


 ルーカスはガクッと崩れた。まさか考え事をそのまま口に出していたとは思わず頭を抱えた。何の前置きもなく、ヒヨコ仮面をオペラだと気づかずに、1番大事な事をあんな所でボソボソと呟いていたらしいと知りショックが大き過ぎた。


「ルーカス様……?」


「ええと……私より先に質問しないで欲しかった……」


「え……」


「いや、私が全部悪いのだが……」


 もう恥も何も忘れて、色々順序も無くなり、ムードもヘッタクレも無く何もかもが残念でならなかったが、それでもルーカスは負けられない。


「オペラ……その、もう私が無意識に言ってしまい知っているかもしれないが――私は君が好きだ」


「!!!!」


「君を1人の女性として好きだという事だ。友達として好いているとかそういう話ではない。君に他の男が近付くと嫉妬する。不安に思うなら何度でも言う……私は……オペラ、君が好きだ」


 愛しの想い人、ずっと遠くから見ていたその人から聞いたその言葉……オペラは震える声を絞った。


「わた……くし、も……わたくし……」


「……知ってる」


 今度こそ何処にも逃げられないと、その身体を引き寄せて唇を重ねた。……いや、その唇が触れる前――最初に異変に気付いて身体を強張らせたのはオペラだった。


「え……?」


 オペラの指が薄く透けて向こう側が見える。指先から消えていくようだった。


 何かの魔法攻撃かとルーカスが警戒するが、その近くに魔法陣の気配は無かった。


「い、いやっ……ルーカスさ――」


「っ!!!」


 何処にも逃さないと抱きしめた腕の中、その存在はするりと消えて無くなってしまった。


 ワンダーの持っている本『箱庭の哀れな天使』の中に出て来る悪女の名前が、その本から消えたのとほぼ同じ頃の事だった……

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